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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛の行方

作者: 曾良

タグにあります通り、グロテスクな描写があります。もし、苦手な方でしたら見ることはお勧めしません。

 愛とはなんなのだろうか。それを思い浮かべた時、真っ先に脳裏を過ったのは黒く、濁った狂気であった。

 昔の私ならば、開口一番に高校時代の甘い青春であると声に希望と羨望を織り交ぜて断言していたに違いない。穢れというか、この世の汚さというか、自分自身のことにすら気付いていなかった頃の私だ。なんと綺麗で真っ白な世界なのだろう。一般的にいえば毒されているのは今の私なのだろうが、私からすればあの頃の私が毒されていたしか思えない。なにせ、現実を認識せずに育ってきたというのは今の私からすれば恐るべき異常性である。子供の無邪気さはある種の毒だ。大人になるというのは、その過程でその毒が薄れ現実を徐々に認識していくのかもしれない。成長とはその無邪気という毒に対する解毒作用があったのだ。

 驚きの発見だが、今時煙草やら酒やら麻薬やらの傍からその内容を聞けば毒ではあるまいかというものを、娯楽として人々が売買する世の中だ。私が声高らかに無邪気とは現実を認識させない麻薬のようなものであると言ったところで、一部の者の開き直りに少しばかり理由が付け足される程度だろう。むしろ、付け足されてくれた方が無視されるよりも、幾分マシである。

 

 星々のちっぽけな輝きを木々の隙間から見上げながら、私は唸った。そして、またしばらくして私は星から目を逸らした。改めてスコップを握り直し、より深く突き刺し土を掘り起こす。もう山に来てこうやって土を掘り起こすのは、何度目なのだろうか。最初に来た時は無謀にも普段着で来てしまって、折角の服を泥だらけにして帰ったことだけは覚えている。しかし、今となっては慣れたものだ。疲れた時には足元に転がるこの白い頭骨を見て、彼女たちの絶叫と許しを乞う声を思いだしては愉悦に浸る。そうすると、疲労するどころかどこからともなく力が湧いてきて作業が捗った。そして、最後に彼の笑顔を思いだし身悶えながら、その彼に擦り寄っては下品な笑みと脂ぎった体で誘惑しようとした女の成れの果てをそこへ落とし込むのだ。

 この時に感じるのは快感というよりむしろ、不快なものに近い。私がこれまで処分してきた女達が彼にしてきたことを思うと怒りや憎しみが坩堝となって、胸中で渦巻くからだ。それからせっせと土をかぶせ、元通りにすると私はいつものように山を下っていく。私の家が山の麓にあるのは、好都合だった。女たちを部屋に呼べば、誰にも気づかれずに山へ行くことが出来るし、帰ってくるときも同様である。この立地のおかげで、私は彼の一番になれたのだから感謝しなければならない。邪魔な女を殺し、ようやくあの場所にたどり着いたのは一年前だ。だが、正式な恋人というとはまた違う。仲の良い友達、友達以上恋人未満ななんとも甘酸っぱそうな関係。傍から見れば、昔の私が思い描いた青春がまさに展開しているように見えるだろう。だが、現実はフィクションのようにはいかない。ここに至るまでの過程で、随分と多くの血が流れてしまった。私は血に汚れ、彼との関係はかつて馳せた清いものではなかった。

 だが、満足はしていた。彼から向けられた笑顔や言葉は、私の唯一の生きている理由であった。お弁当を作り、それを美味しそうに食べてくれる彼の姿を見た時は無上の愛を感じたものだ。


 次の日、学校へ行くと例の女が登校していないとクラスがざわついていた。そして、その視線が一斉に彼へと突き刺さった。彼がびくりと肩を振るわせる。可哀想に、こうやってまた人の悪意に晒されて怯える毎日を過ごすのだろう。

