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第99話 母と娘

 今、美幸と美咲が話している話は、内容としては二人にとって極めて重要なもの

であり、そこそこ深刻なもののはず……なのだが―――


「…それで? 何が理由で、その“親としての感覚”が芽生えたんです?」


…先ほどの件がまだ尾を引いているらしい美幸は、不機嫌な様子のままで、若干、

投げやり気味にそう尋ねてくる。


…そして、一方の美咲の方はというと、『ぇ、え~…』と軽く引いていた。


 その、あまりにもあんまりな反応に、心が折れかける美咲だったが、まだ話して

おきたかった話の本題にまで辿り付いていなかったこともあって、その重い空気に

押されつつも、渋々ながら気を取り直して、話を続けることにしたのだった。


「…んんっ! あ~……はぁ…。

…それじゃ、話を続けようと思うんだけど……良い?」


「……はい」


 美幸も、起動してからもう数十年。

流石にもう何時までもそんな態度をとり続けるほど、子供というわけではない。


 わざとらしく咳払いをした後に、再び真剣に話し始める様子をみせた美咲の姿を

確認すると、即座に機嫌を直して聞く体制に入った。


「最初に私が名前を教えた後さ、『美咲さん』って呼んでくれた時に、私に対して

美幸は微笑みを返してくれただろう?

まず、あの時に何となく『あれっ?』って、漠然とした疑問を感じたんだ」


「? ええっと…? つまり、どういうことでしょう?

曖昧過ぎて、おっしゃっている意味がわかり辛いのですけれど…」


「ああ……うん。

歯車が微妙に噛み合わないというかさ…。『違和感』って言うのかな?

