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幕間 その25 悪夢のような現実

 美咲にとって妹の『美月』という存在は、唯一残された…“宝物”だった。


 美咲が17歳の時、突然の交通事故でこの世を去った両親…。


 幸せだった日常は、プツリと唐突に途切れることとなった。

まるで、今までがひと時の夢であったかように…消えてしまったのだ。


(何なのよ…。これじゃ…まるきり逆じゃない…)


 人影の無くなった深夜の葬儀場で、すがり付いてわんわんと泣く美月の小さな身体

を抱き締めながら、美咲はぼんやりとそう思っていた。


 普段なら…今までなら、怖い夢を見て飛び起きた朝には『どうしたんだい?』と

言ってこちらに笑いかける家族の顔を見て正気に返った美咲が、恥ずかしそうな顔

になって『あ~…ゴメン。何でもない』と答えながらも、ホッと胸を撫で下ろす…

そんな流れのはずなのに。


…これは一体、どういうことだろう。


 朝起きた時には楽しい一日の始まりだったはずなのに…。

気が付けば、それは“怖い現実”へと取って代わっていた。


 本当に…いつもとは全くの“逆”の展開になってしまっていた。



 昨日、大好きな両親が大好きな妹の誕生日を祝うために、2人揃ってプレゼント

を買いに行った。


 そして―――それきり、帰って来なかった。


 いや、正確には病院を経由し、荷物の・・・ように運ばれて・・・・・・・自宅に帰って来た…。


 事故の件を聞きつけてすぐに駆けつけてくれた、両親の上司だという夏目洋一と

名乗った人物。


 美咲も何度か見たことのあるその男性は、2人を気遣いつつも親戚を含めた両親

の関係者達に連絡をつける等、様々な葬儀の準備を手配してくれた。


 事故の翌日である今日、無事に通夜を終えることが出来たのは、その洋一の助け

があったからこそだ。


 いいや……あれを『無事』というには、少々語弊があるかもしれない…。

少なくとも、精神的には『無事』とは言えないものだったのだから。


(金の亡者…ね。『亡者』とは、よく言ったものね…。

金に執着して“心が死んでいる”っていう意味では、まさにその通りだもの…)


