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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
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第14話 美咲の猜疑

「…おはよう、美幸。

早速だけど……はいコレ。例の入校記録カード」


 金曜日の朝、ついさっき起きたばかりの美幸の前に、美咲が学校のタイムカード

を差し出してきた。


「このカード、緊急での発行は特例中の特例らしいからね。

その遥ちゃんって子以外には、絶対に秘密だよ?」


 そう美咲が『秘密』と念を押すのには理由があった。


 そもそも『タイムカード』と一言で言っても、それは通常の会社で良く見かける

ようなペラペラの厚紙で出来たものではなく、指紋認証も付いたセキュリティ性の

高いセラミック製の本格的なカードだった。

…モノだけで言えば、美幸達の研究所の所員が持つ身分証に近い。


 美幸の通う学校は、その抱える生徒の傾向からセキュリティが驚くほど厳しい。

そして、そんな学校に休日でも自由に出入りが出来るという代物なので、当然だが

相応の理由が無い場合は、どれだけ希望しても、まず簡単には発行されない。


 そういった理由で、『カード持ち』と呼ばれる生徒のほとんどは、その業界での

有名人だったりするのだ。


 しかし、そんな様々な業界の有名人達でも、身分を証明するための書類の精査は

きちんと手順にのっとって行われるため、美幸と遥の目算では発行まで約10日前後は

掛かる見通しだった。


…にもかかわらず、その学校のタイムカードを、美咲はあっさりと3日で用意して

きたのだ。


 いや、今が早朝だということを考えれば、実質は2日ということになる。

…一体どんな魔法を使ったのだろう。


『今週末に間に合わなかったら、実質12回。最悪、発行が遅れた場合は、10回

だと思っておきましょう』と、遥と相談していた美幸は、その対応の異常な早さに

動揺した。


「いや……あの……えっ? いえ、私としてはとても嬉しいんですけれど……。

えっ? 流石に……その、早過ぎませんか?」


「あはは! 驚いてる驚いてる。

いや~、これは『どっきり大成功』ってヤツだね!!」


 あまりの驚きに挨拶を返すことも忘れてしまっていたらしい美幸は、急にハッと

なって、慌てて『おはようございます』と遅れて言って来る。


 そんな礼儀正しい美幸を可愛らしく感じながらも、美咲はここで少し種明かしを

し始めた。


「まぁ、理由としては幾つかあるんだけれど……。

一番の理由はね? 君が我が研究所のお姫様だからだよ」


「いえ、ですから……。

以前から言っている通り、私はそんな大層な者ではないです。

皆さんが私を大事にしてくれているのは、勿論、嬉しいのですけれど。

…そうやって、あんまり持ち上げるられると、調子に乗ってしまいますよ?」


 ここにきてようやく少し余裕が出てきたらしく、美幸はそう冗談交じりに笑顔を

浮かべる。


 そうは言っていても、ここで調子に乗るような性格の美幸ではない事はわかって

いたが、実際は本当に美咲の言う通りに、美幸の存在は『お姫様』と言っても過言

ではなかった。


 最重要機密に該当するため、世間的にはその存在すら公表されていないが、美幸

はアンドロイド研究の分野に関して言えば、開示可能な範囲で世界中の主要な研究

施設に動画を含めた情報を(研究成果として最低限だが)ある程度は提供している。


