第98話 衝撃の告白…?
「さて、それでは……最後は美咲さん、ですね…」
何かを飲み込むかのように一度目を閉じてから、そう美幸は言った。
…しかし、その覚悟を決めるような様子を見た遥達は、心配そうな顔をする。
「…美幸? しつこいようだけれど……本当に、大丈夫なの?」
「そうだよ? 美幸ちゃん。
別に、全部が今日じゃなくても良いんだし、美咲さんの話はまた今度とか。
美幸ちゃんが自然に話せるようになってからでも…さ」
美月や隆幸が亡くなったのは何だかんだ言って、もう4年も前の話だ。
美幸もある程度の心の整理は出来ていただろう。
…だが、美咲が亡くなったのは、この春。今年のことなのだ。
いくら本人が『大丈夫です』と言っていても、完全に過去の出来事として割り
切っているとは、とても思えない。
幸いなことに、現状では3人とも健康面での憂いがあるわけではない。
こうして集まって話が出来る機会は、これからまだ何度もあるだろうし…焦る
必要も無いはずだ。
「…いいえ。今、話しておきたいんです。
私が今この時に、遥達に“話したい”と思ったんです。
これで後回しにして、もし事故か何かで私か遥達の誰かが…なんてことになったら
…きっと、物凄く後悔するでしょうから」
「…そう。そう言われれば、そうね。
美幸がこれまでもずっと、そういう風に心掛けていたからこそ、美咲さん達とも
きちんとお別れする前に、十分に話が出来ていたのだったわね…」
「…はい。
由利子さんの時のようなことは…もう二度と経験したくはなかったので…。
だから…というわけではないのですが、やはり、今ここで聞いて欲しいんです」
「…うん。わかったよ。
でも、それなら…さ―――」
莉緒はそこまで言うと、美幸と…今度は遥の顔も見て、言葉を続けた。
「ねぇ、遥ちん! もっと明るい雰囲気で聞こうよ!
美咲さんも、楽しいのが大好きだったんだしさ!」
「…はぁ……まったく。そういう類の話でもないでしょうに…」
美咲がどんな人物だったか等は関係なく、内容が明るいものではないのは間違い
ないだろう。
普通ならば、笑顔で聞くのは流石に不謹慎というものだ。
…だが、莉緒のその言葉を切欠に、どこか緊張した空気が弛緩していく。
「良いじゃん! きっと、美咲さんなら同意してくれると思うよ?
『そうだそうだー』とか、軽いノリで言って来そうじゃない?」
「ふぅ…。そう言えば、あなた達2人には苦労させられたわね…」
『ふふーん♪』と、何故か誇らしげに胸を張る莉緒に、再びため息を吐く遥に、
声を殺して笑う美幸。
ただ…そんな莉緒の態度に、美幸と遥の2人は内心では感謝していた。
莉緒は美咲とノリが似ていることあって、生前は特に仲が良かったのだ。
『ただ話を聞く側』だとはいっても、そんな莉緒が辛くないわけがない。
それでも、いざとなれば虚勢を張ってでもこうして道化を演じられる…。
…昔に比べて涙脆くはなったものの、やはりこの親友は、根はとても強くて、
優しい良い子のままなのだ。
「ふふっ…。それでは、お話させて頂きますね?」
そう言った美幸の顔には、先ほどまでの決意を込めたような色は見えなかった。
これならきっと、最後まで泣かずに話しきれるだろう。
改めてもう一度……心の中で莉緒に『ありがとう』と呟く、美幸だった。
美咲が入院を決めたのは熱が中々下がらなかったからという、あくまで念のため
程度のものだった。
そして、そういった理由の入院だったこともあって、美幸も当時はそこまで重く
考えてはいなかったのも確かだった。
しかし、美咲本人だけはそうは思っていなかったらしい。
入院を始めた翌日、症状が落ち着いた美咲は、見舞いにやって来た美幸に突然こう
言ってきたのだ。
「普通の風邪だといっても、85歳になった今の私にとっては油断できないよ」
「美咲さん…そういう冗談は、感心しませんよ?」
「ただの事実だよ。少なくとも楽観視していても良い歳じゃないさ」
「それでも、です。
はぁ…。どうせ言うのなら、もっと笑えるものにして下さいよ…」
「う~ん……でも、最近あった笑える話となると…。
月子ちゃんに、自分の料理より市販のお菓子が好きだと言われて、美幸が半泣きに
