第四章 嘘つき少年と少女の出会い(四)
木刀同士が激しく打ち合わされる音が高く響く。
木刀を振り回しているのは、一人はアーチェ、もう一人は黒髪黒瞳の三十代の男――シュテイルである。
二人の動きには一切の迷いが感じられない。高速で切り結んでいるため、素人目にはどちらが優勢であるかもわからないだろう。
だが次の瞬間、あっけなく決着がついた。
「――っ!」
シュテイルがアーチェの木刀を弾き飛ばし、彼女の喉元に切っ先を突きつけた。
「――死んだね」
シュテイルは優しい声で、しかし鋭く言った。
アーチェが項垂れるように首肯する。
「そろそろ生き残ってほしいものだな」
シュテイルが苦笑し、木刀の切っ先を地面に向けた。
飛ばされて雪に刺さった木刀を、アーチェがとぼとぼと拾いに行く。
「帰ろう、夕飯だ」
アーチェに背を向けて歩き出すシュテイル。
カァン――ッ!
「……もう一度死ぬのかい?」
彼は目にも留まらぬ速さで振り返り、アーチェが投げた木刀を弾いていた。
「残念だったな。狙いは正確なのだが」
シュテイルが微苦笑を浮かべる。
「だが武器を投げてしまっては、もう負けが確定したようなものだ」
「武器ならまだある」
アーチェはコート裏をちらりと見せた。シュテイルはそこに棒手裏剣が収められているのを知っている。
「このまま戦い続けたら、本当に死ぬのはどっちだろうね。シュウ?」
アーチェはにやりと片頬を上げて言った。
「…………あははは! やるじゃないか、アーチェ」
腹を抱えて笑うシュテイルのもとにアーチェが近づいていく。二人とも、これ以上模擬戦を続けるつもりはなかった。
「今日はだいぶ粘ったな」
「ここに来てからずっと戦っているのに、一度も勝てないから……」
「まあ気を落とすな。本当の殺し合いのときに勝てば――生き残ればいい」
シュテイルのその言葉に、俯いていたアーチェはびっくりしたように顔を上げた。
「シュウと殺し合うの!?」
「俺とではないだろうよ。誰か大切な人ができたとき、その人を守るために……かな」
シュテイルはアーチェの頭にぽんと手を乗せた。
「さあ、そろそろ本当に帰ろうか。今日の調理当番はレヴィアンカだったはずだろう?」
「そうだった! 早く帰ろう!」
二人は並んで、すぐ近くの屋敷へと歩いていった。
辺境の地であるルーイゲン王国に旅人が訪れることは滅多にない。一年に一組いるかいないかといったところである。
そのため宿屋は存在せず、旅人には国が空き家を提供することになっていた。
〈アコルト〉が借りたのは、王都の外れにある庭付きの屋敷である。長く人が住んでいなかったのか、屋敷内は全体的に埃が積もっていた。最初の数日間は六人で手分けして部屋を掃除し、修繕した。
屋敷内には当然厨房もあったため、一行は滞在中ここで料理を作って食べることにしていた。
「今日もアーチェはダメだったか!」
場所は食堂である。
グランが「残念だったな」と付け加え、しかし愉快そうに笑った。
「こりゃあ、一生シュウには勝てないんじゃないか?」
「そんなことない」
アーチェは渋い顔でパンをちぎり、口に放り込んだ。
「あと一週間しかないぞー」
リーダーが野菜のスープをすすりながらにやにや笑う。
「アーチェも、やっとアイツから解放されるのか」
その隣で、彼女と同じく金髪碧眼の青年が言った。
ちなみに、もうすぐ二十歳になる彼――フォルテとリーダーは、容姿の特徴こそ似ているが血縁関係はない。だが、リーダーの年齢がわかりづらいこともあって、二人は姉弟や親子に間違われることが多かった。
「アイツ……?」
「タクトとかいう王子様だ」
フォルテは食事中だというのに頬杖をついていた。彼の吊り目がじろり、とアーチェを睨む。
「でも、いい人だよ?」
「ますます気に食わねえ」
けっ、と吐き出してフォルテはそっぽを向いた。
「そういえば、文字のほうは覚えたの?」
今日の調理当番、レヴィアンカがアーチェに尋ねた。
栗色の髪を背に垂らした、三十代前半の女である。ただ、その見た目は若く、よく二十代に間違われる。
〈アコルト〉の面々に誰が一番料理上手かと尋ねたら、彼女以外の全員が「レヴィアンカ」と答えるだろう。というより、他の者たちは個性的な味付けの料理を作るため、彼女の料理が一番まともなのだ。
「うーん、だいたい。簡単な本を一緒に読むようになった」
「はんっ」
またもフォルテが鼻を鳴らした。
「だいたい、旅に出るからその話を聞かせてくれだあ? そんなこと言って、本当はアーチェを取るつもりじゃねえだろうな」
「おいフォルテ、男が妬くんじゃねえぞ」
グランが意地悪く笑って横槍を入れる。
「や、妬いてねえ!」
「やーい妬いてやんの」
ぎゃあぎゃあと言い交わすフォルテとグラン。
それまで黙って食事をしていたシュテイルがぽつりと言った。
「旅、ね……。見聞を広めるためか、はたまた厄介払いなのか」
「…………」
――タクトには王家の血が流れていない。
公然の秘密とはいえ、アーチェは〈アコルト〉の皆には話していなかった。
ここにいる六人は全員血の繋がりがない。リーダーに言わせれば、〈アコルト〉は「はみ出し者」の集まりである。だが、アーチェにとっては家族も同然だった。
(タクトだって、今までは家族として城にいただろうに……)
アーチェはそれきり沈んだ顔で料理を食べ続けた。




