第六章 嘘つきたちの旅立ち(三)
「どうしてですか!?」
アルトが信じられないといったふうに尋ねる。
アレグロはため息を一つついて、彼に問い返した。
「カデンツァへ行って、魔族を探して――もしも魔族がいたら、それからどうするつもりだ?」
「国へ戻って、国王に真実を報告します。場合によっては軍を――」
「魔族相手に、勝ち目は?」
「……そ、それでも! まずはこの目で、魔族がいるかどうか確かめることが、大事だと思うんです!」
なおも首を縦に振らないアレグロに焦れたのか、
「アレグロさん、どうして……? 〈アコルト〉だって、アレグロさんの仲間だって、魔族のせいで――」
「おまえに何がわかる!!」
アレグロの鋭い物言いに、アルトとカノンは身を竦ませた。
シェントはというと、立ったままの三人に対し、おずおずと声をかける。
「とりあえず座ったら……?」
が、誰もシェントの声など聞こえていないようだった。
「わ――わかりません、アレグロさんが話してくれないと!」
「開き直ったな」と肩を竦めるシェント。
アレグロは面食らった顔をしていたが、やがて覚悟を決めたように、静かに口を開いた。
「……私には、半年より前の記憶がない」
シェントはすでに聞いていたことだが、あとの二人は息を呑み、黙り込んだ。
誰かから言い出したわけでもなく、三人は徐に地面に腰を下ろした。
そして、アレグロはシェントに伝えていたことを二人に話し始めた。
理由は不明だが、半年より前の記憶を失っていること。
自分がとあるアンクレットを身に付けていたこと。その銀板の刻印が〈アコルト〉のものだと、最近になってわかったこと。となれば、自らも〈アコルト〉の一員だったのではないかと思い至ったこと。
〈アコルト〉を探すため、王都での闘技大会に出場したこと。
そして――〈アコルト〉が魔族によって壊滅したとの噂を聞いていたことも、アレグロはぽつりぽつりと語った。
「――だから、私も魔族を探そうと思っていた。〈アコルト〉のことは、まだ、諦めきれてないが……」
「だったら、なおのこと僕たちとカントリアに――」
「……っ! でも……ううん」
なんでもない、と首を振るアレグロ。
記憶喪失というのは、嘘だ。
ただ、半年前の“あの日”――仲間が自分を庇って殺された日。初めてアレグロは自分が魔族であると知った。魔族であると発覚したが故に、滞在先で殺されそうになったのだ。
なぜ自分が魔族なのか。それを知るため、アレグロは他にもいるかもしれない魔族を探しているのだった。
もちろん、「自分は魔族だ」とは口が裂けても言えない。
アルトたちとカデンツァ王国まで行くほうが、たしかに旅の途中は負担が減るだろう。ただ、自分が魔族であると判明してしまったときを考えると――
正直、一人での旅を再開する自信がないアレグロは、そうしなければならない状況を作るため話題を変えた。四人でカデンツァ王国まで行くという話さえなくなればいいのだ。
「それに、カノンをカデンツァまで連れていく義理はない。――というより、どこか住めるところを探すほうがいいのではないか?」
「いつかはそうしなきゃって思うけど、今はまだ……」
何度目になるだろうか、カノンは俯いた。いまだに涙は一粒も零れ落ちない。
もともと身寄りがない彼女にとって、孤児院だけでなく職場でも一緒だったリエだけが心の拠り所だった。就職先で再開したときには「お姉ちゃん」とは呼ばなくなったが、それでも彼女はカノンにとって身内のような存在だった。
そんな姉のように慕っていた彼女から、カノンは殺されかけた。しかも、フェルツィー神を疑ってかかるようなことを言ったばかりに、ずっとリエに疎まれ、恨まれていたというのだ。
カントリアを出るときは気丈に振る舞っていたが、カノンはずっと泣きたい気持ちでいっぱいだった。いや、悲しいと思っていても、なぜだか涙は出てこなかった。
このまま知らない土地で一人になれば、今度こそ心と身体が離れてばらばらになってしまうのではないか。
だから、せめて。傷が癒えるまでとは言わないが――普段の自分を取り戻すまでは、少しでも自分を知っている人と共にいたい。
「わがままだってわかってる。でも、私……みなさんと一緒にいたいんです。知らないところで一人なんて、怖いの……」
消えかかる、光石。
シェントは新しいものを取り出し、呪文を唱えてからアレグロに言った。
「アレグロだって、一人だったときがあったんだろ? 抜けるってことは、また一人になるのか……?」
シェントはシェントで、記憶喪失だと彼女から打ち明けられたときを思い出していた。
「自分のこともわからないのに、一人でいるなんて……。やっぱり、俺はアレグロを一人にできない」
「わ、私もよ! 誰かを独りにしてまで、みんなといたいわけじゃ――!」
「だが――」
アレグロは反論しかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。自分が離脱することは、カノンの願いを無視することになってしまうらしい。彼女を一人にするも同然だ。
「とりあえず、さ。行けるところまで行ってみようよ、四人で」
シェントが光石を眺めながら独り言のように言う。まるで、誰の返事も聞く気がないとでも言うように。
「俺はまたアルトに雇われたいから、カデンツァまで行くけど。
アレグロだって魔族を探しているんだろ? このほうが楽だと思うし、いつ抜けたっていいから。うん。
あとはカノンのために護衛を――」
「……わかっ、た」
アレグロがぽつりと洩らした。
たしかに、カノン一人だけをどこかに置いていくのはアレグロも気が引ける。
シェントを庇ったために、カノンはカントリアを出る羽目になったとも聞いている。彼もその罪悪感から、カノンを一人にできないのではないか。
それに――アレグロ自身、本当はカノンと同じ想いなのだ。
独りになりたくない。
旅の仲間〈アコルト〉は、幼い頃の記憶がないアレグロにとっての家族でもあった。
共に戦う仲間がいない、心許なさ。
「ねえ」と呼び掛けても返事を返してくれる家族がいない、心細さ。
一人で食べる味のしない食事。襲い来る闇に震えて一人眠る夜。
いっそ死んで、何も感じなくなりたい。それなのに、自分を救ってくれた仲間が、命を絶つことを許してくれない。
だったら、せめて死にたいと願わないようになりたい。
誰かと共にいたい。
そのためには、自分が魔族だと気づかれないようにしなければ。
――そう、騙すことに後ろめたさなど感じなければいいのだ。それに、すでに記憶喪失だと嘘をついているではないか。
「よろしく」
アレグロは観念したように三人に――新しい仲間に――言った。




