第四章 嘘つき少年と少女の出会い(六)
翌日も変わらずアーチェは図書館へやって来た。
ただ、彼女はタクトの顔を見るなり、曖昧な笑みを浮かべて言った。
「出国、明日に決まったんだ」
「え……」
たしかに滞在期間は二か月と聞いていたが、具体的な日にちまではタクトも知らなかった。
それが、明日だなんて。
「だから今日はその準備があるの。……ごめんなさい」
「あ、いや……」
つまり、今日は顔を見せに来ただけということだ。
「タクト、ありがとうね」
旅人であるアーチェにとって、別れは日常の一幕に過ぎないのだろう。彼女はいつもの笑顔で感謝の気持ちを述べた。
だが、タクトは彼女と目を合わせることができずにいた。
――ありがとう。
そのたった一言を口に出してしまうと、彼女との別れを認めたことになるのではないか。それが怖くて、タクトはアーチェに感謝を伝えられずにいた。
彼は突然のことに戸惑っていたのだ。いつの間にか、彼女との日々がずっと続いていくような錯覚に陥っていたから。
何事にも終わりは来るというのに――
タクトからの反応がないのを不安に思ったのか、アーチェがおずおずと口を開いた。
「それでね、明日の正午……城門まで見送りに来てくれない?」
「……行けたら行くよ」
べつに予定はないが、今のままでは行かないだろうとタクトはぼんやり感じていた。
実感が湧いてこないのだ。アーチェは明日もここに来る、そんな気がまだしている。
「今日は屋敷まで送っていくよ」
「でも、門のところにフォルテを待たせているから」
「だったら、そこまで」
二人は図書館を出て、黙って城の門扉まで歩いていった。
タクトには特に話したいことなどなかった。いや、何を話していいかわからなかった。アーチェと少しでも長く一緒にいたい、ただそれだけだった。
「アーチェ、遅いぞ」
門扉のところには金髪碧眼の青年、フォルテが腕を組んで立っていた。
「んー?」
タクトの姿を認識し、フォルテが彼の正面に立つ。向かい合ってみるとタクトのほうが少し背が高かった。
「悪いね、僕が少し引き留めてしまったから」
「はんっ、そうかい」
タクトをじろじろと見ていたフォルテが、忌々しげに鼻を鳴らした。
彼に嫌われるようなことでもしただろうか、とタクトは不思議に思った。まあ、心当たりがないでもないが。
(アーチェを僕に取られたとでも思ってたんだろう)
きっとフォルテもアーチェのことが好きなのだ。確証はないが、タクトはそう感じた。
「さようなら、タクト」
「あ、ああ……さよなら」
アーチェとタクトは互いに小さく手を振った。
そしてアーチェは踵を返すと、先を歩いていたフォルテの傍に駆けていった。
小さくなっていく二人の後ろ姿をタクトはただ呆然と見つめる。
フォルテとアーチェ、横に並んで歩く二人の距離は近い。それは彼らが家族同然だからだ、とタクトは自分に言い聞かせ、彼らに背を向ける。
だが、ふと違和感を覚えて再びフォルテを振り返った。その背中はもうほとんど見えない。
(そういえば、僕はさっきなんと思った……?)
タクトは自問し、自答する。
――きっとフォルテも、アーチェのことが。
「ははっ……。どうしようもなく馬鹿だな、僕は」
アーチェを好きなのはフォルテだけではない、と。
気がついたところで、タクトに残された時間はあまりに少なすぎた。
次回、「第五章 “あの日”(一)」




