ウサギからゆかなへ
「ただいまあ。ウサギ、帰還なのです」
都心から程よく離れた街。
やわらかな休日が終わり、静かな夜を迎えた住宅街。
少女はどこにでもありそうな中流層の家族が住む一戸建ての玄関を開けると、元気良くただいまの挨拶をした。
すると奥からパタパタと足音がして、優しそうな女性が現れた。
それは少女の母で、かわいらしい少女の母だけに、落ち着いた美しい女性であった。
「ゆかな、お帰りなさい。すぐ兎丸を鞘から出して手入れをするんですよ。兎丸が錆びてしまいますからね」
その少女の母は少女の戸籍上の名前を呼んだ。
ゆかなのかわいらしい服は多少の返り血を浴びていたが、ゆかなの母はそんなことは気にも留めずゆかなを温かく出迎えた。
少女の殺し屋としての通名は「ウサギ」である。
誰にも気がつかれずに移動し続けることができるので、いつしか「ウサギ」と呼ばれ始めた。
恐らくかわいらしい見た目も「ウサギ」と呼ばれ始めた理由の1つであろう。
その呼び名はゆかな自身も気に入っており、仕事の話が来た時も「ウサギにやらせる」と言えば話が通るほど、ウサギの名前はその世界では有名であった。
ゆかなも殺し屋である時は自分自身を「私は殺し屋ウサギである」と自分の通名に誇りを持って仕事をしている。
しかし、ゆかなと呼ばれた時、ゆかなは殺し屋から普通の中学生に戻るのだ。
ゆかなにとって母は自分を元の世界に呼び戻してくれる鍵なのである。
「はあい。手入れをするまでが殺し屋の仕事なのです。アイスはまだ残っているのですか?」
ゆかなが素直に返事をし、ずっと楽しみにしていたのかアイスがあるかどうか尋ねると、ゆかなの母はゆっくりと微笑んだ。
「大丈夫よ。ゆかなの分は取ってあります。手入れが終ってお風呂に入ったら、みんなでご飯を食べましょう。でも先に軽めにシャワーを浴びないとね」
ゆかなの母がそう言うとゆかなは安心したように喜んでいた。
「ありがとうなのです。ではなるべく早めに兎丸の手入れをしてくるのです。アイス!」
ゆかなはそう言うと、サッと玄関に上がりお風呂場に向かった。
何気ない1つ1つの動きも無理無駄がない。
自然と究極的な運動効率の良い動きが現れる。
お風呂場の脱衣所に入るとその中にある黒いゴミ袋が二重にして取り付けてある大きなダストボックスに、服や兎丸を縛り付けていた紐など、兎丸以外の身につけていた全ての物を放り込んだ。
ゆかなはお風呂場に入ると熱いシャワーを浴び始めた。
「気持ちが良いのです。アイスが待っているのです」
満足そうにホッとした表情を浮かべるゆかなは、完全に普通の中学生に戻っていた。