第二章 魔族との邂逅(七)
ラルゴの身体は七色に光り始めていた。
その光の粒が集まり、蔦の形を作っていく。
「ラルゴ――っ!」
自分の後ろに座るアレグロに支えられながら、シェントが精一杯に手を伸ばす。
「あ、ああ……」
ラルゴだったものは、シェントから離れるようによろよろと後ずさる。
「……っ!」
ラルゴの背後に視線をやり、アレグロは愕然と息を呑んだ。そこにいたはずのメーノの姿がない。
彼女を倒せばラルゴも元に戻るのではないか。根拠もなくそう思っていたが、その希望も打ち砕かれてしまった。
あとに残ったのは――ラルゴの形をした蔦だけである。
その蔦が解れ、横一面に広がった。ラルゴの面影を一切残さずに。
「あ……」
シェントを守るように彼の頭を抱いていたアレグロが、呆然と呟いた。
あの蔦が一斉に襲いかかって来れば、二人は間違いなく死ぬ。
「シェントさん! アレグロさん――!」
「来るな!」
二人のもとへ駆け寄ろうとしたアルトに、シェントが吠えた。
「アレグロも……っ、逃げ、ろ……!」
彼女から離れるため、血のついていない左手でアレグロの身体を押す。
「シェント……」
アレグロの顔を見ると、彼女は今にも泣きだしそうだった。
「ごめんね」
その言葉に、シェントは満足そうに微笑んだ。そして、アレグロも。
彼女は瞳を潤ませながら、寂しそうに笑っていた。
(え……)
まさか、何かするつもりなのでは。
その何かに、シェントは心当たりがあった。
「よせ――!!」
あらん限りの声で叫ぶシェント。
その叫びに反応したかのごとく、蔦が鞭のように撓りながら二人に飛びかかってくる。
「今度は、私が――」
嫌われるだろう。憎まれるだろう。
いつかの夢のように、殺されるかもしれない。
それでも。
「シェントを守るから」
彼に背を向けて立ち上がったアレグロが、すっと右手を掲げる。
直後、無数の矢が蔦に降り注いだ。
もっとも、アレグロは弓など構えていない。矢に思われたそれは、全身漆黒に覆われていた。
文字通り一瞬にして蔦がすべて消え去った。ラルゴも――もういない。
辺りにはきらきらと輝く光の粒子が漂っている。
「アレグロ……どうし、て……」
呟いたきり、シェントはあまりの痛みに意識を手放した。
「アレグロさん……」
アルトの頬は涙で濡れていた。なぜ泣いているのか、もはや自分でもわからない。
アレグロは科術使いでも科術士でもない。科器らしきものも持っていなければ、呪文の詠唱もしていない。
それに、漆黒のあれは〈闇〉でできているように思われた。
〈闇〉の科術など、存在しないというのに。
「アレグロさんは……魔族だったんですか……?」
アレグロは答えない。シェントの片腕を自分の肩に回し、彼を立たせようとしている。
「シェントを皆のところに連れていくまでは……見逃して」
「――っ!」
アルトは腕で涙を拭うと、アレグロと共にシェントを支えて歩きだした。
赤い包み紙が、風に舞って飛んでいった――