なってた…ってことくらいになるけど?」
「は、半泣きになんてなってません! ……ちょっと、落ち込んだだけです」
「あははっ! まぁ、しょうがないよ。
あれくらいの子共にとって、お菓子は至上の食べ物なんだからさ」
「だって……自信作だったんですよ? あのハンバーグ…」
先日、自宅に遊びに来た娘夫婦と孫達をもてなすために、気合いを入れて夕飯を
作った美幸。
その甲斐もあって、夕食は孫達からは好評を博したのだが…。
珍しく調子に乗った美幸が『3時に食べたケーキと、どっちが美味しい?』と
冗談半分で尋ねると『ケーキ!』と即答されてしまったのだ。
…引き攣った笑顔で『そ、そう…』と言った美幸は1人で静かに凹んでいた。
「ふふふっ…あの時はびっくりしたよ。
咲月ちゃん達を見送って、不意に後ろを振り返ったら…。
…美幸が物凄い勢いで“負のオーラ”を放ってたから」
「もう! そういうのは忘れていて良いんです!」
「あははっ! 美幸は相変わらず反応が可愛いね。からかい甲斐があるよ」
そう楽しそうに笑う美咲に、不機嫌そうな様子で再度注意を促しつつも、美幸は
内心ではホッとしていた。
入院した日の美咲は高熱で意識も朦朧としていて本当に心配だったのだが、今は
思っていたよりも元気そうだったからだ。
「まぁ…でも、たまには真面目な話も良いじゃないか。
ここ最近じゃ、ゆっくり話す機会も―――」
そのまま『無い』と、続けそうになったところで、美咲は自らのここ最近の自分
の行動を振り返ってみたのだが…。
昼の間、仕事に行ってしまって話すタイミングがない分、それを取り戻すように
家に帰ってきた後には、美幸に話かけるようにしていたのを思い出した。
「………いや…まぁ、割と頻繁にあるんだけどさ…」
「ふふっ…ええ。
最近では、夕食後は毎日、美咲さんとお話させてもらっていますからね」
ばつが悪い様子で恥ずかし気に目を逸らす美咲にクスクスと笑いを堪えながら、
美幸はそう返した。
そんな時の美咲の雰囲気は、まるで主人の帰りを待ちわびていた子犬のようで、
とても可愛らしく思っている美幸。
…だが、話が逸れそうになったが、そもそも真剣な話題だったということもあり、
漏れた笑みを引っ込めながら、言葉を続けた。
「…ただ、確かにおっしゃる通り、深刻な話はあまりした記憶がありませんね」
「ああ…そうだろ?」
正確には美咲が会話に参加すると、最終的に内容が真面目ではなくなる…と言う
べきだったのだが……一応は、美咲の言う通りではあった。
常に会話を楽しくしたいと考えている美咲は、努めて明るい話題を選んで話して
いた。
特に遥に仕事が入っておらず、その会話に同席している時などでは、流石の美咲
でも、気楽に自らの寿命や死期に関しての会話なんて、とても出来ない。
「あのさ…聞いた話だと、美月も高槻君も、晩年には美幸とじっくり話したことで
満足して逝けたそうじゃないか?」
「…ええ。そうですね。
…ありがたい話ですが、ご本人にもそういった旨のことを、言って頂けましたよ」
「ふふ…だろう?
まぁ…だからさ、私もそういう風に、きちんと美幸と話しておきたいんだよ。
…今までのこととか、色々とさ…」
「……そう、ですか」
先ほどは日常会話程度の明るめの口調だったのに対して、今回は少し、真剣みが
増していた、美咲の声色。
その雰囲気を感じ取って、今度は素直に美咲の提案を受け入れることにする。
考えたく無かったこともあり、ついさっきは条件反射のように否定してしまった
美幸だったが…。
本当は、美幸自身も美咲の言葉が正しいということは理解していた。
どれだけ明るく振舞い、年齢に比べて気力が満ち溢れているように見えていても
美咲が高齢であることは確かなのだ。…当然、その体力も相応だろう。
…つまり、美咲の言う通り、何かの切欠で体調を崩した場合、そのまま命を落とす
可能性だって十分にありえる…ということでもある。
「…ということで、今だから白状するんだけどさ…」
「白状…ですか? ええっと…はい、なんでしょう?」
『白状』という言葉に違和感を覚えた美幸は、軽く首を傾げながら、とりあえず
美咲の次の言葉に耳を傾けることにした。
「その…本当のことを言うとね?
