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夢見るゆかな

 ゆかなはハーゲンダッツを食べ続けながら男の話を聞いていた。

 男の話を聞いているうちに、段々とゆかなはいい笑顔になっていった。 

 男はゆかなが良い気分になって話を聞いてもらえるように、ゆかながいかにかわいいくてアイドルとしての才能に恵まれているかを熱弁した。

 それは男が何とかゆかなに話を聞いて欲しかったからでもあるが男の本心でもあった。

 そばに来て実際にゆかなと話せば話すほど、これほどのアイドルとして逸材はいないと男は確信を深めていた。

 

「そ…そうだ!僕はね、小さい事務所ではあるんだけど、アイドルをプロデュースする仕事をしてるんだ!」


 男はしばらくゆかなに色々話した後、一番最初に言わなくてはならないことをようやく口にした。

 それほど男はゆかなの才能に興奮していたのだ。

 ゆかなもゆかなで「アイドルになれる」といきなり言われて良い気分になっていたので、男が何者なのか全く考えもせずただ浮かれてハーゲンダッツを食べていたのである。

 両者ともに興奮状態ではあったが、徐々にお互いの距離が狭まりはじめていた。


「おじさんは、プロデューサーなのですか!」


 目を輝かせそう言ったゆかなを見て、男は嬉しそうに笑った。


「ああ、そうなんだ。でも、本当に小さい事務所だから、僕1人で全部やってるんだけどね。地下アイドルって聞いたことあるかい?」 


「聞いたことはあるのです。しかし地下アイドルが一体何なのかは謎なのです…」


 そう困ったように口を閉ざすゆかなを見て、男は奇跡を見たような顔になると、目をつぶり何度も頷いた。


「そうだよね。でもそれくらいピュアな方が良いんだよ…最近はガメつい子の方が多いからね。アイドルっていうのはこうでなくっちゃいけない…」


 そう言った男をゆかなは見ていたが、男が自分を心から褒めてくれているのは分かるのだけれど、どうも男の感性は普段ゆかなが会っている人達とは違うので理解できない部分があった。

 でもゆかなは男に期待していた。

 今までゆかなは家族からエージェントとして育てられ、エージェントとして活躍することで褒められてきた。

 しかし男はエージェントは全く関係ないところでゆかなのことを褒めてくれた。

 それも自分には縁がないと思っていたアイドルになれるというのだ。

 私は変われるのかもしれない。

 今の生活に不満があるわけじゃないんだけど、エージェントとしてずっと避けて諦めてきたキラキラした世界に私も行けるのかもしれない。

 ゆかなの胸はどんどん高鳴っていった。


「昔、アイドル冬の時代っていうのがあって、その…とある犯罪者がアニメとかが大好きで、何故かアイドルファンも世間から虐げられていったんだ…オタク文化全般が気持ち悪がられて、アイドルがテレビに出れなくなったんだよ。だからステージで歌ってみんなに元気を与えるアイドルは、テレビに映らない小さな舞台で活動するしかなくなったんだ…それが地下アイドルなんだ」


「そうなのですか。おじさんはアイドルが昔から好きなのですね」


「そうなんだよ!昔見た清純で精一杯頑張っているアイドルをおじさんはプロデュースしていきたいんだ。みんな本当は君みたいなかわいいくて、何にも悪いことを考えていなそうなピュアなアイドルが好きなはずなんだよ!僕は儲からなくてもいいから本当のアイドルを大事に育てたいんだ」


「おじさん、私はアイドルになれるのですか?おじさんは、私をアイドルにしてくれるのですか?」


「もちろんだよ!でも、正直、うちは小さい事務所だから、そんなに派手な活動はできない。でも、最初は小さなステージでも、君なら少しずつファンが集って、いずれは大きな舞台には羽ばたけると思うんだ!僕はずっと色んなアイドルを見てきたけど、君みたいな子は初めてなんだ。今まで現れたどのアイドルよりももアイドルだ。どうかな?おじさんと一緒に頑張ってみないか!」


 男が情熱に満ちた表情で椅子から立ち上がると、ゆかなの華奢な両肩をがっちり掴んだ。

 ゆかなにとって触れられるということは死を意味する。

 刃物や銃火器という人殺しの道具は、素人が振り回したとしてもちょっと接触するだけで大怪我をすることが多い。 

 いつものゆかななら、気配を消して触らせることはなかっただろう。

 だがしかし、あのステレス エージェントであるゆかなが、男が触ることを受け入れたのだ。


 そして、ゆかなは迷っていた。

 アイドルにはなりたいけれど、エージェントを辞めるわけにも行かないし、何より率然者(ライトニング)が許してくれるはずがないと。

 エージェントとして目立たないように育てられてきたゆかなが、大勢のファンの前に立つ仕事であるアイドルになるなどと言ったら率然者(ライトニング)はこの男を殺すかもしれないとまで考えた。

 決断の速いゆかなも、どう答えを出して良いか分からなくなっていた。

 

 男の手をかわすかどうかの決断すら後回しになるほど、ゆかなの心は複雑に絡み合っていた。


「私、小さなステージでも、みんなが喜んでくれるなら大丈夫なのです。アイドルになりたいのです。でもお父様が許してくれないと思うのです…」


 ゆかなは目線を落とすと悲しそうに男にそう伝えた。

 男は何とも言えなくなり黙ってゆかなを見下ろしていた。

 しかし、ゆかなは椅子から飛び降り男の手から離れると、いつものようにしっかりとした目で男を見上げた。


「おじさん、少し時間を頂きたいのです。お父様を説得する方法を考えるのです。ではあと2分で電車に乗らないと怒られてしまうので今日は失礼します。必ず連絡しますので待っていて欲しいのです。ではさようならなのです!」

 

 ゆかながそう言うと男の顔に生気が戻った。


「じゃあ、これ!ここに連絡先や事務所の住所も書いてあるから!!!」


 男は慌ててゆかなに名刺を渡すと、ゆかなはその場から走り去った。

 男は店から出て行くゆかなを見送ろうと、すぐに自分も店のドアを開けたのだけれど、ゆかなの姿を見ることはできなかった。

 

 今、目の前で見て話していた最高のアイドル。

 それが忽然と姿を消したので、しばらく呆然としてしまったが男はゆっくりと店内に戻ってきた。


「あ…名前も聞いてなかった…なにしてるんだ僕は…」


 夢から覚めたように男はそう言うと、自分の無能さを嘆いた。

 

 でもこの時、男は既にステルス アイドルとしてのゆかなを見ていたのだ。 

 誰にも捕まえることができないアイドル。

 ステルス アイドルという切なくて、淡い夢の様な存在。

 もう一度何とか会いたい、そう思わせる本物のアイドル。

 男は完全にゆかなの虜になっていた。

 そしてそれはそんなに遠くない未来で、多くのアイドルファンを巻き込むことになるのであった。 

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