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嘘つきたちの協奏曲  作者: ヤマノ鹿子
Ⅰ 旅立ちの前奏曲~プレリュード~
31/60

第六章 嘘つきたちの旅立ち(三)

「どうしてですか!?」


 アルトが信じられないといったふうに尋ねる。

 アレグロはため息を一つついて、彼に問い返した。


「カデンツァへ行って、魔族を探して――もしも魔族がいたら、それからどうするつもりだ?」

「国へ戻って、国王に真実を報告します。場合によっては軍を――」

「魔族相手に、勝ち目は?」

「……そ、それでも! まずはこの目で、魔族がいるかどうか確かめることが、大事だと思うんです!」


 なおも首を縦に振らないアレグロにれたのか、


「アレグロさん、どうして……? 〈アコルト〉だって、アレグロさんの仲間だって、魔族のせいで――」

「おまえに何がわかる!!」


 アレグロの鋭い物言いに、アルトとカノンは身をすくませた。

 シェントはというと、立ったままの三人に対し、おずおずと声をかける。


「とりあえず座ったら……?」


 が、誰もシェントの声など聞こえていないようだった。


「わ――わかりません、アレグロさんが話してくれないと!」


「開き直ったな」と肩をすくめるシェント。


 アレグロは面食らった顔をしていたが、やがて覚悟を決めたように、静かに口を開いた。


「……私には、半年より前の記憶がない」


 シェントはすでに聞いていたことだが、あとの二人は息を呑み、黙り込んだ。

 誰かから言い出したわけでもなく、三人はおもむろに地面に腰を下ろした。

 そして、アレグロはシェントに伝えていたことを二人に話し始めた。


 理由は不明だが、半年より前の記憶を失っていること。

 自分がとあるアンクレットを身に付けていたこと。その銀板プレート刻印マークが〈アコルト〉のものだと、最近になってわかったこと。となれば、自らも〈アコルト〉の一員だったのではないかと思い至ったこと。

 〈アコルト〉を探すため、王都ルーエでの闘技大会に出場したこと。

 そして――〈アコルト〉が魔族によって壊滅したとの噂を聞いていたことも、アレグロはぽつりぽつりと語った。


「――だから、私も魔族を探そうと思っていた。〈アコルト〉のことは、まだ、諦めきれてないが……」

「だったら、なおのこと僕たちとカントリアに――」

「……っ! でも……ううん」


 なんでもない、と首を振るアレグロ。

 記憶喪失というのは、嘘だ。

 ただ、半年前の“あの日”――仲間が自分をかばって殺された日。初めてアレグロは自分が魔族であると知った。魔族であると発覚したが故に、滞在先で殺されそうになったのだ。


 なぜ自分が魔族なのか。それを知るため、アレグロは他にもいるかもしれない魔族を探しているのだった。

 もちろん、「自分は魔族だ」とは口が裂けても言えない。

 アルトたちとカデンツァ王国まで行くほうが、たしかに旅の途中は負担が減るだろう。ただ、自分が魔族であると判明してしまったときを考えると――

 正直、一人での旅を再開する自信がないアレグロは、そうしなければならない状況を作るため話題を変えた。四人でカデンツァ王国まで行くという話さえなくなればいいのだ。


「それに、カノンをカデンツァまで連れていく義理はない。――というより、どこか住めるところを探すほうがいいのではないか?」

「いつかはそうしなきゃって思うけど、今はまだ……」


 何度目になるだろうか、カノンはうつむいた。いまだに涙は一粒もこぼれ落ちない。

 もともと身寄りがない彼女にとって、孤児院だけでなく職場でも一緒だったリエだけが心のり所だった。就職先で再開したときには「お姉ちゃん」とは呼ばなくなったが、それでも彼女はカノンにとって身内のような存在だった。

 そんな姉のようにしたっていた彼女から、カノンは殺されかけた。しかも、フェルツィー神を疑ってかかるようなことを言ったばかりに、ずっとリエにうとまれ、恨まれていたというのだ。


 カントリアを出るときは気丈に振る舞っていたが、カノンはずっと泣きたい気持ちでいっぱいだった。いや、悲しいと思っていても、なぜだか涙は出てこなかった。

 このまま知らない土地で一人になれば、今度こそ心と身体が離れてばらばらになってしまうのではないか。

 だから、せめて。傷が癒えるまでとは言わないが――普段の自分を取り戻すまでは、少しでも自分を知っている人と共にいたい。


「わがままだってわかってる。でも、私……みなさんと一緒にいたいんです。知らないところで一人なんて、怖いの……」


 消えかかる、光石こうせき

 シェントは新しいものを取り出し、呪文チューンを唱えてからアレグロに言った。


「アレグロだって、一人だったときがあったんだろ? 抜けるってことは、また一人になる・・・・・・・のか……?」


 シェントはシェントで、記憶喪失だと彼女から打ち明けられたときを思い出していた。


「自分のこともわからないのに、一人でいるなんて……。やっぱり、俺はアレグロを一人にできない」

「わ、私もよ! 誰かを独りにしてまで、みんなといたいわけじゃ――!」

「だが――」


 アレグロは反論しかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。自分が離脱することは、カノンの願いを無視することになってしまうらしい。彼女を一人にするも同然だ。


「とりあえず、さ。行けるところまで行ってみようよ、四人で」


 シェントが光石を眺めながら独り言のように言う。まるで、誰の返事も聞く気がないとでも言うように。


「俺はまたアルトに雇われたいから、カデンツァまで行くけど。

 アレグロだって魔族を探しているんだろ? このほうが楽だと思うし、いつ抜けたっていいから。うん。

 あとはカノンのために護衛を――」

「……わかっ、た」


 アレグロがぽつりと洩らした。

 たしかに、カノン一人だけをどこかに置いていくのはアレグロも気が引ける。

 シェントをかばったために、カノンはカントリアを出る羽目はめになったとも聞いている。彼もその罪悪感から、カノンを一人にできないのではないか。

 それに――アレグロ自身、本当はカノンと同じ想いなのだ。


 独りになりたくない。


 旅の仲間〈アコルト〉は、幼い頃の記憶がないアレグロにとっての家族でもあった。

 共に戦う仲間がいない、心許なさ。

 「ねえ」と呼び掛けても返事を返してくれる家族がいない、心細さ。

 一人で食べる味のしない食事。襲い来る闇に震えて一人眠る夜。

 いっそ死んで、何も感じなくなりたい。それなのに、自分を救ってくれた仲間が、命を絶つことを許してくれない。

 だったら、せめて死にたいと願わないようになりたい。

 誰かと共にいたい。

 そのためには、自分が魔族だと気づかれないようにしなければ。

 ――そう、騙すことに後ろめたさなど感じなければいいのだ。それに、すでに記憶喪失だと嘘をついているではないか。


「よろしく」


 アレグロは観念したように三人に――新しい仲間に――言った。

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