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嘘つきたちの協奏曲  作者: ヤマノ鹿子
Ⅰ 旅立ちの前奏曲~プレリュード~
30/60

第六章 嘘つきたちの旅立ち(二)

 人々もさすがに壁の外までは追ってこなかった。このまま王子のあとを追えば、表門ではなく適当なひび割れから外へ出ることになるのだ。たとえ町からわずかな距離のところでも、町の住民にとってはまったく未知の土地である。彼らにとっては恐ろしいところに感じられるだろう。


「…………」


 アルトは後ろを――カントリアのほうを振り返って悄然しょうぜんと立ち尽くしていた。その隣でカノンも途方に暮れたように壁を眺めている。アレグロはそんな二人の後ろ姿を離れたところから見つめていた。

 そして、シェントは予期せぬ人物に出会った。


「ダシュティ!」


 魔物コルス討伐とうばつを加勢してくれたダシュティが、金髪を一つに結った青年と、利発そうな眼鏡の女性と共にいたのだ。どうやってこの壁の裂け目を見つけたのかは知らないが、彼らも表門から出るのは諦めたのだろう。


「ヤァ、さっきは大丈夫だったー?」


 どこか捉えどころのなさそうな青年が片手を上げて言った。

 とはいえ、シェントには彼と会った覚えがない。誰何すいかを問おうとしたとき、カノンが青年のほうを向いた。


「あなたはさっきの……さっきはありがとうございました」


 カノンは礼を述べたが、軽く頭を下げたその態度には心がこもっておらず、礼は形式的なものであった。カノンにとっては命の恩人であり、彼のおかげでリエとはぐれずに済んだのだが――彼女と別れてしまった以上、自分が助かったことなどどうでもよくなってしまったのだ。


「ダシュティ、無事だったんだな。あちらの二人は仲間です?」

「ああ。〈ダストガ〉の二人だ」


 どうやらダシュティは〈ダストガ〉という旅集団に属しているらしい。

 ダシュティは傭兵然とした風貌だが、金髪の青年のほうはサーカスの団員のような珍しい服装をしている。紫の上着の袖は喇叭ラッパ状に大きく広がり、白くてぴったりとしたズボンの腿の部分には、小さなポーチがいくつも巻き付けられていた。

 あおい――角度によっては黒にも見える――ショートヘアーの女性は、年の頃なら二十前半、青年と同年代に見える。彼女も彼女で、あまり戦えるようには思えない。白いブラウスと緑のタイトスカート、黒のブーツ、そして黒縁の四角い眼鏡という服装で、とにかくお堅い人物に見えた。

 ダシュティと違って特段強そうには見えない二人だが、パーティーを組んで旅している以上、彼らは彼らで特殊な技でも持っているのだろう。


(ん?)


 シェントは軽く首を傾げた。ダシュティが茶色の双眸そうぼうで何かをじっと見つめていたのだ。

 彼の視線を辿たどってみると、そこにはアレグロの姿が。


(おいおい、たしかにアレグロはかわいいけどさ? 何歳差だよ)


 変に早とちりしたシェントが一人勝手に肩をすくめる。

 そのダシュティがアレグロに問う。


「――君、〈アコルト〉の者か?」


 場の空気が一瞬にして変わった。

 空気が凍りついたような、薄いガラスにぴしりと亀裂が走ったような――

 というのも。


「私を、知っているの?」


 アレグロは刀を抜いてすらいない。うつむき、一言尋ねただけだ。

 ただのそれだけでシェントの全身が総毛そうけった。

 彼女と初めて会ったとき――森でカタナを突きつけられたときでさえ、ここまで明確な殺気は感じられなかったというのに。返答次第ではダシュティの首が飛ぶのではなかろうか。


「い、いや。昔――といっても一年ほど前、〈アコルト〉の一人と、グランって男と飲んだことがあってな。そのときに、娘のようにかわいがってるのがいると聞いていて、特徴が似ていたから、それで――」


 ダシュティは口早に答えながら二、三歩後ずさった。

 アレグロが無言のまま、一瞥いちべつをくれるだけで彼に続きをうながす。


「それで、〈アコルト〉が魔族にやられたと聞いていたんだ」

「ダシュティ!」


 思わずシェントはダシュティの前に出た。一瞬、力づくででも黙らせようかと考えたほどだ。

 〈アコルト〉が壊滅した噂はルーエの酒場でも耳にした。実のところ、それ以前から知っていたことだ。

 だが、アレグロから記憶喪失だと打ち明けられたとき。そして〈アコルト〉を探していると聞いたとき、シェントはその噂を彼女に明かせなかった。自分が誰かを知る唯一の手がかり――彼女にとっての希望を奪うことになるから。

