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第77話 思いがけぬ再会

 それから暫くして美咲は美幸を解放すると、改めて頭を下げて謝った。


「…本当にゴメンね、美幸。私の考えが足りなかったよ」


「いいえ。解って頂けたなら、構いません。

…正直に言えば、美咲さん達の気持ち自体は、とても嬉しかったですし」


 そう言うと、真知子に視線を戻した美幸は、気になっていることを尋ねた。


「それで、真知子さん達が罪に問われる…ということは無いんですよね?」


「…え? ええ、それは勿論よ。

どちらを採用するにせよ、使用しない方は処理することになっていたのよ。

新しい素体の開発ってことで『失敗した時の保険として、念のために2体同じ素体

を用意する』って、上には報告してあるの。

…通常ならスペアなんて用意しないし、予算的にも許可が出ないんだけど…。

でも、今回は“脳死状態で維持する”っていう特殊な開発法だったからね。

失敗する可能性を理由に挙げたら、今回のみ特別に許可が下りたのよ。

だから『状態の維持に失敗した』とでも言って、きちんと手続きを踏んだ上で処理

すれば…まず、怪しまれないわ」


 実際、2体の見た目の違いは、ほぼ無いと言って良い。

たとえ、国からの査察が入ったとしても、余程の精密な解析をしなければ、判別は

ほぼ不可能な状態だった。


…普通に考えれば、これからただ処理するだけの素体に対して、そこまでの手間や

予算を掛けることはしないだろう。


 こそこそと隠れて処理すれば、多少なりとも怪しまれる可能性もあるだろうが、

今回は2体同時に開発することも、不具合が出た場合には、その地点で処分する

ことも正式に申請している。


 クローン体を通常の素体ということにして、『脳死状態で維持するのに失敗して

使えなくなってしまった素体だ』と報告すれば、特に何も問題は無いはずだ。


「…でも、ちょっとだけ意外だったわ。

美幸ちゃんのことだから、こういう場合は『きちんと罪を償ってきて下さい』って

言われる覚悟くらいはしていたんだけどね…」


 真面目な性格の美幸にしては、誤魔化すことに対しては、特に悩むような素振り

を見せなかったことが意外だった真知子は、そう呟く。


 すると、美幸はクスッと少し笑ってから、その疑問に答えた。


「確かに、これが金銭的な利益だとか、そういう個人的なことが理由だった場合は

迷わずそう言ったのでしょうね。

…ですが、今回の件は“あくまでも私を思ってのこと”でしたから。

自分への愛情が原因だったのなら、少なくとも私にはそんなことは言えませんよ。

…世の中には、本来ならば裁かれるべきでも“事実が世間に知られていない”という

だけで、のうのうと生きている人が居るということを…私は知っていますから」


 その言葉で、美咲は過去の試験に思い当って…美幸に言った。


「…本当、人生ってのはわかんないもんだ。

あの佐藤運輸での試験は、AIの安全性の証明以外には何の利益も無かったって

当時の私は思っていたんだけど…。

MIシリーズの会見の時に、美幸に頼まれるかたちで代弁して言った、あの言葉も

含めて考えると……ちゃんと美幸の成長にとって、良い経験になってたんだね」


 美幸が『知っている』と言った“本来ならば裁かれるべき人物”。

その最たる者が、あの佐藤道彦や内田悠貴なのだろう。

…確かに、彼らに比べれば今回の美咲や真知子とは、悪意のレベルが違う。


「ふふっ…。美咲さん?

子供というものは…案外、いつの間にか親が思っているよりも成長していたりする

ものなんですよ?」


「あははっ…。今の美幸が言うと、その言葉は凄く説得力があるね。

私は子供を育てたことが無いから、やっぱりそこら辺はよく解んないや」


 隆幸と美月も親としてきちんと子育てはしていたのだが…やはり、普段から佳祥の

世話をしていた美幸の方が、親代わりとして接してきた時間は遥に多かった。


 その“佳祥の育ての親”とも言えるような美幸にそう言われてしまっては、いまだに

結婚すらしていない美咲には、何も言えなかった。


 しかし、そんな会話をしていると…美月がそんな美咲に呆れた表情を向けた。


「…まったく、何を見当外れなことを言ってるんですか…。

姉さんだって、れっきとした“美幸ちゃんの母親”でしょう?

