第二章 魔族との邂逅(二)
世界の征服。
突拍子もないことを言い出したフィーネに対し、アレグロはしばらく言葉が出てこなかった。
「……征、服……支配するということ……?」
「そう。私たち、魔族を認めさせるために。そうすれば貴女だってぇ、魔族であることを悩む必要もなくなるのよぉ? それにぃ……貴女も憎んでいるのでしょう? 魔族の存在が認められていない、この世界を」
たしかに〈アコルト〉の仲間を殺害した人々のことは、心のどこかで憎んでいる。だが、それ以上に「自分のせいで死なせてしまった」という自責の念のほうが強いのだ。
だから、この世界のすべてを恨んでいるわけではない。
現に〈アコルト〉の皆は魔族である自分を庇ってくれた。もっとも、そのせいで死んでしまったのだが――自分の味方だっていたのだ。
ふと、先ほどのフィーネの脅しのような言葉を思い出す。
自分の正体を知ったら、仲間はどう思うか――
「もし断ったら? な……仲間に、私の正体を言うつもりか?」
仲間。
いざ口に出してみると少し気恥ずかしくなった。
だが、言葉にして確かめたかったのだ。自分は彼らを仲間と思ってもいいのだ、と。
「あはっ、そんなかわいそうなことしないわよぉ。――私は貴女の味方ですもの」
フィーネの真っ赤な唇が弧を描く。
「でも、どうして断れるのかしらぁ。貴女にはもう居場所があるというの? お仲間だって……貴女の正体を知っているわけではないのでしょう?」
「…………」
アレグロは無言。
たしかに、今は彼らのことを騙している。
――今は?
自分はいつか彼らに、本当のことを話すつもりでいただろうか。
「無理強いはしないわよ。その気になったらいつでも来てちょうだぁい。待っているから」
フィーネが立ち上がり、壁際に垂れている紐を引っ張った。隣室へ合図を送るものだったのだろう。すぐに部屋の扉が開かれ、二人の兵士が中に入ってきた。
「陛下、いかがなさいましたか!?」
「この子を外まで送ってあげてちょうだい。お仲間も一緒に」
その言葉にアレグロは安堵した。牢に残された四人を人質にとられるかと思ったが、杞憂だったようだ。
「そういえば……名前、教えてぇ?」
「……アレグロだ」
名前を聞き、フィーネは曖昧な笑みを浮かべた。ここに来て初めて見る悲しげな表情だった。
「またね、アレグロ」
アレグロが去った部屋に新たな来訪者がいた。
薄紫の髪をした、もう一人の魔族――メーノである。さらに彼女の後ろにもう一人、同じくらいの背丈の男の子がいる。
「よかった、の?」
「よくないわよぉ。あの子は『仲間』とやらに騙されているのだわ。私が本当のことを教えてあげないと……」
フィーネが苛立たしげに爪を噛む。
「私は貴女が魔族だなんて言いふらしたりなんかしないわよぉ」
フィーネはアレグロの座っていた場所に腰を下ろした。
「貴女自身が、お仲間に示すことになるのだから」
テーブルに残されたカップの破片を指でなぞる。
彼女が触ったもの。彼女の戸惑いと焦燥がぶつけられたもの。彼女の想いの破片。
それですら愛おしく感じてしまい、フィーネは侍女に片づけないよう申しつけたのだった。
「――そういうわけで、よろしくねぇ。メーノ、と――」
メーノの背後に隠れていた男の子が前に出た。
薄青の短い髪。メーノと同様に色素の薄い身体。そして、どこを見ているかわからない瞳。
「ラルゴ」
彼は変声期前の幼い声で名乗った。




