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第102話 そこに確かに残る、『美しい幸せ』

 全てを話し終えた後…。


 美幸は一度、『ふぅ…』と深く、静かに息を吐き出した。


「―――以上が、私の家族との最後の会話…その全てになります」


「…そう」


「はい。…というわけで、遥?

出来れば…で構いませんので、ずっと覚えておいて下さいね?」


「何を言っているのよ…。

こんなに大事な話、忘れられるわけが無いでしょう?

内容も勿論そうだけれど…何より、親友が『私達だからこそ』って、決意と覚悟を

もって話してくれた大切なことを忘れるほど、私は間抜けなつもりは無いわ」


「ふふっ…そうですね。

はい…ありがとうございます、遥。

…莉緒さんも―――は、大丈夫そうですね。

その様子だと…私が何も言わなくても、忘れそうにはありませんし」


 その時の情景を思い浮かべて、感情移入し過ぎたのだろうか。


 美咲との会話の途中で、いつの間にやら再び泣き出してしまっていた莉緒は、

美幸に借りたままのハンカチで顔を覆っていた。


「…確かに自分で事前に言ってはいたけれど…。

思っていた以上にすっきりした顔をしているのね、あなた。

話の中の美咲さんじゃないけれど、別にあなたも莉緒みたいに泣いてしまって

も構わないのよ?」


「ふふっ…だから、大丈夫ですよ。

相変わらず優しいですね、遥は。

私は……本人の前でたくさん泣きましたし…もう充分です。

…それに、今はこうして私の分まで、親友が泣いてくれていますから」


「美幸。

涙も悲しみも、他人が代わりに発散できるようなものでは無いのよ?」


「あはは…そんなこと、いくら何でも私だって分かっていますよ。

…ただ、ここまで親身になって全力で悲しんでくれているなら、それがたとえ自分

ではなかったとしても…心が軽くなりますから。

……莉緒さんの今のこの涙には、きっとそれだけの価値がありますよ」


「……そう、ね。

ええ…確かに、そうかもしれないわね…」


 しゃくりあげながら泣いている莉緒の耳には、恐らくは2人の今の会話は届いて

いないことだろう。


 そんな、すぐに泣き止みそうにない莉緒の背中を再び撫でながら、遥は優しい目

で見守っていた。


「…やはり、こうしてお話しして正解でした。

何だか、少しだけ心が楽になったような…そんな気がします。

今更ではありますが、自分のことをよく知ってくれている友人が居るというのは、

とてもありがたいものですね…」


「ふふっ…そうね。

でも、ここまで仲の良い友達が居るのは、きっと珍しいわよ?」


「…ええ、そうなのでしょうね。

お互いに“無二の親友だ”と思っている相手でも、その“友人”という関係を大事に

していないと、きっとこうはいかなかったでしょうから」


 遥達と知り合ってから、かれこれ50年以上が経っている、今。


 意見が合わず喧嘩をしたこともあったが、それでも最後にはお互いに反省して、

また仲直りをして…。


 そんなことを繰り返して、今まで仲良くやってこれた、美幸達。


 友人としての確かな絆がそこに無ければ、きっとどこかのタイミングでお互いに

距離を置いていたことだろう。


「…ええ、そうです。そうなんですよ…。

お2人は、私にとってとても大事な…親友なんですから。

だから…だからですね……。

遥も、なるべく長生きして下さいね?」


「……………ええ。わかったわ」


 遥はその台詞を言った時の美幸の瞳の真剣さから、何となくその心情を察する

ことが出来た。


…美咲達を亡くした『悲しみ』は何とか乗り越えたのかもしれないが…。


『寂しさ』の方には、まだ完全に慣れてはいないのだと。


 ただ、遥はそんな美幸の心中を察しつつ、それでも美幸に続けて言った。


「…けれど、美幸? それは、あなただって同じなのよ?

いくら身体的に私達よりも若いからとはいっても、きちんと健康には気を付けて

おかないといけないのは一緒なんだから。

もしも油断して、私よりも早死に…なんてことになったら、私は絶対に許さない

からね?」


「…プッ……クスクスッ…。

もしそうなったら…私、亡くなってからも遥に叱られるんですか?」


「ええ、当然よ。

ただでさえ、15年分も反則してるようなものなのだから…。

それなのに私達より早く居なくなるなんて、絶対にありえないわ。

…そんなところまで、美月さんと同じでなくても良いのよ」


「……はい、そうですね。分かりました。

きちんと…私も体には気をつけるようにしますね?」


「……ええ。そうしなさい」


 そう言って、どこか嬉しそうに笑う美幸のその笑顔を見つめながら、遥は先ほど

の美咲達の話を、ふと思い出した。


 人生の最後で、こんな笑顔に見送られるのなら…。


…きっと、自分だって欠片も悔いなんて残りはしないのだろう…と。


 そして、まだ一向に泣き止む様子のない、莉緒を見つめて…。


 『きっと、この子もそれは同じなのだろうなぁ…』と、その背を撫で続けながら

そんな風にしみじみと思う、遥だった…。




「……え、ええっと…咲月ちゃん達は、まだ喫茶店なのかな…?」


 ようやく泣き止んだ莉緒がまず初めにそう尋ねてきたのは、自分のせいで余計な

時間が掛かった責任を感じていたからだったのだろう。


 美幸はそんな莉緒の心情を察して、なるべく穏やかな口調で答え返す。

 

