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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
11 東方編・上 哀愁の旋風
92/96

一 地の果てまで

 一隻の魔導船がゆるゆると速度を落とし、地に足を付けた。

 二本のソリが引き起こす擦過と軋み。砂埃が巻きあがり、周囲に砂塵を散らす。当然ながら自らにも降りかかる。が、それ以上の旅塵が既に付着しており、この場に至る旅程を物語っていた。

 着船した船の近辺には、二十近い船影。ほとんどが小型や中型の貨客船舶であるが、数隻ほど毛色の違う船があった。


 バルド改級小型魔導船。

 全長三十リュート程の武装を施した魔導船であり、ゼル・セトラス大砂海においては対蟲戦の一翼を担う主力艦船(ワークホース)だ。もっとも主兵装たる二基の連装砲は静かに眠り、両舷に設けられた推進器も幾つもの手によって整備を受けている。


 その中の一隻の船橋。

 船隊長執務室では、ラルフ・シュタールが手にした書類よりシャルバード市駐在の連絡員へと目を移した。


「なるほど、シャルバードに関しては限りなく白に近いと考えてもいいか」

「はい。シャルバード市軍は東ドライゼス山地に対する警戒網の構築で手一杯のようです。定期交流の場においても、第三遊撃船隊の駐留をもう一節か二節延ばしてくれないかと、それとなく言われています」

「相手さんの気持ちも分からんでもないが、戦力が不足しているのはどこも同じ。どうするかを決めるのは上役さ」


 美丈夫は軽く肩を竦めて見せると、表情を崩して続けた。


「とはいえ、延長は勘弁してほしい所だ。半年以上砂海から離れるとなると、里心がつく連中も出てくる」

「砂海の船乗りにとって、尽き果てぬ船旅は夢と憧れ、全ての港に女を抱えて一人前と記憶していたのですが?」

「んなもん、ただの煽りだ。本気にしてるのは一部の根無し草か、自分が帰る場所()を探している奴だけさ。実際は帰る(故郷)を思って枕を濡らしているよ」

「と言われる割には、みなさん色町で賑やかにやっているようですね。私の耳にまで届いています」

「そらお前、船乗りが陸に上がれば(禁欲生活が終われば)一時の癒しを求めたくなるのは本能だろ」

「故郷に本命がいるというのに?」

「遊びってのは本命を抱えてこその遊びさ」

「ふふ、女としては思わず蹴り飛ばしたくなりますね」


 妙齢の連絡員はにっこりと笑う。が、目つきは些か強い。

 ラルフは射るような視線を軽く流すと、少しばかり茶目っ気のある微笑みを浮かべる。


「そこは大目に見て欲しい所だ。男ってのはどんなに外面で取り繕っても、本質的に弱いからな。なにか縋れるものがあるなら縋りたい。いや、もっと簡単に言うと女に甘えられる時はとことん甘えたいんだよ」

「都合の良いことですね」

「ああ、自分に都合が良い生き物さ、男ってのはな」


 男は雑談は終わりだと言わんばかりに言い切ると、表情を船隊長としてのモノに戻す。


「船隊任務中の情勢報告に感謝する。今後の第三の行動についてだが、今の所大きな変更はない。引き続き、商船航路の巡回及び警戒に当たる予定だ。そちらも次の報告まで情報の収集に務めてくれ」

「了解しました」


 女は少しばかり言い足りなさそうな顔をしたが、直ぐに表情を殺して敬礼した。



 連絡員が出て行ったことを確認すると、ラルフは執務椅子に身を預けて瞑目する。

 考えるのは、自らが身を置く現状。すなわち任務の状況と東方域の情勢だ。


 この地、シャルバードを仮の拠点に行動を始めて、大凡一節と二旬程。

 当初の目的であるペラド・ソラール航路の巡回監視及び商船の護衛に関しては、到着早々に賊船を一隻沈め、一節前に二隻同時に沈めていることを考えれば、上手くいっているといえるだろう。

 まぁ、こちらの不手際(賊船の轟沈)で賊の確保に失敗してしまったのは痛恨の失敗としか言いようがないが、やってしまったことは仕方がない。次の機会を逃さないようにしたい。……が、ここ最近の状況を見れば、それは当分お預けか。


 男の口元が冷たく笑みを形どるが、次の瞬間には跡形もなく消えた。


 賊共が怖気づいたことで、航路はひとまずの安定を得た。

 商船の往来数は従来とほぼ同じ域にまで戻ってきているし、港湾使用料等も従来の値に下がりつつある。そのこともあってか、ここ、シャルバードとの関係も特に齟齬を生むことなく安定している。また関係する他の都市もそうなっていく。そのはずだったんだが……、ここで一部の例外が浮き彫りになった。