 その開示内容は全体から見ると本当にごく一部だったのだが、それでもその反応

は劇的なもので、各国の研究所からは既に美幸の貸し出し依頼が殺到していた。


 中には本格的な譲渡を願い出られたパターンもあったが……。

その金額はまさに天文学的で……本来ではありえないレベルの額面だった。


 そんな事情もあって、学校への送り迎えの時も含めて、美幸には密かに護衛が

付けられており、その警戒レベルはまさに『お姫様』といった扱いだ。


…まぁ、美幸本人に伝えてしまうと、また緊張して固まってしまうだろうという事

で、その辺りは伝えられていないが。


「夏目所長の名前も借りて利用させてもらったし、今回はもう大判振る舞いさ。

あー……でも、流石にこういう職権乱用は、そう何度も出来ないよ?」


 美幸に限ってこちらの権力を利用しようとは考えないのだろうが、一応そう釘を

刺す、美咲。


…しかし、その『職権乱用』という言葉に反応して、今度は美幸が申し訳なさそう

な表情で見つめ返してきたので、美咲は更に言葉を付け加えた。


「まぁ、こう言っちゃ何だけど、幾らセキュリティが厳しいって言っても、たかが

教育機関の入校証なんだ。

ここみたいな特殊な情報を扱う国が直接運営する施設と違って、正式に手続きさえ

踏めば一般人でも見学程度までなら普通に出来るような所の話なんだし……。

あまり畏まって受け取らなくても良いよ」


 美咲の言葉通り、もともと協力依頼は取れていたのでカードの発行自体は簡単に

受理されていたのだ。


 ただ、書類審査等を後回しにして前倒しで発行させるために多少の無理を通した

というだけだ。


…まぁ、つまりそれが美咲の言う『異例の対処』なのだが。


「今日、学校に行ったら、すぐにその遥ちゃんに伝えてあげなよ。

後は時間とかを相談したら、早速、明日からレッスンを始められるだろう?」


 今の美幸の起床時間は登校時間も考慮して毎朝5時頃に設定されている。


 遥は朝の練習時間を確保する為に、6時から登校しているらしく美幸もここ数日

は遅くとも7時には登校するようにしていた。


…ただ、美咲の出勤予定時間はそれより遅い8時頃のため、毎朝の登校は別の女性

が車で行っている。


 つまり、美咲が今日、こんな早朝から研究所に居るのは、このカードを登校前の

美幸に渡す事が主な目的だからだろう。


…以前、美月が言っていた通り、美咲は美幸には随分と過保護なようだった。


「…はい。本当に、ありがとうございます。

早速、相談しておきますね」


 そう言ってタイムカードを受け取った美幸に、美咲は追加の連絡事項を伝える。


「あ、それからその土日のレッスンに関してなんだけれど……。

週代わりで私と美月が付き添うことになったからさ。

一応はその事も、一緒にその遥ちゃんに伝えておいてくれる?」


「えっ? そうなんですか?」


 美咲のその話を聞いた美幸の表情が、先ほどよりも一段と明るくなる。


 もしかしたら微妙な反応をされるかもしれないと思っていた美咲は、その表情を

見て内心ホッとしながら、その理由を話した。


「あぁ、平日と違って、校内に職員がほとんど居ないらしいからね。

『美幸に何かあったら責任を負い切れない』って、学校側に泣き付かれたんだよ」


 私立の中でも比較的財政に余裕のある部類の学校ではあるものの、流石に美幸を

全額弁償するような事態になれば、その瞬間に経営破綻が確定してしまう……。


 そのため、休日の学校使用の条件として関係者の同行を求められていたのだ。


「私達は見てるだけだから、別に何も問題無いんだけれど、その遥ちゃんって子に

同席しても大丈夫かどうかは聞いておいてくれるかな?