それに…私だって両親が亡くなってからは、ずっと姉さんには親のように見守って

もらっていたと思っています。

…これでも、きちんと感謝してるんですよ?」


「うわぁ…それは流石にめてくれよ、美月…。

ただでさえ、最近では『私も歳とったなぁ…』って思うようなことが増えたのに、

アンタが私の娘ってことになったら、年齢的に換算すると一気にオバサンどころか

お婆ちゃんレベルになるだろう…」


「クスクスッ…。それもまた良いじゃないですか。

きっと、その方が所長らしく貫禄も付きますよ?」


「勘弁してくれ…」


 そう言って、美月に不満顔を向ける美咲。

…だが、顔を真っ赤にしたその様子は、誰がどう見てもただの照れ隠しだった。


 やはり、他ならぬ美月に真正面から『感謝しています』と告げられたのは、美咲

にとって、とても嬉しいことだったのだろう。


 そんな姉妹のやり取りを見て『やっぱりこの2人の姉妹愛はとても綺麗だな』と

美幸は静かにそう思っていた。



 そうして、ようやくその場に和やかな雰囲気が戻ってきたところを見計らって、

美幸は美月にも改めて尋ねた。


「そういうことで、ですね…。

私個人としては、今回の件は秘密にしてもらっても構わないのですが…

美月さんも、それで構いませんか?」


「ええ、勿論です。そもそも研究とは、試行錯誤の連続ですからね。

ある意味で、これも今後の素体研究のテストケースだったと考えれば、精神的にも

後に引きずるということも無いでしょうし…私はそれで構いませんよ」


 クローン体の製作をしたことを告げられた時には、この研究が裏で行われていた

事実に気付けなかった自分の不甲斐無さへの怒りも手伝って、つい感情的になって

真知子に詰め寄ってしまった美月…。


 だが、今回の理由や美幸の判断といった、一連のやり取りを見た今となっては、

隠し通すことに対して特に異論は無かった。


…何より、罰という意味では“先ほどの美幸の言葉で十分だ”と美月は思っていた。


 たった一度でも、美幸の口からあんな言葉・・・・・を言わせてしまったのだ。

…きっと、美咲達も今日の出来事を一生忘れないことだろう。


「ありがとうございます。ええっと…それでは、後は―――」


 そこまで言ったところで、美幸は入室した当初からずっと部屋の隅に座って作業

している女性スタッフの背中へと視線を向けた。


 今回の美幸の新素体の管理を任されているとおぼしき彼女は、当然だが、美幸達が

この保管室を訪れる前からずっと室内に居た。


 当然、こちらの会話も聞こえていたのだろうし、そもそも予想通りに素体を管理

している人物であるならば、その事情を知らないはずは無いだろう。

…今回の件を揉み消すというのなら、彼女にも黙っていてもらう必要がある。


 すると、真知子は美幸のその様子を見て『ああ…』と納得した後、そのスタッフ

に声を掛け、作業を中断させて美幸のところまで連れてきた。


「そう言えば、まだ彼女のことをきちんと紹介していなかったわね。

彼女が、今回の美幸ちゃんの新素体への換装を管理から実装まで全て担当するの。

入社してまだ3年目だけれど、とっても優秀なのよ?」


「真知子さん、お世辞は止めてください。

私なんて、真知子さんや美咲さん達に比べれば、まだまだなんですから。

…それよりも、早く私のことを紹介して下さいよ」


 そう言われた担当者は『優秀』という評価に少し恥ずかしそうにしていた。


…ただ、真知子に対してはかなり友好的な様子で、どちらかというと“上司と部下”

というよりも、“師匠と弟子”といった方がしっくりくる雰囲気だった。


「それは、自分で言いたいのかな? と思ってね。私は敢えて黙ってたのよ。

ほら、自己紹介しなさい?」


 真知子にそう言われ、少し背中を押されて美幸の前に出る、そのスタッフ。

改めて見ると、とても綺麗な女性だった。


 普段から美月や美咲を見慣れているせいで、感覚が麻痺しているところがあった

美幸だが、流石に彼女達ほどではないものの、町に出れば十分に人目を引く容姿で

あることには違いない。


「…あれ?」


…しかし、美幸にはそれ以上に気になる点があった。

ついさっき彼女の顔を見た時から、妙な既視感を覚えていたのだ。


「クスッ…。そのご様子だと、まだ気付いていらっしゃらないみたいですね?」


 楽しそうに笑うその顔を見た時、美幸は記憶の中のその人物に思い当たった。

しかし、美幸がその名前を口にするより一歩早く、彼女は自らの名前を口にする。


「…本当にお久しぶりです、美幸さん。

今回、新素体への換装を担当させて頂くことになりました、斉藤愛と申します。

これから、どうぞよろしくお願い致します」


 そう。目の前に立っていたのは、あの雨の日に小学校の下駄箱の前で別れたきり

になっていた、美幸の古い友人だったのだ。

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