何か、自分が『強烈な勘違い』をしているような…そんな感覚を覚えたんだ。

そして、それが私には何だか物凄く……気持ち悪かった」


「『違和感』…それに『強烈な勘違い』ですか…」


 表情こそ、まだ完全には理解できていない様子の美幸だったが、先ほどよりは

まだ把握したらしく、『…ありがとうございます。続けて下さい』と美咲に話を

続けてもらえるように促した。


「…うん。

それでね? 無事に起動したら伝えようと決めていた事柄を、美幸に順を追って

伝えていく内に、その『違和感』が自分の中でどんどん大きくなっていって…。

ついに、私が『君も家族の1人だよ』って美幸に言った時、その言葉に感動して

くれた美幸が流した嬉し涙を目にした瞬間に、不意にハッとなってさ…。

私は『違和感』の正体である“それ”に……やっと気が付いた」


「それで…結局、『違和感』の正体だという“それ”とは、何だったんです?」


 ゴクリ…と、唾を飲む音が聞こえてきそうなほどの緊張感の中、深刻そうな顔で

話していた美咲は、ここでフッ…と表情を崩して、微笑んでみせる。


…だが、その笑みはどこか自嘲気味であって、雰囲気を和ませるようなものでは

なかった。


「ふふっ…それが判ってみると、とても単純な答えでね。

その正体はズバリ、『罪悪感』だったんだよ。

…ただ、それまで経験したことがなくて、すぐにピンとこないくらい強烈なレベル

のものではあったんだけれど…ね」


「強烈な、罪悪感…」


 美幸はその時の美咲の感情を自分なりに想像しようとしたのだが…どうも上手く

いかない。


 なんだかんだ言っても長く生きてきた美幸だったが、自分で処理できないほどの

レベルの感情を覚えたことは、今までにほとんど無かった。


 強いて言うなら、昔、試験で自らの髪を切った時や、由利子の葬儀の際の悲しみ

くらいのものだったが…。


…その時の記憶は、アンドロイドとしては考えられないほどに曖昧なものだった。


 だから…なのだろうかはわからなかったが、それと同レベルの罪悪感となると、

到底、想像で補えるようなものではなかったからだ。


「起動して間もない…右も左も分からないはずのその子がさ…。

私の名前を知って、純粋にその名を呼ぶことを喜んでくれた。

その時にはまだ初対面で、ほとんど他人と言っても良いはずの自分の妹の結婚すら

心から祝ってくれた。

…そして、私の伝えた『私達は家族だよ』っていう言葉に、感動してくれて…。

思わず涙するほどに……美幸、君は・・喜んでくれたんだ」


「……………ふふっ」


 美幸は、その言葉に反応して、無意識に微笑んでいだ。


 美咲の口から飛び出した、当時は多用していた“君”という呼び方で自分のこと

を呼ばれたことで、半ば自動的に研究所での日々の記憶が再生されていく…。


 あの頃の研究員達との記憶は、何度思い返しても良い思い出だった。


「その時に我に返って…思ったんだよ。

『私は…いったい何を考えていたんだろう?』って…。

目の前のその子は、“アンドロイドと人”という垣根を越えて、私に『家族だ』と

言ってもらえたことを、心から喜んでくれているっていうのにさ…。

一方の自分は、『やった! 成功だ! これで美月を守れる!』なんて…。

…内心では、ひたすら自分の都合ばっかり…考えてて。

だから、何が・・気持ち悪かったのかは、振り返ってみたら…すぐに気が付けた。

…何を隠そう、『ついさっきまでの自分』が、何よりもずっと気持ち悪かったんだ

ってね」


「それで……そこで親の自覚が芽生えたんですか?」


「まぁ…そういうこと。

それで、一瞬で頭の中の感覚が、カチッと切り替わったのさ。

意識的に切り替えたというより、自動的にね」


「はぁ…。それでは、結局は本当に“ほんの数分の話”だったんですね?」


「…うん」


 何処かホッとしたような様子で息を吐きながらそう尋ねる美幸に対して、美咲は

微妙に居心地が悪そうな表情で頷く。


「そうですか……ふふっ」 


 大方の予想通り、危惧するほどの酷い結末にはならなかったことに、美幸は笑み

を浮かべる。


…そして、そんな美幸の様子に、美咲も『ふふ…』っと軽く笑って返した。


「…ホントはさ、こうしてわざわざ言わなくても、特に何も差し支えないってこと

くらい、私にだって分かってたんだけどさ…。

それでも、きちんと言っておいた方がスッキリするかな…って。

ただただ、個人的に…ね」


「個人的に…?」


 美幸は、その言葉に何処か引っ掛かりを感じた。


…はたして、あの過保護で有名な美咲が、自分がスッキリするためだけ・・に美幸が不快

に感じる可能性のある話を、こうして自分から打ち明けてくるだろうか?


 このまま黙っていても仕方がない…というよりも、遠慮するような仲でもないと

判断した美幸は、その疑問を率直に本人にぶつけてみることにした。


「ええっと…美咲さん? 本当にそれだけ・・なんでしょうか?

美咲さんのことですし……それも何かの複線なのでは?」


「……ふっ…ふふふっ……あはははっ! 流石は美幸だ!

私のこと、本当によくわかっているね? 嬉しい限りだよ!」


 良くぞ見破った! と言わんばかりに得意げな顔で、ふんぞり返る美咲。


 今のこの会話を心底楽しんでいるらしく、美咲の様子は、とても楽しそうなもの

であった。


 しかし、そう言われた当の美幸は…というと―――


「へぇ…。やはり、そうだったんですか…。

…それで? 今回はどういった意図があるんでしょう?」


「……あ、あれっ? あの~…美幸? 美幸さん?

なんだか…反応がちょっとばかり冷め過ぎじゃないかな?」


 こちらに比べて想像以上に低いテンションの美幸に肩透かしを食らった美咲は、

テンションを一気に落としていく…。


…だが、美咲は、その妙に冷めた反応には身に覚えがあった。 


「…ん? いや、待てよ?

さては……これは例の“美月の教え”の1つだね?」


「ふふっ…。ええ、その通りです。

美月さんは『姉さんのノリに付き合うのは、はっきり言って時間の無駄です』と、

断言されていました。

それと『調子に乗せると、こちらの面倒が増えますよ』とも」


「くっ…美月のヤツめ…!