 美咲達の母である美雪は、20歳の時に第一子である美咲を産んだ。

幼馴染だった父と高校卒業後すぐに結婚し、翌年には美咲が誕生したのだ。


…だが、そんな本来なら喜ばしいはずの出来事に、美雪の両親を含めた周囲の人は

あまり良い反応をしなかったらしい。


 アンドロイド研究の道に進むことを決めていた美咲の両親は、当然ながら大学へ

進学していた。


 しかし、2人はその成績こそ優秀ではあったものの、別段、特待生だというわけ

ではなく…。


 それ故に、結構な金額の学費を、それぞれの両親が負担している状態だった。


 幼馴染同士の結婚で、“周囲もいずれは結婚するのだろう”程度には思ってはいた

のだが、そんな状況下で、早々に結婚や出産といった状況になったのだ。


 非難される事態に発展してしまったのは、ある意味、当然の流れだった。

曰く、『流石に時期が早すぎる』『計画性が無い』と。


 ただ、もともと思いついたら突っ走るタイプだった美雪は、そんな周囲の反応に

不満を覚えて『私達の子供の誕生を祝ってくれないなんて、家族とは言えない』と

それまでバイトで稼いで溜めていた貯金を、まとめて両親へ叩きつけた。


 その後、『学費は返したんだし、これからは勝手に生きる!』と啖呵を切って、

実家を飛び出してしまい…。


 それ以来、美咲の一家は、その美雪達の両親や親戚達とは事実上、絶縁した状態

が今までも続いていた。


 そんな環境であったため、当然ながら美咲自身も今日まで全く“親戚付き合い”と

いうものをしていなかった。


 祖父や祖母の顔すら知らずに、育ってきたのだ。


 しかし、美咲達姉妹はそのことに対して全く不満など無かった。


 両親は本当に自分達を愛してくれていたし、強く、聡明な母はむしろ自慢ですら

あったからだ。


…だが、その美雪がこうして突然の不幸に見舞われることで、初めて顔を合わせる

ことになった祖父や祖母、親戚達は控えめに言っても酷い人物達だった。


 猛勉強の末、就職した美雪の勤める研究所は、国内では最先端の研究機関。


 そこで15年もの間、夫婦揃って勤めてきたことで、美雪達も今ではそれなりに

余裕がある生活を送れる程度にはなってきていた。


 その上、つい最近発表された、美雪がチームリーダーを務めるAI研究の成果が

世界的に評価されたことで、その名前が世間にも知れ渡っていたのだ。


 親戚達からすれば、そんな美雪の遺した美咲達姉妹は…まさに“宝の山”だった。


 ここで美咲達を引き取れれば、多額の遺産が手に入る上に、身寄りが無くなった

子供を引き取ったという美談まで、オマケで付いてくる。


 更に言えば、美雪達が直前に有名になっていたことで、話題性もある。

美咲達を自分の養子にでも出来れば、肩で風を切って表を歩けることだろう。


 そこに目を付けた親戚達は、通夜が終わった直後だったにもかかわらず、目の色

を変えて“我先に”と、悲しみに暮れる美咲にしきりに話しかけてきた。


『私の家にはある程度余裕があるから…』

(うち)にはちょうど子供がいないから…』

『やはり保護者が居た方が…』


 最初こそ両親の死を悼んだ言葉を口にして慰めてくれていたものの、気が付けば

色々な言葉で美咲達を懐柔して、養子にしようと画策してきていた。


 優しい言葉を掛けながら、少しずつ自分の下に来ることのメリットを語る、親戚

だという人達。


…だが、その親戚達の唯一の誤算は“原田美咲”という17歳の少女が、彼らの想像

以上に頭が良く、他人の思惑を見通せる人物だったことだ。


 見え透いたその優しい言葉の裏の狙いに、すぐに気が付いた美咲は、その親戚達

に対して、落ち着いた口調で1つの質問を投げかけた。


 それは『何故、貴方方あなたがたは私が生まれた際に、祝ってはくれなかったのですか?』

というものだった。


 鋭利な刃物のような切れ味のその質問は、それまで騒がしいほどだった親戚達に

見事に突き刺さり…周囲は、一瞬で静まり返った。


 美雪がその辺りの経緯を娘達には話していないと、勝手に思っていたのだろう。

驚きと戸惑いの表情で、その場の全員が固まってしまっていた。


 しかし、彼らもはそんな話を聞いたくらいでは諦め切れなかったらしい。

数秒後には、ぽつぽつと…口々に弁明をし始めた。


『あの時は仕方がなかったんだ』

『私の判断は、むしろ常識的だったはず』

『美雪ちゃん達にも問題はあったから』


 彼らは焦りながらも、必死に己の正当性を口にしていた。


 中には、つい先ほどまでその功績を褒め称えていた両親のことを非難する者さえ

いる始末…。


 それなのに…そんなことを言う者は居るのに、誰一人として『すまなかった』と

『私が間違っていたのだ』と、泣いて謝る者が…致命的なまでに居なかった。


 自分の正しさをアピールすることで美咲に気に入られようとしたのだろう。


 だが…その返答こそが、美雪達のことを本当に憐れみ、美咲達を心から“家族に

したい”と思って声をかけているのではないことの証明になってしまっていた。


 そして、美咲にしてみても、そんな親戚達の姿は…正に“悪夢”そのものだった。


(私に残された血の繋がった人達は…もう、あんな人達しか居ないのね…)


『自分はまだ家を離れる気になれない』と、その場は何とか怒りの感情を抑えつつ

丁寧に申し出を断った美咲は、『気が変わったらいつでも連絡してね?』と言って

帰っていく親戚達を見送った後……こうして深夜の葬儀場で妹を抱き締めていた。


(これが、本当にただの夢だったなら良かったのに…。

そう……目を覚ましたら、母さん達も生きていて……それで……)


“ズルッ…”


