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初詣

作者: 志内炎

この小説は完全なフィクションです。

 年末の仕事を終えて、部屋でビールを飲みながら、テレビを見ていた。

 来年へ向けての願掛けを、お笑い芸人が身体をはってやる、という番組だった。

(去年もこいつ、なんかやってたなぁ)

 ほろ酔いになった頭で、ぼんやりと考える。そうだ、俺は去年もこうしてテレビを見ていた。

 寮の部屋のドアがノックされる。のそのそと、玄関にいくと、となりの部屋に住んでいる後輩が、にこにこ笑って立っていた。

「初詣、いきませんか?」寮に残っているメンバーで、初詣にいくという。

「どこまで行くの?」

「近くですよ。南口の神社まで。酔い覚ましに」俺は少し考え、いく、と返事をした。

 真夜中とは思えないほど、人通りの多い道を男四人で歩いていた。みんな適度に酔っ払っていて、わいわいと、上司の悪口なんかをいいながら歩く。星がちらほら見えるくらい晴れているが、空気は冷たい。

 マフラーに顔をうずめながら、一人が言った。

「去年したお願い覚えてる?」

 みんな、首をひねって考える。

「なんだったかなぁ……去年はもう出来上がってたからな」

「普通の、身体元気でみたいなだった気がするなぁ」

「なにでした?」俺は笑う。

「俺は、去年は初詣、行ってない。おととし、お袋がなくなったから」

「ああ……」

 なんともいえない空気になって、少ししんとした。

「健康、ちゃんと祈願してきたからね」

 彼女がそういって笑ったのは、確か一月半ばだった気がする。フェイクファーの縁取りがついたパーカーを首に巻きつけ、その中に小さな顔をうずめて、笑っていた。初詣にいけない俺の変わりにちゃんと、俺の健康を祈願してくれた。

(あの話をしたのは確かこのへんだな)

 今から詣でようとしている神社の前を通って思い出したのか、彼女がそういいだしたのだ。

「あ、自分のこと祈願するの忘れちゃったよ」そういって、からからと笑っていた。


「結構並んでるなぁ」

 神社からの列が、外まではみ出している。俺たちは最後尾にならんで時計をみた。今年はあと十分となっている。家族連れが多く見られる。腰の曲がったおばあさんを支えるように歩く、一人の女性に目が留まった。片方の手で支え、片方の手でおばあさんの腰の当たりを暖めるようにさすっていた。

 彼女も家計を支えていた。それでも派手ではなかったが、いつもおしゃれな格好をしていた。肌はいつもつるつるしていて、健康的に笑っていた。

 よく笑い、よく泣く。

 春が来て、夏が過ぎ、秋が来る頃には、笑い顔よりも、泣き顔のほうが多くなっていた。

 俺はたくさんうそをついた。

 彼女を裏切るようなうそではない。デートの約束をしたけれど、前の晩飲み過ぎて金をつかい、貧乏だったりすると、体調が悪いといってデートをキャンセルした。

 そのたびに彼女は小言を言った。

 酒飲み過ぎだ、休肝日をつくらないと身体に悪い。歯医者には行きなさい。もっと計画的にお金を使いなさい。外食ばっかりしてちゃだめだよ。

 そのうち俺は面倒くさくなって、デートをキャンセルする言い訳も金がないからというようになった。

「お賽銭って、いくらなものなんっすかね?」

 一人が財布を開けながらいう。

「気持ちでいいんじゃないの?百円とか」

「百円も?おおくないっすか?」

「五円なんじゃないの?ご縁がありますように、って」

「おお!!」

 連中は、神社の薄明かりを頼りに財布の中から五円玉を必死に探し出していた。

 彼女の泣き顔が増えたのはそのころだったろうか。金銭に関する問題は、彼女にとっても痛い話だったはずだ。だんだん元気がなくなっていったような気がする。俺はデートをキャンセルしても彼女があまり小言を言わなくなったのをいいことに、今までと変わらず、いやもっと飲み歩くようになっていた。

