3 ポジティブシンキング
村の一軒の宿屋「戦士の寝床」
一階は大部分が酒場になっていて、宿泊する部屋は二階から四階まで。結構広い造りで、中学生の団体を丸々受け入れてもなお余裕がある。代金もリーズナブル、金銭に余裕のない子供にも優しい。
とっぷりと日は暮れ、時計は夜の七時ごろを指し示す。戦闘フィールドは昼と違い、中ボスレベルのモンスターが出現する確率が高くなる。
がやがやと酒場を賑わすのは、ゲーム中のNPCだった村人達。装飾のゴテゴテした服を着た耳の長い人間と、背の高い猫が立って歩く姿が目に付く。普通の人間体型は、どうやら私達だけの様だ。
今夜は酒場の一角を借り切り、夕食とミーティングを同時進行する。
「……と言う訳で、これから長くここで暮らしていく場合を想定して、金銭の管理には気をつけて。長くやっている人は結構貯蓄があるみたいだけど、あんまりジャンジャン使わない様に」
「そうだな。買うのは必要最低限にして、あんま武器の強化とかすんのはしばらく止めといた方が良いか」
部隊ごとに今日の成果を報告するが、あまり意外な結果もなかった。
ゲームの世界観はあくまで残されたまま、現実感が搭載された、程度の感じ。だがゲームの様には過ごせない。生活には金と寝床と食事が必要だ。
現実世界では全く考えた事が無かった、家計についてを意識しなければならなくなる。まあ、その役割分担はまだ置いておこう。
「あと、稼ぐ方向も考えないといけないと思う。このゲーム、モンスター倒しただけじゃお金にならないし。となると、ギルドを本格的に運営する、っていうのもその内出てくると思うね」
「無気力な闘士達を皆でやっていく、って事か……」
このゲームは、元々一人だけではプレイしにくい。
必ずどこかのギルドに所属しなければ、依頼も金も手に入らないからだ。
無気力な闘士達はタイトがギルドマスターで立ち上げ、私達はサークルの様な感覚で加入していた。だが、これからは生きていく為に仕事を請け負ったりし始めないといけない。
「誰かが依頼の状況を整理したり、村に依頼主を探しに行ったり、帳簿も誰かにつけてもらう必要がある。食費、宿泊費、装備等にかかる費用……」
「それを俺達だけで、か」
ズーンと、また重い沈黙が圧し掛かってきた。
頼れる大人がいない、というのがこんなにも辛いだなんて。生活していくというのがこんなに難しい事だなんて。思ってもみなかった。
というのが、皆の心境だろうか。ログアウト出来ないと知った時のパニックや、捜索部隊は戦闘もしたらしいから精神的な疲労は相当なものだろう。
「大丈夫、皆そんな辛い事じゃないって!」
明るく声を張り上げたのは、なっるー☆だ。
いざという時に皆を激励し、モチベーションをあげて引っ張っていく彼女。昼間はパニックで涙を流していたが、さすが吹奏楽部、芯が強いらしい。
「だって私達、十四人無事で集まれたんだよ? わらわらみたいに今日が初めての人もいるけど、皆このゲームの事なら大体分かってる。今、訳分かんない事になっちゃってるけど、ちょっとずつ役割分担して皆で力を合わせれば、ちゃんとやっていけるよ!」
根拠のない自信、と言ってしまえばそれまでだけど。
なっるー☆の台詞が、皆に希望を与えたのは間違いない。
「なるの言う通りだね。そもそも、ログアウト出来ないってだけで悲観的になり過ぎてた部分もある。集団ヒステリーみたいなもんだよ」
「逆にさ、こう言う事じゃね? 一日中ゲームし放題!」
タイトの一声で男子勢が特に大盛り上がり。
誰にも邪魔される事なく、自分達だけでゲームを何十時間でもプレイ可能。NPCとも触れ合えるし、モンスターとのより緊迫したバトル、切磋琢磨する仲間。
夢の様な場所にいると言っても過言ではない。学校もテストのプレッシャーも部活もない。現実世界で背負うストレス、私達はその全てから解放されたのだ。
「まあ、お腹は減るから存分にご飯は食べておいてね。こんな時でもお腹は減るみたいだし、明日から、また色々とやんなきゃいけない事はあるし」
「それより、部屋分けだろ! 借りたのは三部屋、女子五人はまとめて一部屋でいいよな。男子九人、二つに分けるぞ!」
修学旅行の様なドンチャン騒ぎ。
毎日が修学旅行って事にもなるのか。宿に泊まって皆で料理食べて、知らない所を見て回って。
あれ、楽しい事ばかりじゃね? 今、誰もこの状況を悲観していない。
「って、食べ過ぎんなよ……代金がかさむから」
*
宿泊する部屋は、ベッド式だった。
そりゃそうか、世界観が西洋風なのに宿屋が布団だったらおかしい。
ダブルベッドが二つ、まあ女子五人だから仲良く一緒に入れば良いし、私は全然カーペットの上でも構わない。床があれば寝られるのは、私の特技だ。
「……心から男子部屋が心配だ」
この女子メンバーに腐女子がいなくて本当に良かった。
どう考えても男子は五、四で分けている。部屋の造りは変わらない。
……どうやって寝るんだろ。
「部屋頼んだのわらわらでしょ? 何でもっと借りなかったの?」
「ここ食費は別料金、部屋の数で宿泊費とる方式なんだよ。一部屋を一晩借りるので、500円取るって言うから」
「じゃあ三部屋で1500円じゃん。もう二部屋くらい、お金だしても大丈夫じゃない?」
「……さっき食べた夕食、全員合わせて7000円かかった」
「三部屋で十分だね、うん! 寝よ寝よ!」