表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/140

第93話 最期の瞬間は、あなたと…

「…なんて言って表現すれば良いのか、わからないけれど…。

あえて一言で言うなら、まさに『綺麗な人』だったわよね…美月さんって」


「うん。

安直かもだけど、やっぱりなんかその言葉が一番しっくり来るよね…」


 美幸の一人語りが一通り終わると、遥達はしみじみとそう言った。


「勿論、容姿もそうだけれど…それだけで言えば、美幸だってそうでしょう?

でも、美幸はどちらかと言うと『綺麗な人』というより『純粋な人』なのよね」


「…あ、それは分かる。

なんか、美月さんって良いことも悪いことも解ってて、その上で“良くあろう”と

するっていうか…」


「あの…莉緒さん? その二択なら、私だって良い方を選びますよ?」


 莉緒の呟きに少し不満そうにしながら、やんわりとそう反論する美幸。


 そんな美幸に、遥が莉緒の言葉の足りない部分を補いながら言い直した。


「そういう意味じゃないわよ。

美幸の場合、頭に浮かぶ“悪いこと”のレベルが美月さんのそれ・・に比べて低い…

というより、そうね……“平和な思考”とでも言えば良いのかしら?」


「あの、遥…?

私の勘違いでなければ、私は遠回しに“能天気だ”と言われているような…。

そんな気がするのですが?」


「ええ。ある意味ではそうね」


「なっ…遥! 酷いです!」


「す、凄い…!

フォローするのかと思ったら、追い討ちだった!

流石だね、遥ちん!」


 美幸の『能天気』発言に即答で肯定した遥に、それを受けて怒る美幸、そして

何故だか親指を立てて、そんな遥を称える莉緒…。


…図らずも、場に明るい雰囲気が戻ってくる。


「あら、別に良いじゃない。

平和な考え方が自然に出来るって、素敵なことよ?」


「…それでも、やはりなんだか馬鹿にされているような気分です」


「馬鹿…というより、真っ直ぐなのよ…あなたは。

それに比べて美月さんは、そうね…言葉にすると『思慮深い』というのかしら?

“考えたくない最悪”を、きちんと考えられるタイプの慎重な女性だった。

…そういうことを言いたかったのよ」


「…私だって、きちんと悪い可能性も考えているんですよ?」


「もう…そんなに拗ねないの。

まったく…そんなことは、私達だってよく解っているわ。

でも、美幸はその思考の端々に“人の善意を前提にした理屈”だったり、“人の悪意

を廃した判断”だったりがあったりするのよ。

でも、美月さんの場合はその辺りは冷徹…というのかしら? 

心のどこかで、現実というものを冷めた目で見つめているイメージなの。

そして、そういうことが解っていても…それでも敢えて、そこにある“人の善意”に

期待して、|良い結果になりそうな選択・・・・・・・・・・・・をしようとするタイプだった…ということを

言いたかったのよ」


「……わかりました。

そういうことでしたら、私も納得することにします。

…ですが、次からはもう少し、ソフトな言い方でお願いしますね?」


「あら? 『能天気』と言い出したのは、美幸本人じゃない。

私は『平和な思考』と言っただけよ?

初めから、きちんと婉曲的に言っていたわ」


「……………そういえば、そうでしたね…」


 ついさっきの記憶を辿って、思い返してみると、遥の言い回しに引っ掛かりを

覚えた美幸が、自分からそう言いだしていた。


…どちらかと言うと、墓穴を掘っていたのは美幸本人だったらしい。


「それに、仮にそう見えていたって構わないじゃない。

何も、実際に馬鹿というわけではないのだし。

能天気そうに見えるのって、逆に言い換えれば、周囲を穏やかに出来る資質がある

ということよ?