実は…美幸が起動した時には、そこまで“親”っていう感覚は無かったんだ」
「えっ…? ええっと……そうなんですか?」
美幸には、その美咲の発言は不意打ちであり、予想外なものだった。
美幸の記憶では、開発者の中でも、美咲は最も自分を娘として扱ってくれている
実感があったからだ。
「まぁ…とはいっても、起動から数十分後には『この子は確かに自分の娘なんだ』
と、思えるようになっていたんだけどね?」
「それは、あの……やはり、以前に聞いた“理由”によるものでしょうか?」
「…ん? 以前に聞いた理由って?」
「私が美月さんと隆幸さん…“2人の娘だ”という印象が強かったという話です。
『自分達3人の娘』というより『あの2人の娘』という感覚だった、と」
若干、言い辛そうな態度でそう言った美幸の言葉に、美咲は、つい先ほどとは
少し違った意味合いの恥ずかしさを覗かせ、頭を掻きながら、美幸が暗に言わん
としている内容を理解した様子を見せた。
「あー……なるほど。そういうのか~…。
……うん。確かに…それもゼロじゃなかったんだけどさ…。
今回の話は、ちょっと違うんだよ」
そこまで言うと、美咲には珍しく、少し言い辛そうな素振りを見せる。
…どうやら、まだ美幸に隠していた重要な“何か”があるらしい。
昔からそういった部分はあったのだが…本当に自分の本心を見せない人だ。
「本当はこんなことは本人に言うべきじゃないのかもしれないけど…。
でも…隠し事をしたままでお別れになるのも、何だか後ろめたいし…。
…正直に言うことにするよ?」
「はい。どうぞおっしゃって下さい。
何だか、凄く言い辛そうにしていらっしゃいますが…。
私も、起動してから随分長く生きてきましたからね。
もう大概のことを受け止められるくらいには、成れたつもりですよ?」
「はは……そっか。そりゃ、頼もしいね。
……じゃあ、遠慮なく言うと、だね…」
美咲は一度そこで言葉を切って、ベッドの上で改めて佇まいを正す。
その真剣な様子を見た美幸の方も、スッと背筋を伸ばして、聞く体制をとった。
「…あの時、起動の瞬間には、私はどこか…美幸を『自分の家族』というよりも、
ただの『研究成果』として見ていた部分があったんだよ」
「……っ!」
衝撃で声を上げそうになった美幸は、なんとかそれを堪えた。
何故なら、美咲が口にしたことは、美咲自身が最も嫌ったことだったからだ。
自分をただのアンドロイドとして扱おうとしてくる国の関係者に対して、度々(たびたび)
怒りを露にする美咲の姿を目にしてきた、美幸。
そしてその度に、美咲本人と、自分の恵まれた環境へと感謝していたのだ。
…そんな美幸にとって、美咲のその発言は完全に想定外のものだった。
「ごめん……と、今更言っても仕方がないんだけどさ…。
ふふ…ここからは完全に言い訳になるんだけど……それでも聞いてくれる?」
「……はい」
自嘲気味に笑ってそう尋ねてきた美咲に対し、神妙な顔で頷く美幸。
これから話す側の美咲にも、相当の覚悟があるのが伺えた。
瞬間…室内に僅かに緊張が走る。
「私がその時に、最初に考えていたのはね?
『もし失敗だったら、どうしよう?』ということ…。
…それまでの“アンドロイドAI”といえば、1体につき1つが基本だった。
複数のAIを併設することは、それまでにも何度も試されていたけれど…。
それはあくまでもちょっとした補助程度…メインではなく、サブだった」
「…はい。その辺りは、私もきちんと学びましたから、わかります」
今まさに、美幸は美咲達の跡を継ぐように、AI研究に携わっている。
それに伴って、研究室で働くに当たり、それまでのAI研究の歩みを含め、その
知識は自身のメモリに叩き込んであった。
勿論、それは自身のAIの構成や、その他の美幸本人には秘密にされていた部分
も含めて…だ。
「…でも、美幸の場合は初めての試みで…とにかく特殊だった。
メインAI内の人格データは、高槻君と美月の2人分。
それが相互に干渉し合いながら思考するという複雑なシステムな上に、更には当人
には認識出来ないようにした『感性』を司る、別のAIからも干渉を受ける…。
…勿論、慎重にバランス調整もしたし、理論上では上手くいくはずだった。
けれど、それはあくまでも想定であって…。
そこに絶対の保障がある、というわけじゃなかった」
「…それは、確かにそうでしょうね」
美幸のAI構造は当時としては画期的であり、だからこそ、その成功は世界から
賞賛される結果に繋がったのだ。
当然、前例が無い以上、確実に成功する保障などあるはずが無い。
「美幸の開発には、その地点で既に多額の研究費が費やされていたし、研究期間も
