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第78話 ペンダントの行方

「わぁ! 本当にあの愛ちゃんなんですか!? お久しぶりです!」


 美幸ははしゃぎながら目の前の愛の手を取り、その再会を喜ぶ。


「3年も前からこの研究所にいらっしゃったって言っていましたが…

私、全然気が付きませんでした!」


 興奮冷めやらぬ…といった様子で、そう言う美幸。

…すると、後ろからその光景を眺めていた美咲が、そんな美幸にその理由を簡単に

説明してきた。


「そんなの当たり前でしょ?

斉藤さんの存在は、美幸からは特に厳重に隠されてたんだし」


「…え? 隠されていた? あの…どうして、わざわざそんなことを?」


 首だけで美咲を振り返りながら、美幸は美咲にその先を促す。

その言葉を受けて、美咲は視線を愛に移しながら続けた。


「彼女はさっき謙遜してたけど、他の研究者より優秀なのは本当なんだ。

だから、入社した時からこのプロジェクトを担当してもらう予定だったのさ。

…でも、さっき言った通り、このプロジェクトは最重要機密だからね。

私達としては、担当している彼女自身も極力目立って欲しくなかったんだよ」


「? ええっと…それは機密事項なのですし、私も理解できるのですが…

でも、それが何故、私から隠すことになるんでしょう?」


 そう言って首を傾げて、本気で不思議そうにする美幸だったが…。

そんな美幸に、美咲は心底呆れた表情を浮かべて、ため息交じりに答え返した。


「はぁ…まったく、何を言ってんのさ。

美幸が斉藤さんの存在を知っちゃったら…まず間違いなく、仲良くしようとして

定期的に会いに行ったりするようになるだろう?

そうしたら、どうしたって結果的に彼女は目立つことになるじゃないか。

…君はもう少し、“自分がこの研究所で注目される存在だ”ってことを、いい加減に

自覚すべきだよ」


「ああ、なるほど…。そう言われてみれば、そうですね…」


 流石の美幸でも、研究所内での自分が、普段からよく皆から注目されていること

には気が付いていた。


 古株の研究員達からは我が子を見るような温かさで、そして、若い研究員達から

はアンドロイド開発の業界で今もなお語り継がれる、あの『MI-STY』として…。


 注目される理由はそれぞれだったが、それでも人目を引く存在であるという意味

でそれを指摘されれば、納得せざるを得ない。


「…私も、最初は驚いたんですよ?

