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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
15/140

第15話 愚かな猜疑心の結末

「…驚いた。

噂には聞いていたけれど、美幸の家族は本当に美人揃いなのね……」


 土曜の朝、音楽室で美咲と顔を合わせた遥の初めの感想はそれだった。


「…そりゃ、また……どーもありがと」


 そう適当な態度で答える美咲は今日、彼女にしては珍しく、皺一つ無いスーツ姿

だった。


…これで、目つきさえキリッとしていれば、ニュースキャスターとしてテレビの中

に居ても違和感が無い程だ。


「いつもウチの美幸がお世話になってるらしいね。

…まぁ、今後ともよろしく」


「はい。

研究者というお話でしたけれど、話しやすそうな方で安心しました」


「あー、うん。

でも、来週の土日には私の妹が来る予定になってるんだけど、あっちは話し方とか

の雰囲気が美幸によく似てて穏やかだからね。

多分、向こうの方が私よりも更に話はしやすいと思うよ?」


「確か、美月さんという方でしたか。

美幸のベースになったっていう……」


「…ん? 良く知ってるね?」


「えぇ、美幸が留学初日に、クラスメイトにそう言っているのが、少し聞こえて

いましたので」


「………」


…その言葉を聞いて、美咲は遥に対する警戒レベルを少し上げた。


 確かにそういう話をしたとはその日の内に美幸から聞いてはいたが……本当に

よく覚えているな、と。


 それに、先程から遥は妙に落ち着いている。

美幸から人物像は聞いていたものの……その態度は想像以上だった。

…普通の高校生としては、ちょっと珍しいレベルのクールさだ。


「…あの、美咲さん?」


 一瞬だけ目付きが鋭くなった美咲の、その不穏な雰囲気を感じ取った美幸は、

何かを確認するような口調で一言、声を掛ける。


…しかし、そんな美幸への返答は目の前の美咲ではなく、傍らに立つ遥の口から

返ってきた。


「…あぁ、美幸。大丈夫よ。

多分、美咲さんは私を警戒しているだけだと思うから」


 その台詞を聞いて『えっ?』と遥を振り返る美幸。

そして、それを無視して、美咲は遥から視線を外さず、答えるように続けた。


「まぁ……立場上、一応ね。

そんなわけで、今から念のために幾つか私から質問してみても良い?」


「はい。私に答えられる範囲でしたら」


「えっ? あ、あの……」


 急激に張りつめた雰囲気で話し出す2人に、完全に置いてけぼりにされた美幸は、

ただ傍でその成り行きを見守ることしか出来ない。


 そんな美幸を置き去りにして、美咲による、まるで容疑者に対する尋問のような

時間が、幕を開けた。


「それじゃ、まずは1つ目。

遥ちゃんは普段からほとんど毎日ここで練習してるって話だけど……。

何で美幸の留学初日に限って、朝から教室に居たの?」


 美咲が初めに疑問に思ったのはこの点だった。


『カード持ち』である遥には、教室への出席は義務付けられてはいない。

月初めだったからといっても、それは変わらないはずだ。


 ほぼ毎日、この音楽室に朝からずっと篭もって居るはずの遥が、何故、美幸の

留学初日にだけは教室に居たのか……。それが不思議だった。


「ああ、あの日は学校側から事前に通達が来ていたんです。

重要事項だとして『本日のホームルームには必ず出席するように』と。

いくらタイムカードを持っていても、こういった指示があった場合には従わないと

流石に問題がありますから」


「…それって、メールか何か?」


「はい、これです」


 そう言って遥が見せてきた画面には確かに、5日前にそういった内容のメールが

学校のアドレスから送られてきていた。


…どうやら、美咲が職員室で担任を脅し過ぎたらしい。

この分なら、遥だけでなく、クラスメイト全員に通達されている事だろう。


「…うん、なるほどね。1つ謎が解けたよ、ありがと。

…んじゃ、続いて2つ目の質問ね。

さっき、美月の名前をそっちから出してきたけれど……良く覚えていたね?

人の名前とか覚えるの、得意なタイプ?」


 先ほど気になったのは、月曜に一度聞いただけの他人の名前を土曜日まで覚えて

いるだろうか? という事だった。


 美幸からは、遥と自分達の話で盛り上がった……という話は聞いていない。

…勿論、聞いていないというだけで、その可能性も充分にあったのだが。


「ええ。私、記憶力は良い方ですので。

それに名前に関してなら、昨日の相談の時に美幸から改めて聞きましたので」


「…あぁ、そういうこと」


 確かに、同行者が居ることを遥にも伝えるように、美幸には言っておいた。

美幸はその時に、美月の名前も出していたらしい……。


…どうやら、これに関しては美咲が疑い過ぎていただけだったようだ。


「ま、流石に昨日聞いたんなら、それには納得だね。

んじゃ、更に続いて3つ目。

なんでまた、突然このレッスンを美幸に依頼したの?

