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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
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第12話 爆誕!? ボイストレーナー美幸

「そんな事より、原田さん?

貴女、よく知っていたわね……『虹の海』のこと」


 先程までの空気を払拭するかのように、少し明るい声で遥は美幸に尋ねる。


「確かに多少は有名な曲ではあるけれど、あくまで()()()()だもの。

何より、古い曲だから、同年代ですぐ曲名まで分かった人は貴女が初めてよ。

…それも、ネットか何かで調べたの?」


「ああ、いいえ。

私の家族……開発者の方のご両親の思い出の曲との事で……。

今でも、よく一緒に研究室で聞いているんですよ」


 その返答に遥は『へぇ……』と呟いた後、少し真剣な表情で美幸に向き直った。


「…じゃあ、原田さん。あなたは、この曲……歌える?」




「――♪♪~♪~……。

あの……どう、でしょうか?」


 何かの試験官のように、目を閉じてその歌を聞いていた遥に、一通り歌い終えた

美幸は、恐る恐るそう尋ねてみた。


「…こういうところは『流石にアンドロイドね』とでも言うべきなのかしら。

音程もテンポも、まるで計ったように正確なのね……。

それに、発声がとても上手くて……声質もとても綺麗」


 そう言って、遥は緩やかに拍手してくれた。

その遥の手放しでの賞賛を受けて、嬉しさと恥ずかしさで赤くなって俯く美幸。


 しかし、遥はそうして照れている美幸に、突然、


「…それじゃあ、ここからが本題なのだけれど……原田さん。

知り合って早々に申し訳ないのだけれど、私に歌い方を教えてくれないかしら?」


…と、自分の『歌の先生』になってくれるようにお願いしてきたのだった……。




 遥の母は、昔、ピアニスト志望で音大に入学し、その腕を磨いていた。


…しかし、やはりプロへの道は険しく、コンクール等にも子供の頃から一度も受賞

どころか最終選考にすら選ばれる事は無かった。


 その後、結婚を機にピアニストへの夢を諦めて、近くのピアノ教室で働きながら

遥を育ててきた、彼女。


 しかし、そんな中……娘の遥が何気なく参加した、とあるコンクールで最高評価

である金賞を受賞したのだ。


 遥の母は、それまでにも我が子の演奏を上手いと思ったことは何度もあったが、

それは自分の親バカ故の錯覚だと思い込んでいた。


 だが、初めて自分ではない第三者によって公の場でその実力を評価された事で、

それがただの錯覚ではないことに気が付いたのだ。


 遥の母は娘に眠っていた才能を自分のことのように喜び……そして、その日を境

に、娘に対する扱いをガラリと変えてしまった。


 一日に2時間程度で、会話も交えての楽しいピアノの時間は――


 最低でも8時間、長い時には10時間近いものへと変わり、練習に集中する為に

演奏に関する会話以外を交わす事は、一切無くなってしまった。




「練習の甲斐もあって、確かにピアノの腕自体は上達したわ。

お蔭で、最近ではコンクールでの結果も悪くないの。

このまま上達していけば、プロになるのも夢ではないくらいに……ね。

私もピアノを弾く事自体は好きだから、練習も凄く大変だけど、別に嫌じゃない。

…でもね? 私は……母さんとのあの楽しいピアノの時間が――大好きだった」


 そう言って遠くを見つめる遥の目には、当時の記憶が映っているのだろう。

悲しげな中に、微かに楽しそうな雰囲気が見える気がした。


「…………」


 そんな遥の今までの経緯を聞いた美幸は、何とも言えない感情を覚え、そのまま

黙り込んでしまった。


 一方で、遥は美幸の何とも言えないその表情から察して、軽く頭を下げる。


「…ごめんなさい。突然、こんな暗い話……。

でも、歌の先生をお願いする以上、理由くらいは伝えないと、と思って。

母さんが私に期待しているのも分かるし、私もそれに応えるのが嫌だというわけ

でもないの。

…ただ、ね? 昔は私がピアノを弾いたら、母さんがそれに合わせて一緒に歌って

くれたりして……2人共ずっと笑顔で――それが、何より楽しかったのよ」


 先ほど弾いていた『虹の海』は遥の母の一番のお気に入りで、よく2人で一緒に

歌っていたのだそうだ。


「私、実は歌の方は全然上手くなくて。

でも、母さんはそんな私に調子を合わせて、一緒に歌ってくれて。

…私ね、将来は純粋なクラシックの奏者じゃなくて、ポップスとかのバックで弾い

たりとか……そういう事も積極的にしていきたいの。

…あの時、とても楽しかったから。

畏まった格好の人たちが真剣な顔で聴いて、演奏が上手くいったら口元だけ笑って

拍手をする。

それも悪くは無いのでしょうけれど、私はそういうのだけじゃなく、自分がピアノ

を弾いてる時には、観客に満面の笑顔で聴いていてもらいたいのよ」


 しかし、そんな遥の意思を聞いた母親は、その意見に反対しているらしい。

それもあって、今はあまり親子関係が上手くいっていないという話だ。


「…だから、母さんにも、好きだった『虹の海』を私が歌って聞かせて、あの頃の

