表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

7投目 上級魔法の相殺

 俺が怪力オスロを破った事はすぐに知られて、決勝トーナメントに入った後は優勝候補として祭り上げられるようになった。それもそのはず、残っている高ランクが軒並み逆側に固まってしまっていたからだ。

 この日の決勝リーグは見世物の意味合いも強く、決勝トーナメントでは片方のリーグに強い人を多数固めて、逆側のリーグでは一つだけ強い人を入れる事で、観客たちが見る試合を強引に選ばせているのもあった。同時進行による弊害で『目的の冒険者同士の対決』を見られないのを防ぐためだ。

 優勝すれば実戦試験最高点まんてんが貰えるが、決勝トーナメントに残った地点で九割五分の点数は保障されるのだからここから先は貴族同士の見世物のようなモノなのだ。


「いやー、見事に外れクジ貰えたわねー」

「そうだな、ミーナ」


 のんびりと語り合う俺とギジェルミーナ。魅せ試合は全部別試合に持っていかれて、オスロのような戦いをさせてくれるような相手も居らず、呆気なく決勝に上がってきてしまったのだ。

 だが、次の相手が相手だった。


「予想通りと言えば予想通りだけど、やっぱりラフェエル第一王子が上がってきたわ」

「第一王子?」

「ええ。丁度王子がアタシたちと同い年なの。でもパーティーとかでもあまり見た事が無いから、どのような方かは分からなくて……」


 冒険者の事も無駄に詳しかったこのギジェルミーナが口を紡ぐほど、ラファエル王子と言う人物は情報が無いらしい。王子ともなると国側が隠す事も多々あるが、第一王子を隠す理由など無い筈だ。


「余程の放蕩王子なのか、それとも表に出られない訳でもあるのか……」

「分かりません。その上、相方がAランク、王国若手最強の冒険者と名高い『快傑』シェパード。二人のAクラスを倒しているわ」

「Aランク相手に勝てと言われても無理だぞ?」


 バトルロワイアルの時に戦った『怪力』オスロは勝手に作り出したルールにのっとった上で戦ったので、その人の才能と言うよりは単純な力で圧倒したに過ぎない。


「行ける行ける、あの『完熟者パーフェクター』マルグレットの弟子であるフィル君なら行けるわ!」

「……そう期待しないでくれ」


 俺はそう言いながら、闘技場へと進んだ。握ったダイズは92の数字を示していた。何か悪い事が起きそうな予感がした。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇



「君が『完熟者パーフェクター』マルグレットの弟子なのかい?」

「……はい、そうです、ラファエル王子」


 決勝の闘技場に入っていきなり聞かれたので、そうだと答えた。非常に整った顔に王族を表す金髪。その腰には剣があり、その目は明確に俺を捉えていた。


「シェパード、手は出す必要はない。あれは僕一人で片付けるから」

「わ、分かりました、王子」


 そう言ってラファエル王子は白い手袋を外して、握り拳を作ったその瞬間だった。彼の手に大きな魔方陣が描き出されて彼の目の前が次第に白くなっていく。


「凍れ凍れ、このフィールドの全てを凍らせろ、『氷の世界ニブルヘイム』!!」

「なっ!?巫山戯るなよ……っ!『火球』『火球』!」


 俺はそれを見るや否や、即座に火属性の初級魔法『火球』を連打し始めた。火球はその氷の世界のテリトリーに入った瞬間エネルギーを瞬時に奪われて消滅した。それを見ても更に俺は火球を打ち込んでいく。

 持っていた斧槍を投げ捨てて握った左手の中のダイズは92⇒73⇒21と数字を変えていった。ダイズを投げる余裕も無いので、握ったまま、その数字を見て機会を伺った。


「今だ!相殺させる、『炎の世界ムスペルヘイム』!!」


 俺は知る限り『唯一』の対抗手段である『炎の世界ムスペルヘイム』を使った。王子が使ってきた魔法は全てからエネルギーを奪って凍らせる水属性の魔法『氷の世界ニブルヘイム』。それに対して俺は全てに過剰なエネルギーを与える火属性の魔法『炎の世界ムスペルヘイム』。