 薄っすらと開く目。

 怜悧な光が瞳の中で揺蕩う。


 状況が改善している中にあっても、シャルバード-ペラド・ソラール間の各市は港湾使用料や魔力供給単価を下げていない。

 ペラド・ソラールと連合会を前面に出して、その理由を問い合わせたが、賊を沈めたとはいえ航路の安全保障については大きな瑕疵が生じている。これの根本的な解決の為、防備や警備用船舶の整備をする必要がある、との返答だった。


 まったく、自分の庭先で賊が踊ってるってのに、碌に対処できなかった連中がどの口で言いやがる、と嗤ってやりたい気分になるな。


 整った顔が面白くないと言わんばかりに歪む。ついで嘲りの態を為した。


 もっとも、わかりやすいと言えば、わかりやすいか。

 今回の件で、直接手を引いている(賊を使っている)のは件の連中……、東方域東部に位置する三邦、ソールスタ、ベイサン、カンジェーラ。無論、影達の裏付けを待つ必要はあるが、こいつらでほぼ確定だろう。

 よって、こちらとしてはオイタが過ぎた連中に相応の報いをくれてやればいいということになる。そう、連中が言う根本的な解決が必要というならば、そのようにしてやればいい。すでにその解決策がなるべく事は進められているのだ。奴らが強欲の報いを受けるのはもはや既定路線といってもいい。


 それよりも問題なのは、連中の後ろで誰かが糸を操っている可能性が残っている、ということだ。

 さすがにここまでも露骨なやり方と動きを考えると、何がしかの裏があることを疑わざるを得ない。


 男はふっと息を吐き出し、眉根に皺を刻む。その様子は、妹である麗人によく似ていた。

 彼は眉間を揉み解してから、頭に入れた東方領邦についての情報を再確認する。


 東方領邦……帝国東方域二十三邦と一言で言っても、しっかりとしたまとまりがある訳ではない。

 諸都市が域内の秩序と規範を形成する為、帝国の間接統治を受け入れただけであって、中に収まっている各市の帝国や現状に対する立場や姿勢は異なっている。ただ六つある地域の事情によって、大凡には括ることはできる。


 一つは最大勢力である、中部七邦。

 中部域は東方一の都市バクレスを中核とした物流網が上手く機能していることに加え、蟲共による直接的な被害が少ないこともあって、確実な経済発展と都市運営、安定した開拓が行われている。

 その余裕がある程度の自信を与えているのか、帝国にただ盲従するのではなく、ある程度の距離を置き、叶うならば既存の枠組みから離れて領邦による緩やかな連合体を組織したいと考えているようだ。


 これに似て異なるのが、第二勢力となる北部五邦。

 北方に蟲共の一大生息地となっている東ドライゼス山地があることで、その対処に追われている地域だ。ここが帝国の間接支配を受け入れたのも蟲に対抗する為の支援を当てにしてのことだった。

 だが、現実には彼らが期待する程の支援は得られず、蟲の駆逐などほど遠いのが現状だ。当然ながら、現体制に強い不満を抱いている。

 そうなれば、ではどうするのかという話に流れるのだが、今現在においては、ここシャルバードを中核にして、意見の集約が進められている。そして、その方向は、帝国統治からの離脱と東方領邦の統合を行い、より強力な権限を持つ政府と軍を組織するべきだ、との考えに傾きつつあると聞く。


 次に西部四邦。

 ここは帝国と袂を分かとうとする北部とは正反対な方向性を指向している。だが、これは無理もない話だ。

 地理的に帝国本領と隣接していることに加えて、帝国系企業の進出や交易量の増大もあって、帝国経済圏に半ば以上組み込まれている。ようは帝国化が他の領邦よりも進んでいるのだ。それ故、間接統治ではなく直接統治下に組み込まれることを求めている。

 けれども、それが実現する可能性は低い。帝国の膨張政策が終了していることに加えて、安全保障政策……非常事態における時間稼ぎの一環として、衛星国的な緩衝帯を欲しているからな。


 現状を良しとするのは、南部三邦。

 中心を担うトートモラをはじめ、全ての領邦が海洋に面していることから、帝国沿海都市群との間で海上交易が盛んに行われている。それでもって、海上交易路の安全を保障しているのは帝国だ。

 つまり今のままでも十分に恩恵や利益を維持できていることから、現体制を変える理由がない、といった所だろう


 島嶼一邦、ペラド・ソラールは少しばかり特殊だ。

 帝国本領から一番離れているだけでなく、大陸からも海を隔てていること。これに加えて、蟲の被害が比較的少ないことや豊かな天然資源……島嶼火山帯の鉱床や硫黄、雨林から得る木材やゴムに加え、安定した降雨による水利に食糧生産や家禽の飼育、周辺海域での漁獲と、他地域より頭抜けた生産力を有していることもあって、独立独歩の色合いが元から強い。

 それ故にか、立ち位置としては中部や北部と似た観がある。それもより現実的と言うべきか、帝国以外の勢力……つまりはゼル・セトラス域(うち)と誼を通じることで自立実現の可能性を高めている。


