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第87話 優しい暴君たち

「それじゃ、改めての最終確認なんだけれど…美幸は新素体への換装を実施して、

今回の代理出産のテストに協力してくれるんだね?」


「はい」


 美咲は美月達が近くに来たことを確認してから、この日の会議の締め括りに、

情報の整理をするため、美幸に要項を1つずつ再確認していくことにした。


「では次に、今回の新しい素体は人間に限りなく近いものだからね…。

これからは自分で食事をとらないと死んじゃうし、運動でも無茶は出来ない。

気を付けないと病気にもなるし、何よりも…時が経つにつれて次第に歳を取って

いくことになる。

…こうやって改めて言うと、今までの美幸の生活と比べて不便になることばかり

だけれど…後悔しない?」


「はい、後悔はしません」


「換装後の戸籍処理は、私と美月の歳の離れた義理の妹…っていう話だったんだ

けれど…少々、事情が変わってね。

正確には“遠縁の親戚の子を養子として引き取って、妹として扱っている”という

設定に変わったんだけれど…これも構わない?」


「…あれ? そうなんですか?」


 以前に聞いていたのは、“美咲の妹”になるという話だった。

しかし、今の話の通りなら、戸籍上の美幸の扱いは“美咲の義理の娘”ということ

になる。


「うん。流石に両親が共に亡くなった後なのに、実はその両親が養子として引き

取っていた、隠れた義理の妹となるとね…。

普通に考えて、色々とおかしい部分が出てくるし、逆に目立つからさ。

慎重な協議の結果、最終的にそういうことになったんだけど…。

…美幸としては、そういう扱いでも構わないかな?」


「はい。勿論、私はそれでも構いませんよ。

…だって、私はずうっと前から、美咲さんの娘なんですから」



“ガシッ”



