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第76話 本当の思い遣り

「それでは最後に…素体が2つも用意されている理由は何ですか?」


「…そのことなんだけれど…ここからは本当に部外秘の話…というよりも、関係者

数人しか、本当の事情を知らないの」


 改めて美幸に尋ねられた真知子は、再び声のトーンを落として話し始める。


「さっき言ったのが、この研究が許可された主な理由なんだけれどね?

許可が出たのは、あくまでも“代理出産のテストをするための素体”。

つまり、実際に必要なのは“移植した後に正常に胎児を成長させる機能”だけ…

ということになるのよ」


「!……まさか…」


 真知子の、その取って付けたような言い回しで、次の言葉に見当が付いた美幸は

思わず2つの素体に振り返って、交互に見比べてしまう。


「そうよ。1つは代理出産が可能な機能を備えているという“だけ”の調整素体。

そして、もう1つは脳死状態になってはいるけれど、無調整に限りなく近い素体。

……人工的に作った、ほほ普通の人間と同じ素体―――つまり、クローン体よ」


 真知子のその言葉を聞いて美幸は言葉を失い、そしてここまで黙って聞いていた

美月も、流石にこの事実には意見することになった。


「そんな馬鹿な……あ、ありえません!

国から許可が下りていないのなら、それは明らかな違法行為ですよ!?」


『アンドロイドと人間とは明確な線引きをすべきだ』とされている現状では、完全

な人間のクローンで素体を作ることは、当然ながら法律で禁止されている。


 ましてや、研究所の独断で秘密裏に素体として実装するなど…前代未聞だろう。

…それが事実なら、この素体が研究所内の最重要機密にもなるのも当然だった。


 信じられない…といった表情で、美幸の横をすり抜けて真知子に詰め寄る美月。


…しかし、そんな美月が目の前に迫って来ても、真知子は依然として冷静な様子の

ままで、淡々とした態度で答え返した。


「…そんなことは、私も美咲ちゃんもきちんとわかっているわ。

だからこそ、開発に着手する段階で事前に2人でよく話し合ったわ。

その上で…タイプ違いで2体同時に開発しようってことに決めたのよ。

それで『その時が来たら、美幸ちゃんにどちらか選んでもらおう』ってね」


 真知子の口から美咲の名前が出たことで、今度は姉の方を振り返る美月。 

すると、今度は美咲が美月にしっかりと視線を合わせて言った。


「…悪いね、美月。

…でもね? 私にはどうしても出来なかったんだ」


「…出来なかった?」


 眉間に皺を寄せて、険しい顔でそう返す美月。

ただ、そんな美月に相対する美咲の顔は…どこか悲しげな雰囲気を含んでいた。


「だってさ…考えてもみてくれよ。

この20年の間…私達はずっと、美幸に対して試験、試験って…

こちらの…私たち人間の一方的な都合で、散々振り回してきたんだよ?

それなのに…夢だった憧れのお嫁さんになれる…人と同じ速度で歳を取れて、子供

も産める身体に…やっとなれるっていうのにさ。

また、その“人間側の都合”ってやつで、問答無用で代理出産でしか子供を産めない

身体にさせられるなんて…。

そんなの……いくらなんでも、あんまりじゃないか…」


「…そ…れは……っ…」


 美咲達の違法行為に驚き、その勢いで真知子に詰め寄った美月だったが…。

美咲のその訴えかけるような表情と言葉を前に、視線を彷徨わせることになった。


 自分がこの話を事前に…その理由も含めて相談されていたならば、はたして今の

ように真正面から反対出来たのだろうか、と。


「…当然だけど、美月の言う通り…これは明確な違法行為だからね。

美幸がクローンの方を望むなら、上も含めて完璧に誤魔化し切ってみせるよ。

間違っても美幸が処理されるようなことには、絶対にさせないさ」


「で、ですがっ…! それなら、美幸ちゃんに事前に確認さえすれば……」


 狼狽うろたえて、もう真っ直ぐに美咲の目を見つめられなくなった美月。

だが、それでもそう言って反論を試みようとするが―――


「美月、分かってるだろ? 事前確認をしていたら…美幸がなんて答えるのか」


「………」


…諭すように美咲にそう言われ、美月は遂にその口をつぐむことになった。


 仮に、美幸が“より人間に近い方の素体”を心の中で望んでいたとしても、美咲

達に『私のために、罪を犯してでも用意して下さい』などと言うはずが無いこと

くらいは、美月にもきちんとわかっていたからだ。


 そして、だからこそ美咲達は今の状況…“美幸に秘密にしたままで開発を進めて

打ち明ける頃には既に用意が完了している状態”を作り出したのだろう…。


 その時になって、素直に心で望んだ方を抵抗なく選べるように、と。



 美月が大人しくなったのを確認した美咲は、先ほどからずっと黙り込んでいる

美幸の傍に来て、正面から覗き込むように目線を合わせると…尋ねた。


「美幸、そういうわけだからさ…君自身は、どっちの素体に換装したいと思う?

…こういう言い方は少し卑怯だろうけれど、もう既に作ってしまっている以上、

使うにしろ破棄するにしろ、どっちみち誤魔化すのは一緒なんだ。

だからさ…今、思ったままの気持ちを、正直に言ってくれ」


「……ぷっ………クスッ………フフフッ」


 真剣な表情でそう尋ねる美咲の質問に対して―――不意に美幸は笑い始めた。

静かになった室内に、その明る過ぎるくらいに場違いに乾いた笑い声が響く。


「え……あの…み、美幸……?」


 突然、笑い始めた美幸を前にして、美咲は混乱した表情を浮かべる…。

そして、そんな美咲に、美幸は笑いながらも“思ったままの気持ち”を告げた。


「…美咲さん、いくらなんでも、今回は親バカが過ぎますよ?