 幸せな夢想に浸りかけた…その時。

それまでかかえるように抱き締めてやっていた美月の身体が少しだけずれて、美咲は

咄嗟に腕に力を込める。


 腕の中のその重みが少しだけ増した気がして、ゆっくりとその顔を覗き込むと、

泣き疲れたのだろう…美月はいつの間にか眠ってしまっていた。 


 涙の後を残しつつも静かに眠る妹の顔を見た瞬間、美咲は先ほどまでの自分の心

の弱さに気付き、同時に怖くもなった…。


(…今、私が幸せな妄想に取りつかれてしまったら……美月を守れなくなる)


 今日、分かったことは、“親類達は1人たりとも信用出来ない”ということ。

そして、“自分には、もう美月しか家族が残されていない”ということだった。


(もっと、強くならないと…。

これからは、私が美月を守らないといけないんだ…。

絶対に…絶対にこの子を幸せにしてあげないと。

だって……私はこの子の“唯一の家族”で、“お姉ちゃん”なんだから)


 今日、誕生日を迎えて8歳になったばかりの美月を起こさないように、そっと

抱き上げながら、遺族のために用意されていた控え室へと運ぶ美咲。


 暖房が利いているとはいっても、2月半ばの今は、温かくしておかないと風邪を

引いてしまいかねない。


 先ほどまで、慣れない場所で美月が眠れるかも心配だった美咲にとっては、泣き

疲れて眠ってくれたのは、むしろありがたかった。


 ただでさえ、精神的に辛い出来事だったのだ。

今は身体だけでも休めるのなら、それに越したことは無いだろう。


 幸いなことに、葬儀を手配してくれた夏目という両親の元上司と、同僚だったと

いう研究員の数人が、寝ずの番を引き受けてくれたため、今は美咲もそんな美月の

隣で一緒に横になることが出来る状況だ。


 先ほどまでは、自分は眠れそうにないと思っていた美咲だったが、布団に入って

美月の温かい身体を抱き締めていると、程なくして睡魔が襲ってきた。


…自分で思っていた以上に、疲れが溜まっていたらしい。

ここはこのまま眠ってしまうのが良いだろう…そう考え、美咲も目を瞑った。


 そうして眠ってしまう直前、美咲は改めて決意した。


『何を犠牲にしてでも、美月を幸せにしてあげられる“強い自分”にならなければ』



 この翌日、美咲は洋一の提案を受け入れ、養子ではなく、あくまでも『後見人』

という形で、助けてもらうことを決めた。


 欲に目が眩んだ身内よりも、洋一の方が余程、信用出来そうだったからだ。


 それに…悔しいが親戚達の言っていた通り、まだ幼い美月には親代わりの人物が

必要だろう、とも思っていた。


 そして、共に暮らし始めた夏目夫婦は想像以上に良い人物であり、それこそ美月

をある程度任せても構わないだろうと思えるほどの人格者だった。


 しかし―――


(任せるのはあくまでもある程度・・・・。美月を守って、幸せに導くのは私の仕事だ)


 そう決意した美咲は、人付き合いを避け、来る日も来る日も勉強に明け暮れた。


 まずは、学費を口実に親戚達が口出ししてこないように、猛勉強して学費が免除

される特待生にならなければならない。


 そして、最終的には美月の学費を含めた将来のお金も確保できるような、稼ぎの

良い仕事に就かなければ。


 幸い、両親の影響で自分も将来はアンドロイド研究の道に進むつもりだった。


 そして、親代わりになってくれた夏目夫妻は、その道では第一線の人物…。

その分野の勉強する環境としては、これ以上は無いほどなのだ。



 こうして、美咲は数年後には、国内でのアンドロイド研究の最先端である洋一が

所長を務めるこの研究所へと就職することになる。


 その頃には美月も大きくなり、美咲自身、洋一達のことも心から信頼出来るよう

になっていた。


 だが……それでも、美咲の心の内はあの時からずっと変わらない。


“美月に『世界一の幸せ』を”


 あの日、葬儀場で幼い美月を抱き締めながら眠った夜の決意は…。

美咲の心の奥底に、深く刻み付けられていた。

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