第二章 魔族との邂逅(三)
シェントたちが解放された翌日。
船旅の疲れの上に、牢が冷えていたせいで風邪を引いたのだろう。カノンが熱を出してしまったのだ。
「迷惑かけちゃって、ごめんね……」
「大丈夫ですよ、カノンさん! 僕もカントリアで熱を出しましたし、旅に出れば誰しもが通る道ですよ、きっと!」
ベッドで寝込むカノンと、その横で妙な励ましを送っているアルト。
今回の宿では五人で一つの大部屋を取った。
釈放の際にいくらか金を取られてしまったうえ、船に乗せてもらったときも結構な金を払っている。そろそろ財布の紐を締めなければ、ということになり、比較的安い大部屋に泊まることになったのだ。
さらに王都パッサカリアの宿はどこも高額だった。そこで一度王都を出て、城門の外側に形成された町で宿を取ったのだった。
「どっちにしろここが目的地だったんだし、ゆっくり休んで」
「ありがとう、アルト、シェント……」
弱々しく礼を言ってカノンは目を閉じた。
「アルトは自分の目的を忘れてないだろうな?」
「はい。今日も王都へ行ってみようと思っていたところです」
そもそもカデンツァにはとある噂の真相を確かめに来たのだ。
『カデンツァには魔族がいる』
その噂は本当かも知れない、とシェントは思い始めていた。
河で遭遇した蔦の魔物。そして、カデンツァ軍の船近くで宙空に浮いていた、女の子。
彼女はどう見ても魔族だ。普通の人間であれば宙を飛ぶなど不可能である。
「アレグロちゃんは?」
椅子に座って林檎を剥いていたテナーが尋ねてきた。
「買い物に行くと言ってたぞ」と答えたきりシェントは俯く。
カデンツァ王国に到着してから彼女の様子がおかしい。
もともと口数は少ない方であったが、黙っていることがさらに多くなった。
「なにがあったっていうんだ……」
城での出来事を尋ねても、「解放してくれるように交渉した」としか話してくれない。
何か不穏なものを感じ、シェントは拳を握りこんだ。
♪ ♪ ♪
買い物を終えたアレグロは、その足でパッサカリアの城門へ向かった。
開かれている門扉から見える王都は小さな山のようでもあった。中央に行けば行くほど高い位置に建物が建てられているのである。最も中央、つまり一番高いところにはパッサカリア城と呼ばれる王城がある。
アレグロはその城を見据えて長く息を吐いた。
(これからどうしよう……)
魔族に会えば悩みから解放されるとばかり思っていたのだ。まさか余計に事態がこじれるとは。
(どうして私が魔族だとわかったんだろう)
冷静になって思い返せば、聞きそびれたことはたくさんある。
そもそも自分と話したいがために船を襲ったような口ぶりだった。船がすぐには沈まなかったのも、魔物に加減させていたのかもしれない。今にして思うと蔦のあの大げさな動きは、カデンツァの船に気づかせるためだったのでないか。
(すでに皆を巻き込んでしまってる……)
やはりパーティーを離脱して、別の魔族でも探したほうがいいだろうか。
アレグロは門扉から離れ、重い足を引きずるようにして歩き始めた。
王都の外に作られた町は王都以上に活気がある。人も多く、すぐに人波に呑み込まれてしまいそうだ。
「わぷっ」
「あ、ごめん……」
ぼんやりと歩いていたせいだろう。アレグロは一人の子供にぶつかってしまった。
周りを見回してみるも親らしき人物はおらず、人々は足早に過ぎていく。男の子の名前を呼ぶような声も聞こえない。
アレグロは彼を連れて道の端に移動した。
改めて男の子を見ると、どこか不思議な雰囲気の子どもだった。
薄青の髪。色白の肌。焦点の定まらない瞳――
「迷子か? 警史に言って、親を探してもらおう」
彼を連れて歩き出そうとするも、男の子はその場に足を踏ん張ったまま動こうとしない。
「迷子なのだろう? だったら――」
男の子が首を横に振る。
まさか捨てられたとでもいうのだろうか。たしかに身体の線は細く、衣服も大きすぎる。
いつかの自分の姿と重なり――捨てられたときの記憶はないのだが――アレグロは彼を放っておけなくなってしまった。
「……一度、私たちのところに来るか?」
男の子の目は初めて焦点を結んだ。彼はアレグロを見ると、嬉しそうに顔をほころばせた。




