第二章 魔族との邂逅(一)
アレグロは弾かれたように立ち上がり、その勢いでカップを払った。落ちて割れたカップの破片をすぐさま拾い上げ、胸の前に構える。手から血が滲むのも構わずに。
「はぁ……は……っ」
肩で息をするアレグロ。何の前触れもなく自分の正体を言い当てられて、軽い錯乱状態に陥っていた。
「言ったじゃなぁい、私も魔族だって。だから敵対する必要はないのよぉ?」
腰を上げたフィーネがアレグロの腕に手を伸ばす。
「――っ!」
その指先のあまりの冷たさに、アレグロは握っていた破片を落とした。腕を下に押され、そのままソファーに座り込む。
「――私ねぇ、予言ができるの」
再びソファーに沈んだフィーネが、明るい声で言う。
「ゼウパルラが魔物の被害に遭ったときだって――」
噂を聞いているでしょう? とでも言いたそうにアレグロの目を覗きこむフィーネ。
アレグロはリベラの光石店で老人から聞いた話を思い出していた。
まるでゼウパルラが魔物に襲撃されることを知っていたかのように、速やかに援軍が送られたこと。その見返りに光石や科石が採れるゲネラル鉱山を安価で買い叩いたこと。
そもそもカデンツァが魔物を送り込んだのではないかと言われていること――
「私の予知のおかげで、あの国に援軍を送ることができたのよぉ?」
身の潔白を証明するには軽い口調でフィーネが語る。
「貴女たちの船が魔物に襲われたのも、ねぇ――そういうことに、なってるの」
彼女は今までのものとは違う、獰猛な笑みを見せた。
アレグロは緊張で渇いてしまった喉から声を絞り出す。
「どういう、意味だ……」
「予言なんて嘘」
まるでちょっとした悪戯を告白するかのようにフィーネは小さく笑った。
「本当は、お噂の通りよぉ。私たち魔族が魔物を使役してぇ、騒動を起こしてきたの。ゼウパルラでしょう? それから、この間のカントリア。……さっきの海の魔物も、ね。貴女と話したかったから」
「『私たち』って――」
「ああ、私ともう一人、メーノっていうの。あなたも見なかったぁ?」
「…………」
アレグロには心当りがあった。船の上に浮いていた女の子は、カントリアで遭遇した女の子と同じ容貌をしていたのだ。
「どうして――」
アレグロは唇を噛んだ。
なぜ彼女たちは魔物を使って他国を襲撃しているのか。戦争でも起こすつもりなのか――
当然のように湧き起こった疑問だが、尋ねたいことは他にもある。
なにせ、ようやく自分と同じ魔族に出会えたのだ。
魔族とはいったい何なのか。
そもそも自分は本当に魔族なのか。
それ以上に。
「どうして……私は魔族なの……?」
アレグロは揺れる瞳でフィーネを見た。
「それは、貴女が選ばれた存在だからよ」
穏やかな表情で彼女を見つめ返すフィーネ。
「貴女は……ううん、私たちは生まれながらの英雄なのぉ。この世界を魔族のものにするために、一緒に戦わなければならないんだわぁ」
「世界を魔族のものに……だから、魔物を使って他国を襲っているというの……?」
「睨まないでちょうだぁい。だって私たちは魔族なのよぉ? 今のままでは、居場所がないじゃなぁい。貴女だって」
「そんなこと――」
ない、と反論しようとして、しかしアレグロは口を噤んだ。
魔族ゆえに殺されそうになったこと。自分を庇ったせいで〈アコルト〉の仲間が死んでしまったこと。――どこかで生きているだろうと、まだ縋るような気持ちではいるが。
物心ついた時から共にいた〈アコルト〉の仲間と別れてしまってから、一人で過ごした日々。
(ああ、でも――)
アレグロの脳裏に数人の顔が浮かんだ。
今はもう、独りではない。
「お仲間だって、貴女が魔族だと知ったらどんな反応をするかしらねぇ」
まるでアレグロの胸の内でも読んだかのようにフィーネが嗤った。
「……っ!」
「だからぁ、私たちと一緒に……この世界を征服しましょう? 私たちの居場所を作るの」