「…ええ、そうみたいです。

ですが、時間が掛かった分、いつもよりお菓子を1つ多く食べられたらしくて。

むしろ、小さなお姫様達は、ご機嫌みたいですよ?」


「あははっ、そっかそっか。

うん…それなら、良かったよ…」


 その返答を聞いた莉緒は、目に見えてホッとしていた。


 相変わらず、自分勝手に振る舞っているように見えて、気遣い屋さんだ。


「ふふっ…。

それで、美幸? 今から私達も、その咲月達に合流するのかしら?」


 莉緒の安堵した様子を見て、僅かに笑みを浮かべながら、遥が美幸に尋ねる。


 その質問に、美幸は先ほどの咲月からの返答の内容をそのまま伝えた。


「あ、いいえ。

それが…連絡したタイミングでちょうどお店を出たらしくてですね…。

今はこちらに向かっている最中なのだそうです。

ですので、咲月が言うには『そこで待ってて』ということでした」


「あら、そうなの?

それじゃあ、もう少しここでのんびりしていれば良いのね?」


「はい。そうなりますね。

そう遠い場所でもありませんし、咲月達もすぐに来ると思いますから」


 話を始めた時に比べると、気温も落ち着いた木陰の下は、思いの外、過ごし易く

なっていた。


 心地よい風が吹き抜けると、何とも言えない緩やかな時間が流れ始める。


 そんな和んだ雰囲気の中、不意に美幸は遥から何気ない様子で話しかけられた。


「そういえば…さっきの話を聞いている時のことなんだけれど…」


「…はい? 『さっき』というのは…美咲さんの話ですか?」


「ええ。その時のことなんだけれど…ちょっと良いかしら?

咲月達が来る前に、あなたに言っておかないといけないことがあるのよ」


「えっ? ええ…それは勿論、構いませんが…」


 そう言いつつも、振り返った先の遥の様子に、頭の中で疑問符が浮かぶ美幸。


…穏やかなその口調とは裏腹に、遥はとても真剣な表情だったからだ。


 先ほどは、美幸なりになるべく分かり易く語ったつもりだったのだが…。


 どこか、分かり難い部分でもあったのだろうか?


 それとも、美幸が気が付いていないところで、遥から見て何か気に障るような

ことでもあったのだろうか?


 そんな幾つかの可能性を考えながら、遥の口から放たれる次の言葉に若干緊張

しながら待つ、美幸。


…しかし、次に遥が口にした台詞は、美幸の思っていたものとはまるで違ったもの

だった。


「…私も、きちんとその“美しい幸せ”っていうのを、受け取っているわよ」


「…………………え?」


 突然告げられたその言葉の意味を理解できず、美幸は思わず固まってしまう。


「ふふっ…何をそんなに驚いているのよ。

あなた自身が、最期に美咲さんに尋ねたんでしょう?

『私はあなたの人生に美しい幸せを届けられましたか?』って。

…だから、確認される前に私も言っておこうと思っただけよ?」


「あははっ! 美幸っち、流石に驚き過ぎでしょ!

そんなの、わざわざ確認するまでもなく、当たり前じゃん?

あ…勿論、私だってちゃんともらってるからね? いつも!」


 微笑を浮かべながらそう言ってきた遥に続いて、莉緒も…こちらは楽しそうに

笑いながら、軽い口調で同意してくる。


…ただ、遥達のその目の奥の光だけは…ずっと真剣なままだった。


「……ふふっ……あはははっ!

……そうですか。

……っ……ぐすっ………そう、ですかぁ……うぅ………」


「…ふふ。

やっと莉緒が泣き止んだと思ったら、今度は美幸が泣くのね…。

でもね? 美幸。

あなたがどう思うかは勝手だけれど、あなたの周りの人達は皆、きっと口を揃えて

同じことを言うはずよ?

さっき、自分で言っていたでしょう?

『私はアンドロイドとして最高傑作だ』って…。

あれ、きっと間違ってはいないわよ」


「うん。

美幸ちゃんは名前通りに―――ううん、それ以上に幸せを振り撒いてた。

だからね?

