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旅人物語(仮)

旅人の荷物

作者: 水尺 燐

 ねえ?と私は彼に尋ねた。

 彼は「何?」という表情を浮かべて私に顔を向けた。

「どこまで行く?」

 私の言葉に彼は笑顔を浮かべた。

「どこまでも」

 その答えに私は嬉しさ半分、寂しさ半分を感じた。

 彼と出会って一緒に歩いて、もう大分経つ。


 出会いは偶然だった。


 何気なく歩いていた道の途中で彼と出合い一緒に歩いている。

 私は歩きながら彼に尋ねた。

「どこへ行くの?」

 私の言葉に彼は、まるで少年が自分の夢をもったいぶる様に逆に尋ねた。

「キミはどこへ行くんだい?」

 目が輝いている様に見えた。

 まぶしいと私は思った。

「決めていないわ」

「ボクも決めていないんだ」

 私の言葉に彼は同じなんだと笑いながら言った。


 何故だろう。

 彼と一緒にいると楽しいと思うようになる。


「どうやら、ボク達は目的地を決めていないみたいだ。どうだい、しばらく一緒に歩かないかい?」

 私は驚いて彼の顔を見た。

 彼は私に笑いながらその理由を言った。

「ボクもキミも旅人だ。それなら一緒に歩いてもいいかなと思ったんだ。正直に言うと、ずっと1人だから話し相手が欲しいんだ」

 彼の答えに私は笑ってしまった。

 素直だ。

 確かに1人でいると人に飢えてしまう。


 話し相手が欲しくなる。


 話を聞いてくれる相手が欲しくなる。


 一緒にいて欲しいと思うようになる。


 だから彼は歩きながら身振り手振りで笑みを浮かべながら話す。


 これまで立ち寄った場所の話。

 生活の違いに驚いた話。

 旅の途中で起こった出来事(アクシデント)の話。

 私がまだ見たことのない風景の話。


 明るい。


 輝いている。


 まぶしい。


 私とは正反対。



 ねえ?と彼が私に尋ねた。

「どうしてキミの荷物はそんなに多いんだい?それに、一杯入っている」

 私は息苦しさを感じて荷物という荷物を抱き込んで、小さく呟いた。

「色々と入ってるの……」

「色々?」

 顔を俯ける。胸が締め付けられる感じがする。

「思い…出……」

 口に出すのが辛い。言葉にするのも辛い。

 きっと笑う。

 たくさんの荷物に一杯入っている正体が思い出なんておかしい。


「思い出か……」

 彼は残念そうな表情を浮かべた。

「ボクの荷物にも思い出が入っているんだけど、キミみたいに一杯入ってないんだ」

 彼は笑わなかった。むしろ、羨ましいという表情を見せる。

「キミの思い出はきっと楽しい思い出なんだろうね」

 彼の言葉に私は首を横に振った。

「ここに入っている思い出は全部辛い思い出だけよ」

 そう。辛い思い出しか入っていない。


 暗闇を歩いた思い出。

 雨風に打たれた思い出。

 夢にまで見た場所に行って裏切られた思い出。

 炎に燃やされ周りに何もかもなくなってしまった思い出。


 恐怖


 損失


 疑惑


 虚無


 無力感


 もしかしたら楽しいと思えたこともあったかもしれない。

 だけど、たくさんある荷物の中身は私の辛い思い出しかないように思う。

 彼と一緒にいると楽しいと思う。

 だけど、それだけ。思い出の片隅にすら留まらないだろう。


「それなら、キミの荷物を少しボクに譲ってくれないかい?」

 彼は私の前に立つと手を差しのべた。

「キミ1人で背負うには重すぎる。ボクにも少し分けてくれないかい?」


 彼の言葉に私は首を横に振った。

 これは私の荷物。私が背負い続けなければならない。


「荷物って言うのはね、重くなりすぎると背負いきれなくなるものさ。いくら工夫をしても人一人が背負える量は限られている」

 そう。だから工夫をして背負っている。可能な限り背負えるまで。

「背負いきれなくなるとどこかに置くしかない。だけど、ボク達は旅人だ。持ちきれない荷物は捨てるしかないけど、キミはそれが出来ないから背負っているんじゃないのかい?」

 そう。捨てたくないから背負っている。


「キミはそれでいいのかい?」



 彼の言葉に私は頭の中で何度も呟いた。


 それでいいのかい?

 それでいいのかい?

 それでいいのかい?


