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幕間 その23 美咲の動機

「―――と、いうことがあったんだよ」


「それは素敵なお話ですね。…何だか、私も誇らしい気分です」


 浜辺で落ち合った美幸は、美咲から少し遅れたその経緯を聞かされると、そう

言ってやわらかに微笑んだ。


「ふふっ、そうだろう? 私も同じ気持ちでさ…。

私自身がそのお婆さんに何をしたってわけでも無いんだけどね?

何となく、誇らしかったんだよ。

開発当初に目指してたものをそのまま再現されている、その現場を見たような…

そんな気がしたんだ…」


「美咲さんが目指していたもの…ですか?」


「うん。私は、さ…ああいう風に自分の意志で・・・・・・“相手を手助けしたい”って思える…

そんなアンドロイドの姿を見たかったんだよ…」


 そう言うと、美咲は美幸に自分が新型のAI開発に本格的に乗り出そうと思った

切欠の出来事を語って聞かせた。


「へぇ…そんなことがあったんですか」


「もう、随分と昔の案件なんだけどね…。

私はあの報告を目にした時にさ、『お年寄りを手助けする』ということに対して、

それが“優先すべき案件なのか”だとか、“自分に向いているのか”とかじゃなくて

考えるより前に“そうしてあげたい”って、自然に思って欲しかったんだよ」


「確かに、その感情は“人間らしい心”が根本に無いと出てこないでしょうね…。

アンドロイドの感覚が強ければ強いほど“効率”や“重要度”、“適正”を基準に判断

するはずですから…。

“理屈には合わなくても、誰かの力になりたい”と考えるのは、アンドロイドの思考

としては、はっきりと『間違った判断』ということになりますし」


 非効率でも意味や価値がある…ということを“知識”として理解することくらいは

可能なのかもしれないが、その判断を自らで下すためには、やはり“人と同じ感覚”

というものが必要になってくる。


 そういう意味で言えば、MIシリーズの完成はそういった要素を解決する最善策

だったと言えた。


 なにせ、言葉ではっきり説明し辛いその“人と同じ感覚”を、初めから持っている

のだから。


「今、改めて思い返してみるとさ…私と遥ちゃんがああしてぶつかっちゃったのは

そういう思いも大きく影響していたんだろうね…」


「遥と美咲さんが…ですか?

ええっと、ふふっ…それっていったい何時いつの時の話をしているんです?」


 少し笑いながらそう尋ねる美幸を相手に、美咲は気まずそうな表情を浮かべる。


「…そう言われてみれば、『ぶつかった』だけじゃ何時のことかわかんないか。

今までにも、遥ちゃんには何度も叱られたからなぁ…。

はぁ……今じゃ、もうすっかり頭が上がらない相手になっちゃったよ…」


 そう尋ね返された美咲は、出会ってから今までの遥とのいくつものやり取りが、

走馬灯のように脳裏を過ぎっていく。


 思えば、美幸のことに関して間違った判断をしていたり、致命的な勘違いをして

いた時は、その度に遥に的確にそれを指摘して、正してもらってきた。


 時にはずっと年上の美咲を相手に、叱りつけるようにしてでも訴えてくる遥とは

真っ向からの口論になったことも少なくなかった。


「でも…そうやって遥ちゃんと喧嘩したことは何度もあったけれど、一度たりとも

私が正しかったことが無かったってのが、なんとも情けないところだね…」


「クスッ…そんな“情けない”なんてことはありませんよ?

遥は初対面の時から美咲さんのことを『尊敬できる人だ』と言って、高く評価して

いましたし」


「あはは…そっかそっか。それは光栄だね。

あと、さっきの美幸の質問…『遥ちゃんとぶつかったって、いったい何時の話?』

ってのだけど…正に、その“初対面の時”のことだよ」


「ああ…あの時のことですか。

でも、あれは美咲さんが勝手に警戒して遥を一方的に質問攻めにしたのであって、

いわゆる『喧嘩』と言うのは少し違うのでは?」


「うっ…本当にここ最近の美幸は、美月みたいになっちゃったね。

…主に、私に対して全く容赦が無いところが」


 苦笑いを浮かべていた美咲の顔から、“笑い”の部分が無くなった。


 新素体への換装も無事に済ませて、若き日の美月の印象が更に強くなった美幸に

こういう返答をされると、まるで美月本人を相手にしているような錯覚を覚える。


 しかし、そんな美咲を見た美幸は、逆にその“笑い”の色を一層濃くして続けた。


「あれからもう随分と年数が経ちましたが…これは、あの時の仕返しですよ。

今なら、美咲さんの立場を考えると、あれはあれである意味では正しい反応だった

のだと理解できますけれど…。

…あの頃の私は、単純に遥が美咲さんの嫌いなタイプの人間だったのかと思って、

もの凄く焦ったんですからね?」


「あ~…そっか、仕返しか…。それは、私の自業自得だね…。

あははっ…20年以上経ってから返ってくるとは…流石に私も予想外だったよ」


 当時のことを思い出して、美咲は笑った。

あの時は美幸を泣かせてしまって、美咲自身も随分と焦ったものだった。


「…あの時は、遥ちゃんの“存在そのもの”を警戒してたのも確かなんだけどね?