 彼は最初の頃は運動も成績も抜群で、顔も上級であるということから女子に甚だしい人気があった。田舎の学校だから、そういう男子が一人でもいると大抵の女子はそちらへ夢中になってしまうのだ。となると、私もその羽虫のような連中と同じだったかというと、少々事情が違う。彼と出会ったのは高校に入ってすぐで、初めて言葉を交わしたのもそのすぐ近くだ。しかし、今のような仲になるまで二年とかかった。訳は言わずもがな、羽虫のような女どもを排除するのに手間取ったからだ。

 そうしていくうちに、ある奇妙な噂がたった。内容はごく普通な都市伝説のような、学校の七不思議のようなもの。だけど、その噂の対象となったのは彼だった。彼に言い寄った女は、もれなく殺されてしまうという大層なオチもなければ、面白みもない噂である。現実にその噂の正体は彼に言い寄る女を排除しようとした私だ。自分のことがまことしやかに噂されることに対しての感慨は特にない。しょうもない噂の真実を知っている身としては、そんなことを一々盛り上がることが出来る彼ら彼女らがおかしいようにみえた。

 私としてはその噂が私ではなく、彼に集まったのは僥倖であった。嬉しい誤算とでも言うべきか。その頃の私は既に三人もの人を殺めていたものの、なおも群がる羽虫共に嫌気がさし始めていた。彼への思いは変わらなかったのだが、もっと一つ一気にあれらを駆除できないものかと頭を悩ませていたのである。そこへ噂がたった。最初はものともしていなかった羽虫も、その後に一人が行方不明となると途端に戸惑い始めた。いい気味だった。その後は気味悪がって、女達は近寄らなくなった。そうなった後、私は悠々と彼に近づいた。彼には親しい男の友はいない。理由は知らないが、入学当初から女性に人気なだけあって男子からの嫉妬は凄まじいものがあったのでそれが原因かもしれない。そう言う彼だから、女子からの人気がなくなると噂の助けもあって、一人孤立していた。

 見るに堪えないほど衰弱した彼を見て、私は自分勝手な想いであると自覚しながら、可哀想にと感じてしまった。こんな風に陥れたのは自分だろうに、と自嘲しながら私は彼に優しくした。当初は噂のこともあって彼も乗り気ではなかったが、私の身に何も起きなかったことが幾日も続くと次第に彼も私との話に興じるようになっていた。

 

 そうしているうちに歳月は瞬く間に過ぎていき、ついに卒業式が終ってしまった。最後のホームルームだので教師が何やら言っているが興味はなかった。進路が社会人としての生活が大学では、というどうでもいいことよりも私には死活問題があった。それは高校を卒業してしまったら、私と彼を結ぶ唯一の接点がなくなってしまうということだった。恋人同士でなかったから、学校以外では話すこともなかったし、会うこともなかった。

 故に私がこの学校というコミュニティから抜けて出してしまうと、今の私が彼へ向けている愛が行き場失ってしまうのである。ある人に話せば諦めて他の者を愛せるようになれというだろうが、それではダメなのだ。一度抱いてしまった愛は人間には重すぎる楔となって、心を縛り付ける。愛が保たれたまま、愛を受け止める器を失うと、それは醜悪な化け物になって人間を襲う。

 そうなってはいけなかった。私はあの男のようにはなりたくない。

 私の実の父は私が中学の頃、失業した。勤めていたのはそこまで大きくない中小企業だったのだが、経営が悪化し倒産してしまったらしい。突然の出来事だったが、家計としてはそこまで苦しくはなかった。母が共働きで出ており、稼いで来る金額はこちらの方が上だったからだ。しかし、父親の分まで母が働くようになって、家では母を見かける時間が少なくなっていった。同時に父への愛想が尽きていっているようにも見えた。

 その頃からだろうか、父がおかしくなっていたのは。

 結婚という愛を固定し、一定の受け皿を得た状態で受け皿が失われるのは稀である。愛がある状態で、受け取ってくる器だけがなくなるというのは特殊で、普通であるならその双方が失われるのが結婚という状態を破棄するに至るまでの夫婦の状態であろう。だが、父は母をこの上なく愛していた。だから、その愛の行き場を失って徐々に父の理性は崩れていったのだ。

