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第79話 変わらない友情と、ささやかな嫉妬

「唐突ですが、近いうちに人間に限りなく近い素体に換装することになりました」


「………それは……本当に、唐突な話ね…」


 美幸のその突然の告白に、遥は驚きと呆れが半々の表情でそう返した。


 美咲から素体の換装の話を聞いた、その次の休日。

旧夏目家の由利子の部屋には、美幸と遥、そして莉緒…という、いつも通りの3人

が美幸からの呼びかけで集まっていた。


「…はぁ。本当にあなたといい、莉緒といい…

最近は何だか、呼び出される度に衝撃の事実を突きつけられている気がするわ…」


「…ん? 今回の美幸っちの件は分かるけどさ…

ここ最近で、私が遥ちんを驚かせるようなことなんて、何かしたっけ?」


 遥の発言に反応して、首を傾げながらそう返した莉緒。

だが、そんな莉緒に対して、遥は今度こそ完全に呆れた表情でその疑問に応えた。


「…結婚と出産のことよ。

それは、私がたまたまその時に海外に居たっていうのもあったのでしょうけれど…

普通に考えて、突然、同時にそんなことを言われたら、誰だって驚くでしょう?」


「あー! なんだ、その時のことか~!

そんなの、もう2年近く前じゃん! 『最近』って言うから何かと思ったよ~」


「…まぁ、確かに年数的に考えれば、そうでしょうけれど…

私達がこうして3人で揃って集まるのは、最近では久しぶりでしょう?

あの事実を知らされた日から数えても、今日で2度目くらいじゃない。

だから、私からすれば十分に“最近”なのよ」


「なるほど…そういう理屈なら、それもそっか~。

美幸っちと私は、お互いの都合が付いた時には今でも結構会ってるけど…

遥ちんは色々と忙しいから、あんまり同じタイミングで会えないもんね~」


 高校を卒業した後、遥は海外の音大へと進学していき、そのまま夢であるプロの

ピアニストになっていた。


 今では個人でのクラシックの公演から、ポップミュージックなどのバックバンド

まで幅広くこなす彼女は、音楽業界から引っ張りだこになっている状態だった。


 そして、そんな遥の人気が高まってくるのにつれて、こうして3人全員が揃って

話をする機会は、次第に減っていっていた。


 そんな中、莉緒は大学時代に知り合った男性と30歳の時に結婚し、その2年後

に男の子も出産したのだが…。


 その時期には、ちょうど遥が数年がかりの海外ツアーの真っ最中だったため、

『遥ちんへの報告は、次に顔を合わせた時でいいか』と、後回しにしていたのだ。


 これは“我が子に直接会わせて報告したい”という莉緒の考えからの行動だったの

だが、結果的に3年半近くあちこちの国を回って公演することになっていた遥は、

やっと帰国した次の日に『実は、3年前に結婚してました……テヘッ♪』と言う、

1歳になる息子を抱いた莉緒の姿に度肝を抜かされる羽目になったのだった。


「…大体、あの時だってメールや電話でのやり取りはしていたでしょうに…。

それなのに、何故、私が帰国するまでずっと黙っていたのよ?」


「いやー、思ったより機会が巡って来なかったんで、逆に面白くなってきて…。

もう、いっそのこと『遥ちんを驚かしてやろうか!』と…」


「クスクスッ…。あの時の遥の顔はなんというか…面白かったですよね?」


「美幸…。もう、その思い出し笑いは勘弁してちょうだい。

こうして会う度に、あの時のことで笑われていたのでは、堪らないわ…」


 その瞬間の遥は、いつも冷静な彼女には珍しく、驚き過ぎて言葉が出てこない

様子でポカンとしてしまっていた。


 数秒後に思考能力が戻ってきた遥は、『…は?』と言うのが、精一杯で…。


 莉緒達はそんな遥を見て、『大成功!』と言わんばかりに、ハイタッチして

笑い合っていたのだ。


「あの時の遥ちん、まさに“鳩が豆鉄砲食らったような顔”だったよね?」


「…それはそうよ。

以前から『今は大学の頃からの友人と付き合っている』っていう話は聞いていた

から、私も『結婚くらいはしているのかも』とは思っていたけれど…。

結婚どころか、既に一歳になる子供まで居るとはね…。

流石に、そこまでは予想していなかったのよ…」


「クスッ…。遥、あの時は本当に大変でしたね?」


「よく言うわよ。美幸だって、莉緒と一緒に笑っていたじゃない。

というより、今回の件もそうだけれど、他人が驚くことを楽しく思うなんて…

最近のあなたは、少し美咲さんの影響を受け過ぎだと思うわ」


「ああっ! そうだよ! もう少しで忘れるところだった!