…最も悲惨なのは『別に本当に頭が悪いわけではないのに、傍から見て馬鹿っぽく

見えること』ではないかしら?」


「……なるほど。…それもそうですね」


「…いや、その意見には同意するけどさ…。

そこで2人揃って、深刻な顔でこっち見るのは止めてくれないかな?」


 今回は何も余計なことを言ってはいないはずなのに、突然、こちらを振り返った

遥達に憐れみを込めた目で見つめられた莉緒は、真顔で自分を見てくるのを止める

ように訴える。


「まぁ、話を戻すと…美月さんはそういう意味で『綺麗な人』ということよ。

…きっと、美月さんは意識的にそういう人であろうとしていたのでしょうね。

“美咲さんの自慢の妹”という理想を自分の中にイメージして、それに限りなく近く

あろうとし続けていた…。

しかも、一時的にならともかく、そう決めてからずっと…よ?

やろうと思ったとしても、中々出来ることではないわ」


「…はい。立派な生き方…ですよね」


「…あの時、教室で初めて美幸っちに画像を見せてもらった時から、美月さんは

クラス全員の憧れだったし、もちろん私から見てもそうだったけどさ…。

…まさか、最後まで憧れの存在のままだとは、流石に思わなかったよ」


 美月のあり方は、莉緒にとっては“叶わぬ理想”、そのものだった。


 学生時代から人間関係のバランサーのような役割を、意識してやってきた莉緒。


 自身の明るい性格もその立ち位置に向いていたし、莉緒本人もそんな立場の自分

を気に入ってもいた。


 自分がそこに居ることで場が明るくなって、周囲の人が楽しい気分になるという

ことは、莉緒にとって何より価値があったのだ。


 しかし、その立場故に沈着冷静で、時に厳しい美月のあり方には近づけない。


 人によって、それは“口うるさい存在”として嫌われる要因になりうるからだ。


…だが、こと美月においては、そうはならなかった。


 適切な言葉を選びつつ、丁寧な口調で話していたのも理由の1つなのだろうが、

やはり一番の理由は“あの容姿”だ。


 あれほどの美人に諭すように注意されれば、男女問わずほぼ全員が敵意を感じる

ことなど無いと言っていい。


 そんな、落ち着きがあり、格好良く、そして厳しい…という自分とは真逆の存在

でありながら、皆のバランスをとりつつも多くの人に慕われていた美月は、莉緒に

とって憧れで、理想だった。


「それに、さっきの話の最後のところ!

まるでドラマみたいじゃん!

『最後は隆幸さんのことだけを想って逝きます』って…。

もう、ヒロインじゃん!

何? そのめちゃめちゃ綺麗な台詞!

どんだけ仲良いのさ! って感じがしたよ…」


「…あら? あなた、旦那と上手くいってないの?」


「え? いや、そういうわけじゃないけどさー。

やっぱり、長い間一緒に居ると、不平不満も多少は出てくるものでしょ?

