表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきたちの協奏曲  作者: ヤマノ鹿子
Ⅰ 旅立ちの前奏曲~プレリュード~
12/60

第二章 意外な依頼者(七)

 一行はほろに覆われた荷台で、中身のわからない木箱と共に揺られていた。

 昨日のような乗合馬車では、いつアクアレルにぼろ・・が出るかわからない。そこでリベラへ向かうという商人に頼み込み、荷馬車に乗せてもらったのだ。


 晩夏とはいえ幌の中は蒸し暑い。昼間であればなおさらである。

 膝を抱えてじっとしていたアレグロが、恨めしそうにシェントを見つめた。


「お前が寝坊したから」

「ほんとスミマセン、朝は苦手なんだ。低血圧ってやつ?」


 気怠げに弁解したシェントは、木箱に背を預けて天を仰いでいた。青空でも見られれば気分も少しは晴れるのだが、視界に広がるのは薄汚れた緑の幌布。


「でも、夕方までには着くと思いますよ。ここからリベラまではそう遠くないですから」

「それはそうだが――アクアレルこそ、昨日は眠れたのか?」

「僕ですか? ええ、ありがとうございます」


 穏やかに笑うアクアレル。

 アレグロがアクアレルを気遣っているのも、どちらがベッドで寝るか一悶着あったからだろう。

 当然、アレグロは雇い主であるアルトに譲ろうとしたのだが――


「床で寝るって言って聞かなかったもんなあ」


 シェントは水筒を取り出し、水を一口飲んだ。


「女性を差し置いてベッドで寝るなんて、僕にはできません!」

「私は慣れているから」

「そ、そんな……慣れてるだなんて……」

「だって俺たち旅人だし」

「シェントさんは黙っててください!」


 昨晩も似たような言い争いが起き、根負けしたアレグロがベッドで寝ることになったのだ。


「もう一部屋取れればよかったのだが……」


 アレグロの言葉にシェントは大きく頷いた。彼女と別室であったなら、シェントは快適な眠りにつけていただろう。

 昨晩、当の彼女に眠れない理由を聞かれ、シェントは枕が合わないと嘘をついた。それを鵜呑みにしたアレグロが、あろうことか自分の枕を差し出してきたのだ。

 もちろんシェントに使えるはずもなく――彼女がベッドへ戻ったあと、シェントは渡された枕を遠くへ追いやって横になった。けたアレグロを抱き止めたときの感触を思い出さないよう、きつく目を閉じて。

 アレグロの身体は想像よりもさらに小さく、受け止めたときの衝撃もほとんど感じなかった。抱き止めようにも腕の中で消えてしまうのではないか、と有り得ない心配をしてしまったほどだ。


「また思い出してんじゃねえか!」

「ど、どうしたんですか?」


 前触れなく頭を抱えたシェントを見て、アクアレルが怯えるように身を小さくする。


「なんでもない」


 再び水筒に口をつけたシェントは、


「そういえば、お二人のご出身はどちらなんですか? どうして旅を?」

「げっほ!?」


 アクアレルの言葉に盛大にせ返った。


「え、ええっ!?」


 本当にどうしたんですか、とアクアレルが慌てて背中をさすってくる。


「あー、悪いな。はは……」


 咳が落ち着いたところでシェントはアレグロを一瞥いちべつした。

 彼女は苦笑すら浮かべていなかった。取り繕ったような無表情のまま、シェントと視線を合わせようともしない。みっともなくせた自分に引いたわけではない、とシェントは思うことにした。というか思いたかった。

 おそらくアレグロもきゅうしているのだろう。アクアレルの素朴そぼくな疑問に、どう答えたらいいのかわからずに。

 武闘大会に出場した理由については彼女の口から聞いている。人を探すためだった、と。しかし出自まではシェントも知らない。気にならないと言えば嘘になるが、当の本人に話すつもりがないのなら。

 シェントは水筒をかたわらに置くと、


「俺が住んでたのは小さな国で、これといった名物もなかったな。それと、『どうして旅を』だったか? 家を追い出されただけだよ、俺は」


 深く聞かれるのも面倒に思い、一気に吐き出した。


「俺さ、養子だったんだ。だけどその家にはもともと跡継ぎがいたし、俺のあとにも一人生まれたし。べつに俺なんていらないんじゃないかなあって、思ってたんだけど。まさか本当に追い出されるとはなあ」


 シェントはまるで他人事ひとごとのように旅に出た理由を語った。

 グラツィオーソ王国はあらゆる面においてダル地方一を誇る大国であり、特に貿易都市のリベラには各地から商人や観光客が集まる。この国で旅人の姿を見かけることは珍しくなく、国民の中には自由気ままな旅に憧れを抱く者もいるだろう。

 しかし、望まずに旅に出る者も大勢いるのが実情だ。アレグロが旅の理由を話さないのは、言えない・・・・からかも知れなかった。


 国によっては極刑として国外追放を言い渡すところもある。国の外ではいつどこで魔獣に遭遇してもおかしくない。準備する暇もなく外の世界に放り出されてしまっては、魔獣になぶり殺しにされるしかないのだ。

 幸い、罪人ではないシェントには時間があった。科術かじゅつ使いの師もつけてもらえたうえに、書物から知識を得るような余裕もあった。

 裏を返せば、家を追い出されることは前々から決まっていたことになるが。


「せっかくだから、あちこち見て回ろうかなって。そのうちどこかに永住できればいいんだけどな」

「そうだったんですか……すみません、知らなかったとはいえ……」

「何が?」


 シェントはアクアレルに先を言わせないよう、あえて明るく聞き返した。謝られるようなことでもなかったが、反対の立場だったらシェントも詫びの言葉を口にしていただろう。


「え? ……なんでもない、です」


 シェントの真意に気づいたのか、アクアレルが口をつぐんだ。

 それからリベラに着くまで、馬車の振動音だけが響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