「あけましておめでとうございます」

 神社の中からの声で、みんな触発されるように、挨拶を交わしだした。

「今年もよろしくお願いします」

 連中の携帯電話が、メールを受信し始める。俺の携帯はならない。

『今年こそよろしく』

 たしか彼女からはそんなメールだった。笑ってしまった。

 暑く長かった夏を過ぎて、ようやく秋らしくなったときに、彼女の誕生日があった。プレゼントはそのときしなかったが、一緒にすごした。

「何か欲しいものある?」

「別にないから、いいよ」

 結局その後の喧嘩で別れてしまって、プレゼントはしていない。

 人の列がどんどん神社に吸い込まれていく。変わりに破魔矢やお札を持った人々が鳥居をくぐって出て行く。思い思いの方向に足取り軽く散っていく。

 電話口で喧嘩したとき、俺は酔っていた。お互いに怒鳴りあうような大喧嘩だった。だが、俺はいつものことだと高を括っていた。だが、そのあと、何度がメールを交換したが、彼女は決して俺と会おうとはしなかった。俺は彼女の対応にいらいらしたが、一ヶ月もたつと年末の忙しさに、寂しさや苛立ちも薄れていった。

 鳥居をくぐり、神社の中に脚を踏み入れると、なぜか神聖な気持ちになった。かがり火の薪がぱちぱちと音を立てている。さっきまで、賽銭のことや、携帯なんかをいじくっていた連れたちも急におとなしくなって、それぞれに考え事をしている。

 もしもあの時、喧嘩をしなければ、俺は彼女に何を贈っていたのだろう……ぼんやりと考えた。

 彼女が欲しがっていたものは、なんだったのか。

 そういえば彼女の口から何かが欲しいと聞いたことがない。それどころか、彼女の親や、兄弟や、学生時代のことなんかも聞いたことがないような気がする。本当は聞いたのかもしれないが、思い出せない。少なくとも俺のほうから質問したことはないような気がする。いつも、俺が俺のことを勝手にしゃべっていて、彼女はそれを聞いていたのではないか。

 俺は本当に彼女のことを好きだったのか。

 そんな疑問がわきあがって、心臓が音をたてた。

 彼女の笑った顔が好きだった。口うるさいけれど優しいところが好きだった。彼女は俺のどこが好きだったのだろう。俺は彼女のために何かしたことがあったのか。

 俺が健康であること。俺が酒を控えること。俺がちゃんと栄養を取ること。俺がきちんと生活できること。彼女が欲しがったすべてのことが俺のことだ。それはもしかしたら二人のことかもしれないが、彼女だけのことなど、彼女は欲しがったことがない。

 薪が派手な音を立ててはじけとんだ。近くにいた人たちは

「おお」と驚きの声を上げたが、それはやはり、この場所以外で上がる声よりも穏やかで、神聖なものに聞こえた。賽銭箱まではあと三組くらいになっていた。

 俺は馬鹿だ。

 なくしてから、本当に大切だったものに気がついた。それも、すぐではなく、だいぶたってしまった。

 あんなに大切にされていたのに、いつのまにか当たり前になっていた。それどころか、わがまま振りを発揮して、彼女を困らせるような悲しませるようなことばかり繰り返していた。彼女はきっとずっと我慢してくれていたのだろう。

 俺は賽銭箱を目の前に、小銭入れを逆さにして、中にあった金を全部、その箱に放りこんだ。隣で後輩が驚く顔をしながら、手を合わせていた。

「えらく奮発しましたね」

 鳥居を出てから後輩がいう。

「おう。でも足りなかったかもしれない」

「何お願いしたんですか?」

「そんなの内緒だよ」

 じゃれあいながら帰り道をいく。連れ達はこれから談話室で新年会をやろうと話している。俺は生返事しながら、空を見上げた。街灯から外れて、結構たくさんの星が見える。

「彼女が健康でいられますように。そして……俺が今度こそ彼女を大切にできるような人間になれたら、もう一度出会わさせてください」

 お願いは叶えられるだろうか。

 晴れた空は高く、すんだ空気が一年の始まりを厳かに告げていた。

進級も卒業もない大人になってしまうと、考える機会さえも減ってしまいますね。何度なくしても気づけない大切なものを今度こそ忘れないようにしたい……

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― 新着の感想 ―
[一言]  慣れって怖いですよね。どんなに大切なものも、当たり前になってしまう。ご飯も、水も、家族の有り難さも。感謝し続けるのってたいへんなことですよね。  小説の中に、僕的に目新しいものが見つけら…
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