当たり前の事を言うようだけれど、歌の練習がしたいということなら、プロに習う

のが一番でしょ?」


「それに関しては……まず、この学校の中で音楽について詳しいのは音楽教師の方

1人だけです。

しかも、彼女は忙しく、私の我がままのために時間を取ってもらうのは難しい。

その上で、外部のボイストレーニングに通うにはお金も掛かりますし、現状で母が

それを許してくれる可能性は低いんです」


「…なるほど。それで美幸に頼んだ、と?」


「はい。

美幸は偶然にも普段から『虹の海』の原曲を良く聞いていたらしいですし、彼女は

何と言ってもアンドロイドですから、音程やテンポのズレなく歌えます。

ですから、練習の相手としては最適だと思ったので……。

思い切って、お願いしました」


 遥のその説明は、一応は理に適っていた。

むしろ、たまたま留学してきたアンドロイドが『虹の海』を良く知っていて、更に

遥に興味を示して自分から会いに来たのだから、運命的ですらある。


…遥の立場からすれば、依頼して当然の状況だろう。


「ふぅん……そっか。

まぁ、言われてみればその通りだね。これも納得した。

それじゃ、4つ目。

タイムカードなんだけどさ、10日ほど掛かる予想だったら、普通は間に合わない

って思うはずのに、美幸と相談した時には今日に間に合う可能性を考慮に入れてた

らしいね? 何故、そう思ったのかな?」


 美幸が言うには、遥は当初『今週の末に間に合わなければ……』という言い回し

をしていたらしい。


 美咲は、通常で考えれば不可能であろうはずなのにもかかわらず、何故か今日に

間に合う可能性を予見していたかのようなその発言に、少々違和感があったのだ。


「ああ、それは美幸の留学期間が2ヶ月と短い事もあって、学校側が彼女に対して

特別な配慮する可能性があると考えたからです。

…正直、今でも信じられないくらい、美幸はアンドロイドには見えません。

つまり、それ程の……素人が一目で分かるくらいに、特別で特殊な存在です。

そんな特別なアンドロイドが留学して来るのなら、事前に彼女専用のタイムカード

が用意されていてもおかしくないのかな、と思いました」


「…あー、なるほど……そういう解釈か」


 実際は、タイムカードは美咲が手を尽くして急遽用意したものなので、事実とは

異なっている……が、これも一応の理屈は通っている。


「……………ふぅん」


…それにしても、遥は先程からこちらの質問に対して、すらすらと淀み無く、本当

に素早く返答して来ている……。


 資料を見た限りでは学校成績の方でも学年内でトップクラスのようだし……。

そもそもの頭の回転も速いのだろう。


『落ち着いた雰囲気』とは美幸から聞いていたが、大人相手に詰問されてこの態度

を取れるというのは、精神面でもたいした度胸の持ち主のようだ。


…正直、彼女が社会人なら、自分の部下として研究所に欲しいくらいだ。


 そんな風に、内心で美咲が遥に感心していた……その時だ。


「あの……申し訳ありません。

一旦、今日のところはこれで質問は止めて下さい」


と、唐突に遥が質問を続けようとしていた美咲の機先を制してきた。


「…ん? 構わないけれど、それは何故かな?

先程の様子だと、この質問には理解を示してくれていたように思うんだけど?

きちんとした理由を提示してもらわないと、私としては『はい、そうですか』とは

引き下がれないよ」


 その遥からの突然の宣言に、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべた美咲、だったが――


「…いえ、あの……私が質問に答え続けるのは、一向に構わないのですが……。

その……これ以上続けると、美幸が泣いてしまいますよ?」


「? …………っ!!」


 そんな遥の発言でハッとなって我に返った美咲は、瞬時に美幸を振り返った。


「…み、美咲さん、は……遥の、こと……お嫌い、なんです……か……?」


 その時の美幸は、この世の終わりのような不安そうな顔で美咲を見つめており、

遥の言う通り、今にも泣きそうに――いや、違った。


 正確には……美幸は、()()()()()()()


 顔を合わせて早々に始まったこの質問タイムに、美幸がおろおろしながら自分と

遥の顔を交互に見ていたところまでは覚えていた美咲だったが……。


 遥への質問に集中し過ぎて、いつの間にか美幸の存在が意識から外れていた。


「あっ! いやっ! そんなことは、無いんだけどさ!?」


 そのあまりに悲しそうな顔の美幸に焦った美咲は……一瞬でパニックになる。


(ああっ、しまった!! どうしよう!! こんな時は、どうすれば!?)


 焦った美咲は、思考が混乱した結果、あたふたした状態で……けれども、何も

出来ずに立ち尽くすのみだ。


…ただ、そんな中……遥は急に慌て始めた美咲の姿に、珍しく『クスッ』と声に

出して笑うと……そっと、美幸の両手を取った。


「美幸? 最初も言ったけれど、大丈夫よ?

