狼を空から見下ろすハチドリ
何もかもうまく話がまとまった。
ゆかな達は食事を終えると散開した。
ゆかなも徐如林もこれでステルスアイドルプロジェクトが無事始められそうなので大変満足していたが、スカイは重苦しい表情を隠すことができなくなっていた。
理由はハチドリである。
スカイが気になるように徐如林のそばにいて、わざとスカイに見えるように徐如林に触れながら話しかけたりしていたからだ。
スカイは「あんな馴れ馴れしくしてくる奴を殺し屋として徐如林様が許すはずがない!」と心の中で思ったのだが、徐如林はハチドリに何をされても優しく微笑んでいるのであった。
ではハチドリの方はどうなのかというと、一体ハチドリが何を考えているのか誰もわからなかった。
とりあえずハチドリが徐如林を気に入っているのは確かなようである。
だがハチドリが徐如林に恋愛感情を抱いているかというと微妙な所で、ハチドリ自身もそのあたりはわからないのではないだろうか。
ただどうもスカイの様子を観察しながら、ハチドリは徐如林にちょっかいを出してる節があった。
ゆかなが帰宅後、もう寝ようかと思いベッドの中に入っているとスカイ専用スマホにスカイから電話がかかってきた。
「もしもし、空ちゃんどうしたのですか?」
ゆかなが家族に聞こえないように小声で訪ねたがしばらくスカイは黙っていた。
「空ちゃん、もしかするとチドリちゃんのことで悩んでいるのですか?」
「ああ…ウサギ…あいつを殺しても良いか?…ハチドリを殺せば私の悩みは全部解決すると思うんだ…」
ずっとあれから悩み続けていたのだろうか?
かなり憔悴した様子で喋りだしたスカイの声を聞いて、ゆかなは本気でスカイがハチドリを殺しに行くと感じた。
「空ちゃん!だっ!駄目なのです!チドリちゃんを殺してもお兄様の気持ちが変わるわけではないのです」
「そうか…ウサギ…やはり徐如林様は私のような背の高いロシア人よりも…病弱そうでおとなしそうなハチドリを選んだんだな…」
「違うのです!多分チドリちゃんはお兄様のことなんとも思っていないのです。それにお兄様は帰って来てから言っていたのです」
「ハチドリのようなか弱い女の子の方が好きだと言っていたのか?…」
「そんなことはないのです。今日は電車の中で空ちゃんと話して楽しかったと言っていたのです。これは内緒だから黙っているように言われたのです」
実際、徐如林はそんなことを言ってはいなかったのだが、スカイが何をしでかすかわからなかったので、ゆかなはスカイが喜びそうな嘘をつくとスカイの様子は一変した。
「ほっ!本当なのか!ウサギ?!裏は取ったんだろうな?」
かなり喜んだ様子のスカイの声。
ゆかなはだんだん自分のついている嘘が深みにハマってきている気がしていたが、これしか手がないのでこのまま押し通すことにした。
「裏を取るも何もないのです。お兄様から直接聞いたのです。お兄様の頭の中は空ちゃんのことでいっぱいだったのです。だから今日は安心して寝るのです。そして明日から積極的にお兄様とお話するのです」
「わかった!ウサギ!早く寝ないとキレイになれないからな!学校にも遅刻してしまう」
「あれ?空ちゃんも学校に通っているのですか?初耳なのです」
「ああ。暇な時間の方が多いからな。都内のインターナショナルクールに通ってるぞ。普通に勉強してる。一応高校生だ」
「なるほどなのです。一緒に学校とアイドルを頑張るのです」
「ああ!そして私は徐如林様を頑張るのだ!じゃあなウサギ。また明日だ」
そして電話は切れた。
何となくゆかなはスカイと徐如林の今後について心配したが、続けてまた別なスマホが鳴り出した。
それはハチドリがゆかなと連絡をとりあうためだけにゆかなに渡したスマホで、めずらしくハチドリの方から連絡が来たので若干驚きながらもスマホを手にした。
「ウサギです。チドリちゃんどうしたのですか?」
「ううん、用事はないの。でもしばらく楽しめそうなものに誘ってくれてありがとう」
消えそうな儚げな声。
声だけ聞いているとハチドリはとても殺し屋には思えなかった。
「こちらこそありがとうなのです。チドリちゃんも明日からアイドル活動よろしくお願いしますなのです」
「私運動が苦手だし体力がないからよろしくね。あと…」