 事が起きたのは私が中学三年の夏休みに入ったばかりの頃だった。その日は一段と母の帰りが遅かった。私がいつものように寝室で寝ていると、ごそごそという物音がして目が覚めた。寝ぼけ眼で捉えたのは父の影で、その影は私の上に跨ると徐に身体を弄りだしたのだ。私はぎょっとした。何が起こったのか理解できず、そこにいたのが父であると理解していながらも、恐怖心からか体が金縛りにあったかのように硬直していた。この夜、私は実の父と一線を越えたのだった。

 私はその光景を父の下で夢心地で見ていた。これは夢だと思うことで心の平常心を保とうとしたのかもしれない。そして、次の日起きた時、やはり夢だったと自分に言い聞かせた。

 だが、父は次日もやってきては私の身体を弄り、自分の欲望をぶつけてきた。時には母の前でも、その行為は行われたが、母は世間体を気にしてか無視するように仕事へと没頭した。勘の良い人だから、きっと父の行為の原因に気付いてしまったのだと思う。だから、逃げてしまったのだ。

 今思えば、あの時父は自分に愛想尽した母と私を重ねてしまっていたのだろう。母へと向けられていた愛が器を失って暴走し、母の現身のような存在である私が変わり身として選ばれたのだ。

 だが、その毎日も長くは続かなかった。私は回数を重ねるごとにこれが夢だという感覚が薄れていき、次第に父の行為が私の中で現実を帯び始めたのだ。父の狂気じみた愛は黒く、濁っていた。私は愛に穢され、汚され、壊されたのである。

 ある日、父がいつものように寝室へやってきたのを見計らって、私は隠し持っていた包丁を父の喉元に突き立てた。父は目を剥いたが喉を一突きに穿たれ声を出せず、また一気に大量の血を私や布団にぶちまけていたため、すぐに力なく倒れたのだ。その後、私は今まで父に貫かれた回数分、何度もその顔や体に包丁を振り下ろした。滅多刺しにされその原型すら留めないほど父が壊れてしまった頃、母が帰宅しその惨状を見つけ、声にならない悲鳴を上げたのだった。

 一般的な常識に照らし合わせれば、母は警察にすぐさま連絡すべきである。だが、彼女も父の行為を知っておきながら、見て見ぬふりをしたという後ろめたいものがあった。いわば共犯者なわけである。逃げられるわけがなかった。

 父の遺体を山で処理したことで、母は二犯の犯罪者となり私に逆らえなくなった。その後は例の如く、羽虫のような女どもの処理を手伝ってもらっている。とはいえ、母のことは恨んではいなかった。むしろ、感謝しているぐらいだ。遺体の処理は手伝ってもらっているし、朝夕の食事だってある。あの事件の後、母は働くペースを以前に戻しより多くの時間を私と過ごした。そうすることで、事件が外部に漏れる可能性を減らしていたのかもしれない。

 父への感情はいまだに憎しみや怒りとも似ても似つかないものだった。無感情にも近い当時とは違い、今ではそのことを思い出すだけでも全身に寒気が奔る。感情すら抱くのを拒絶しているのだ。

 だが、このままでは私はその父と同じ道を歩んでしまう。間違いを犯してしまう。

 どうすればいい。そう悩んでいる私の前に現れたのは彼だった。彼は最後のあいさつに来たという。友達もおらず、誰も近寄ってこない彼としては私以外に話しかける相手がいなかったのだろう。周りを見ると、別れを惜しむ生徒達がなんとも安い涙を流していた。

 不意に私の中で狂気が蠢いた。どろどろとした愛が、私に囁き脳に響かせた。

 名案である。私は思った。それならば彼がおらずとも、私の愛を保たせ器も失わない。あの男のようにはならないで済む。

 私はすぐさま実行に移した。

 今日私の家に来ないか、と。


 彼は突然の誘いに訝しんでいるようだったが、家に来ることは了承してくれた。私は喜びを隠すことなく、その道中は今にもはしゃぎ出しそうなテンションだった。今日、ついに私と彼は一つとなるのだ。この日のために何日も待った。何人もの人間を排除した。その苦労がついに報われる時が来たのだ。

