狼は決して逃さない
スカイは何かの気配を感じ取り警戒していたが、ゆかなの姿を見ると表情を変えず銃口を下げた。
凍りついたような顔、それは怯えたものが見せるものではなく、あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた者が持つ冷徹さを感じさせる。
スカイの目は鋭く、しかし酷く冷静で、草陰から獲物を狙う狼のようだ。
狼は最善をつくす。
どんな小動物であろうと全力で狩り、決して逃がすことはない。
普段は姿を見せないが、狙いを定めらたれた目標は逃れることができない。
その姿を見たものは代償として死が待っているのだ。
しかし透き通るような白い肌が、人間とは思えない美しさをより際立たせている。
ふと屋上を風が吹き抜けると、その銀色の髪がなびいていった。
それはゆかなが言っていたように、ホログラムで浮かび上がった仮想の美少女にしか見えなかった。
「ウサギか…急にどうした?そっちは今日の仕事はないはずだろ?」
スカイは落ち着いた様子で尋ねると、ゆかなはスカイの前まで歩み寄った。
「この闇夜に1撃で1000m以上は離れている目標を仕留めるとは凄いのです。空がある限りどこに逃げても助からない。スカイの名前は伊達ではないのです」
真剣な眼差しでスカイをゆかなは見上げていたが、スカイは黙ってゆかなから離れスナイパーライフルSV-98をしまい始めた。
慣れた手つきで片付けながら、スカイはゆかなを見ずにこう言った。
「何か用があってきたんだろ?」
ゆかなは素知らぬ態度のスカイを真剣に見つめていた。
特にゆかなもスカイもお互いを悪く思ってはいなかった。
大体いつもこういう感じである。
むしろ同じ世界に生きる者同士、無理に仲良くしようとせずとも、似たようなシンパシーで繋がっているのか、信頼しあっている部分があった。
「そうなのです…今日は空ちゃんに大事な話があってきたのです…」
ゆかなの燃兎眼に真っ赤な正義の炎が灯り始めた。
ふつふつとゆかなの背後に燃えるような正義のオーラが立ち登り始める。
「空ちゃん!!!!!私と一緒にアイドル活動をするのです!!!!」
ゆかなは思いの丈をスカイにぶつけたが、スカイはゆかなを一瞥した。
「ウサギ…お前は馬鹿か?」
スカイはそう言うと再び片付けを始めたが、ゆかなはそれであきらめる様子はなかった。
「空ちゃん。空ちゃんは絶対にアイドルに向いているのです。初めて会った時からわかっていたのです。普通の女の子とはオーラが違うのです。空ちゃんがいると空気が変わるのです」
しかしゆかなの説得もむなしく、スカイはゆかなと目を合わせず片付けを続けるのであった。
「ウサギ。篠宮家では基本的なことを教えてないようだから言ってやろう。殺し屋は人目に触れてはならない。その理由は唸るほどある。お前が何をしようと勝手だが、私はまだ死にたくないんだ。殺し屋が殺されるってことは恥だ。殺し屋にとってこれ以上の屈辱はない。悪いが1人でやっててくれ」
大きめな目立たないスポーツバックにSV-98を入れたケースを隠し、そのスポーツバックを軽々と担ぐと、スカイはゆかなを無視して屋上を去ろうとした。
しかし、ゆかなは素早く移動し屋上の入り口を塞ぐと、背中に括りつけてあった兎丸を鞘から抜き、その刃先をスカイに向けた。
ゆかなの燃え上がる燃兎眼。
いざとなったらスカイに斬りかかりそうな気迫。
スカイもゆかなから少し距離を取った所で歩みを止めた。
「おい…どういうつもりだ…」
スカイはゆらりとスポーツバックを置くと、どこからかロシア製の拳銃MP-443を取り出し引き金に手をかけ、静かにゆかなへ銃口を向けた。
慌てる様子はなかったが、スカイのその動きは無駄がなく洗練されたものだった。
「わかってるんだろ?次お前が動く前にこっちも撃たなきゃいけないんだよ」
「空ちゃん。私はアイドル活動も殺し屋の活動と同じで真剣なのです。だから兎丸を持ってきたのです。空ちゃんにわかってもらうために…」
「失せろ。仕事の後だ。さっさと帰らせろ」