別に私達は喧嘩していたわけじゃないのだから。

だから、そんなに心配しないで」




 その2人の様子を見た美咲は……一瞬で落ち着き、平静を取り戻した。


「………………」


 美咲には『そうなんですか?』と鼻声混じりに問い返す美幸の手を包み込むよう

に握って、『驚かせてごめんなさいね』と優しく答えている遥の姿が、先程までの

印象とは全く違って見えていた。


 そこに居るのは、高校生らしからぬ落ち着きを持った、どうにも怪しい人物……

などではなく、ただ友人を安心させようと温かい微笑みを浮かべる、普通の一人の

女の子だった。


(…ああ、そういえばそうだった)


 そして同時に、美咲には目の前の光景が全ての答えのように感じた。


 そこには、嘘偽りの無い、お互いへの信頼が見て取れる。

…理屈ではなく感覚で、そこにある2人の友情が確かに感じられたのだ。


(…昨日は『信じてみよう』って、ちゃんと思ってたのに。失敗したなぁ……)


 美咲も、当初はこんな風に真正面から探りを入れるのではなく、2人の練習風景

を眺めながら、徐々に見極めていくつもりだった。


…しかし、会話の流れと、遥のその学生らしくない不自然な程の落ち着いた態度に、

つい勘繰り過ぎてしまったのだ。


(はぁ……。美月の言う通り、確かにこれはちょっと過保護過ぎ……かな?)


 ふと、先日美月に言われた言葉が脳裏を()ぎった、美咲。


 それに、今になってよく思い返してみれば、その美月に関して言えば、中学生の

時から今の遥よりも更に落ち着いた態度だった気もしてくる……。


 初対面の印象からつい怪しんでしまったが……そう考えれば遥のような高校生が

居たとしても、別に不思議ではないのかもしれない。


…美幸を守ろうとするあまり、行き過ぎて逆にその美幸を悲しませてしまった。


 美咲は研究チームのリーダーとしてあらゆる可能性を考え、警戒する義務がある

ため、これも必要な事であるのは確かだ。


 だから、一般的な『子離れ』とは少々、事情が違うのだけれど……。

これを機に、少し距離感を考え直すのも良いのかもしれないと、内心で思った。


「…あの……」


 そう美咲が思っていると、美幸を慰めていた遥が、顔だけを美咲に向けて声を

掛けてくる。


「…出会った時から思っていましたけれど、美幸はちょっと無防備過ぎます。

多分、この子は周りから見た自分の価値なんて、ちっとも考えてもいません。

けれど……少しだけ安心しました。

貴女みたいな家族に守られているのなら、この子が酷い目に合う可能性はとても

低そうですからね」


「あ、あぁ……うん。

そういう風に思ってくれるのなら、ありがたいよ……」


 あれだけ酷い態度を取ったのにもかかわらず、遥は好意的な解釈をしてくれる。


 美咲はそんな遥を前に『ああ、これは適わないな……』と思った。

警戒心を解いて見てみると、クールなところはあるものの、普通に良い子だった。


 それにしても……。

美月といい、この遥といい、自分の周りの年下はちょっとばかりしっかりし過ぎ

なんじゃないだろうか?


…結果的に美幸を泣かせてしまった美咲は、少しだけ自分が情けなく感じた。


「…ごめんね、遥ちゃん。

私もちょっと熱くなり過ぎてたよ……反省する。

はは……それにしても、これじゃどっちが年上かわからないなぁ……」


 そう言って、美咲は苦笑いしながら、今度は美幸にも謝ることにする。


「あの……美幸も、ごめんね?

もう遥ちゃんを問い詰めたりなんてしないからさ、許してくれる?」


 美幸の傍に近付いて行くと、いつものようにその頭を撫でながら、出来うる限り

優しい声でそう許しを請う、美咲。


 それを聞いて『本当に、もうよろしいんですか?』といった様子で視線を向ける

遥に、美咲は無言で頷いて返す。


 もう質問は十分だろう……この子はきっと、()()()()()だ。


 そうしていると、泣き止んだ美幸がゆっくりと美咲を見上げて――


「…それはダメです。

今度、美月さんに言って、()()()()叱ってもらいます」


…と、美幸には珍しく反抗的な目をしながら、美咲にそう宣告した。


「……………へ?」


…それと同時に、美幸の頭を撫でる美咲の手が……ピタリと止まった。


 てっきり『仕方ありませんね』といった台詞が返って来ると思っていた美咲は、

『ヤバイ……これは本当にヤバイ。美月に殺される。内容が内容だけに……』と、

ついさっきとは違った意味で焦り始める。


…そして、そんな美咲の表情の変化を一通り眺めた後、美幸は小さく『ぷっ……』

と吹き出して、その顔を怒りから笑顔へと変えていった。


「…クスッ……あははっ! 私、わかりました!

それが昨日、美咲さんがおっしゃっていた『味のある表情』なんですね?

これもちゃんと覚えておきます!」


 そう言いながら美幸が明るく笑ってくれた事で、ようやく室内の雰囲気が温かい

ものになった気がした。


 やっと笑ってくれた美幸。

…しかし、そこにはまだ、先ほどの涙の後が残っていた。


 その僅かに残る涙に、美咲は今更ながら再び罪悪感が込み上げてくる。


『これは本当に、しっかりと美月に叱ってもらわないとな』と、そう思った。

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