通常のAI研究よりも遥かに多くとられていた。
…母さん達の時のように、手の空いていた研究員が通常の研究の傍らで細々と開発
していた…というのなら、長期間の研究でも問題にはならなかったんだろうけど…
私の場合、それをメインにして研究していたからね。
費用と時間、両方の意味で試作を繰り返すことも出来ない上に、失敗も許されない
という状況だった」
「……まぁ、それもその通りだったでしょう」
美幸は以前に、チラッと自分の開発に掛かった費用のデータを研究室の記録で
確認したことがあった。
その時は、平均的な研究費との差異を把握するためだったのだが…。
実際に調べたその開発費は『自分がその研究の当事者でなくて良かった…』と、
思わず胸を撫で下ろしたくなるほどの金額だった。
…当時の美咲達にかかっていたプレッシャーは、相当なものだっただろう。
「…私は、何としても妹の美月を守らなければならなかった。
それは“今現在”というだけじゃなくて、その“未来”も全て。
だから…その『研究成果』である美幸に、万が一、起動エラーでも出てさ。
しかも、それが即座に修復が難しいレベルの、根本的なものだったなら…。
最悪の場合、そのままプロジェクトの凍結も、十分に考えられる。
もう一度作り直すには、あまりにコストも時間も掛かり過ぎるからね…」
単なる起動ミスなら再度試みれば済む話だが、長期間の調整が必要なケースなら
そういう話が出ても不思議ではないだろう。
…何故なら、国の側から見れば、その地点ではただ単に金と時間だけが浪費された
というだけであり、全く評価できる点が無いのだから。
「仮にそうなったら、もう半分はゲームオーバーさ。
国からの私への期待も、その地点でほとんど無くなっているだろうし…。
最悪、私達はもう研究者ですら居られなくなる可能性だってありえた。
…だから、無事に美幸を起動出来た時には、心底ホッとしていたのさ。
『ああ…これで上手くいく』ってね…」
美咲はそこまで言ったところで言葉を切り、慎重に美幸の顔色を伺う。
しかし―――予想に反して、美幸の反応は深いため息のみだった。
「…………………はぁ~…」
「…あ……え? ええっと…あれっ? なんでそんなに深い溜め息を?
私、何か変なこと言ったっけ?」
美咲は、目の前で呆れたような溜め息を吐く美幸に、思わずそう尋ねた。
…しかし、美幸はその不機嫌そうな表情を改めないまま、美咲に答え返す。
「話し始めの前置きと雰囲気が、あまりにも大げさ過ぎです。
一体どんな裏切りを告白されるのかと思ったら…」
「え? いやいや! 十分な裏切りだっただろう?
あれだけ『家族だ』って連呼しておきながら、初めは半分口先だけだった…って
言ってるようなもんなんだし」
「美咲さんこそ、何を言っているんですか…。
美咲さんは大きなプロジェクトの主要メンバー…しかも、責任者なんですよ?
その成果が試されるタイミングで、夢見る子供みたいに無邪気に成功への期待しか
していないだなんて…。
その方が、むしろ無責任というものでしょう!!」
「え……いや、あのね? 美幸はそう言うけど…。
私は…これでも、その~…一大決心で、ですね…?」
最終的には表情通りに不機嫌な様子を露わにして、強い口調でピシャリと叱る
ようにそう断言された美咲は、美幸の迫力に思わずたじろいだ。
…確かに美幸の言う通りではある…のだが、美咲としては美幸に隠していたそれは
今まで大事にしてきた『家族の絆』に大きく影響する内容だ。
だからこそ真剣に話そうと思い、いつになく真面目な態度で挑んだのだが…。
突然始まった、美月譲りの『お説教モード』の雰囲気の美幸の気迫に圧されて、
つい敬語で返しながら口ごもってしまう…。
「…そもそも、それだって初めにご自分でおっしゃっていた通り、美月さんを守る
ためだったのでしょう?
これは私の立場で言うのも、おかしいのかもしれませんが…。
アンドロイドの私を相手に、初めから半分も本気で『家族だ』と思っていたのなら
それで十分でしょう!!」
「あ、あの~…美幸さん…?
なんで…私はいつの間にか叱られているのでしょうか…?」
「表情と雰囲気が深刻過ぎるんです! 無駄に驚かされたじゃないですか!!」
「…ええっと……なんか…ゴメンナサイ…」
美幸に懺悔するような気持ちで、意を決して告白しようと思っていた…。
…当然、『責められれば、誠意を込めて謝ろう』とも、話す前から考えていた。
…しかし、予想外の角度から…しかも、責められるというよりお説教をされる形に
なってしまって謝っている現状に、不思議な感覚を覚える。
―――そんな、美咲だった…。