 俺の方は発動成功確率30%ほどのいちかばちかの究極奥義だったが、何とか発動には成功した。これも運命のダイズの御陰だ。

 結果、闘技場の中心には蒸気が鬩ぎ合いをしていた。


「ちっ、対抗手段を持っていたか!?」

「『上級魔法』……こんなモノ使う人間なんて居ないって師匠は言っていたのに……」


 俺はそう嘆きながらも魔素を『炎の世界ムスペルヘイム』の維持に注ぎ込む。発動するのがしてしまえば維持自体は簡単で100%出来るので問題は無い。『氷の世界ニブルヘイム』、文字通りラファエル王子の目の前には氷に埋もれた世界が出来ている。

 その氷は水だけではなく、空気も凍って出来たモノなので、非常に低温だ。それに対して俺が作り上げた火の世界は地面も溶け出してマグマとなっている。その二つが闘技場の中心でぶつかり合い、氷が蒸気と化しながら、マグマとなった地面を地面として戻していく。


 この場は化け物のぶつかり合いとなった。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇


~~審判騎士サイド~~



「な、何が起こった!?」

「ステージの中央で蒸気が発生してる!」

「上級魔法のぶつかり合いだ!!」

「誰だ、誰がやっている!?」

「ら、ラファエル王子とフィルマンと言う受験者です!」

「今すぐ仲裁しろ!上級魔法で暴走すればこの闘技場は愚か、この一帯が氷付け、もしくは炎上しちまうぞ!!」

「む、無理です!上級魔法なんて我が騎士団でも使える人が……」

「なんなのだ、あの二人は一体……。と、とにかく今は観客を逃がせ!それを最優先にしろ!!」

「「「はっ!」」」


 この実戦試験の審判をやっている騎士達が大慌てで観客席へと向かっていった。

 まず、宮廷魔法士や騎士団に居る魔法士で上級魔法を使えるのはただ一人宮廷魔法士主席だけで、他には居なかったはずだ。そして、上級魔法を一つ完全に会得するためには15年と言う歳月を掛ける必要があると言う事も言われている。

 それなのに、それなのに、ここには『二人も』上級魔法を使う少年が居る。


 一人は変わり者と言われるラファエル王子。このフォーレス王国始まって以来の最高と言われる天性の才能をあるがままに使って、勝手に城を飛び出して一人で幻獣討伐をした経験を持つ化け物王子だ。その王子が影で書庫の中の魔法書を読んで、上級魔法を会得している可能性は無いわけではない。

 だが、問題はそれに対抗出来ているもう一人の少年だ。フィルマン・ヴィクセルと名乗る彼は全く情報が無い。かの『完熟者パーフェクター』マルグレット様と同じファミリーネームを持つ事だけが唯一の手掛かりだ。


「ラレナ伯爵嬢は情報好きだとは聞いていましたが、どうやって私たちも知らない人物を……」

「分からん、後で生きていたらラレナ嬢に、生きていなければラレナ伯爵に聞けばよかろう!」

「とにかく逃げよう!闘技場にこれ以上刺激を与えるわけにはいかんし、シェパード君は根性で生き残ってくれよ!!」


 そう言って、会場を管理していた騎士たちは皆、逃げ出していた。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇


~~ギジェルミーナサイド~~



 アタシはそれを見ていた。騎士たちも手が負えないと観客共々逃げ出してこの場には四人だけになってしまった。『快傑』シェパードも非常に困った表情でアタシの方を見てくるがアタシは目を逸らした。Aランクの冒険者様ですらお手上げな状況でこんなアタシが何か出来るハズがない。


「しっかし、まぁ、なんだろう。この状況を逐一記録して報告すれば結構いい情報になるんじゃないかな~?」


 アタシは本当に実感が湧いていなかった。突然の上級魔法。その範囲に居れば間違いなく氷漬けにされるような魔法が発動しているこの場においてこうして立っている以上生きているのだろうが、上級魔法は余りにも圧倒的で対抗手段が無い。

 『氷の世界』――下級魔法の『火球』は愚か、中級魔法の『浄化の炎』などでも相殺出来ない恐るべき魔法であり、人間には会得が不可能とまで言われた魔法。それが使われているシーンを見る事などまず無いだろう。


「フィル君も凄いなー」


 こんな状況では情報など役に立つ筈もない。ただの力のぶつかり合い。

 偶然出会った少年、フィルマン・ヴィクセルの力だけが今のアタシの命を決めている、この状況。

 彼を応援する事も出来ず、アタシはただただ見る事に専念するしか出来なかった。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇



