第2話 会議紛糾
戸惑っている伊藤を察してか、天皇はテーブルに配られたコーヒーを勧め、飲み終わるのを見計らい、「突然呼び出し済まなかった。」と謝罪した。
伊藤は天皇から謝罪を受けたことに恐縮し「何かお役に立てることがあるならば、老体に鞭打って陛下のため、国民のためにご奉公する所存であります。」と半身不随の体ながら、今にも立ち上がりそうな勢いで返答した。
その様子を見て、天皇は笑いながら「思いのほか元気そうで安心した。」と言い、暫く間をおいた後、今度は真顔になり「今日、貴公を呼んだのは他でもない。初代韓国統監としての知見を生かして、今後の大韓帝国との関わり方について助言を貰いたい。」と本題を切り出した。
さらに続けて「実は、今月下旬に 韓国併合に関する条約を締結する準備を進めていたのだ。しかし、貴公が狙撃されたことで、朕は韓国併合が我が国の国益にならないと思っておる。朝鮮人の気質を熟知している貴公の意見を聞きたい。」
と天皇は、伊藤が韓国併合に反対する意見を言いやすいように、遠回しな表現ではあるが、自らが韓国併合に反対であることを意思表示したのだった。
天皇の配慮に心打たれた伊藤は、自分の考えを全て伝えようと覚悟を決め、最初に「長くなりますが、我慢してお聞き下さい。」と断り、演説調の口調で意見を述べはじめた。三分を超えても伊藤の発言は終らず、その間に書記官は黒板に発言の要点を箇条書きで書き出していた。
・大韓帝国併合せず
・10年後を目処に完全独立
・韓国統監は独立に向けての指導を役割とする
・併合時に想定される予算は東北、北海道開発
に流用する
ここまで書き終わるころ、額に青筋を立てながらも、伊藤の発言を聞いていた桂太郎は、とうとう我慢しきれず大声をあげ「伊藤殿は何を仰せられるか。国内開発を優先させたいのは、ここに出席している皆が思っていることでありますぞ。それでも韓国併合を優先させたいのは、ロシア帝国の南下政策を未然に防ぐための防波堤とするためでありますぞ。」とまくし立てた。
暫くは桂の発言を許していた天皇は、なだめるように「これ、桂よ、そんなに興奮するでない。確かにロシアの南下を未然に防ぐという考えも朕は尊重したい。」と言うと、今度は伊藤の方向に顔を向けて「話しの腰を折って済まぬが、ロシア南下防止の対策も貴公の意見を聞きたい。」と伊藤に引き続き意見を求めた。考えの浅い者であれば、切り口が違う観点から意見を求められると狼狽えるものであるが、伊藤は長々と説明する手間が省けたとばかりに、自信満々に「そのことであれば、既に黒板に書かれております。」と平然と言ってのけた。
これを聞いた桂は、茹でタコのように顔を真っ赤に紅潮させ「伊藤殿は、我々を愚弄するのですか。」と大声で怒鳴った。
これには天皇が激怒し、「桂、控えよ。最後まで伊藤の意見を聞くのだ。」 と今度は伊藤に十分以上意見を述べるチャンスを与えたのであった。