いったいどれだけの知識を美幸に授けていったんだ…」


 妹を思い浮かべながら、悔しそうにしている美咲。


 そんな美咲を尻目に、美幸は何かを思い出したかのような様子をみせると、更に

言葉を続ける。


「…ああ、そういえばその時にもう一つ、併せて教わっていたのですが―――」


…と、そこで一度、言葉を切ると、美幸は美咲としっかりと視線を合わせた。


 そうして、『クスッ…』と小さく笑うと、美幸ももうすっかり癖になっている

右手の人差し指を立てて唇に触れさせる、例の美月譲りのポーズをとった。


「『基本的には恥ずかしがり屋ですので、真面目な話をする前には、照れ臭さから

わざとふざけたりもしますね』と、教えてくださいましたが…。

さて……ふふっ、今回の場合は、そちらはどうなのでしょうね?」


 半ば確信したような含み笑いを浮かべながら、今度は美幸が得意げな顔で、そう

返すと…。


「ぐっ……ぬ………うぅ……」


「ふふふふふ…」


 悔しさに顔をしかめていた美咲が、唸り声と共に更に眉間の皺を深くしていった

のに対して、視線の先に居る美幸は余裕のある、不敵な笑みを浮かべてた。


…ただ、一方で美幸の頭の中の冷静な部分が『…これは何をしているのだろう?』

と、美咲と張り合っている自分の現状を冷静に見つめてはいたが。


「…あ~もうっ!! 美月~、そういうのは黙ってようよ~…」


 数秒の膠着状態の後、美咲が先に降参の意思を示してみせる。


…悔しそうな表情から一転、何かを諦めたような顔で病室の天井を見上げながら、

天国の妹に届かせるように、そう呟いた。


「…ということは、やはり真面目な話…なんですね?」


「だぁーっ! もうっ! そうだよっ!!

もう…本当ほんと、やっぱり何時いつまで経っても美月には敵わないなぁ…。

…やはり、姉は妹には弱いって、相場は決まっているのかね?」


「ふふっ…ですが、美咲さん?

確か、以前には遥にも『あの子には敵わないね』と言っていましたよね?

遥は、いわゆる『妹』とは少し違うと思いますけれど?」


「うっ……そういえば、そんなこともあったね…。

…んっ? あれっ? そう考えると……。

もしかして、私って…意外と立場が弱かったりするのかな?」


「え…? 美咲さんの立場が弱い…ですか?

ぷっ…あははっ! それ、美咲さんが現役の時の研究所の方々が聞いたら、きっと

皆さんお腹を抱えて大笑いしますよ?」


 そう言って、美幸もその呟きに対して声を上げて笑ってしまう…が、ここが病院

であることを思い出し、慌てて声を抑えた。


「……はぁ~…。

…もう続きを話すの、止めようかなぁ……」


「ふふっ…ごめんなさい。

もう笑いませんから…どうか許してください、美咲さん」


「むぅ…わかったよ。

…というか、こういうのを繰り返してたら、いっこうに話が進まないね」


「クスッ…そうですね。

…ですが、本当はこういうのも嫌いではないのでしょう?」


「ふふ…まぁね。否定はしないよ」


 美幸の指摘に、ニヤリとした表情になる美咲。


…だが、それからすぐに、真剣な顔つきを意識的につくった。


「…さて、と。

美幸のご指摘の通り、ここからは少し真面目な話をさせてもらうね?」


「…はい。聞かせて下さい」


 今度は美幸が、美咲に倣うように姿勢を正して改まった。


…それだけで再び室内の空気が引き締まる気がするのだから、不思議なものだ。


「ええっと…まぁ、そうして起動した日からの私は、気持ちを切り替えて美幸を

自分の娘として見守ってきた。

…それで事ある毎に、私は“今が幸せかどうか”を尋ねたりしていたよね?」


「…え? ええ、そうですね…。

確かに『美幸は今、幸せかい?』ってよく尋ねられていたような気がします。

そしてその度に、私は『はい。幸せです』と、答えていましたけれど…」


『それが何か?』とでも言うように、不思議そうにする美幸。


 美幸にとってそれはよくあるやり取りであり、そこに何の問題も見当たらない…

ごくごく当たり前の日常会話だった。


「…うん。そう答えてくれたのは、私も良かったんだけどね?

