表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/140

番外 その1 親友の始まり 前編

※この番外編は基本的には本編を読了後に読まれることを想定しております。

 そのため、ネタバレ的な要素を含む可能性がございます。

 予めご了承下さいませ。

「ねぇ…ちょっと、良いかしら?」


「ん…? ええっと、何かな?」


 美幸が学園を去り、夏休みが明け、2学期が始まった…朝の学園の音楽室。


 ホームルームまで間、遥に会いに来るついでにその演奏を聴くことがここ最近の

日課になりつつある莉緒…だったのだが―――


「もしかして、あなた……暇なの?」


「……………富吉さん、いきなり辛辣だね…」


 朝の演奏を終えた直後…こちらへ振り返った遥の口から不意に放たれた、そんな

質問に対して、莉緒は『あ、あはは…は…』という苦笑で、なんとか受け流すので

精一杯だった。


「? あぁ…少し言葉が厳し過ぎたかしら?」


「…あ、ううん! 別にそんなことはない…んだけど…」


 美幸と約束した通り、遥を孤独に逆戻りさせないためにも、こうして毎朝早くに

登校して会いに来てはいるのだが…それでも、なかなか仲良くなれる大きな切欠を

掴めないままでいた莉緒。


 ただ、全く会話が無いというわけでもなく、演奏の合間には軽く雑談等を交わす

程度の交流は出来ていたため、『こうして接する時間が増えていったら、そのうち

打ち解けられるでしょ!』と、楽観的に捕らえていた。


 だが、そんな考えの中で、突然、突き放すような冷たい声色でぶつけられたその

質問は…まるで『あなたに会いに来られても、迷惑なのよ』と言われているように

感じられて…思わず、たじろいでしまった。


「あの~…もしかして、私って…邪魔だったりするのかな…?」


 数秒の沈黙の後、勇気を振り絞った莉緒は、遠慮がちな上目遣いではあったが、

どうにか遥にそう質問をし返す。


 すると―――


「……別に、そういうわけではないのだけれど…」


 今度は、まるでつい先ほどまでの莉緒の真似をしているかのように、遥が戸惑う

様子を見せた。


「………」

「………」


 再び2人の間には何とも言えない沈黙が落ち…室内に気まずい雰囲気が漂う。


 そんな…微妙に悪くなった空気を恐る恐る破ったのは――意外にも普段は口数が

少ないはずの、遥の方だった


「……毎朝…」


「? ええっと…ゴメン。なに…かな?」


 シン…と静まり返った音楽室の中でさえ、聞き取り辛いその遥の小さな声を聞き

逃してしまった莉緒は、やはり遠慮がちながら、もう一度言ってもらえるように、

聞き返すことにした。


 すると、遥は視線を莉緒から再びピアノへと移しながらも、しかし、声は先ほど

よりも少し大きめにして、もう一度口を開いてくれた。


「あなた…毎朝、こうしてギリギリまでここに居るけれど…。

教室のクラスメイトの子達とも、朝の会話をする時間を確保しておいた方が良いと

思うわ。

…それに、私と居たところであなたに得は無いし…楽しくもないでしょう?」


「………ぁ……へぇ…」 


 その時の遥の顔は、視線こそ莉緒から外しているものの…微妙に赤い。


 それに気が付いた莉緒は…以前に美幸から聞いていた遥の印象を思い出した。



『ねぇ、美幸っち。富吉さんって、どんな人なの?』


『そうですね…。遥は…優しい人です。

不器用、といいますか…態度には出ませんし、声や口調も淡々としているので、

誤解されることが多いようですけれど…。

それでも、本当は自分より他人を思い遣れる…とっても優しい人ですよ』



「…ふふっ……そっかそっか」


 美幸の言葉を思い出した莉緒の口元は、自然と綻んでいた。


 遥の言葉の中、その口調や雰囲気の裏側に隠れた思い遣りに気付けたからだ。


『美幸との約束なのはわかるけれど…ここに居てばかりだと、教室の友人達と疎遠

になってしまうでしょう?

私は平気だから、こんな無愛想な女は放っておいて構わないわ。

自分の友人関係を大事にした方が、あなたにとっては良いんじゃないかしら?』


…とでも言いたいのだろう。


「…さっきから、何に対してニヤニヤしているのかしら…。

あの…山本さん? こう言っては何だけれど…。

今のあなた、少し…気持ち悪いわよ?」


「フフ……ねぇ、富吉さん?」


「…な、何かしら?」


 不気味な笑みを浮かべながら声を掛けてくる莉緒に、遥は怪訝そうにその用件を

聞き返した。


「富吉さんってさ、美幸っちからは『遥』って呼び捨てで呼ばれてるし、美幸っち

のことも『美幸』って呼んでるよね?」


「え…ええ。

本人の了解も得ているし、そう呼ばせてもらっているわ。

…それで、それがどうかしたのかしら?」


 思いの外、まともな質問だったため、遥は調子を取り戻して淡々と答え返す。


「じゃあさ、私はこれから富吉さんのこと『遥ちん』って呼んで良い?」


「…………………は?」


 一旦は警戒を解いていたために、遥はそんな莉緒の提案の突飛さに対し、まとも

な返答を返せずに、思わず素のままの反応をしてしまう。


「あ、遥ちんは私のことは何て呼んでくれても良いよ?