 母はいなかった。






 その後、帰宅した母が私を見て愕然とした表情をした。それは以前、父を殺した私を見つけたときに浮かべていた表情に似ていた。

 私がおかえりと言うと、母は我に返ったようにただいまと言った。それがあまりにもぎこちなく可笑しかったので、私は思わずどうしたのと尋ねたのである。

 母はのろのろと腕をあげ、私の顔を指さした。私はそこでようやく母が何に戸惑っているのか理解した。私は大丈夫だよ、と答えたが母はさらに青ざめる。

 変なお母さん、と笑いながら私は手に持ったそれをさらに齧った。柔らかな表面と裏腹に歯ごたえ充分の肉質と溢れてくる汁。何よりその汁がすごい。一噛みすると、まるで水道管が破裂したように一気に噴き出してくるのだ。私はこれを一滴も零さないように苦心していた。おかげで今や口周りはその汁でべとべとだ。母が帰ってくるまで八時間以上あったのだが、まだ五分の一は残っていた。急ぎ足でも全てを平ぎるにはもう一時間は要した、とにかくたらふくだった。

 母はその一時間、硬直したように動かず私を見ていた。それはあの日、初めて父が寝室にやってきたときの私にそっくりである。

 ねえ、お母さんどうしたの。そう尋ねると、母はもう一度私を指さした。そして言った。


 ――――――それはなんなの、と。


 私は眉をひそめた。何を言っているのか、この母親は。ため息をついて、私は答えた。


 ――――――何を言ってるの? 前に話してた、彼に決まってるじゃない。


 その時の母の顔は、理解し難い感情を浮かべていました。

 だから、私は話したのである。

 卒業すれば彼との関係はなくなってしまうこと。そうすれば、あの男と同じく私は愛を暴走させてしまいかねないこと。そして、どうすれば愛を失わず、器を失わず彼と一緒にいられるか。

 その答えは意外にも簡単だった。彼と一つになってしまえばよかったのだ。私と彼が混ざり合ってしまえば、どんなことがあろうとも私と彼は一緒にいられる。彼を食べてしまえば、彼は私の血となり肉となり、永遠に私の中で生き続けるのだから。

 しかし、彼はそう簡単に私を食べてはくれないだろう。それに彼を犯罪者にするのは、私の良心が痛んだ。だから、私が彼を食べのだ、文字通り時間かけて。最初に食べたのは彼の頭で、これが一番苦労した。首を切断するときの彼の微笑みは、私が見た彼の表情の中でも最高のものだった。その表情を私は一生忘れることはないだろう。

 私が一通り説明し終えると、母は体中を震わせながらどこかへ消えていった。私は首を傾げながら、飛び散った彼の血を拭こうと立ち上がった……のだが。

 強烈な痛みが頭に響いた。固い何かで殴られたような鈍い痛みがじわりと広がり、遅れて鋭い痛みが全身を一瞬で駆け抜けた。

 何が起こったのか。最初は理解できなかったが、朦朧とする意識の中で横転する景色と冷たい床に感触に、その上に広がる生暖かい鮮血を見て、納得した。

 あぁ、死ぬんだ私。

 それを意識した瞬間、急速に意識が暗転していった。まるで死神が私の首を鎌でゆっくりと裂いているかのように、私の意識が黒色に染まっていく。彼の最後もこんな風だったのだろうか。

 しかし、そんな思考さえも徐々にまとまらなくなってきた。

 母の姿が視界に映った。その顔は真っ青を通り越し紫色になっていて、まるで今にも死んでしまいそうだ。その手には真っ赤に染まった鈍器がある。

 それが私の人生最後の風景であった。


 ――――――化け物……!


 消滅したはずの私の意識に、そんな母の震えた叫び声が聞こえてきたのは現実なのか、幻だったのか私にはわかりません。

 ただ、最後に私が思ったのは、たった一つ。



 ――――――――ああ、血が出てる。私と彼の血が……もったないなぁ。 

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