どうしても美幸さんにもう一度会いたくて、真知子さんに何度もお願いしていたら

中学を卒業する頃になって『アンドロイド研究の道に進んだら可能性はある』って

いうヒントをようやくもらえて…。

海外留学の件もあったので、私はてっきり『海外の研究所で研究してるんだろう』

と思って、猛勉強して実際にこの世界に入ってみたら…。

あのMIシリーズの雛型になったという、原田美咲の最高傑作…『MI-STY』

の固有の名前が『美幸』だっていうんですからね…。

…それはもう、私にとっては人生最大の衝撃でしたよ?」


「あー……あ、あははは…」


 黙っていなければならない理由があったとはいえ、自分の正体を隠していたこと

を今更ながらに思い出した美幸は、とりあえず笑って誤魔化すしかなかった。


 そう言われてみると、愛にしてみれば美幸は『海外へ留学して以降、音信不通に

なっている年上の友人』という情報しか無い状態だったのだ。


 研究所に就職して突然、そんな事実を知らされれば…驚くのは当たり前だろう。


「…でも、美幸さんは変わらずお元気そうで、本当に安心しました。

当時の私が見た最後の姿が、あんなことになってしまっていましたからね…」


「あ……そう、ですね…。ふふっ…当時は私も色々と複雑な心境でしたが…。

なんだか…今となっては、ただ懐かしいですね…」


 美幸は、愛のその言葉で当時のことを少しだけ思い返した。


 確かに、決して良い結末で終わった話ではなかったのは事実だ。

それは、試験としても…美幸にとっても。


「そのペンダント…まだ着けているんですね…」


「…はい。結末はどうあれ、私にとってこれが“宝物”の一つであるということは、

間違いありませんからね」


 愛にそう言われて美幸が胸元のペンダントにそっと触れると、一度だけ“リン”と

ベルの澄んだ音色が、静かな室内に響いた。


「…その後、心矢君とは……どうですか?」


 そして、話題が心矢のことに及ぶと…美幸は僅かに表情を暗くした。


 あれから、愛と心矢との間に起こった、その後の事の顛末を、美幸は既に真知子

の口から聞いていた。


 その内容は、決して美幸にとって望んでいたようなものではなかったし、自分が

愛と心矢の関係性を決定的に変えてしまう切欠になったのだという事実に対して、

美幸自身は何も出来ないことにも、歯がゆい思いをしていた。


…だが、そんな美幸の心配とは裏腹に、愛からは明るい知らせがもたらされる。


「…ええ。心矢とは、その後もずっと付き合いがありますよ。

というか…その……今は婚約者という間柄なんです」


「…え? ええっ!? そうなんですか!?

それは、あの……お、おめでとうございますっ!」


 ついさっきまでの暗い表情から、一瞬で満面の笑みを浮かべて祝福する美幸。

…そんな美幸を見て、愛は自分がその美幸の友人であることを誇らしく思った。


 先ほど、自分の髪を失くしたことを思い返していたであろう時には、表情一つ

変えなかったのに対し、心矢の話題では暗くなったり、明るくなったり…。


 その姿は、昔…僅かな間だけ一緒に過ごした、あの頃のままだった。

常に自分よりも周囲の人を思い遣れる…その優しさに、愛はただ感動していた。


「…ありがとうございます。こうなれたのも全部、美幸さんのお陰です」


「…いいえ、そんなことありませんよ。

むしろ、その…私が2人の仲を裂いてしまったんじゃないか…って、そう思って

いたくらいなので…」


「はい。だから良かったんです」


「? どういうことでしょう?」


 愛の言葉の意味が良く分からず、不思議そうにそう聞き返す美幸。

そんな質問に、愛はその詳しい理由を美幸にも分かり易いように言い直した。


「…あの頃の私は、実際には同級生のはずの心矢に対して、弟みたいに…下手を

すれば息子のように感じていたんです。

『私が守ってあげないといけない存在なんだ』って…そう思い込んでいて。

でも、あの時…美幸さんが取り返してくれたペンダントを投げつけられた時に、

急に心矢に対してのそういった感情を失ってしまって…」


 その時のことを思い出しているのか…愛は俯き、表情も暗いものになる。

…だが、それも一瞬のことで、すぐに明るい顔に戻って、美幸を見つめ返す。


「でも、美幸さんが…あの日、私に言ってくれたでしょう?

『無理をして守ろうとしなくても良いから、ただ傍に居て笑ってやれ』って。

だから、私は“その約束だけは絶対に守らなきゃ”と思っていたから、心矢への興味

を無くした後も、傍には居ることにしたんです。

…そうしたら、今までの自分の間違いというか…勘違いに気が付いてきて…」


「…勘違い、ですか?」


「はい。それまでの私の心矢に対する感情って犬や猫にするみたいなもので…。

なんというか、“世話をして自分に懐かせよう”っていう感じだったんです。

でも、それがあれから完全に無くなって…。

その上で一緒に居たら、気付けば対等な人間として、心矢のことを見られるように

なっていたんです。

…私、あの頃からずっと美幸さんには憧れていて…だから、かもしれません。

あの頃の美幸さんは、たとえ幼い私が相手でも、きちんと話を真剣に聞いてくれて

いたでしょう? 