もっと落ち着いて、冷静になって…よく考えてみて下さい。

私からすれば、どちらを選んだとしても、自分の遺伝情報ではないんです。

クローンにしたって、結局は美月さんの複製・・・・・・・じゃないですか…。

…どんなに精巧に出来ていても、私は人間ではなく、アンドロイドなんです。

私は…所詮は“ただの道具”、なんですよ?」


 その美幸の言葉を耳にした美咲は、胸を突かれたような鋭い痛みを感じた。


…だが、本当に痛かったのは…その自分を突き放すような言葉ではない。


 自分のことを『ただの道具』だと…そう言った美幸が、無理やりに笑いながらも

ボロボロと涙を流していた、その理由を理解出来てしまったからだった。


「…ぁ……ご、ごめん…美幸っ…!。私、また…押し付けて……」


 笑いながら涙を流す美幸を見て、美咲は自分のその間違いにやっと気が付いた。


…別に、今回の美咲の考えが全て間違っていたというわけではない。

その判断にしても…真知子と相談しながら、良く考えた結果だった。


 こちらで…人間の都合で決めた結論をただ押し付けるのではなく、せめて選択肢

を用意して、自分で選ばせてあげたかった…。


 美咲としては、ただそれだけだったのだ。しかし―――


 その思いがあまりにも強過ぎたあまりに…肝心の美幸の身になって・・・・・・・・考え切れて

いなかったらしい。


 確かに、美幸は嬉しく思ってくれるだろう、喜んでもくれるだろう。


 それでも、“自分の為に美咲達に法を犯させることにまでなってしまった”という

事実を前に、『もう済んだことだから』と…他でもないあの(・・)美幸が、楽観視など

出来るはずがなかったのだ。


 美咲にとっては自分の身でも、美幸にとってはかけがえのない家族の身なのだ。

それが危険に晒されることになって、気楽に構えていられるはずがない。


 それならば、これはもう…美咲の“善意の押し売り”も同然だった。


 人間の都合を押し付けるのを嫌って、美咲が用意した解決策は―――


 冷静になって振り返れば、結局は“『美咲の善意』という名前の人間の都合”を

美幸に押し付けていただけだったのだ。


 その結果、大切な家族を相手に『自分は道具なのだ』と言い放ち、あまり自分に

入れ込み過ぎないようにと、警告して突き放すことに繋がってしまったのだろう。


―――もう二度と自分のために道を間違わないように、と。


「……反省、ちゃんとしているんですか?」


「…うん。…私が馬鹿だった。

そうだね…選択肢を用意するんなら、美幸が望んでからにするべきだったよ。

その上で、美幸本人も納得出来るような、別の方法を考えるべきだった。

…家族らしく一緒に悩んで、たくさん話し合って…ね」


「それなら…私がこれからどちらの素体を選ぶかも、わかりますよね?」


「…うん。…クローン体の方は丁重に葬っておくことにするよ」


「ええ、そうしてあげてください。せめて、丁重に…お願いします」


 そう言って自分で涙を拭った美幸は、先ほどまでの酷く乾いた笑いではなく、

やっと『ふふっ…』っという声と共に、優しげな微笑みを浮かべた。


「…ごめんなさい、美咲さん。先ほどは勢いでああ言ってしまいましたけれど…

本当は私、美咲さんの親バカが過ぎる…なんて、少しも思っていませんよ。

いつも優しくて、私を大事にしてくれて……そんな美咲さんが大好きです。

この身体のことだって、そうです。

この身体は、皆さんが私のためにと用意してくれた、大切な贈り物です。

それを、『どうせ、これは美月さんのコピーなんだ』なんて…

そんなこと、今まで一度だって思ったことはありません。

……それに、最後のだって―――」


と、そこまで言ったところで、美幸は続きを話せなくなった。

…真正面から、泣きそうな顔の美咲に力いっぱい抱き締められたからだ。


「わかってる。美幸は絶対に“ただの道具”なんかじゃない…。

20年前のあの日に初めて言葉を交わして、私が『家族だ』って言った言葉に、

泣いて喜んでくれたあの瞬間から…ずっと、“私の大事な娘”だよ」




 美咲に抱き締められながらも、まるで自分の方が親であるかのように、見守る

ような優しい笑顔を浮かべる美幸を見て…真知子は一人、心の中で反省していた。


 かつて、自分の愚痴が発端で、最終的に美幸を深く傷つけてしまう結果になって

しまった、4度目のあの試験。


 どうやら、その償いをしようと、自分も必死になり過ぎてしまっていたらしい。


 もしも、これが自分ではなく、あの恩師…由利子だったなら…きっと、こうなる

よりも前に、美咲の提案を却下して止めていたことだろう。


 そして、同時にこうも思った。


 自分が悲しい思いをしても…美咲を突き放してでも、その“間違い”を気付かせた

美幸は、自分などよりも遥かに大人で、立派だった。


 “美咲の思い”という情に流されず、純粋に相手を思い遣り、そして自分なりの

言葉で、方法で…容赦なく叱り付けてみせたのだ。


…もしかすると、皆で娘のように可愛がってきた“美幸”という存在は、気付かぬ間

に未熟なままの自分たち人間を追い越してしまっていたのかもしれない、と。

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