私としては、これから先の人生でも、誰にそう尋ねられてたとしても、ずっとそう

いう良い返答が出来るように過ごしていって欲しいわけだ」


「え…ええ。それは勿論、私もその方が良いのですが…」


『いまいち言いたいことがわからない』といった様子の美幸に、美咲は黙ってその

目を見つめ返しながら黙って頷くと、更に言葉を続けていく。


「…これも、今までに何度も言ったと思うんだけどさ…。

私から見て、美幸は本当に素直で、真っ直ぐに生きてきたと思うんだ」


「あ、はい。それは、その…ありがとうございます。

そういう風に言って頂けるのは、私としてもとても嬉しい限りです」


「…うん。でも…さ。

本とか映画の中の世界とかなら、そのままでも良いと思うんだけれど…。

現実的には、その生き方は…ちょっと、ね…。都合が悪いかなって。

…ほら、美幸の試験で言えば、佐藤運輸での試験の同僚の人達とかなんてさ…。

そういう性格の人種は、まさに『格好の餌食』だっただろう?」


「ああ…。それはそうですね…。

確かに、あの職場では真面目であればあるほど損をしている印象がありました」


 古い記憶を掘り起こしつつ、美幸は美咲の意見に同意を示した。


 あの会社は、ある意味ではブラック企業の典型ではあったのだろうが…。


 あそこでは、経営者に気に入られているかどうかが全てであり、その人の努力や

成果は、人材を評価する上では二の次だった。


「でもさ…別にそれだけじゃないんだよ?

もし仮に、私が美幸の起動の時に改心していなかったら…。

きっと美幸は、今でも私の目的のためにずっと利用され続けてきたはずなんだし」


「ああ…。ここで、その話に繋がるんですね…」


 ここにきて、美咲が何故、わざわざ美幸が不愉快な思いをするであろう先ほどの

話をわざわざしてきたのかに納得することが出来た。


 これから話すであろう内容を美幸に伝えたかったから、なのだろう。


「…うん、そういうこと。

私はさ…そんな美幸が、これから先の人生で誰かに利用されるのが心配なんだよ。

私としては純粋なのは可愛いし、見てる分には良いんだけどね?」


 美咲は、今度は困ったように眉を寄せて、笑みを浮かべてみせる。


「…確かに、今の美幸は美月からも色々と教わって、今では大分頼りになるように

なったし、もう人生経験だって豊富だから、そうそう簡単に騙されるようなことも

無いんだろうけど…。

それでも、自他共に認める親バカの私としては、やっぱりその辺りが心配なのさ。

だから、これからの美幸には用心深く…というか、疑り深くというか…。

まぁ…そういう風にして、生きていってもらいたいワケなんだよ」


「…なるほど。

それが美咲さんが改めて私に伝えておきたい話、というわけですか…」


 美咲自身が『真面目な話だ』と言っていた以上は、きっと本気で心配してくれて

いるのだろう…。


 美幸は一度『ふむ…』と、その美咲の望みについて真剣に考えてみる。


…しかし、思った以上に簡単に考えが纏まったため、ものの数秒で結論が出た。


「ええ、美咲さんのおっしゃりたいことは、わかりました。

ですが…その件に関しては、丁重にお断りさせて頂きます」


「……………は? え………いや……なんで?」


 言葉遣いと同じく丁寧な物腰でペコリと頭を下げながら、しかし、真正面から

キッパリと断って来た美幸の返答が、予想外過ぎたのだろう。


 美咲の口からは、深刻な空気に似合わないほどの間の抜けた声が漏れた。


…そして美咲は、そのまま口を開けてポカンとしてしまっていた。


「あ、勘違いしないで下さいね?