…で、その点で言えば、孫娘とかは無条件で可愛いじゃん。

だから、そこでそういう孫とか息子とかじゃなくて、旦那を最後に想いながら…

って迷い無く言えるのはさー…。

…やっぱり、同じ女性としては憧れるものじゃない?」


「…美月さん、私があの人と結婚した時にもおっしゃってましたから。

『結婚した以上は佳祥の一番は美幸ちゃんなんです。

だから…どうか美幸ちゃんにとっても、佳祥を一番にしてやって下さい』って。

…確かに、子供や孫は可愛いですけれど、いつかその子を自分以上に愛してくれる

人が現れる…。

だから、その子に対する“一番”は、その未来の伴侶に任せよう…と。

そういうことだったのでしょうね…」


「なるほどね~。そういう考え方なのか~」


 美幸の解釈に、感心した様子で頷く莉緒。


…しかし、一方で遥の方は何故か難しい表情を浮かべていた。


「ねぇ…美幸? ちょっと思ったのだけれど…。

その理屈で行くと、私や美咲さんのような独身者は…どうするのかしら?」


「……………」

「……………」


「…ちょっと。なぜ2人して無言で目を逸らすのよ?」


 2人の反応に不満そうな表情を浮かべる遥を相手に、美幸達はそのまま違う方向

を見つめながら、無言で必死に探し始めた。


…この窮地を脱する……魔法の言葉を。


「あの……ええっと…ですね。

だから、美月さんは最後に私に美咲さんのことをお願いしてきたのだと思います。

あれは『面倒を見て下さい』という意味と、そういう『見届けてやって下さい』と

いう意味の両方を含んでいたのではないでしょうか?」


「なるほど…。

美咲さんの場合は、そうなのかもしれないわね。

実際、その美幸が最期まで傍に居られたのだから、そういうことなら、美咲さんに

関しては良かったのでしょうね。

…それで? 私の場合は・・・・・どうしたら良いと思う?」


「……………」

「……………」


 美幸の機転で、美咲に関しては遥から納得を得られた。


…だが、肝心の遥本人の解決策が、まだ導き出せない。


 再び無言で目を逸らしつつ、更に必死で…言葉を探す2人。


 すると、何か思い当たったのか…今度は莉緒が遥に対して言ってくる。


「…え、ええっと…そうだ! ピアノ! ピアノはどうかな!?

遥ちんといえば、やっぱりピアノのイメージだし!」


「…へぇ、『ピアノ』ねぇ…?

でも…これって、人生の最期に思い浮かべる人物・・についてよね?

…では、莉緒? あなたは…何かしら? 

今際いまわきわに、『冷たいピアノを抱き締める想像でもしていれば良い…』とでも…

言いたいのかしら?」


「うっ………それは……その~……」


 ジトッ…とした目つきで莉緒を見ている遥を見て、美幸は『これは不味い…』と

思い、反射的に黙り込む。


…だが、当の莉緒はその視線と空気に耐えられなくなって、もう考えるのも面倒に

なったのか…。


 やけくそに答えて、開き直ることにした。


「あーっ! もう!

遥ちんはそういうの大丈夫そうだから、それで良いじゃん!

なんか、もうその時になったら『我が人生に悔い無し!』みたいな男前なことを

言ってる方が、遥ちんらしいって!」


「男前って……あなた…。

本当に私を何だと思っているのよ…」


 莉緒のそのあまりにもあんまりな言い草に、怒るのを通り越して呆れた声でそう

答え返す遥…。


 遥も自分のキャラに合っていないことを理解した上で、ほんの冗談ののつもりで

気にしている風を装って言ってみただけだったのだが…。


…結果的に莉緒の中の自分のイメージが酷過ぎて、ショックを受ける羽目になって

しまったのだった。


「…決めたわ。

私が最期の時には、莉緒のことを思い浮かべることにする」


「あ…それは良い考えですね!

深い絆で結ばれた友情…とても素晴らしいです!」


 遥のその言葉に美幸は、ぱっと花が咲いたような明るい笑顔を浮かべて、即座に

同意してくる。


 なるほど、その反応はまさに『純粋な人』だった。


…しかし、そこまで純粋になれない莉緒が、その真意を探るような目で遥を見つめ

返すと……遥は片側だけ唇の端を上げて、ニヤリと笑った。


「ええ。美幸の言う通り、大事な友人だものね?

だから、その時には…『これから莉緒が何かを楽しみにしている日には、必ず土砂

降りの雨になりますように』って願ってあげることにするわ」


「ええっ!? 何、その微妙に嫌なお願い!?

仮にその“楽しみ”が天気に関係なくても、ちょっとテンションは下がるじゃん!

人生の最期の願いにそれは止めよう!?

なんか遥ちんの場合、叶っちゃいそうで怖いよ!?」


「嫌よ。もう決めたもの」


「いや! ええっ!?

み、美幸っち! 助けて! 遥ちんを説得するの手伝って!」


「……あ…あははは…」


 結局、いつものように遥にからかわれる莉緒を見て、乾いた笑いを零す美幸。 


…しかし、それでも内心ではこうも思っていた。


『案外、遥は本当に最期には莉緒を思い浮かべるのではないだろうか』と。


 最期にはこうして3人で笑い合っている、今日のような光景を思い浮かべて、

笑顔のままでその時を迎えるような…そんな気がしていた。


…何となく、漠然と思いついたことだったが…なぜか妙な確信がある。


 そんな…美幸なのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