4 弓使いデビュー
朝食代も含め、一晩の宿泊費は10000円を少し超えた。
ベテランの男子に立て替えてもらったが、この調子では持たないだろう。
女子は、可愛い装備品にお金を費やしていたようで、長くやっている子でもあまり貯蓄は無かった。お金はかなり早い段階で対策を立てねば。
「ギルドの運営、早めに始めた方が良いかもね……」
宿をぞろぞろと出て、今日は何をするかを検討する。
中央広場に十四人が一斉に集まると、村人から迷惑そうな目線が送られてくるので早めに解散したいところだ。やはり中学生はどこに行っても近所迷惑らしい。
「おい、一回皆こっち向け!」
タイトが皆の注目を集める。
既に、この集団のリーダーとして認識されたという事だろう。ギルドマスターには、これからどんどん活躍してもらわなければならない。
「今朝、宿のおばちゃんがさ、草原のミニドラゴンを倒したら5000円払うって言いふらしてたんだ。この話を依頼って事で受ければ、金が稼げる。ずっと村をぶらぶらしててもアレだから、やってみようぜ!」
「……でも、さ」
皆がざわつき始める。
ゲームでレベルが高いプレイヤーだった奴も、不安そうに表情を曇らせている。
「怪我したら、どうするんだよ」
「かやとかなるが回復魔法が使える筈だったよな」
話を振られた女子二人は、ぎこちないながらも頷く。
回復魔法以外にも、薬を飲む、ベッドで寝る等で体力の回復は出来る。
「痛いんじゃね?」
「ドラゴンに食われたらどうするよ。血がぶしゃってなんだろ」
戦闘フィールドでモンスターと戦う。
昨日はタイトが無事にドラゴンを倒せたが、もし誰かが負傷したらどうなるのか。回復魔法はどういう風に効くのか。死んだらどうする。ゲームの様に復活できるのか。
戦いが主になる男子達は、タイトの意見に否定的だ。
「……そうか、分かった。じゃ、俺だけでミニドラゴン討伐に行ってくる」
「は!?」
「もし攻撃を受けたらどうなんのかとか、全部俺の体で確かめる。それなら文句ないだろ?」
「い、いやそういうことじゃ……」
タイトの強硬的な姿勢に、皆がたじろいだ。
無理矢理な感じはするが、悪くは無いかも。タイト一人で行かせる訳にはいかない、って誰か言え!
私は無理だよ? 弓を持った事すらない弓使いだからね。
「俺も行くよ、しょーがねーな」
「タイト、俺も!」
二人、勇敢な奴が声をあげた。
もしもしとエビだ。やはりいざとなった時に頼れるのは、一番の親友達なんだろうな。
もしもしは陸上部、エビはタイトと同じサッカー部。運動神経も良く、装備や武器にも不安は無い。
戦士、槍使い、剣士。ちょっと前のめりなパーティーだけれど。
「今日も、またあの宿屋に泊るんだろ? じゃ、飯食ったテーブルで報告会な」
「分かった、気をつけていってらっしゃい。私達は残留組だから、今日も情報収集が基本。あと、私みたいにレベルが低い人はレベル上げも出来るか実験。魔法使い系の人も、使えるかどうか試すよ」
今度は否定意見もなく、すんなりと意見が通った。
暫く、戦闘系の部隊と情報系の部隊での行動は続くだろう。
「じゃ、活動開始!」
*
戦闘部隊三人は、余分に回復薬を持参して草原の奥深くに出て行った。
とはいえ、村の中では魔法やレベル上げなど出来ないので、草原で一番村に近い場所に皆いる。
「皆、この場所を離れないでね。もしモンスターに追いかけられたら、村に飛び込んでやりすごす。これ基本」
「あーい」
魔法が使えるかどうか実験するのは、魔法が主になる職業の魔導師、回復魔術師、巫女、召喚師、錬金術師の五人。十四人中で五人だから、かなり多い人数だ。
この五人には、どうにかして魔法を使える様になって欲しい。でないと五人の役立たずが生まれてしまう。
「こっちはレベル上げ、か。モンスター倒せばEXP溜まるんでしょ?」
「ああ。草原ウサギとか、巨大鼠あたりを何匹か殺れば最初はすぐレベル上がるな」
レベル上げチームは私を含めた六人。
レベル弱過ぎる奴と、勇気のない奴。というと聞こえが悪いので、他には銃士のトモヤとか獣使いのノア、暗殺者のつばさなど、力の度合いがいまいち分からないのもここにいる。
「おお……弓を引くの、憧れてたんだよねぇ」
弓使いである私は、割と痛い1500円の出費で、木の弓と矢の束を手に入れた。
超初心者用でおもちゃっぽい質感が否めないが、まあいい。もっとレベルをあげて一流弓使いになれば、上質な玄人好みの弓とかだって扱える様になるだろう。
「とりあえず最初の的は、あの木のリンゴ!」
五十メートル先に、良い枝ぶりのでかい木がある。
あそこになっている赤い実が果たしてリンゴなのか、リンゴの木はあんなにでかいのか、まあリンゴだと仮定して射る事にしよう。
普通だったらもちろん無茶な挑戦だ。
(これが職業補正って奴かな)
見える。
望遠鏡を通したように、目の前にあるかのようだ。
裸眼でもリンゴの位置は正確に捉えられる。矢の先が何センチずれているか、どれくらい風に影響されるか、リンゴの木が揺れている幅、視界に情報が表示される。
まるで何年も前から熟練した弓使いだったかの様だ。
―――ッタン!
微かだが、確実に命中した音がした。
走り寄って見てみれば、リンゴはど真ん中にささった矢から、甘い香りの果汁を滴らせている。
「おっしゃ、成功!」
リンゴの矢を抜きかじりつくと、リンゴとあまり変わらない食感で、甘みのかなり強い果汁が口いっぱいに広がる。勝利の味、成功したからこそ食す事が許された果実。
美味い。
「この調子でやっていけば、皆のレベル二桁にも早く追いつくね」
茂みががさっと音を立て、中から白い小さな愛すべき獣が飛び出した。
長い耳、丸っこい体躯。つばさが言っていた草原ウサギちゃんのお出ましだ。
「逃がすかッ!」
弓を引き絞り、駆けまわるウサギ目掛けて矢を放つ。
先の鋭い矢は白い毛皮に深く突き刺さり、一発で仕留められてしまったウサギは、後に毛皮だけをおいて眩い閃光と共に消え去った。
『弓矢レベルが2に上がりました』
ぱっとステータス画面が浮き上がり、『わらわら:女 弓使い レベル2』を表示する。
最初の最初だから、まあこんなもんだろう。
それより注目すべきは、ドロップしたアイテムだ。
明らかにウサギの大きさと釣り合わない広い毛皮。裁縫師でもいれば、すぐに装備に仕立てられそうだ。
「誰か、裁縫出来ないかな」
サブ職業が何個か掛け持ち出来る筈。
可愛い装備を手に入れたい女子なら、誰かがスキルを持っているかもしれない。
「白いポンチョが良いなあ」