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月が欠け始めた夜

 死とは絶対に避けるべきもの。

 これは殺し(エージェント)でなくとも誰もがそうするであろう。

 人の命を当たり前のように消す毎日ではあるが、ゆかなも徐如林(サイレント)も命の大切さをその分痛感している。

 死ぬということは殺し(エージェント)として、(しごと)しを失敗したということでもある。

 不完全な仕事をしてはいけない、不完全な仕事をすると自分だけではなく周りの人間も死ぬことになると、父、率然者(ライトニング)に教えこまれてきた。


 今、まさに周りの人間も死ぬことになるかもしれないとんでもないことを、ゆかなは真剣にやりたいんだと打ち明け、そして悩んでいる。


 徐如林(サイレント)は、盗聴されにくいと思われる公園のベンチに移動すると、ゆかなの話を聴き始めた。

 それと同時に、既に「もしゆかながアイドルになったらどうしたら良いのか?」を考え始めていた。


 世の中に顔を晒すどころか、自分達殺し(エージェント)と違い、目立ち人気を博すことで金が転がり込む生業。

 徐如林(サイレント)はゆかなならアイドルとして、まあまあ人気が出るだろうなと考えていた。

 それは兄として見てもゆかなは大変かわいらしく、性格も純粋である意味穢れを知らないところがあったからだ。

 しかし、そのアイドルとしての才能も殺し(エージェント)として生きる上では、全く無意味であるどころか周りを巻き込み全員死ぬ恐れがある。


 そして、話を聞きながら「もしかするとゆかなには必要なことかもしれない」と考え始めた。

 それはゆかなが殺し(エージェント)として覚醒しさらなる進化を遂げた未来。

 徐如林(サイレント)はゆかなが想像もつかない恐ろしい存在に変わり、修羅を踏み越えた理解不能な想像もできない世界へ取り込まれてしまうのではと予測していたのと関係していた。

 そもそもゆかなが同年代の女の子と同じような夢を持つのは大変良いことだ。

 このままではゆかなの精神は歪んでしまうと考えていたが、ゆかなが同い年の女の子と同じように健やかに成長するためにも、こういった社会勉強は息抜きも兼ねて必要ではないかと思った。


 どうせそんなにはアイドルとして成功するわけはないだろうし、放課後のサークル活動程度のものであれば問題はないだろう。


 だったら、ゆかなが殺し(エージェント)として身を隠しながらアイドル活動をすれば良いだけのこと。

 

 要は誰も死ななければ、アイドルをやろうが何をしようが問題はないのだ。


 静かな林に身を潜め勝機を待つように、徐如林(サイレント)はゆかなが死なずにアイドルになる戦略を優しく微笑みながら立てていった。


「なるほど。ゆかなはずっとアイドルに憧れていたのですね。そして今日スカウトされたと。今もらった名刺は持っていますか?」


 徐如林(サイレント)が微笑みながらゆかなにそう言うと、ゆかなはポケットの中から名刺を取り出した。


「お兄様、これなのです。ゆかなは名刺のデータは記録しましたのでお渡しするのです」


 ゆかなは真剣な眼差しで仰々しく名刺を徐如林(サイレント)に渡そうとしてきたので、徐如林(サイレント)はおかしそうに笑った。

 徐如林(サイレント)はどこか品があるというか、育ちの良さを感じるところがあるので、笑い方1つ取っても落ち着いた感じで嫌味がなかった。

 徐如林(サイレント)は名刺を受け取ると、10秒程度眺め、そして持ってきたスマホで名刺を撮影すると、それをどこかにメールで送った。


「ゆかな、大丈夫です。名刺の内容は記憶しました。名刺に関しては今調べさせますね。この名刺はゆかなの人生を変える大切なチケットかもしれません。だからこれはゆかなが持っていて下さい。ゆかなも中学生です。もうお父様やお母様にではなく、何が大事なのかは自分で選びましょう。必ず成功する選択など存在しませんが、それが人生というものですよ」


 徐如林(サイレント)が優しくそう言うと、ゆかなは右手を握りしめ力強く頷いた。

 

「お兄様、ありがとうございます。ゆかなはお兄様に相談して良かったのです」

  

「ゆかな、私はゆかながアイドルになるのを応援したいと思います。しかし、問題はお父様です。アイドルになって万が一我々の身に危険が及びそうになったら、この名刺を男を始めとして全員始末すれば良いだけのこと。ですがお父様の許可がおりなければ、ゆかなはともかく私は殺されてしまいます」


「そうなのです。お父様がアイドルになるのを許してくれるわけがないのです…」


「ゆかなはお父様が駄目だと言ったらアイドルを諦めてしまうのですか?」


「そんなことはないのです。何とか説得するのです。でもどうして良いのか全く分からないのです…」


 ゆかなはそう言うと寂しそうな目でうつむいた。

 徐如林(サイレント)はそんなゆかなを優しく抱きしめると、ゆかなの耳元でそっと囁いた。


「大丈夫です。ゆかながアイドルになれるよう私が作戦を立てました」


 ゆかなはそれを聞くと、目を輝かせながら徐如林(サイレント)の顔を見上げた。


「さすがお兄様なのです!いつもゆかなにはわからないことを教えてくれるのです!」


 そう嬉しそうに声を上げるゆかなを目を細くして見つめる徐如林(サイレント)は何度か首を横に振った。

 そして頭上に輝く月を指さすと、ゆかなもその指先に輝く月を見つめた。


「ゆかな、今、満ちていた月が欠け始め、また時間をかけてその姿を消そうとしています。月は生まれ変わろうとしているのです。私はあくまでもゆかなの手伝いしかできません。月と同じくゆかなも自分自身の力で生まれ変わるのです」


 しばらく2人はじっと月を眺めていた。

 天才の中の天才。ステルス エージェントであるゆかなも、初めて自分の意志で自分の進みたい方向へ歩き出そうとしていた。

 それは自分に生まれ持って課せられた鎖を引きちぎり、運命に抗うような第一歩。

 ゆかなの運命の輪はゆっくりと回り始めた。

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