『莉緒ちん』でも『莉緒っち』でも良いし、よほど変なのじゃなかったら他の渾名

でも良いからさ!」


「ちょ…ちょっと待ちなさい!

宣言して早速、使っているけれど、私はまだそんな渾名は認めていないわよ!?」


「良いじゃん、別に。『遥ちん』って呼び方、可愛いでしょ?」


「そういうことではないのよ!?」


 珍しく混乱しながら、大きな声で莉緒に反論してみせる遥。


 しかし、莉緒はそんな遥の訴えを、敢えて聞こえないフリで受け流した。


「まぁ、とりあえずはそういうことなんで、よろしくね!

あ、念の為に言っとくけど、もう『山本さん』っていう呼び方も禁止だよ?」




…正直にいえば、まだ今の莉緒には遥の感覚を推し量れるほどの交流は無い。


 だから、遥が本当に1人で居ても平気なのかどうかまでは…わからなかった。


 ただ―――


「ちょ、ちょっと山本さ……り、莉緒っ!

あなた、少しは人の話を聞きなさいっ!

渾名じゃなくても、普通に『遥』と呼べば良いだけでしょう!?」


 ただ、こうして一方的に押し付けた“お願い”ですら律儀に守って、初めて自分を

『莉緒』と呼んでくれた子を…『1人きりでは居させたくない』と、心底思った。


 ピアノ演奏の後に投げかけられた、冷たいとも思えるような…あの言葉。


 あれは勿論、莉緒のクラス内での立場や、友人関係を気遣ってのことだったの

だろう。


…しかし何故、遥の方から突然、あんなことを言い出したのだろうか?


 それを冷静に考えてみた莉緒は…ある結論に思い当たったのだ。


 あれは…恐らく莉緒の立場・・・・・を考えてのことだったのだろう。


 美幸との約束の手前、自分から『もう来なくても良いかな?』とは言い出せない

であろう莉緒のために、遥は敢えて自分から“来なくても良い理由”を作ろうとして

くれたに違いない。


―――だからこそ、莉緒は思った。


「無理! もう決めたので、その意見は却下します!」


「は!? あなた、さっきから言ってることが無茶苦茶よ!?」


 そんな…『とっても優しい人』が相手なら、今はその優しさに甘えてしまおう。


 きっと、そんな遥ならば、簡単には自分のことを嫌ったりはしないはずだから。


 そして、それなら後は、細かいことは気にせず一気に距離を詰めてしまえば良い

だけだ


 それも…向こうが近付いて来ないのなら、自分から近付いて行けば良い。 


「友達なんだし、渾名で呼び合うのなんて普通でしょ?」


「いえ、そういう問題では無いわよ!?」


 うん。これで良い。


 こうして強引にでも近付いて、一緒に居る時間が増えていけば、いつかは目の前

の“友人”を“親友”と呼べる日がきっと来るはずだ。


 美幸とは毛色が違うとはいえ、同じくらいに優しい…この子のことを。



“キーンコーンカーンコーン”



「あ、予鈴鳴っちゃった。

んじゃ、遥ちん。私は教室へ帰るから。バイバーイ!」


「なっ…ちょっと! 莉緒!

その『遥ちん』っていう呼び方をなんとかしてから行きなさい!」


 背中にそんな遥の声を聞きながらも、音楽室を後にする…と、その直前、莉緒は

不意に背後を振り返った。


「もう時間切れだから、その話はまた明日・・・・ね!」


「あ、あなたね―――」


 立ち去ろうとする莉緒に、更に声を掛けようとする遥。


…しかし、その言葉は急に小さくて、不安そうな莉緒の声に遮られた。


「あの、さ……」


「な、何よ……?」


 ついさっきまでの馬鹿騒ぎが嘘のように静かになった莉緒に、戸惑いながら用件

を聞き返す遥。


…すると、真剣な顔をした莉緒が、遥の目をしっかりと見つめながら、尋ねた。


「明日も私………来て良いんだよね?」


「……………………はぁ。……もう勝手にしなさい。

莉緒は私の言うことを聞かないみたいだし……私も諦めることにするわ」


 突然、静かになった音楽室で、遥はため息混じりにそう答え返した。


…ただ、そんな遥の表情には、誰が見てもわかるくらいに“安堵”の色がある。


 その様子を見た莉緒は、自分の選択が間違っていなかったことを確信した。


 そして―――ついでに少しだけ、莉緒のイタズラ心に火がついた。


「諦める…? そっか! やったぁ!

本人から正式に『遥ちん』呼びの許可が出た!」


「えっ…? あ、いや、今のはそのことではないわよ!?

あっ…こら! ちょっと待ちなさい! 莉緒!?」


 今度こそ、遥の叫ぶ声を背にして、莉緒が教室へと戻っていく。


 そして、音楽室には1人…疲れた顔の遥だけが残されることとなった…。




 こうしてこの日を境に、莉緒にとって遥は『美幸の為に会うクラスメイト』から

『普通の友達』へと変わった。


 他人から見れば小さな変化ではあったが…莉緒にとっては初めて、遥が美幸との

約束とは関係ない、ただの自分の友人へと変わった瞬間だった。


 そして、2人にとってこの日の出来事は、決して忘れられない…大切な思い出の

1つになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