「どうかしたのですかチドリちゃん?」
「スカイはわかりやすいのね。おやすみなさい。また明日」
ハチドリはそう言い残すと電話を切った。
ゆかなはハチドリがスカイに対して良い感情を抱いていると思った。
めったに他人の名前を口することなどないからだ。
ふたたびベッドにごろりと寝転ぶゆかな。
そしてゆかなは頭の中が明日からのアイドル活動でいっぱいになっていた。
ゆかなの胸は高鳴っていた。
翌日、レッスン前にゆかな達はハチドリを佐伯社長に紹介したのだが、佐伯社長の顔はこわばっていた。
「ウサギちゃん、この子はかわいいんだけど、体が弱そうだし一言も話さないじゃない。アイドルになったら笑顔で声を張って挨拶しなきゃ駄目なんだよ?大丈夫なのかな?」
確かにこうしているとハチドリはアニメのポスターから浮き出てきたような儚げな美少女なのである。
とても殺し屋には見えない。
だけれどもあまりにも大人しすぎて、アイドルとしては不向きなのではないかというのが佐伯社長の考えであった。
「佐伯社長。こういう無口なキャラも最近はやっているようですし。それにこれだけのまさに絵に描いたような美少女はどこにもいないのではないでしょうか?」
徐如林が優しく微笑みながらそう言うと佐伯社長は腕組みをして考え込み始めた。
その時、ゆかなはハチドリが徐如林ではなく、スカイの様子をうかがっているのに気がついた。
スカイは隠そうとしていたが動揺していた。
徐如林がハチドリのことを「絵に描いたような美少女」と言ったからである。
スカイは自分以外の女の子が徐如林に褒められると、それだけでもう不安で、ハチドリに嫉妬してしまうのだ。
ハチドリはそのまますっと徐如林に寄り添っていった。
「佐伯社長。私は徐如林が言うように美少女キャラかもしれない」
儚げな声でハチドリはそう言いながら、徐如林の腕にしがみつくように抱きついた。
「おい!!!!ハチドリ!!!!ステルス アイドルが誰かに触れたりしたら駄目だろ!」
我慢していたものが爆発したようにスカイは叫んだのだが、いたずらっぽく笑いながらハチドリは徐如林の影に隠れた。
「スカイは勘違いしているわ。ステルスアイドルプロジェクトには『徐如林は触れても良い』という項目があるの。誰かが私達に触れないと困ることもあるでしょう?スカイはどうしてそんなに怒っているのかしら?」
「そ…そんなことはない!そもそもアイドルは気軽に男性に触れてはいけないのだ」
「ふーん、徐如林はそんなこと思ってないみたいだけど?」
「うっ…徐如林!お前もハチドリにベタベタされてたら駄目だ!少しは怒るんだ!」
余裕そうに落ち着いた様子で話すハチドリに言い返せなくなってきたからか、スカイは徐如林にそう言ったが徐如林は困ったようにハチドリに抱きつかれたまま優しく微笑んでいるのであった。
「そうですね…マネージャーという立場からすると仲良くやって欲しいしいのですが…それにこれくらいなら別にかまわないですよ…妹が増えたような感じですしね」
徐如林の言葉にぐぬぬとするスカイ。
それを見てハチドリは徐如林の影からスカイに言った。
「スカイも本当は徐如林にこうしてくっつきたいんじゃないの?ねえ、そうなんでしょ?」
ハチドリの言葉にスカイは完全に顔を赤らめた。
小刻みに震えゆかなの前でしか見せたことがない普通の女の子の姿をさらけ出した。
「バカ!バカ!そんなんじゃないから!男の子には触っちゃ駄目なんだ!」
かなり取り乱してきたスカイをハチドリはいたずらっぽく微笑みながら見ていた。
「ウサギちゃん、あの2人は正反対な感じだけど絡むと良い感じだね。これならファンも楽しんでくれるんじゃないのかな。いやー、たのしみだね!」
佐伯社長が嬉しそうな顔でゆかなにそう話しかけると、ゆかなは両手を握りしめ両目に真っ赤な燃兎眼を燃え上がらせた。
「佐伯社長!ステルス アイドルの誕生なのです!私達は絶対に捕まらずにファンのみんなを感動させるのです!」
ついにウサギ、スカイ、ハチドリ、3人の殺し屋が集結した。
そしてここにステルス アイドルが誕生したのだ。
アイドルとして殺し屋として、才能に満ち溢れた個性的な3人。
この出会いがアイドル界に、そして殺し屋の世界にどのような風を送るのか、まだ誰も知らなかった。