「駄目なのです。空ちゃんには何としてもアイドルになってもらうのです」
その瞬間、スカイは冷たい目でゆかなを見ながら、MP-443の引き金を引いた。
全く容赦ないスカイの銃撃。
それはまさにゆかなの頭を目掛けて発射された。
しかし、ゆかなは体を少し回転させるように身を翻しながら、スッと兎丸を振り下ろした。
その美しい円運動。
究極的な体捌きと剣さばき。
兎丸の刃先の下には、スカイが撃った銃弾が真っ二つになって落ちていた。
スカイがめずらしく少し表情を変え目を細めた。
「9ミリ☓19の飛んでくる銃弾を斬れるのか…おい…ウサギ…良くそんなことできるな…初めて見たぞ…」
「空ちゃん…空ちゃんはアイドルを軽く見ているのです。アイドル活動と殺し屋の活動は同じことなのです!!!!」
そう熱く語るゆかなであったがスカイは首を傾げた。
「意味がわかんねえぞ…」
「『孫子の兵法 兵勢編 声は五に過ぎざるも五声の変は勝げて聴くべからざるなり』なのです。音は5つしかないのにその組み合わせは無限なのです。孫氏は音楽も戦うことも同じで戦い方は無限にあると言っているのです。歌もダンスもファンのみんなに夢を与えるためには複雑に組み合わせる必要があるのです。仕事も私は兎丸で目標を斬るだけですが、そこに至るまでのプロセスはアイドル活動同様無限なのです」
ゆかなは兎丸を布で拭い背中の鞘に戻しながら話を続けた。
「歌とダンスを極めファンのみんなに夢を与えられない人が、殺し屋の仕事を極められるわけがないのです。戦略、戦術こそ命。空ちゃんはアイドルという無限に続く組み合わせから逃げ出しているのです。そして…」
ゆかなは真っ直ぐスカイに向き直ると両手を握りしめた。
「私はアイドルになっても絶対に見つからないし死ぬことはないのです。私は必ず逃げ切るのです」
スカイはゆかなの話を聞きながら銃を下ろしていた。
スカイの中でアイドルに関してはどうでも良かった。
だが戦術戦略を詰めることが重要なのはスカイもわかっていた。
その無限の組み合わせをいかにして効率の良い物にするかが生き残るために重要なのかも知っていた。
しかし誇り高き「シルバーウルフ」スカイが引っかかっていたのは、それ以上に「絶対に見つからないし死ぬことはない」と言ったゆかなの言葉で、スカイは心を揺さぶられていた。
殺し屋である以上、アイドルになったらすぐにでも自分は殺されると考えていたが、ゆかなは自信を持って「死ぬことはない」と言い切った。
どんな戦術を考えてるのか検討がつかないが、ゆかなにできて自分にはできないというのはスカイにとって屈辱であった。
その思考はスカイにとって弱点でもあるが、物事をひっくり返す起爆剤ともなる。
それにアイドルも殺し屋と同じだというなら、自分もアイドルとして周りに圧倒的な力差を魅せつけないと気がすまなくなっていた。
「空ちゃんがアイドルをやりたくないのならしかたがないのです。生きていたらまた会おうなのです」
ゆかながスカイに背を向け屋上の入り口から降りて帰ろうとした時だった。
「おい…待て…ウサギにできて私にできないと言われたようで納得がいかない…」
「空ちゃん、どうしたのですか?」
ちょっとしたスカイの変化に心を踊らせ始めるゆかな。
スカイは冷たい目付きのままゆかなを見ていた。
「ウサギ、少し付き合ってやる。お前よりも私の方がアイドルとして上だということが証明したら辞める。それで良いか?」
スカイの言葉にゆかなは目を輝かせ始めた。
「もちろんなのです!!!!私は空ちゃんに負けないアイドルになるのです!!!!」
「ウサギ…私はアイドルとしてもお前を超える…何をするのかわからないが…」
「そうなのです。もう1つ空ちゃんに伝えなくてはならない重要な情報があるのです…極秘なのです…」
ゆかなは思い出したかのようにそう言うと、早くここから離れようとスカイに手招きした。
夜の池袋で2人の殺し屋が屋上で風に吹かれている。
2人は誰にも気がつかれないよう、そっと屋上から消えるのであった。