 何度も思った。捨てようと思った。だけど、出来なかった。

 捨てたらそれらが私を引っ張る感じがして、その感覚が嫌で捨てられない。


 置いて行かないで


 捨てるの?


 無責任


 臆病者!


 卑怯者!


 そんな言葉が響きそうで恐い。

 恐い。恐い。恐い。恐い。


 誰かに言いたい。

 聞いてほしい。

 だけど言えない。恐くて言えない。

 ずっと思っていた。

 これを誰かに言えたらどれだけ楽になれるのかと。

 だけど言えない。助けてなんて言えない。

 助けて。助けて。助けて。助けて。


 助けて……


「キミは十分以上に頑張ったんだ。だからもう、自分を責めるのはやめた方がいい」

 そう言って、彼は優しく私を抱きしめた。

「ボクがキミを許すよ」


 私は溢れ出す涙と共に大声を出して泣いた。

 まるで、せき止められていた感情がここに溢れているようだ。

 止めようとは思わない。

 聞きたい言葉を聞いた。

 ずっと聞きたい、聞かされたいと願っていた言葉を聞いた。

 許す。この言葉だけでいい。

 私を縛り続けていたのは私なのだから。

 縛ったのも私。誰かに許してほしい。そう願って縛られ続けていた。

 どんなに苦しくても、辛くても、私が呪縛から解放されるのは、誰かから許されるしかないのだから。


 そして私は、彼に許されて解放された。



 私と彼の目の前には道がある。

 分かれ道。

 道標にはしっかりと行き先が書かれた看板と文字が薄くなって読みにくい看板の2つがある。

 私は彼に尋ねた。

「どうする?」

 私の言葉に彼は既に決まっているという様子で直ぐに答えた。

「ここでお別れだ」

 薄々と感じていた。彼とはこの分かれ道で別れることを。


 彼はきっと光なのだろう。


 明るい光。


 どこまでも輝く光。


 まぶしすぎるくらい輝いている光。


 私を照らしてくれる光。


 彼は私に道を示してくれた。

 私が前に進み出す為の道を。


「キミは勘違いをしていないかい?」

 まるで私の考えを読み取ったかのように彼が私に言った。

「ボクはキミの光じゃない。影なんだ」


 私は彼が何を言っているのか分からない。

 光じゃなく影?

 あなたは苦しんでいる私を助けた。

 あなたは私にとって光……


「違うよ。ボクは影で、キミが光なんだ」

 戸惑う私に彼は当然のように言う。

「ボクが背負うはずだったモノをキミがずっと背負い続けてしまったんだ。それをどうにかしたかったんだ。ずっと背負わせてしまってごめん」

 彼は頭を下げて謝った。


 誰かに許してほしいとは思っていた。けれど、謝って欲しいとは思わなかった。

 だって、背負うことを選んだのは私だから。


「だけど、長い間キミに背負わせてしまったのはボクだ。何もしなかった。見ていただけ。今になってキミに手を差し出したんだ。」

 それでもいい。だって、あなたが私を助けてくれた。

「ボクは、キミから光を奪ってしまった。輝きを奪ってしまった。ボクはキミからたくさんのモノを奪ってしまったんだ」

 あなたが助けてくれたから私は救われた。


「自分を責めるのはやめて」

 私は彼の頭を優しく抱き込んだ。

「私はあなたに救われたの。あなたが救ってくれたの。ありがとう。」

 感謝の言葉。心の底から言い出された言葉。

 助けてくれた者にかける感謝の言葉。

「ボクを許すのかい?」

 彼の言葉に私は頷いた。

「あなたが辛くなった時は、今度は私があなたを助ける。あなたを支える。光になる。あなたがあなたである為に」

 そして、私は行く道を決めた。


 私が行く道は文字が薄くなって読みにくい方の道。

 この先に何があるのか分からない。

 だけど、それでいい。

 今の私は何も分からない道へ恐怖を抱いて進む怖さがない。前へと歩む力がある。

 道がないなら自分で道を作って進めばいいのだから。


 私は彼に笑顔を浮かべた。

「だから、また会いましょう」

 彼は静かに、嬉しそうな表情で頷いた。


 そして、私と彼は別々の道を歩いた。

 振り向かなかった。振り向こうとも思わなかった。

 会う予感がしているからだ。次に会う時は私が助ける番なのだと私も彼も薄々と感じている。


 私は軽くなった荷物の重みを感じながら、彼は重くなった彼の荷物の重みを感じながら旅を続けた。


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