今はそんな遥ちんの過去の面白エピソードより、その話だったよ!」


 会話が始まってから、すぐに脱線してしまった美幸の新素体の話。

それを、美咲の名前を聞いて思い出した莉緒が、そう言って修正したことを切欠に

再び話題が美幸の換装の話に戻っていく…。


―――ただ、不意に莉緒の放った『面白エピソード』という発言に、遥が影で若干

ながらショックを受けていたことは、発言した莉緒にすら気付いてもらえなかった

のだった…。




「へぇ…なるほどね。今回は代理出産のテストケース…という話なのね」


 改めて、美幸から今回の換装の詳細な情報を説明された遥はそう言って頷く。


「先ほどまでは『何故、このタイミングで?』とは、思っていたけれど…

それがアンドロイドの普及率も関係していたのなら、理由にも納得出来るわ」


「確かに。最近は結構、民間でもアンドロイドの姿を見かけるもんね。

ウチの子を預けてる保育園でも、1体働いてくれてるし」


「あれ? そうなんですか?」


「うん。ついこの間からなんだけど、お母さん達からも評判良いんだよ?

風邪の引き始めとか…親でも気付けないような細かい健康状態の異常のチェックも

一瞬で出来るし、転んだりして怪我しても、処置に全くミスが無いからね。

『これなら子供を安心して任せられるわ』って言ってたよ」


「…そうですか。それは…良かったです」


 莉緒のその台詞を聞いて、美幸は自分も少しだけ誇らしい気持ちになっていた。


 MIシリーズは、自分の研究結果を元に生産された『妹達』なのだ。

その活躍を聞いて、嬉しくないはずがなかった。


「それだけ、アンドロイドが世間に受け入れられつつあるってことね。

普段はあんな感じだから、接していると忘れそうになるけれど…

こうして改めて考えると、美咲さんの研究は本当に凄いわ」


 遥は感心したようにそう言うと、高校生の頃には毎週のように通い詰めていた、

あの研究室の情景を思い返した。


「そういえば…あの時のピアノは、まだ研究室にあるの?」


「ええ。それは当然です。

何と言っても、あの人気ピアニスト…富吉遥の“直筆サイン入り”ですからね。

今では博物館みたいにチェーンで周囲を囲って、直接は触れられないようにして…

重要文化財の如く、厳重に保管されていますよ?」


「……そこまで行くと、大げさ過ぎて逆に私が恥ずかしいのだけれど…」


 海外への留学の直前に美咲から提案された遥は、楽譜を乗せる部分である譜面板

に簡単なサインをしていったのだが…。


 当の本人は、まさかそこまでの事態になっているとは思っていなかったらしい。

…そんなことは、美咲の性格を考えれば容易に想像出来るだろうに。


「…まぁ、今はピアノのことはいいわ。

それで、その新素体への換装も、当然、あの研究所で行うのよね?」


「あ、はい。それは勿論です」


「でも、良いよね~。

美幸っちは、今から20歳の状態でスタートなんでしょ?

今よりはマシだけどさ、それでも私達よりも15歳近く若いだなんて…

私達って同級生のはずなのに……なんかズルイ!」


 莉緒のその指摘を『あはは…』と、笑って受け流す美幸…。

だが、遥も莉緒と同じ考えだったのか、その流れに乗って美幸に言ってくる。


「それよりも、私は容姿そのものが羨ましいわ。

20歳の美月さんと言えば、ちょうど結婚式の頃じゃない?

仮にあの姿になれるのなら『全財産差し出します!』っていう人も、一人や二人

じゃないでしょうに…」


「…その点に関しては、私も何だか荷が重い気がしているんですけれど…ね」


 美幸達にとって、美月は今でも変わらず憧れの対象だった。

それが、容姿だけでも丸きり同じになるというのだから、プレッシャーを感じざる

を得ない。


…しかし、てっきりその発言に同意してくれると思っていた目の前の2人は、その

美幸の予想に反して、揃って反論してきた。


「何を言ってるのよ…。美幸の場合は、今でも十分に綺麗じゃない。

換装したところで、ただ単に“美少女”が“美人”に変わるだけでしょう?」


「そうだよ! 美幸っちはその心配する必要、皆無だよ!」


「…え、ええっと、あの……ごめんなさい…?」


 何と返して良いか分からない美幸が疑問系で謝ると、2人は黙って同時に頷く。


「…それにしても、その美月さんだけれど…一体どうなってるのかしらね。

今ではどう見ても、私達の方が一回り年上よ?」


「…うん。私もそれは思ってた。

私、先週に会ったばかりだけど…あれで40近いなんて、ほとんど詐欺だよね。

世間で『美魔女』とか、自分で言ってる人達が裸足で逃げ出すレベル…」


「あー…それについては、私も何と言えば良いのかわかりませんね…」


 年齢的なことを考えれば、美幸と並んで居れば親子に間違えられても良さそうな

ものなのだが、これまでに一度も“姉妹”以外に間違われたことが無かった美幸は、

苦笑いを浮かべる。


…その点に関しては遥達の言う通りで、反論の余地が無かった。


「それじゃあ……やっぱり20年後の美幸も、ああ(・・)なるのかしらね…」


「…美幸っち、やっぱりズルイ…」


 結局、遥達にそう言って羨ましがられてしまった、その日の美幸は『あはは…』

と誤魔化し笑いをし続けるしかなかった…。

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