第六章 嘘つきたちの旅立ち(四)
「いいんですか!」
アルトの表情がぱっと明るくなった。
おとなしくて臆病だが、責任感が強く、ときに頑固――そして、危ういほどの純粋さと眩しいほどのひたむきさを持ち合わせた彼に、人はつい心をゆるしてしまいそうになる。
「まったく、この王子様は……」
シェントは苦笑して呟いた。とはいえ、アレグロを引き留めてくれたことは感謝しかないのだが。
四人で旅することになってほっとしたのか、カノンが少し明るい調子で言った。
「そういえば、アクアレルさんって王子様だったんですよね」
「あっ……すみません……」
その言葉にアルトは小さくなる。
世話になったのに欺いてしまって申し訳ない。そもそも、自分のような頼りなさげな人間が王族で恐縮だ。そういった様々な気持ちが入り雑じり、気弱な王子は自然と頭を下げた。
「アルトさんのこと、これからなんと呼んだら……?」
「『アルト』でいいよな? 気楽に」
「また偽名を使うのか、ということではないか?」
「あっ、そうか……」
アレグロに指摘され、シェントはカノンの意図をようやく理解した。
「アルトで大丈夫だと思います。僕の名前、それこそ通過儀礼を終えて王族として認められたときに、初めて公表されるので。アルトという名を知っている人はほんの一握りなんです」
アルトの説明を聞くも、「どういうこと?」と目を瞬かせる三人。そこでアルトは自分の名前について話し始めた。
要するに――王が我が子に付ける名前は、王族としてのものである。そして、通過儀礼そのものは形骸化してしまったが、儀礼を終えるまでは王の子であっても王族とはみなされない。そのため、産まれてから通過儀礼が行われるまで、王の子の名前は明かされないのである。
「だったら、城で何て呼ばれてるんだ?」
「昔は『王の子』という意味の名前があったそうですが、今は皆『殿下』と呼びますね、僕のこと」
「まだ王族でもないのに?」
そう冷静に突っ込んだアレグロだったが、何やら思案して続けた。
「たしかに……下手に変装すると、さっきのように正体が判明してしまったときが面倒かもしれない。よけいに怪しまれる」
「バレたときに誤魔化すの大変だもんな。そのことまで打ち合わせしといたところで、いざああいう場面でその通りできるかどうか……。じゃあ、アルトはアルトのままで」
「はい」
もちろんそれは呼び名についての話なのだが、自分は自分のままでという言葉がくすぐったくて、アルトは小さく笑った。
旅のあいだ、王族としてどうあるべきか悩むことが多かった――本来、そのための通過儀礼ではある――が、自分は自分のまま、自分にできることをすればいいのかもしれない。その一つがカデンツァ王国に向かうことだと、今のアルトはただただ信じていた。
「次の問題は――やっぱり王様には、カデンツァに行くこと伝えておいたほうがいいんじゃないか? 心配するだろ?」
「……心配、するでしょうか」
「というか大規模な捜索されたら逃げるの大変だし」
「私たちが誘拐犯に仕立てあげられる可能性もある」
「国王が心配するから」というのは建前で、シェントやアレグロは追っ手が増えることを危惧していた。それを正直に言われてしまい、気圧されたアルトは王への伝達を了承するほかなかった。
問題はその方法だが――
「手紙を書いて、次の合流地点で誰かに託すというのは……?」と、アルトが遠慮がちに提案する。
「カントリアの次はルフランで合流する予定でしたから」
「ルフラン……ここか」
アレグロが地図の該当の箇所を指さした。
チェルティーノ大陸には未開の地も多く、地図の精度も土地によってまちまちである。カントリア周辺の場合、過去に多くの巡礼者が地図を描いて残しているおかげで、比較的正確な地図がある。
その地図を一目見た限り、ここからルフランまでは、リベラからカントリアまでの距離より短そうである。
「ルフランにはいつ合流する予定だったんだ?」
「カントリアの四日後に」
