始めは処女の如く、敵人戸を開く
少女はこのフロアにいる男達が自分と同じ世界で生きる者達だということに気がついていた。
そしてこの男達が相当な手練れだということも直感で感じていた。
人を殺すことに関して何も感じない、そういう人種。
それでも少女はゆったりゆったりと歩いた。
破格の高級マンションのワンフロアに、これだけの裏社会の人間が配置されているのはおかしい。
この封鎖された空間は猛獣が放されている狭い檻のようであった。
しかしこの緊迫した空間を少女は自分の庭のように進んでいく。
少女は場馴れしていた。
それはカサカサカサと草むらの中を様子を見ながら進む兎のようであった。
兎は直感で臨機応変に動きを変えていく。
時には止まり、時には気配を消し、時には少し走っては様子を見る…
視覚でも聴覚でもない、何かもっと本能的な部分で、自分を襲ってくる敵を感じながら、敵に悟られないようにいつのまにか移動していくのだ。
男が2人立っている部屋の前に行くと、少女はすっと男達の間に割って入り玄関のドアを叩いた。
敵の虚を突くこれ以上ないタイミング。
男達は少女を止めるどころか、不審者だと認識することすらできない、人間の心理の隙を突いた間。
それ以上遅くても速くても駄目、男達が少女を危険なものだと認識するかしないかギリギリのライン。
少女以外の一般人がもし同じことをしたら、既に男達にねじ伏せられ拘束されているだろう。
地味ではあるが少女の殺し屋としての才気の片鱗が見える。
「すみません!鴨志田さああんっ!お使いでやって来ましたあ!」
ドンドンドンドンと、ドアを叩きながらかわいらしい声で中に向かって声を上げた。
何となく少女を見過ごしていた男達も、目が覚めたように今起きている異常な状況に気がつくと、男の1人がドアを叩く少女の左手を強く掴んだ。
「おい、何してる?どこから来た?」
男が低い声で冷たくそう言うと、少女は困ったような顔で目に涙を浮かべ始めた。
「放して下さい!痛いです!手が痛い…お父さんから言われて鴨志田さんの所にお使いに来たんです…お父さんに言いますよ…」
お父さんという言葉に男は反応したのか手を緩めた。
するとドアの横に付いているインターフォンから声がした。
「おい、なにかあったのか?」
室内にいる初老を迎えたであろう男の声が聞こえてきた。
「はい、申し訳ございません。小学生くらいの女の子が迷いこんできて、お父さんに言われて先生の所にお使いに来たと言うのですが…」
少女の手を握っていた男が説明しづらそうに報告すると、泣いていた少女が急に怒り始めた。
「わたし!小学生じゃないです!ウサギは中学生なんですよ!!!」
少女はかわいらしくプンプンしていたが、そのことに関してだけは本気で怒っているようであった。
「なんだ、それは?」
恐らくカメラで少女の様子も見ていたのだろう。
室内にいる男はそれだけ言うと、インターフォンから応答はなくなった。
しばらくすると、玄関のドアが中から開かれ、よれっとした部屋着に身を包んだ初老の男性が顔を出した。
守りに守られ、固く開くことのないドアが、今まさに開かれた。