美咲さんが私に真剣に言ってくれているのも、きちんと伝わってきていますし…

真面目に考えてくれていたのも、理解しています。

私としても、決して冗談のたぐいで言ったわけではありません」


「………え……そうなの? えっ? えっ? じゃあ…なんで?」


 真剣な回答なのだと認識は出来たものの、理解までは出来ない美咲は、軽い混乱

に陥ったらしく、先ほどと同じ質問を繰り返していた。


 その様子が若干コミカルだったため、美幸は思わず『クスッ…』っと笑う。


「美咲さんのそのご心配…とっても嬉しいです。

それに、それがあながち的外れな指摘でもないのも確かです。

ただ、ですね―――」


 美幸はそこまで言うと、笑顔のままで美咲の目をしっかりと見つめ返して、真剣

な様子で言葉を続けた。


「美咲さんは、一番大切なことを忘れていらっしゃいます。

私は…“人と同じ心を持つ、史上初のアンドロイド”なのです。

その目的は“人と共に泣き、笑い、歩むパートナーになること”だったはず。

…そんな私が、必要以上に“人間を疑い、警戒する”なんて…嫌なんですよ」


「…えっ?

あ、いや…確かに、美幸の開発当時のコンセプトは、そうだったけどさ…。

でも…ほら、今の美幸は心だけじゃなくて、体も人間になったんだし―――」


…美咲がそこまで言ったところで、美幸はその台詞を遮るように、割って入った。


「―――以前から、いつかはお伝えしようと思っていたのですけれど…。

こうして今日は美咲さんにも、その心の内を晒して語って頂けたことですし…

いい機会ですから、私の方も遠慮なく言わせて頂きますが…」


 そこで美幸は一瞬、目を閉じて息を吸い込み、閉じた瞳を見開くと同時に続きを

口にした。


―――その目に、強い決意と…揺るがぬ意志を込めて。


「私は…“今でもアンドロイド”なんです。

『人間の身体と人生を与えてもらっただけ・・のアンドロイド』なんですよ…」


「…へ? い…いや! な、何で今になってそんなこと言うの!?

私は美幸が人間として生きられるようになって、本当に嬉しかったんだよ!?

それなのに…美幸はそうじゃなかったっていうことなの!?」


 責める…と言うよりは悲しみに暮れるように、そう声を荒げる美咲。


 余程、驚いたのだろう…。

その口調すら、いつものような力強さを失ったものになってしまっている。


 一方の美幸は、美咲とは正反対に落ち着いた態度と口調で、その言葉に答えて

返した。


「…勿論、私だってそれに関しては、嬉しかったんですよ?

美咲さん達と同じように歳を取って、同じ目線で、同じ時間を生きていける。

私が叶わないと解っていながら願った…『手の届かぬ夢』そのものでしたから…」


「それじゃあ、『もう人間』で良いじゃないか!!

なんでまだ、『アンドロイドのまま』でなきゃいけないのさ!?」


 美咲は美幸の真意が理解出来ずに、そう捲くし立てるように言う。

…気付けば、その表情は今にも泣き出しそうなものに変わっていた。


 そして、美幸はそんな美咲を宥めるように、優しい表情と声で更に続けた。


「…私はアンドロイドとして生まれ、今日まで生きてきました。

そして…美咲さんを初めとした近しい人達のほとんどは、私がアンドロイドだと

解った上で愛してくれていました。…違いますか?」


「いや…まぁ、それはその通りだけどさぁ…!」


「…それなら、私を『人間』として扱うことにこだわり過ぎないで欲しいんです。

私は、美咲さんと美月さんと隆幸さん…この『大好きな3人の子として生み出して

もらった唯一の“アンドロイド”』です。

これは半世紀以上生きてきた、私の“人生最大の誇り”なんですから…」


「な…………ぅぅ……」


…その美咲の小さな唸り声を最後に、シン…と急激に静まり返る病室内。


 美幸のその言葉を耳にした瞬間、美咲はそれまで興奮して大きく開けていた目を

更に見開いたかと思うと、まるでスイッチを切られた機械のように、ピタリと動き

を止めることになった。


…そして、その表情がみるみる曇っていくと―――やがてうめくような声で呟いた。


「………美幸」


「クスッ…はい、何でしょう?」


「この………卑怯者」


「ふふっ…!