「四日!? そんなにかかるか?」
リベラからカントリアに乗り合い馬車で来たときでも――何か問題が起こらないか冷や汗ものだったが――四日は要していない。
「馬車ですけど……?」
馬車だとそれくらいかかりませんか? とでも言いたそうに首を傾げるアルト。
アレグロがさっきとは違う太い道を指でなぞった。
「こっちの街道を行くのではないか?」
「街道か。それなら……というか、もしかして貴族が乗るような馬車で来るんじゃなかろうな?」
「? 普通の馬車です」
「王子様の言う普通ってどっちの意味なのかしら」
カノンがぽつりと溢した。
たしかに、「一般的な」という意味なのか、彼にとっては普通という意味なのか。後者ならシェントが言った「貴族が乗るような」豪華な馬車なのだろう。
「まあ、あちらさんが遅いほうが、こっちとしては助かるけど。で、 ルフランのどこっていうのも決まってるんだよな?」
「とある酒場で、さらに近衛兵と合流する予定でした。だからそこの店主にでも手紙を預かってもらおうかと……」
「それがいいかもな。こっちは徒歩だけど、近衛よりは早く着くだろ。
あとは――俺の代わりに誰か雇ってほしいんだ」
「シェントさんも離脱するっていうんですかあ!?」と、一瞬にして涙目になるアルト。
「ああいや……俺には今後報酬を渡さなくていいからさ、その金でもう一人仲間に加えてもらえないか?」
「だがシェント、『金がない』と言っていたではないか」
すかさずアレグロが口を挟んでくる。どうやらルーエの酒場での会話を覚えていたらしい。
金ならあるぞ、と強気なことも言えず、シェントはしどろもどろになる。
「うっ……まあ。泊まる宿は俺に合わせてもらうことになるけど、やっすい部屋とか……」
「それなら、私の報酬の半分をシェントに渡してほしい」
アレグロがアルトに向き直って言った。
「僕はいいですよ」
「ア、アレグロ!? なにもそこまでしなくても」
「私も安宿は嫌だからな」
嘘か本当かそんなことを口にするアレグロ。
「それと……これを渡しておく」
彼女は荷物の中から白い光石を一つ取り出した。
「白の壱だ。売ったら高くなると思う」
「な、なんで俺に……」
「もともと、おまけとしてもらったものだから。べつに惜しくはない。それに……シェントにはいろいろと助けられたから」
そのお礼だ、とつっけんどんに言い、アレグロはシェントに白の壱を押しつけた。
「ああ、ありがとう……」
売れば金になるというが、売って手放すくらいなら飢えて死のうと心に決めたシェントであった。
そうして、話し合いがだいたい済んだ頃、アルトが恐る恐るといったふうに問うた。
「僕が言うのも変ですけど、どうしてここまで付き合ってくれるんですか……? 特にシェントさんは、アレグロさんと違って魔族を探していたわけでもないんですよね?」
「言ったろ、俺は暇なんだ」
自嘲気味に笑って、シェントはわざとらしく肩を竦めた。
「というわけで、俺も……よろしくな」
このパーティーで旅を続けられることになって、彼はほっと胸を撫で下ろしていた。
アレグロがパーティーを抜けると言ったときには肝を冷やした。彼女に離脱されてしまっては、自分の目的も果たせなくなる。
小さな布袋の中に入れている、乾いた血のついたペンダント。その銀板には、アレグロのアンクレットと同じ刻印が。
旅の本当の目的は、そのネックレスをアレグロに渡すことだった。すでにこの世にいない人から託された、形見のネックレスを。
ただ――アレグロが記憶喪失であると知って、彼女にそれを渡せなくなったのだ。
だから、彼女が記憶を取り戻すまでは。
(待っててくれないか――?)
と、シェントはネックレスの持ち主だった人物に請うた。
♪ ♪ ♪
自分の心に正直になれなくなったカノン。
身分を偽って事の真相を探るアルト。
魔族であることをひた隠しにするアレグロ。
そして――旅の真の目的を、誰にも打ち明けていないシェント。
嘘つきたちの旅は、まだ始まったばかりだ。