「くっ……今日の美月は何時にも増して反応が良いね?」


「ええ。慣れていますから」


 衝動的に美幸に抱きつこうとした美咲の肩を、素早く掴んで止める美月。

穏やかな笑顔を湛えながらも、ほんの少し声を低くして圧を掛けるような雰囲気で

言葉を続けた。


「姉さんの嬉しい気持ちは分かりますが、まずは会議を続けて下さい。

…ねぇ? 所長様(・・・)?」


「……はい」


 ニッコリと微笑む美月の迫力に怯えた様子の美咲は、素直にその指示に従う。

…一連の流れを見た周囲の全員が、この場の支配者が誰なのかを再確認した。


「え、え~っと…次だね。

ここだけの話なんだけれど、美幸が新素体に換装出来たらタイミングを見計らって

少しだけメディアに姿を晒して、ちょっと無理やりに人間の側に引っぱり込む。

これはアンドロイドとしての国からの干渉を弱めるのが、主な目的でね」


「はい。芸能活動をするというのでなく、あくまでチラッと映って軽く紹介される

だけで良いなら、私は別に構いません」


「…本当に?」


「はい? ええ、構いませんが…どうしたんですか?」


『以前から言っていた案なのに、何故こんなに何度も確認するのだろう?』と、

そう思っていた美幸は、次の言葉で数秒間、完全に沈黙することになった。


「その時の美幸の見た目は20歳の時の美月なんだよ? 本当にわかってる?」


「………何故でしょう…。身の回りが、もの凄く騒がしくなる確信があります…」


「うん…だよね…」


 あの当時の美月といえば、近所に少し買い物に行くだけでも車を使わなければ

面倒なくらいに、頻繁に声を掛けられるほど目立つ容姿だった。


 それが、数分間のみとはいえ、街中とは比べ物にならないほど多くの人の目に

留まることになるのだ。


 その後の影響は……今から考えただけでも、憂鬱極まりない。 


「ま、まぁ…その点は『その時々で対応する』ということで―――」


 そう言って、とりあえず次へと話題を移そうとする美咲に、誤魔化されまいと

美月が透かさず追撃する。


「いや、それは流石に適当過ぎませんか? 姉さん」


「でも仕方ないじゃん! こればっかりは世間の反応次第なんだし。

現状ではある程度の予想は出来ても、細かい対策までは難しいんだよ…」


「まぁ、それは確かにそうなんですが…」


 美咲の意見も間違いではないが…美月はその(わずら)わしさを身をもって感じてきた

こともあって、簡単には納得しかねていた。


 だが、そんな美月を説得するように、一応の自分なりの見解を伝える美咲。


「でも…まぁ、結婚してからなら、それも大分マシになるとは思うけど…。

紹介する時に『もう結婚していて、現在は妊娠もしてます』って言ったら、少しは

大丈夫なんじゃない?」


「まぁ…そこまで言えば、ある程度の効果は期待できるでしょうけれど…。

…やはり、それくらいしかないのでしょうか…」


 美咲の言葉に、渋々ながら頷いて…それでも心配そうに美幸を見る美月。

しかし、当の美幸はその言葉の意味をいまいち理解出来ずに美咲に尋ねる。


「? それを言うと、何か世間の対応が大きく変わるんですか?」


「うん、大違いだよ。

世間的には特にアイドルとかがそうなんだけど…。

恋愛とか結婚とかの話題は、強力なイメージダウンになるだろうしね」


「アイドル? 私は設定上は一般人ですよね?」


「あー…世の男共はね、テレビとかに美人が出てたら、自分に全く関係が無くても

そういう“自分以外の男の影”に嫌悪感を覚えるもんなんだよ。

…ホント、面識どころか本人とまともに一対一で話してもいないヤツが画面越しに

何言ってるんだ…って話なんだけどね」


「姉さん…。それ、絶対にメディアを通しては言わないで下さいね?

余計な敵を作ることになって、後々面倒ですから…」


 世の男性の夢をぶち壊すようなその発言は、正論ではあるのだろうが…。

決してメディアに乗せて言うべきではない種類の言葉でもあった。


 流石にその辺りは心得ている美咲は、既に面倒臭そうにしながらも美月の忠告を

『はいはい、わかってるよ…』と受け入れた上で、美幸に説明を続けた。


「まぁ、そういうわけだからさ…美人でも既婚者であることは十分に虫除けとして

機能するだろうし、更にそれが妊婦なら芸能関係のしつこい勧誘も、それを理由に

ある程度は回避出来る…と思うよ」


「わかりました。…暫くは、自分でも警戒はしておくようにします」


「うん。その時は私達もフォローするから、美幸もそこまで心配しなくていいよ」


「はい、ありがとうございます」


 美幸がそう返答したところで、とりあえずその話題は一段落したのだが…。


 これを切欠に、昔の色々なことを思い出したのだろう。

当の本人の美幸ではなく『美人姉妹』と周囲に 持て(はや)されていた2人が同時に

溜め息を吐いて、酷く面倒そうにしているのが印象的だった…。


「それじゃ、この話はこれくらいで…。

次は、その換装と試験の実際の実施時期だね。

これは、まだ具体的な希望を聞いてなかったけれど…何時(いつ)にする?

一応、ご希望なら来週にでもすぐに換装を出来るように、新素体の方のスタンバイ

はしている状態なんだけど…」


「それなのですが…新素体への換装だけを先に(おこな)って、代理出産の時期は出来る

限り遅らせて欲しいんですけれど…そういうのは可能なのですか?」


「あれ? そうなの?

まぁ…前にも言った通り、試験自体の猶予は一年くらいなら作れると思うけど…。

先に換装だけをしておく理由は、聞いてもいい?」


「はい。それはですね―――

先日、告白の件を話し合った日に、遥からアドバイスしてもらったんです」


 そう言うと、美幸はその遥との別れ際のやり取りを、美咲達に語って聞かせた。




 美幸から色よい返事をもらうことが出来た佳祥は、その時ばかりは子供らしく、

はしゃいで喜んでいた。


 そして、その後は3人で和やかに話をして、最後に恒例になっている遥の独奏会

に耳を傾けることになった。


 遥のピアノの演奏が終わって日が暮れてきた頃、そろそろ今日は解散しようか…

というタイミングで、遥が何気なく美幸に尋ねてきた。


「そういえば、美幸?