例の絶対音感の件もあるから、尚更ね。

まぁ、どうしても集中出来ないっていうなら、私は音楽室の外で待ってるよ。

冷たい廊下で待ち続けるのは正直辛いし、出来れば中に入れて欲しいけれどね」


 今は6月……季節は春の終盤だ。

気温自体は温暖だし、そもそも私立の校内は全館、空調が行き届いている。


 しかし、本当に廊下に1人で待つことになれば、恐らく美咲はその寒さに震える

事になるのだろう……主に、精神的な意味で。


「わかりました。遥に伝えておきます。

…なるべく、室内に入れてもらえるようにも」



 美幸のその言葉を聞いて、美咲は2重の意味でホッと胸を撫で下ろしていた。


 理由の1つは、音楽室内に入れる可能性が上がった事。


 美幸の話を聞いて、すぐに『富吉遥』という人物についての資料を取り寄せて、

入念に確認した。


 ごく普通の一般家庭で育ち、過去にピアノコンクール中学生の部で、何度か最高

の金賞に輝いており、学校成績も優秀で、素行にも特に問題は無い。


 敢えて言うなら、クラスでの交流が少ないのが問題だが……。

『カード持ち』と呼ばれる生徒には、実はこういったケースも多いらしい。


…資料で確認した範囲では、遥の身元には特に怪しいところは見られなかったが、

美幸の特殊性を考えれば用心するに越したことは無い。


 休日の学校は人気ひとけがない。

油断して密室に2人きりにさせて、万が一にでも美幸を誘拐されてしまった場合、

もうシャレにならない。


 実は遥が何者かに秘密裏に依頼を受けた人物で、密かに美幸を狙っている……と

いう可能性は、現状ではゼロとは言い切れない。


 美幸から遥に興味を持って、自分から近づいたという話なので、遥がそういった

依頼を受けている人物という可能性は限りなく低かったが……。


 留学後、一週間もしない内にここまでトントン拍子に話が進むと、逆に警戒して

みたくもなってくる。


 疑っているというほどではなかったが、美咲としては直に会って、遥をきちんと

自分の目で見極めておきたかったのだ。


 そして、2つ目は勿論、美幸が学生生活を心から楽しんでいる様子だったから。


 教室での人間関係も良好だという話だったし、遥に至っては自分達にすら敬称を

付けて呼ぶ()()美幸が、名前を呼び捨てにして呼び合っているというのだ。


 純粋に興味が湧いているのも確かだが……何より、これでもし遥が特に何の問題

も無い人物だったなら、これ以上の事は無い。


「あの……美咲さん。1つ、質問しても宜しいでしょうか?」


「…え? ああ……何? どうかした?」


『富吉遥』という人物に対して思考を巡らせていた美咲に、不意に美幸が声を掛け

てくる。


 急激に現実へと引き戻された美咲は、少しばかり反応を遅らせつつも、その問い

かけに耳を傾けた。


「美咲さんと美月さんが交代で……ということは、隆幸さんは来ないのですか?」


「………は?」


 その、ある意味見当外れな美幸からの質問に、美咲は一瞬固まった後、つい昨日

の隆幸を思い出して、大笑いし始めた。


「ぷっ……あっはははっ! 

あそこは女子校だからね、基本的には男子禁制なんだよ。

ほら、一応はあれで高槻君も生物学的には男だろう?

関係者といっても、そこは極力避けた方が良いのさ。

…でも、昨日は物凄く悔しがっててね、実に面白かったよ?

『なんで僕は男なんだろう……?』なんて、哲学者みたいなこと言ってたし。

いや~、美幸にもあの時の高槻君を見せてあげたかったよ。

何とも言えないような……とても()()()()表情をしていたよ?」


 そう楽しそうに笑う美咲に安心した美幸は、自分も笑えてきてしまう。


「あははっ! そんなに笑ったら隆幸さんが可哀想ですよ? 

でも、そんなに面白い表情だったのなら、確かに私も少し見てみたかったです」


 美咲は一緒に笑い始めた美幸を見て、すっかり毒気を抜かれてしまった。


 ああ――そうだった。

まだ知り合って数日の事とはいえ、美幸が……この子が()()()()()()()()なのだ。


 勿論、それだけで今から油断する理由にはならない。


 けれど、この優しくて真っ直ぐな美幸が選んだ人物なら、自分ももう少しだけ

信じてみよう。


 そう思うと、途端に心が軽くなった。

気付けば美咲は、明日、富吉遥という子に会うのが純粋に楽しみになっていた。

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