それは、褒め言葉として受け取っておきますね?」


…心から愛する娘に『人生最大の誇り』とまで言われてしまったら…。


 もう、美咲にはとてもそれを否定することなど出来ようはずがなかった。


 心底悔しそうな表情をしながら拗ねた口調で話す美咲に、楽しそうにクスクスと

笑いながら答える美幸…。


…美咲のその反応は、美幸の予想、そのままだった。


「くっそ~…美幸なんて、悪いヤツに利用されて泣いちゃえばいいんだ!」


「ふふっ…そんな時には頼りになる親友を始めとした、私のこれまでの人生の中で

得られた大好きな人達に助けてもらいますから…ご心配なく」


「あーっ、もう! わかったよ! 負け負け! 私の完敗だよ!」


「ふふっ…あははははっ!」


 遂に笑いを堪えきれなくなった美幸は、ここが病室であると分かっていながらも

声を上げて笑い出してしまう。


 そして…美咲もその幸せそうに笑う美幸の姿を見て、一緒に声を上げて笑った。


 その後、あまりの騒がしさに、駆けつけた看護士に揃って叱られる2人…。


…しかし、口では謝罪しつつもその表情が依然として笑顔のままであったために、

更に強く注意されることになってしまうのだった。




「あ~あ……悔しいなぁ…」


「ふふ……まだ言っているんですか?」


 こっ酷く叱りつけた看護士が立ち去った後、美咲は溜め息を吐きながら、改めて

そう呟き、美幸は穏やかな様子で、そんな美咲に言葉を返す…。


…この頃には、すっかり室内の雰囲気は和やかなものへと変わっていた。


「いいや、そうじゃなくてさ…。

美月も高槻君も、亡くなる少し前に美幸と話して『これで悔いが無くなった』って

言っていたらしいじゃないか」


「…ええ。ありがたいことに、そうおっしゃって頂けましたね」


 少し悲しそうな表情で、しかし、懐かしそうにそう呟く美幸。


 実際にはもう4年前のことのはずなのだが、つい昨日のことのようであり、同時

に遥か昔のことのようにも感じる…。


 そんな…どこか不思議な感覚だった


「でもさ、私は多分そうはならないだろうなって、ずっと思っていたんだ。

何と言っても、自他共に認める過保護で、親バカだからね。

絶対に美幸絡みで何かしら心配事が残る、そしてそれがきっと心残りになる…って

半ば確信していたんだよ」


「それで…今は、どうですか?」


「いや、参ったね…。

もう見事に悩みが解消されちゃったよ。

…これじゃ悔いなんて…心残りなんて残るわけが無いじゃないか」


「……っ……ふふ。…それは良かったです」


 美咲の言葉の『悔い』という単語の裏側にある、“死別”という事実が頭を過ぎる

と、美幸はその言葉への返答が、僅かに遅れた。


…そして、その僅かに空いた間の理由に…美咲は即座に気が付いた。


「…ねぇ、美幸?」


「はい?」


「本当に、立派になったね…。

美幸の生みの親として…私は鼻が高いよ」


「…っ……美咲…さん」


 美幸が何とか泣くのを堪えていたところに、狙いすませたように差し込まれた、

美咲の『立派になった』という、その普通の親らしい・・・・・・・褒め言葉に…美幸の涙線が

勝手に反応し始める。


「……ああ、やっぱりまだ1つだけ、心残りがあったよ」


 今、思い出した…という表情で、美咲は微笑みながら美幸を見つめた。


「聞いた話だと、美月や高槻君の前では、笑顔を貫いていたらしいけどさ。

私が居なくなるのを悲しんでくれるなら、我慢しないで思いっきり泣いてくれ。

素直に目の前で自分のために涙を流してくれた方が……私はずっと嬉しいよ」


「…美咲…さん」


「…ん? 何だい?」


「…っ……この……卑怯者ぉ…」


「あははっ! これは早速、リベンジ達成…だね?」


…その後、美咲が小さく『…おいで』と呟くと同時に、緩やかに美咲に抱きついた

美幸は、飾ることも我慢することも無く…小さな子供のように声を上げて泣いた。


 そんな美幸の頭を、穏やかに微笑みながら優しく撫でる美咲の姿は、紛れも無く

『母親』そのものだった―――。

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