「クソ、いい加減にしろぉっ!」


 俺は再三再四、力を込めたが状況は一向にして変わる事はない。


「まさか、師匠の練習相手としてやらされた相殺が役に立つとはな……」


 俺にとってこんな事をやるのも今までは日常茶飯事だったのだ。師匠マルグレットの魔法訓練。その相手を務めさせられた俺は半ば反射的にこの術式を見たらダイズを握りしめて、30未満の数字が出るまで即発動させる事が出来る下級魔法『火球』でお茶を濁しつつ、『炎の世界ムスペルヘイム』が使える30未満の数字が出たら発動して相殺する。ただそれだけの事だが、命懸けである事には変わりない。

 だが、その命懸けを日常茶飯事で行なえば、こんな時でも平然と対処出来てしまうのだ。


「く、クソ……何で、何でこの俺と、やり合えるんだよ……!!」

「この俺が知るわけが無いだろう、王子様」


 俺は愚痴を交えながらも魔法を維持していく。魔法の衝突の向かい側にいるためその姿は見えないが、その声を聞く限り少し疲れが出始めたようだが、魔法の威力は一向に落ちない。このままではいきなり王子が倒れてしまうと王子と後ろに居る『快傑』シェパードも巻き込んでしまう事になる。彼には何の恨みも無いし、殺そうとは思わないから何とかしたいのだが、相手の様子を伺う手段が無いのだ。


「ミーナ!」

「は、はい!」

「多分王子が俺より先に倒れると思う。だが、俺はすぐには止められない。王子の倒れたタイミング、教えてくれ!」

「わ、分かりました」


 俺はギジェルミーナの判断にこの身を委ねる事にした。

 いくら王子でも師匠には届かない。よく師匠と力比べをした俺にとって、日常茶飯事の事でしか無かった。だが、この上級魔法のぶつかり合いは止める機をしっかりと見極めなければならない。

 師匠と相殺をする時もお互い掛け声を掛けて止めたぐらいだ。だが、今回の相手である王子は俺を殺す事しか目的に無い様子だ。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇


~~ギジェルミーナサイド~~


「多分王子が俺より先に倒れると思う。だが、俺はすぐには止められない。王子の倒れたタイミング、教えてくれ!」

「わ、分かりました」


 と言われたものの、アタシから見えるのは奥に居る、先ほどから困った視線をこちらに向けてくるだけのAランク、快傑こと『シェパード』の姿だけだ。アタシはもうダメ元で彼にアイサインを送った。

 B級冒険者の試験に出てくる瞬き信号アイサイン。Aクラスならちゃんと分かってくれるはずだと。


≪王子が倒れる瞬間に合図して≫


 瞬き信号アイサイン自体は冒険者について調べていた時、偶然知って、面白そうだから会得したモノだったが、こんな所で使うことになろうとは、と思った。

 シェパードもこちらに気付いたようで瞬きを返してきた。


≪分かった。もうすぐだろう≫


 と瞬き信号をした矢先だった。シェパードの右手が高々と挙がるのが見えた。これこそが合図だ。


「フィル君!」


 アタシは彼に向けて全力で叫んだ。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇



「フィル君!」


 俺はミーナの声を聞いて、術式の維持をただちに止めた。数日前に出会ったばかりの彼女の言葉を信じて。ただ、相手を殺したくない思いで術式を止めた。


「……良かった、王子も冒険者さんも無事だ」


 術式を止めた俺は倒れている王子とその奥で手を挙げたままだったシェパードの姿を確認して安堵した。


「……決勝戦、これ以上やる必要はありませんね。それよりも王子を速く医務室へ運びましょう。重度の魔素不足に陥っている可能性も有ります」

「わ、分かった!」


 俺は上級魔法を打った後にも関わらず、シェパードに命じて、王子を医務室へと運んだ。魔素不足は基本的に魔素の塊である水晶を傍らに置くことによって回復出来るので、学校側に治療は任せて決勝戦は無効試合となって終わった。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇



「優勝、したかったね」

「そうだな。……これで合格していると良いな」


 と呟いて、ふと思った。


「……今更だけど。筆記試験、名前書いた覚えが無い」

「は?」


 テストの合計点を考えようとして、思い出してしまったことだった。


「ヤバイ、筆記試験で名前が……うわぁぁぁっ!」

「……この人って、本当に『完熟者』マルグレットの弟子なのかなぁ……」


 俺が頭を抱えているのをギジェルミーナは一人遠くで見ていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