『楽しかったピアノの時間』を、もう一度思い出してもらいたいの」


 遥はそれを切欠にして親子関係を回復して、その上で、将来について再度2人で

考えていきたいらしかった。


…だが、実際に歌ってみると、下手に絶対音感を持っている所為で、自分の歌の粗

が目に付いて仕方がないらしい。


「すぐに返事をしなくても良いから、少し考えておいてくれない?」


 そう言って美幸に先生役を願い出る遥の視線に、美幸は少し驚かされた。


 先ほどまでずっと……どこか落ち着き払っていたその瞳に、今は気圧される程の

強い意志を感じたからだ。


 それ程、彼女にとってこれは真剣なお願いだという事なのだろう。




 その後、美幸はその場で先生役を受けるかどうかの即答は避けて、遥の言葉に

甘えるかたちで後日返事をすることにしてもらい、その日はそれで別れた。


 そして、研究室に帰って来た美幸は、この件について家族に意見を聞いてみる

ことにしたのだった。


「そっか、美幸が先生か……」


「おい、コラ。話を聞いて早々に妄想世界にトリップするんじゃない」


 恐らく、あたふたしながらも教卓の前に立っている美幸の姿でも思い浮かべたの

だろう。


 話を聞いてすぐに遠い目をしていた隆幸を、美咲は即座に現実へと引き戻す。


「…高槻君は、アレだな。将来は親バカになるだろうな」


「絶賛親バカ中の姉さんは人のことをとやかく言えませんよ?

もう既に美幸ちゃんには激甘じゃないですか……」


「はっ、そういう美月だって、美幸のことを『可愛い可愛い』って言って、毎日の

ように頭を撫でまわしているじゃないか」


「私は甘やかしてるんじゃありません。

正当な評価と、家族的なスキンシップをしているだけです」


 相談内容そっちのけで、今日も早速、家族漫談が始まってしまう研究室……。


 美幸が起動した当時は、データの作成や起動状態の確認等で多少は最先端研究所

らしい雰囲気があったのだが……。


 最近では、美幸が起きている間はずっとこんな感じになってしまっていた。


 美咲から少し聞いた話だと、美幸の開発がメインだったこの研究室は、完成して

起動が成功した現在は、美幸から聞いたその日の詳細をレポートに残すこと意外に

あまり差し迫った仕事はないらしい。


 新しい研究の予定も今のところ無い事もあり、美幸が学園に行っている間に前日

のレポートを作成すれば、後は時間に余裕がある状態らしかった。


「あー……ゴメンね? それで、歌の先生の話だったか……」


「はい。そもそも、私にそんな事が可能なのでしょうか?」


「ん~……理論的には、特に何も問題無いよ。

美幸はアンドロイドだから正確に声帯を制御出来てるってだけで、擬似人体の発声

のメカニズムは、人間とあまり変わらないからね。

どうやって発声してるか相手に説明出来るなら、先生役も十分に可能だよ」


「説明、ですか……」


 美咲の回答を受けて『う~ん』という唸り声が聞こえてきそうな顔で悩む美幸。

そんな美幸に、


「そんなに難しく考える話じゃないと思うよ?」


…と、隆幸は横から声を掛けてくる。


「話を聞くぶんには、音程が外れないようにすれば良いわけだよね?

それなら、一緒に歌ったりしながら、気になったらその都度修正すれば良いって事

なんじゃないかな?」


 美幸を安心させてやろうと、明るい口調で思いついた方針を言ってみる隆幸。


…しかし、そう言った隆幸に『はぁ……』と、美咲は溜め息を吐いた。


「いやいや、高槻君。

君、話聞いてた? 相手は絶対音感持ちなんだよ? 

自分の声がどれだけ音が外れているかなんてのは、それこそ本人が手に取るように

判ってるだろう」


『あっ、そうか』と隆幸が言っているのを尻目に、美幸は美咲に更に質問する。


「では、仮に引き受けたとして……私はどのようにすべきなのでしょう?」


「う~ん、ベタだけど正しい腹式呼吸の練習とか、思い描いた通りの音階を出せる

ように発声練習を繰り返す……とかが無難じゃない?」


「…なるほど。基礎練習というものですね?」


 納得したような顔をしている美幸に、美咲は更に続ける。

              

「…それにね? さっきの高槻君の()()()()()()見当外れだったけど、意見自体は

私も間違いじゃないと思うよ?

さっき高槻君が言ってた通り、難しく考える必要なんて無いんだ。

別に本格的な指導者として、お金で雇われて教えるってわけじゃないんだしね。

重要なのは、君が“その子のためにやってみたい”と思うかどうか、だよ」


 そう言って、美咲はいつものように美幸の頭を撫でてくれた。


「はい。…わかりました」


 その美咲の言葉を聞いて、美幸の結論はすぐに出た。

…というより、そういう事ならば結論は初めから決まっていたようなものだ。


 そうと決まれば、返事はなるべく早いほうが良いだろう。

美幸は早速、明日にでも遥に返事をしよう……と、思うのだった。



…余談だが、そんな美幸の視界の端では、美咲に『アドバイスは』の部分を殊更に

強調した言い回しをされて落ち込んだ隆幸が、美幸が美咲にされたのと同じように

して、美月に頭を撫でられて慰められていたのだった……。

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