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ゆかなに見えていたもの

「今日はどうだったの?うまくできましたか?」


 ゆかなの父の話しが終わると、ゆかなの母がゆかなを気遣うように微笑みそう言った。 


 ゆかなはにこにこしながら品の良いガラスの皿にたくさん盛られたアイスクリームを満足そうに食べていたが、スプーンを置くと普段のゆかなにしては厳しい表情を見せた。


「うまくいくも何もないのです。敵は自分で自分の首を絞めていたのです」


 ゆかなは先程までの(しごと)しを思い返しているのか、食卓の一点を見つめた。

 それまで機嫌良さそうにしていたゆかなとは別人。

 人格が入れ替わるように目つきが変わっていた。

 

 何気ない声掛けのつもりがゆかなの様子が一変したので、ゆかなの母は困った様子であった。

 それを見たゆかなの父が落ち着いた様子でゆかなに笑いかけた。

 

「ん?なにがあったんだい?」


 ゆかなはゆかなの父の言葉にうつむき、難しい顔で数秒考えこむと、厳しい表情のまま顔をあげた。


「孫子の兵法に書いてある通りなのです。兵の人数ばかり揃えても駄目なのです。鴨志田さんは殺し(エージェント)を侮っていたから、あのような無様な陣形を組んでしまったのです。あれだけ兵を分散させていてはいざという時に鴨志田さんを守れません。兵の半分でも自分の近くに固めておけば、もう少し長く生きていることができました。鴨志田さんは自ら自分自身の処刑場を作り上げていたのです」


 ゆかなは冷静に淡々と自分に見えていたことを語りだした。

 ゆかなにとって死から身を遠ざけることが人生の主題。

 死線を踏み越えながら真剣に生き延びること考え、自らの手で多くの命を消し去ってきた。

 それだけに生死に関しては敏感になっている。

 ゆかなには鴨志田が身を守ることを蔑ろにしてるように見えていた。

 生きることを放棄してしまうような行為は、ゆかなには絶対に許せないことなのだ。


 鴨志田からすればちょっとした油断であったのかもしれない。

 玄関前を厳重に守っておけば、自分の身に危険が及ぶことがないと考えていたのだろう。

 高層マンションの15階である。それはそんなに間違いでもないのだが、その入口を守ることに関しても、ゆかなは鴨志田が雇った男達が廊下中に散らばっていたのが気に入らなかった。

 先程ゆかなが鴨志田の部屋に入り込んだ時も、入り口前にいた2人の男以外は全く何もできなかった。

 どこから敵が来るのかわからないからといって守りを分散させてしまっては、いくら人数を揃えても大して強く守ることはできないのだ。

 重要なのは玄関のみ。

 ゆかなはここに兵を集中すべきだと考えていた。


 鴨志田は高層マンションの15階という崖の上の孤城にいた。

 正攻法で表から入り込むか、予想もできない奇襲をかけ入り込むしかないわけだが、ゆかなは正攻法が2割、奇襲が8割で考え、鴨志田が守りの陣形を組むべきだと考えていた。

 何故なら地の利は鴨志田にあるからである。

 厳重に守られている高層マンションの15階。

 ただでさえ見張られている上に侵入経路が限られてしまうのだから、正攻法で突撃するのはリスクが大きすぎる。

 守る側からすれば、エントランスから入りエレベーターで15階に上がり、廊下を歩いて部屋の前に敵が来るのが分かっているので潰しやすいのだ。

 それは険しい岩山のわずかに拓かれた道に似ていた。

 限られたルート。そこを何とか登って来る者は待ち伏せし攻撃できるので、守る側は圧倒的優位なのだ。

 つまりゆかなは鴨志田が攻める側が不利な正攻法で攻めてくることを考えた陣形を組むべきではなく、攻める側が有利な奇襲をかけて来た場合の陣形を組むべきだと考えていた。

 要は攻める側が不利な正攻法で攻めてくる可能性は低く、仮に攻めてきたとしても守る側が守り切る可能性が高いからである。


 だからこそゆかなはさらに裏をかいて、正面から侵入することにしたのだ。


 そう考えるのであれば、守る側は奇襲をかけ何らかの方法でいきなり部屋の中に敵が入り込むことを想定する必要がある。

 攻める側からすれば、その方が安全に鴨志田を殺せると考えるのが自明の理。

 敵の虚を突き、相手からすれば全く持って理解不能な方法で一気に攻めこむ方が、鴨志田を殺しやすいだろう。

 正攻法で玄関を破り侵入された場合と、奇襲をかけられ窓を破るなどして侵入された場合、どう考えても鴨志田の部屋で室内戦に突入する。

 室内戦を重視した陣形を組むことこそが、この孤城での最大の守りの固め方だとゆかなは考えていた。

 

 しかしだ。全く鴨志田は室内戦のことなど考えてもいない陣形を組んでいた。

 それどころか、どこの何を守っているのか分からない陣形で玄関外を守っていた。

 そして、ゆかなは玄関から鴨志田が顔を出した時に、室内には鴨志田を守る兵はいないと確信した。

 室内に鴨志田を守る兵がいたとしたならば、わざわざ鴨志田自身が油断して顔を出すこともなく鴨志田を守る兵が様子を見に来ただろう。

 

「どうせ大丈夫だろう」と自分の生死に関わることであるのに、全てにおいて鴨志田は中途半端な対応をしてしまった。

 油断が油断を呼び、鉄壁の要塞は逆に鴨志田の処刑場に変わった。

 鴨志田は部屋で愛人と2人きりで過ごすという欲に負け、自らの命を絶つことになったのだ。

 

 生への執着が足りない。

 それに対し、ゆかなは強い怒りを覚えていた。

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