エージェント ウサギ
少女はためらうことなく男の喉を兎丸で突き刺すと、男はうめき声を上げながら痙攣し始めた。
男の喉から兎丸を抜くと、そのまま男の腹に兎丸を突き刺し、内臓を端から端まで引き千切るように男の腹を掻っ捌いた。
完全に蘇生不可能な状態。
こうなったらどんな医療技術を持ってしても助かることはない。
内蔵を全て抉り取られた人間を復活させるすべなどないのだ。
少女は兎丸を男の腹から引き抜くと、落ち着いた様子で剣先を走らせ血振りした。
剣先を走らせた先には男の血が飛び散る。
「ウサギ、任務完了なのです」
少女は勇ましくそう言うと、血に濡れた兎丸を見た。
男は薄れ行く意識の中で、痛み、死への恐怖、絶対に助からないんだという絶望で恐怖の絶頂に達した。
しかし、それも束の間のことで、すぐに男は動かなくなった。
兎丸は日本刀ではあるが、柄と刀身を合わせても50㎝と短い。
しかし、それだからこそ室内戦でも自由自在に振り回すことができ、時にはナイフのようにも使うことができる。
慣れれば片手で手の内をかえることもでき、瞬時に兎丸を使い分けできる。
これも短刀ならではの利点であろう。
今のように忍者のように背中から抜刀し、槍のように喉を刺し、ナイフのように腹を捌ける。
臨機応変。兎丸はあらゆる使い方が可能だ。
そして殺し屋はスピードが命。
長刀よりも短刀の方が風が走り去るように瞬速で、どんな場所でも次々と相手を切り裂くことができる。
それに身の安全や威力を考え長い獲物を使えば、それは敵に察知され身構えられてしまう。
本当の実践はスポーツではないのだ。
いちいち「今からあなたを殺す」などと宣言するような真似はしなくて良い。
ふと風が1つ吹き抜けるように、いつの間にか相手の虚を突く。
人間は身構えれば強くても、不意をつかれた状態、特に思考が停止した時に弱さを露呈する。
弱い所を討てば勝ち、確実に仕事を終えることができる。
相手の虚を突き訳がわからぬまま地獄へ送ることが、殺し屋として重要なのだ。
玄関の外が騒がしくなってきたが、少女は台所に行き水道をひねると兎丸を洗い始めた。
兎丸を洗っていると、奥の部屋の方で「ガタッ」と音がした。
「鴨志田さんの愛人の方、そこでじっとしていて下さい。動いたら殺します」
少女は全てが見えているかのようであった。
少女がそう言うと物音はしなくなった。
この部屋の中と玄関の外の様子、そしてこのマンションの外。
全体的な人の動きを少女は把握していた。
前もって少女に与えられたデータがそれを可能にしているのもあるが、ずっと昔から少女は人がどのように行動するかを見透かす才能があった。
それも才能なのか…それとも人智を超えた特別な力なのか…
近くにおいてあったタオルを手に取ると、兎丸を良く拭いた。
少女は兎丸を眼前にかざし汚れが残っていないか確認すると、背中にくくりつけてある鞘に兎丸を戻した。
そして全く慌てる様子もなく、兎丸を拭いたタオルを丁寧に畳んだ。
その時だった。玄関の鍵が外から解錠され中に男達がなだれ込んできた。
男達は無残にも殺された男の死体を見ると、その死体の上に血が付いたタオルが丁寧に畳まれ置かれていた。
そのタオルの真ん中には、兎丸の鞘に貼られているものと同じ兎のシールが貼ってあった。
必至になっている男達をあざ笑うかのようなタオルとシール。
そこには「私は慌てていない。余裕を持って殺した」という少女の意思が見て取れる。
すぐに男達は少女を部屋中探しまわったが、既に部屋から少女は消えていなくなっていた。