表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきたちの協奏曲  作者: ヤマノ鹿子
Ⅱ 魔なる少女の遁走曲~フーガ~
45/60

第二章 魔族との邂逅(六)

 王都パッサカリアを取り囲むように形成された町、そのさらに外側に生い茂る雑木林の中、アレグロは一人の少女と対峙していた。

 その薄紫色の髪が風に揺れることはない。白っぽい瞳はときにあおに、ときに薄紅に見えるが、そこには何の感情の色も浮かんでいない。

 人ではない異質の存在。そして、カントリアに魔物コルスを放った張本人。たしかフィーネは彼女をメーノと呼んでいた。


「アレグロ、待ってた」


 そのメーノが唇を微かに震わせ、今にも消え入りそうな声で告げた。

 アレグロは腰の刀に手をかける。


「また魔物を放つつもりか!?」


 無言のまま佇むメーノ。その周囲の地面が隆起したかと思うと、数本の蔦が空へ向かって勢いよく伸びる。


「――っ!?」


 おぞましく蠢くつたを前に、アレグロの全身がぞわりと総毛立つ。弾かれるように抜刀すると同時に、蔦が一斉に襲いかかってくる。身体にれられる前にそのすべてを斬り捨てれば、蔦は虹色の粒子となって宙を舞った。

 虹の粒が降り注ぐ中をアレグロは駆け、メーノに斬りかかる。しかしメーノは宙空にふわりと浮かび、滑るように後退すると音もなく地面に降り立った。


「まだ。少し、待って」


 いったい何のことか、とアレグロは眉をひそめる。

 すると、今の攻撃は小手調べだったとでも言うように。地面を突き破って現れたのは、先刻とは比べものにならない数の蔦だった。


「な――!?」


 密集する大量の蔦は、さながらメーノを守る障壁のようだ。そびえ立つ緑の壁に圧倒され、アレグロは無意識に後ずさる。

 一人でかなう相手ではない、と本能が警鐘を鳴らす。しかし退しりぞいてしまえば、目の前の魔族は再び魔物を使って町を襲うだろう。カントリアでの惨劇を繰り返すわけにはいかない――

 この一瞬の逡巡が、命取りとなった。

 緑の壁が瓦解し、蔦の一本一本が放たれた矢のようにアレグロに迫る。とっさに刀を振るうもさばききれる量ではない。すぐに蔦が右腕に絡みつき、それを引き千切ろうとした左手も別の蔦に引っ張られた。そのままメーノに突っ込もうと地を蹴った足も、蔦の波に呑まれてしまう。


「あっ、ああ!?」


 寄り集まって太くなった蔦に左右の腕が引き伸ばされる。両足は一つに束ねられ、足先が地面から離れた。


「くっ! 離、せ――あうっ!!」


 足掻けば足掻くほど、かえって蔦の拘束がきつくなる。まるで無駄な抵抗を嘲笑うかのように。


「う……っ、ぐ、くぅ……」


 骨が軋みそうなほど手足を強く締めつけられ、口から苦鳴がれる。右手から刀が滑り落ち、地面に突き刺さった。

 痛みに耐えるべく目を固く閉じて歯を食い縛る。拳を強く握りこんで両腕を動かすも、蔦はびくともしない。


「来ると、思う?」

「……っ!?」


 すぐ近くの声にハッと目を見開ければ、空中に浮揚したメーノが瞳を覗き込んできた。

 しかしアレグロには脈絡のない問いを聞き返す余裕もない。返答がないことに業を煮やしたのか、蔦が手足を搾るようにギリギリと締めつけてくる。


「あ、ああああ……っ!!」

「――もう、いい」


 メーノが呟くと、アレグロの首筋を一本の蔦がなぞった。


「や、ぁ――っ!」


 びくんっ、と肩を震わせたアレグロは、首をすくめ小さな抵抗を試みる。

 しかし蔦は首にゆるゆると絡みつき、嬲るようにゆっくりと輪を小さくしていく。アレグロは必死になってもがいてみるが、蔦の拘束は無情にもゆるまない。その間にも首に蔦がじわりと食い込んでいく。


「か、は……」


 ――絞め殺される!


 風に揺れる灯火のようにアレグロの瞳が震える。

 たしかに“あの日”以来ずっと死にたいと願っていた。

 だが――


(や、だ……助けて……)


 アレグロは祈るように強く目を瞑る。

 ――でも、いったい誰が助けてくれるというのだろう。リーダーも、グランも、ほかの皆も、もういない。〈アコルト〉の仲間は“あの日”、死んでしまった。

 だから、自分も皆のところへ行きたかったというのに。


(死にたく……ない……っ)


「シェ……ン……」


 首の絞めつけが強くなった。

 〈アコルト〉の皆を失った後でも、助けてくれた人はいた。

 カデンツァへ向かう船で、襲いくる蔦から。カントリアで、コルスの大群から。ルーエの闘技場で、カルカンドから。

 そして、初めて出会ったときも――


「アレグロ――っ!!」


 アレグロの身体がふいに浮いた。否、蔦の拘束が外れ、身体が地面に落ちていく。


「大丈夫か!?」


 蔦を切り裂き、落ちゆく身体を受け止めてくれたのは――またしてもシェントだった。







「げほっ、ごほ」


 絞め痕の残る首をさすりながらアレグロが咳き込む。


「アレグロお姉ちゃん……」

「無事ですか!?」


 シェントをここまで導いてきたラルゴと、途中で合流したアルトが、アレグロの顔を心配そうにのぞき込む。


「あいつが――っ!」


 シェントは二人にアレグロを任せると、メーノをにらみ据えた。


「――来た」


 そのメーノがなおも無感情に言う。同時に、地面から出現した蔦の束がシェントを襲った。


「シェントお兄ちゃ……っ!」


 彼を助けようと思ったのか。ラルゴがアレグロのそばを離れ、シェントのほうへと向かう。


「ラルゴ!?」


 シェントはすでに蔦をけていた。

 だが、蔦の狙う先にラルゴが走ってくる。すぐには止まれなかったのだろう。


「くそっ!」


 とっさにかがみ込み、ラルゴを抱きしめるシェント。

 その脇腹を蔦がかすめ、直後に灼熱の痛みが走った。


「ぐ……っ、あ!」


 シェントはがくりと膝を折り、そのままラルゴにもたれかかった。

 蔦に貫かれはしなかったが、脇腹を抉られた感触があった。一瞬にして額に脂汗が浮かぶ。

 右手で傷を抑えるも、血はまったく止まりそうにない。右手はすぐにあかく染まった。


 その場に座り込んでしまったアルトを置いて、アレグロは二人のもとへ駆けた。


「シェント!」


 アレグロはシェントを守るように抱きしめると、メーノのほうを睨みつけた。


「ラルゴ、どうして?」


 問うたのはメーノである。


「……もう、いらない」


 いつにも増して感情のない声で言うメーノ。

 ラルゴはびくりと肩を震わせ、そして。


「ああああああああ!?」


 頭の先。指先。足元。

 ラルゴのありとあらゆるところから、ぞろぞろと蔦が生えてくる。

 ――否、ラルゴの身体がほつれていっているのだ。まるで毛糸玉から糸を引っ張るように。


「――っ」


 あまりに凄惨な光景を前に、メーノ以外の表情が凍った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