あなた、その新素体には何時頃のタイミングで変えてもらうつもりなの?」


「え? それは、今後の美咲さん達との相談の結果になるのだと思いますが…。

私が特に希望しない場合は、割とすぐに実施されるのではないかと思います」


 その返答を聞いた遥は何かを考えるように顎に手を当てて、質問を続けた。


「…ねぇ。改めて確認なのだけれど…。

代理出産の試験の実施には、確か最大で猶予はまだ一年あるのよね?」


「はい。美咲さんからはそう聞いていますが…何か不都合でもあるのですか?」


「そうね…とりあえず換装だけして、試験は出来る限り遅くしてもらいなさい。

これは親友としてのアドバイスじゃなく、私個人としての“命令”よ」


「命令…ですか…」


 遥が対等な親友として接している美幸に対して『命令』という強い言葉を

使うのは珍しい…というより、これが初めてではないだろうか。


 つまり、そこにはそれだけ重要な何か・・があるのだろう…。

そう考えた美幸は、真剣な表情で黙って話の続きを聞くことにした。


「…ええ。それだけは、絶対に急いでは駄目よ。

あなたはそれまでに、すべきことを全て済ませておかないといけないのだから」


「…すべきこと?」


 美幸が聞き返すと、遥はくるりと身体の方向を佳祥に向けて、言い放った。


「佳祥君。あなたはその一年で美幸と恋人としての関係をきちんと築きなさい。

ちゃんとデートして、イチャイチャして、キスをして…。

そして…最低でも、一度は一夜を共にするのよ」


「……え? あ、あの…それは……」


「ちょ…ちょっと、遥!? 突然何を言い出すんですか!?」


 突然の遥からの過激とも取れる発言に、返す言葉を探す佳祥。

そして美幸の方は、そんな佳祥の前に滑り込むようにして慌てて割って入る。


 しかし、正面に来て覗き込んだ遥の顔は一切笑っておらず、むしろ怖いくらいに

真剣なものだった。


「私は別にいやらしいことを言いたいわけでも、からかいたいわけでもないわ。

恐らくだけれど、美幸が特に何も言わないのなら、換装後には、子供を産む試験も

すぐにでも実施することになるのでしょう?」


「それは…恐らくそうだと思いますが…」


 代理出産の件は、結果が早く出ることを望む人も居るため、急がれていると

以前に聞いていた。


 換装した素体に特に問題が無ければ、準備が整い次第、実施されるのだろう。


「美幸、『実感』というものは、あなたが思っている以上に大事なものなのよ?

これから先、佳祥君を恋人として見られるようになるかは別として、そういうこと

を一度もしていないのに、生まれてきた子供に対して“自分達の子供だ”という感情

が芽生えるとは…私には思えないわ」


「……!」


 それを聞いた美幸は、思わずハッとなった。


 心のどこかで、『これは試験だ』という、いつもの意識があったのだろう。

遥に言われるまで“そういうもの”だと、疑問にすら思っていなかった。


「美幸? 私、さっきあなたに言ったわよね?

『これからの人生では、あなた自身が主役なのよ』って。

それなのに、実感も無いままに自動的に妊娠して、そのまま出産?

…そんなの、本当にただのテスト・・・・・・じゃない。

あなた達の子供の誕生が『人間の役に立つかどうか見極めるただの試験の結果』

という…あなた達にとって、無価値なものに成り下がることになるわ」


 恐らく、遥は美幸の出産すらも試験にしようとしていること自体に、そもそも

初めから納得していなかったのだろう。


 いつも感情表現の薄いところがある遥とは思えないほどに、その表情は怒りの

色に染まっているように見えた。


「私はそんなの、絶対に許可できない。

私の親友の幸せに、そんなくだらない大人の事情を介入させることは、断じて

許容出来ないわ。

…だから、これは私個人の意思から来る“命令”よ。

たとえあなたの意思がそうじゃなくても、絶対にそうしなさい」


「…はい。わかりました。

…遥―――いつも、本当にありがとうございます」


 隣に立っていた佳祥が、遥のそのあまりの迫力に気圧され、緊張で黙り込む中で

美幸は穏やかな…しかし、しっかりとした声で、そう返した。


 今はただ、自分のためにそこまで怒ってくれている親友がありがたくて…何より

誇らしかった。


 そんな声に乗せた美幸の“想い”が、遥本人にも伝わったのだろう。

『ふぅ…』と一息吐いた後、遥はいつも通りの無表情に近い表情に戻っていた。


「…しっかりしなさい。もう少しすれば、あなたも人間になるのよ?