美咲さん達からもらった、いつも大好きだって言ってた、その名前をさ…。

これからは、今以上にめいっぱい、誇っても良いと思う」


「……はい…そうですね。本当に、私もそう思います。

……向こうに行ったらもう一度、改めてお礼を言おうと思います。

『素敵な名前をありがとうございます』って…」


 鼻をすすりながら半泣きで途切れ途切れにそう答える美幸は、今までよりも更に

自分の名前が好きになっていた。


 思い返すと、美幸は美咲達から沢山のものをもらってきた。


 ただ、人生最高のプレゼントは『名前』という形で、生まれてすぐに受け取って

いたらしい…。


 遥達のお陰で、そのことに数十年越しに気付かされた、美幸…。


 それは“アンドロイドと研究者”と言うより、“普通の親子”のようで…。


 本当に、美咲達は自分の“開発者”ではなく“親”であったのだ…と、改めて実感

することができたのだった。


 そんな大切なことに気づかせてくれた親友2人への感謝の気持ちが、美幸の心の

中に溢れてくる。


 美幸は涙を拭いつつも、真っ直ぐに視線を合わせて、2人にその気持ちを伝える

ことにした。


「ありがとうございます…2人とも。

私も、遥と莉緒さんと一緒に過ごせて、とっても幸せです。

ですから…これからも末永く、よろしくお願いしますね…」


 改まった態度でそう言って、深く頭を下げる美幸。


 遥達はそんな美幸の姿を、微笑みながら静かに見つめていた。


…のだが、やはり、真剣な空気に耐えきれなくなった莉緒が、茶化すように言葉を

返してくる。


「こちらこそよろしく…って言いたいけどさぁ…美幸っち。

流石に、それはちょっと大げさだと思うよ?

親戚にはなったけど、気持ち的には友達同士なんだしさ。

…もっと気楽に、軽~く行こうよ。

それに『末永く』ってのもさ~。

私達も何だかんだ言って、もういい歳なんだよ?

そりゃ、私だって早死にしたいってわけじゃないけど…。

流石に、『ここからもう50年!』とかは、無理なワケだし」


「あら? 莉緒は案外、諦めが早いのね。

私はそれぐらいの心づもりで居るわよ?」


「はあ!? あと50年!?

いやいやいや! もうそれ、120歳越えるよ!? 良いの!?」


 何が『良いの!?』かは分からなかったが、莉緒の言いたいことは分かる。


 遥のその発言は、いくら何でも現実離れした意見だった。


「…いや……でもなぁ…。う~ん…遥ちんなら、あるいは…」


「……聞くのが面倒な気もするのだけれど、気になるのも確かだから、一応聞いて

おくのだけれど…。

…その『私なら』とは、どういう意味なのかしら?」


「えっ?

なんか遥ちんって何となく魔女っぽいイメージもあるし、アリといえばアリなの

かなぁ…って思って」


「……あなたはまた…。

今日、会った直後にも私のことを『魔王』とか言っていた気がするのだけれど。

…本当にどういう風に見られているのよ、私は」


 呆れ顔で溜め息を吐く遥に、思わず美幸が笑う。


「ふふっ…良いじゃないですか。

少しでも一緒に長く過ごせるなら、私は遥が魔女でも魔王でも構いませんよ?」


「いえ、別にそれは私も構わないのだけれどね?

何故、常に『魔』の文字が入るのか…という部分が気になるのよ…」


「それは、きっと遥が莉緒さんに対して常に酷い扱いをしているから…という理由

ではないでしょうか?」


「あぁっ! そうだ、それだよ!

というわけで…これを機に、私は待遇の改善を要求するよ!」


 あからさまに『今、思いついた!』と言わんばかりの反応だったが…。


 とりあえず、流れに任せて遥に対して強気の攻勢に出てみる莉緒。


…しかし、その抗議に対する遥はというと『ふぅ…』と、溜め息を1つ吐くだけ

だった。


「…残念だわ。ええ、本当に残念。

それが理由だというなら、私は黙って諦めるしかないわね…」


「ええっ!? いやいや! いくら何でも諦め早くない!?

ほら! もっと頑張ろうよ! 遥ちん!」


「いいえ、それは無理ね…。

もうありえないくらい、全くやる気が出ないもの…」


「あーっ! もうっ!

でも、なんか納得だよ! その態度がもう既に酷いもんね!」


「…ぷっ……くすくすっ……あははははっ!」


 そんな遥達のやり取りが、あまりにも“いつも通り”過ぎて―――


 美幸は、ここで遂に笑いを堪えきれなくなって、大笑いしてしまった。




 自分の身体が、まだ完全にアンドロイドであった頃。


 美幸は、“いつか、自分が美咲達を見送る時が来るのかもしれない”という想像を

したことは、実は何度もあった。


…ただ、そんな想像をする度に、絶望と悲しみで涙が止まらなくなり、『もし仮に

そんな未来が訪れたのなら、その先には幸せなど残ってはいないのだろう…』と、

勝手に考えていたものだった。


 しかし…


 真夏の午後。大切な親友達と過ごす…かけがえのない時間。


 木陰で笑い合うその光景は、長い年月を重ねても若き日のまま…ずっと変わらず

にこうして存在し続けていた。


 それは―――


 美幸の人生で最も大切な人達と言ってもいい、かけがえのない家族達と別れた後

にも確かにそこに残っていた―――『美しい幸せ』そのものであった。

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