 そのアレグロが、か細い声で呟いた。


「……知ってる」

「え……」


 全く予想していなかった言葉に、シェントは心臓をわし掴みにされたような気がした。

 アレグロのためを思っての言動とはいえ――シェントは真実を知っておきながら、彼女に黙っていたことになる。


(隠してたことがバレたも同然じゃねえか、今の俺……)


 そういえばアレグロはずっと魔族のことを気にしていたようだった。ルーエの酒場で二度目に会ったときも、アダージョで一泊した夜も。

 〈アコルト〉壊滅の噂を知っていたというのなら、彼女が魔族の情報を求めていたのにも納得がいく。


「それで?」


 アレグロがダシュティをじっと睨む。


「あ、ああ……災難だった、な……」


 ダシュティはそれだけ言うと、あとの二人を引き連れて逃げるようにこの場から去っていった。







「いやァ、災難だったネ、ダシュティ?」


 ダシュティの横を歩く青年、トルクがからかうように言った。そして、


「そっかァ、〈アコルト〉の生き残りかァ。だったら、あの子がそう・・なんじゃナイ?」

「『そう』って……何がだ?」


 首を捻るダシュティに、トルクは簡単な問題クイズを出題するかのように続ける。


「〈アコルト〉は魔族にられたんデショ?」

「噂だがな」

「じゃあサ、どうしてあの子一人だけ・・・・が無事なのカナ?」




   ♪ ♪ ♪




 カントリアを出てすぐのところには林が広がっていた。

 木々の隙間から差し込む光も弱まって、辺りが闇に支配され始めた頃。野宿を決めた四人は少しひらけた場所に座り、蝋燭ろうそくほどの光の光石こうせきけた。

 ちなみに、魔獣の目をあざむくため、野営地を決める途中で照度の高い光石を投げ捨てておいた。魔獣は人間を恐れないどころか、排除しようと攻撃をしかけてくる。林のなかで明るい場所があれば、人間が野営していると勘違いしてそちらへ行くはずだ。


「さて、と。問題は山積みだな……」


 シェントは光石に照らされた一同の顔を見回した。

 思い詰めたようにうつむき、地面をにらんでいるアルト。

 顔を上げてはいるが、どこかぼうっとした様子のカノン。

 アレグロはいつも通りの無表情に見えるが――彼女も、もともとは感情豊かだったのではないか、とシェントはここ数日で思うようになった。

 その彼女がアルトのほうを見て口を開いた。


「まずはアルトの依頼からではないか? 本来ならば明日、カントリアに迎えが来るはずだったのだろう?」

「たしかに。アルト、次の合流地点ってない?」

「万が一を考えて、あるにはあります……」


 膝を抱えたままアルトが呟くように答えた。


「じゃあ、まずはそこに行こう。あとで詳しく聞かせてくれ。

 カノンもアルトについていって近衛兵に守ってもらえれば、それがカノンにとってもいいとは思うけど――カノンはどうしたい?」

「私……まだ先のこと、あまり考えられなくて……これからどこに住むかとか……」


 カノンが静かに言葉を紡ぎ、そして悲痛な表情で言った。


「とにかく、一人にはなりたくないの……」

「――っ!」


 沈鬱な空気に耐えかねたのか、アルトが勢いよく立ち上がる。


「カデンツァ王国に、行ってみませんか」

「なんだって……?」

「……魔族がいると噂の?」


 思わず聞き返すシェントとアレグロ。


「だって、実際に行ってみないとわからないじゃないですか!」


 彼にしては珍しく、声を荒げて続ける。


「魔族がいるとか、いないとか! 自分の目で確かめてみないと、僕はどうしたらいいかわからないんです……!」

「『どうしたらいいか』って、アルトは王都ルーエの外へ逃げ――避難するんだろ?」

「僕だけ逃げるなんて嫌なんです!! 僕だって、この国のために何かしたい! 何かできることが、あるはず……なんです……」


 言葉尻が弱くなったのは、息巻いたことが恥ずかしくなったからか。実際に行動するにあたって、やはり自分に自信が持てないからだろうか。


「……私も、カデンツァに行きたい」

「カノンさん……」

「皆さんが行くのなら、私も連れていってほしいんです。お願いします……!」


 アルトに真っ先に同意したのはカノンだった。彼女は立って深々と頭を下げた。


「アルト。それって、俺とアレグロをカデンツァ王国まで雇ってくれるってことか? 俺はそれでもいいけど、まあ、アレグロ次第だな……」


 言いよどむシェント。

 その横で、アレグロが腰を上げて言った。


「私はここで抜けさせてもらう」

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