私は、美幸の“助けたい”って気持ちを踏みにじられないように…って思っていて…

それで余計に力が入っていたんだと思う。

“遥ちゃんを助けたい”っていう純粋な気持ちで協力し始めた美幸が、何らかの形で

裏切られて、他人を助けることそのものに恐怖心を感じるようになってしまうのが

…私は怖かったんだよ」


「なるほど…そういうことですか。

では…あの女子校での試験にも、何かそういった意図があったんですか?」


「…ああ。同級生のちょっとした頼みとかを聞いていく内に、人との助け合いって

ものに慣れていって欲しかったってのはあったよ。

特に“勉強”って分野では、美幸以上に頼りになる人なんて、まず居ないだろうし。

…まぁ、いざ終わってみると、色んな意味で想定外の展開だったけどね…」


 美咲にとって“美幸”とは、家族であると同時に、夢そのものが形になったような

存在だった。


 だからこそ、歩き始めてすぐに転んで痛い思いをしてしまって、歩くこと自体を

嫌になってしまう…そんな事態になるのを、どうしても避けたかった。


 そして、美咲自身が美幸をただのアンドロイドとして見ていなかったからこそ、

自分達が無理やりに歩かせるようなこともしたくはなかった。


 そこで、その展開を防ぐための、親バカ全開…激甘の環境下での初試験だった。


「…ですが、その美咲さんの『親バカ』のおかげで、私はあの学校で親友を2人も

得ることが出来ました。

…それに、誰かと助け合うってことの大切さも、確かに学べましたよ」


「ふふっ…そうだね。

それに関しては本当、出来過ぎなくらいに良い結果だったと、私も思うよ。

…情けない話だけどさ、もし遥ちゃんや莉緒ちゃんが居なかったら、今もこうして

美幸と話していられたとは思えないからさ…。

きっと…私達、研究チームのメンバーだけじゃ、美幸の心を支えきれなかったよ」


「遥達との出会いは、私にとってあの試験での最大の収穫でした。

それに、由利子さんにとっても、あの2人は大きな救いになっていましたし…。

…本当に、2人には何度も助けられましたね」


「あぁ…由利子おばさんかぁ…。何だか懐かしいね…。

皆で年越しに大騒ぎしたりとかしてさ…あれは本当に楽しかったなぁ…」


 美咲は遠くの海を眺めながら、しみじみとそう呟いた。


 皆で迎えたあの騒がしい年越しの記憶は、美咲のこの半世紀近い人生の中でも

1、2を争うほどの幸せな思い出だった。


「不思議なものなんだけどね?

こうして美幸と2人で話している時には、やっぱり“娘”って感じなんだけど…。

何故か、おばさんの前では、美幸は“妹”っていう感覚になってたんだよ」


「ふふっ…。

でもそれは、由利子さんが美咲さんにとって“母親”だったからじゃないですか?」


「…うん。きっと、そういうことなんだと思う。

やっぱり由利子おばさんは、私達姉妹にとって確かに“母親”だったんだろう。

…結局、亡くなるまで『お母さん』って呼ぶことは一度も無かったけれど…ね」


「良いじゃないですか。

由利子さんも『お母さん』って呼んで欲しいって雰囲気でもなかったですし」


 美幸から見て、由利子にそういった願望があったようには思えなかった。


 確かな信頼感や家族愛といったものはあるように感じたが、不思議とそういった

呼び方に関する欲求は無いようだったのだ。


「そうだね。おばさんは私達が両親…特に母さんを尊敬していて『お母さん』って

呼ぶ相手を、“その人だけだ”と思っていることも肯定してくれていたから…。

『そういう想いは、天国の美雪ちゃんもきっと喜んでいると思うわ』ってさ」


 由利子からすれば、若くして亡くなった美咲の母は職場の後輩でもあった。


 その後輩が、亡くなった後も娘達に慕われているということは、むしろ誇らしい

ことだったのだろう。


 夏目由利子とは、昔からそういう考え方をする人物だった。


「あ…ちなみに、私はそういうの大歓迎だよ?

美幸は私を『お母さん』って呼びたくなったら、いつでも呼んで良いからね?」


「あ、それは遠慮しておきます。

そうですね…もう少し悪戯心を抑えつつ、大人らしい落ち着きというものを持って

くれたなら、私も少しは考えなくもないですね」


「ぐっ…本当に、美月みたいな反応をするね?」


「ふふっ…本人に鍛えられましたからね。

それに、私にとって美月さんは憧れですし…その評価はむしろ褒め言葉ですよ」


 美咲にとって美月が自慢の妹ということもあって、その台詞に喜ぶべきなのか

一瞬迷った結果、その時の美咲は何とも言えない表情になってしまう。


 そんな美咲の顔を見て、さらにクスクスと美幸が笑っていると―――


「あ、そうだ。『呼び方』と言えば…。

美幸? そういえば美幸って、自分のコードの隠された意味って知ってる?」


…と、不意に思いついた様子で美咲がそう尋ねてきた。


「え? コード…ですか? それは『MI-STY』のことですよね?」


「うん。そうそう」


「『MI』は『美』で、『S』は『咲』、『T』は『月』の頭文字ですよね?

あと、『Y』が『幸』で、同時に『TY』が『隆幸』だという話でしたが…。

それで間違いないですか?」


「あ、その辺りの話って、もう誰かから聞いてたんだ?」


「ええ。随分前に一度、隆幸さんから聞いたことがあるんです。

確か…MIシリーズの公式発表の時期でしたかね…」


「へぇ…あの頃かぁ。…うん。まぁ、それで大体は・・・合ってるよ」


「大体…なんですか?」


「うん。それで半分くらい…かな」


「半分…」


 美咲のその発言に、軽く驚く美幸。


 自分のもう一つの名前とも言える、個体識別コード。

そのコードに秘められた意味の半分を、まだ自分は知らなかったらしい。


「…よし! それじゃあ、ここからはその辺りを話そうか」


「ええ、是非お願いします」


 美咲のその提案に、美幸は楽しげに微笑みながら、そう返した。

ただ、海を眺めたままその返答に頷く美咲の瞳の中には……


 懐かしさと―――どこか、切なさのような感情も覗いているように見えた。

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