『子供が相手だから…』とか『年下だから…』と見下さず、自分と対等な立場で。

それと同じことが、いつの間にか私も心矢相手に出来るようになっていたんです」


「……ええっと…」


 愛のその告白に、頬を赤くして照れた様子を見せる美幸。

自分が美月や遥、由利子に対して憧れることはあっても、誰かに『憧れている』と

言われた経験は、ほとんど無かったからだ。


「…きっと、何も無いままでいたら、心矢が大きくなって自分が世話を焼く必要が

無くなった時、そのまま恋も一緒に終わっていたような…そんな気がするんです。

…でも、あのことが切欠になって、私は“心矢を一度突き放す”ことで、逆に対等に

扱えるようになった。…だからこそ、結果的に彼との今の関係があるんです」


 そこまで話して、愛は白衣の下の私服のポケットから、小さな箱を取り出した。


「ごめんなさい…お返しするのが、とても遅くなってしまいました。

…美幸さん。どうか、受け取って下さい。

あの日、美幸さんは本当に大変な思いをして取り返してくれましたけれど…

…やはり、私達にはこれを持っている資格は…もう無いと思いますので」


 その箱の中に入っていたのは…

美幸が最後に見た時に比べて、刺さった矢の先の部分が少しだけ歪んでしまった、

あのハートのペンダントだった。


「……そう、ですか。ええ、わかりました」


 そのまま多くを語ること無く、ペンダントを素直に受け取る美幸…。


 美幸は、愛が心矢との関わりを既になくしているのなら、あるいはこのまま愛に

当時の思い出の品として持っていてもらっても、別に構わないと考えていた。


…だが、“心矢と婚約者になっているのなら”と、それを受け取ることにしたのだ。


 既に関係を失くしているなら、これは“ただの思い出の品”だが、心矢が婚約者に

なっているのなら、これは“かつての恋敵の思い出の品”ということになる。


 愛の今の様子では、このペンダントに対してそこまでの悪感情を持っているよう

ではなかったが…一般的に考えれば、少々扱いに困る存在なのは確かだろう。


 何より、愛自身が『自分が持っているべきではない』と考えている以上、送り主

である美幸が引き取るべきだと思えた。


 しかし、こうして愛から受け取ったまでは良いのだが…そこで、美幸は少しだけ

困ってしまった。


 自分はこれをどうすべきなのか。

捨てる…のもどうかと思うし、だからといって自分で身に付けるのもおかしい。


『保管しておけば良い』と言われればそれまでだが、このハートのペンダントには

美幸にとってあまり良くない記憶もある。


…自分で作っておいて何だが、『ずっと手元に置いておきたいか?』と問われると

正直に言って、微妙なところだった。


 そんな時…その美幸の迷いに気付いたのか、不意に真知子が声を掛けてきた。


「美幸ちゃん。それ、もう使い道が無いなら…私にくれないかしら?」


「…え? これを、真知子さんに…ですか?」


「ええ。だってそれ、心矢の名前にあやかって作ったんでしょう?

それなら、親の私が持っていても別に不思議じゃないし…。

…それに、それを見ていると、何ていうかね…気が引き締まるのよ。

“戒め”…っていうのは、ちょっとそのペンダントに失礼かもしれないけれど」


 その真知子の突然の提案に、思わず愛の顔を見る美幸。


「…私は構いませんよ。それはもう、美幸さんにお返ししたものですし」


 そうして、愛からの許可が出たことで、美幸はもう一度、手の中のペンダントを

じっと見つめた後、それを真知子に差し出した。


「…それでは、このペンダントをお願いします。

但し、息子さん…心矢君には絶対に見つからないようにして下さい。

それと、これは私の勝手なお願いなのですが…

出来れば、大事にしてあげてくださいね?」


「…ええ、それは勿論よ。じゃあ、ありがたく頂くわね」


 こうして、美幸が心矢に贈ったペンダントは、20年近い年月を経て、最終的に

その母親である真知子の手に収まる結果になった…。


「でも……ふふっ…」


「? 愛さん? どうかしましたか?」


 ちょうど真知子にペンダントを渡したところで、突然、笑い始めた愛に、美幸は

不思議そうにする。


 そして、愛はそんな美幸に、自分が笑っている理由を伝えた。


「…いいえ。

ただ、そのペンダントをあるべき場所にお返しするのは、私が美幸さんにもう一度

お会いしたい、大きな理由の一つだったんですが…。

それが、最終的に真知子さんがその“あるべき場所”だったのなら、やろうと思えば

その目的はいつでも簡単に達成出来てたんだな…と、そう思ってしまいまして…」


「あ……」


 その言葉を聞いた美幸と真知子はペンダントを見て…そして、更にお互いの顔を

見合わせる。


『ぷっ…クスクスッ……』


 そうして、一拍置いた後…美幸と真知子も、愛に続いて同時に笑い始める。


 そのすぐ後、それに釣られた美咲達も笑い始めてしまい、結局はその場の全員で

クスクスと暫く笑い合うことになったのだった。

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