他人の都合なんて一々気にしていないで、もっと我が侭になって、周りを振り回す

くらいのつもりで居なさいって、言ったでしょう?

…これからは、あなたにだって『守るべきもの』が出来るのだから」

                          

「はい…そうですね。遥の言う通りです。

では、手始めに…私の個人的な(・・・・・・)都合で(・・・)、試験の時期をずらしてもらってきます」


「ええ。それでどうしても無理なら、『親友に脅されていますので』とでも言って

無理やり押し通しなさい。

…何と言っても、これは私からあなたへの“命令”なんだから」


「…クスクスッ…わかりました。

それでは、私はその“命令”に、素直に従わせていただきますね?」


 こうして美幸は嬉しそうに笑いながら、この優しい暴君の命令に黙って従うこと

にしたのだった―――。




 美幸からその話を聞いた美咲は嬉しそうでありながら、悔しそうでもあった。


「はぁ…。相変わらず、遥ちゃんには敵わないなぁ…。

美幸のことを好きなのは、私も負けていないつもりなんだけど…。

いつも私の気付かないところに気付いて、一歩上を行かれるんだよなぁ…。

何だか、微妙に悔しい気分だよ…」


 美咲はそう悔しそうにしながらも、遥という存在を頼もしくも思っていた。


 一回り以上年下のはずなのだが、事ある毎に何故だか教わることばかりだった

『遥』という存在は、もはや年齢を飛び越えて尊敬する人物にすらなっていた。


…しかし、そんな美咲の様子に気付いた美幸は、遥が美咲について言っていた言葉

を伝えることにした。


「…美咲さん。先日、遥も同じようなことを言っていましたよ?

『私は言葉を掛けることしか出来ないから、実際に守ってあげたり、物や環境を

用意してあげられる美咲さんが、少しだけ羨ましいわ』って。

…遥だって、美咲さんを羨んでいるんですよ?」


「…そっか。あの子に認められてるなら、しょうがないね」


 美幸にその遥の言葉を聞かされた美咲は、自分にしか出来ないことをしようと、

頭を切り替える。

…そうだ、今の自分に求められているのは時間を作ることなのだ。


「よし! ここはその美幸の『個人的な都合』とやらに、私も盛大に振り回されて

やろうじゃないか!

上には適当に言ってはぐらかしておくから、きっちり一年、恋人としての思い出を

しっかり作って来なさい! これは私からの“命令”だよ!」


「クスクスッ…わかりました。命令なら、仕方がありませんよね?」


 そう言って笑いながら、美幸は思った。


 自分の大好きな2人が提案し、作ってくれる『貴重な一年』なのだ。

これからの一年を大切に…目一杯、楽しんで過ごさなければ…と。


…そして、この流れに乗って今度は美月が佳祥に対して、大真面目に言った。


「佳祥、これは責任重大ですよ? 

この一年、何としても美幸ちゃんに幸せな時間を過ごさせなさい。

…これは母親としての“命令”です」


「は…はいっ!」


 本人的には“ただ真面目に言っただけ”なのだろうが…その整った顔で真剣な態度

と口調で言う“命令”には、少々…迫力があり過ぎたらしい。


 何とか返事をしているものの…完全に佳祥はビビってしまっていた。


「うわぁ…あれは言われたくないなぁ…」


 隣でそのやり取りを見ていた美咲がポツリとそう呟くと…美幸はクスクスと声を

殺して笑った。


 そんな光景を最後に、その日の会議は無事に終わりを迎えることとなった。


 こうして、美幸の換装はこの翌週に実施され、試験はそのちょうど一年後に実施

されることに、正式に決定されたのだった。

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