第二章 魔族との邂逅(五)
翌日。
アレグロとラルゴは何軒かの酒場を訪れた。貼り紙をさせてもらっていたのだが、それの詳細を聞きに来た人はいなかった、と酒場の店主は答えた。
この数日、同様の紙を人が多く集まる場所で配ってラルゴの情報を求めた。それでも保護者が見つかる気配は一向にない。
手は尽くした。あとは警吏に任せるしかない。明日にでも――ラルゴと別れる。
時刻は昼過ぎ。
アレグロはラルゴを連れ、露店が立ち並ぶ道を歩いていた。相変わらず人の行き来が激しい。二人は離れてしまわないように手をつないだ。
ふと、ラルゴがその足を止めた。
まさか知り合いでも見つけたか、とアレグロは期待したが、彼の目は菓子屋を捉えていた。台車に菓子を乗せている店である。
「欲しいのか?」
ラルゴは答えない。ただ、ふらふらと菓子屋へ向かう。
彼はキャンディーの前で立ち止まった。
「食べる?」とアレグロが尋ねるも、ラルゴは黙ったままキャンディーの山を眺めている。赤くキラキラとした紙に包まれた、一口大のキャンディーだ。
結局アレグロはキャンディーを買ってあげることにした。
ただし一つだけだ。彼女もいつもそうだったから。
アレグロもあまり物をねだらない子どもだった。その姿が反対にいじらしかったのか、グラン――〈アコルト〉の父親的存在――は、「一つだけだぞ」と言って菓子を買ってくれたのだった。
「これを一つ」
「はいよ」
にこにこ顔を貼りつけたような店主がキャンディーをラルゴに手渡す。
ラルゴは掌の上のそれをじっと見つめていたが、包みを剥がしてぽいと口に入れた。
そして包み紙を丁寧に折りたたみ、大切そうにポケットへ入れた。
「……もしかして、そっちの紙のほうが欲しかったのか?」
ラルゴは頷いた。すっ、と人差し指をアレグロに向ける。
「同じ」
「え?」
「目、同じ」
ラルゴは包み紙を再び取り出し、アレグロに見せた。アレグロの瞳の色と同じ、と言いたいらしい。
「きれい」
「……ありがとう」
アレグロは微笑んだ。
次の瞬間、その表情が凄惨なものになる。
「――!?」
彼女は弾かれるように後ろを振り返った。
(今、あのときの声が――!)
カントリアが魔物で埋め尽くされたときに聞こえた、謎の声。それが脳裏に響いたのだ。
まさか、ここも魔物に襲われるというのか。
(そうはさせない――っ)
あのときと同じく、声の聞こえてくる方角は自然とわかった。ただ、ラルゴを連れては行けない。
アレグロはラルゴに視線を合わせるべくしゃがみ込んだ。
「ラルゴ、今すぐ宿に帰ろう」
「う、うん……?」
突然のことに困惑するラルゴの手を引いて、アレグロは急いで宿へと向かった。
♪ ♪ ♪
「ただいまー、って俺一人かな」
夕方近く。シェントは早々に狩りを引き上げ、宿へ戻ってきた。
今日はようやくカルカンドを一匹狩れた。上機嫌で部屋の扉を開けると、
「あれ、ラルゴ?」
窓際の椅子にはラルゴが一人座っていた。他に誰の姿も見えない。彼と一緒に行動していたであろうアレグロも。
「一人か? アレグロは?」
ラルゴはそれを無視して、反対にシェントに問うてきた。
「シェントお兄ちゃんは、アレグロお姉ちゃんのこと……信じてる?」
「え……」
昨夜と似たような質問だが、ラルゴの目は真剣そのものである。
「アレグロお姉ちゃんが、嘘をついていても……?」
「な――っ!?」
予感めいたものに襲われ、シェントはラルゴの肩を掴んだ。
「アレグロに何かあったのか!?」
「答えて」
ラルゴの目は何かを見定めようとしている。
シェントは――ラルゴに言っても仕方ないのだが、想いの丈をぶつけた。
「俺はアレグロが好きだ! 彼女がどんな存在であったとしても!」
ラルゴの目がわずかに見開かれる。
「信じるとか信じないとかじゃない、俺は……アレグロが好きなんだ……。守りたい、失いたくないんだよ……っ!」
シェントは唇を噛んだ。
こんなことなら、もっと早くに想いを伝えておけばよかった。
彼女が記憶喪失であることを言い訳にして、自分は彼女に隠し事ばかりしていた。
本当のことを話してしまえば、もう共にいられないことはわかっていたから。
それでも、自分は彼女を守りたかったのだ。彼女が何者であったとしても、自分だけは――彼女の味方でいたい。
「頼む、教えてくれ。アレグロは今どこだ!?」