 最後に、東部三邦。

 大東洋に突き出た半島に連なるように位置する領邦群で、ペラド・ソラールへの中継地としての色が強い。

 事実として、半島の先にあるベイサンがペラド・ソラールと海路で結ぶ港湾都市として、半島の付け根に位置するカンジェーラは他地域との玄関口として、そして半島の真中にあるソールスタがベイサンとカンジェーラとを結ぶ中継都市として、それぞれが発展してきた。

 これらは重要な通商路を管理維持することでおこぼれを頂戴するといった立ち位置であり、ある意味、現状を維持していれば、相応に発展していける地域だ。


 だが、どうやら連中はそれ以上を望んでしまったようだ。

 先の問い合わせへの回答からも帝国の定めた規則を都合よく利用して、或いは破綻させてでも、自分達の利益を最大限確保しようという思惑が透けて見えてくる。

 とはいえ、誰れであれ自分の生活を豊かにしたいと思うのは自然なことであるし、指導者であれば、それを実現するように努めるのは義務だとも言える。だからこそ、そういったことを考えて実行することは、理解できなくもないが……。


 沈思する男は不意に港を、その背景を見る。

 領邦シャルバードの空。その色は些か精彩を欠いていた。深く澄んだ青を水で薄めに薄めた末、くすみ荒んでしまったと言えばよいのだろうか、いっそ灰色にも似た薄い青が広がっている。


 ……浅い、な。


 醒めた感想。

 それから今までの思考をまとめる。


 東方領邦について総括すると、二十三邦の関係はゼル・セトラス諸都市の関係と似ていなくもない。ただ、俺達の関係が同じ船に乗った仲間であれば、ここの連中は同じ船に乗った顔見知りないし友人知人、といったあたり。

 これを一つの集団にまとめようとするならば、抜きんでた実力を有する領邦、或いは各市を結びつける組織がなければ、難しいだろう。実際、そういったことができないから今回の件のようなことが起こるし、協調しての連携も上手くできていない。


 男は少し長くなった青髪に手をやり、独り呟く。


「これはこれで帝国の思惑通りでもあるが、さすがに地域情勢が不安定化することまでは望んではいないだろう。となると……」


 彼の頭に浮かぶのは、同時期に不穏となり残念な結末に至ったアーウェルでの騒乱。

 賊による通商の妨害、移民と出身市の関係、工作員の存在、使用された魔導機、東西交易と砂海権益、東方不安定化、帝国の不利益、それに益を得るモノ。連想は自然と繋がっていく。


 端緒は、同盟、か?


 ラルフはまだ若い顔を顰める。

 ついで連中に踊らされるのは勘弁願いたいなと一つ首を振った。そこに扉を軽やかに叩く音が響いた。


「誰か?」

「バクターです」

「入れ」


 彼の返事と共に扉が開かれ、小太りの参謀が入ってくる。

 久しぶりの休暇を経た為か、メリハリのある制服に汚れはない。また丸顔に浮かぶ表情もいつもより穏やかに見える。そんな中年参謀の手には数枚の書類。もっとも彼はそれを見ることなく、己が上司に用件を告げた。


「報告します。本部との定期連絡ですが、特に問題なく終了しました」

「ご苦労。向こうに変わりは?」

「大きな変わりはなく、いまだ荒神が吹き荒れているとのことです」


 その言葉を聞いて、ラルフは砂海(故郷)を思い、あの酷い風物詩が懐かしいと思えるとはと口元を緩める。


「常と変わらんか。だが変な話、安心するよ」

「ええ、アレがあってこその大砂海。市井の者からすれば暴君そのものですが、我々旅団の船乗りにとっては厳しいオヤジのようなモノですからな」

「言いえて妙だな」


 船乗りは目を細めて続ける。


「最初に嵐の中を渡った時のことは、今でも覚えてる。耳障りな音と籠る熱さ、なにも見えない暗闇と役に立たない耳目、砂海図と方位と経験頼りの航行、風に流されてずれる船位、予期できぬ障害物との衝突、密やかに纏わりつく蟲……、冗談抜きで一分一秒毎に神経が磨り減っていったよ」

「ですが、あの中で十全に働けてこそ、船乗りとして一人前と言えましょう」

「そら、あれを経験すりゃ大抵のことには動じなくなるさ」


 二人の船乗りは同じ経験を経た同志として穏やかに笑った後、本題に入った。


「さて、ゼル・セトラスに何もないことは大変結構なことだと言えるが、こっちの段取りはどうなっている?」

「ペラド・ソラールとの調整がほぼ終了しました。受け入れ態勢も万全とは言えないそうですが、使用可能な状態になったとのことです」

「そうか。後はそこに至る航路を拓けば、策がなる、か」

「そうなりますな」


 いい知らせだと、ラルフが頷いた。

 そんな彼に対して、バクターが手にした書類に注目が行くように軽く掲げて続ける。


「それと少しばかり関連してと申しましょうか、直接的には関係のない件となりますが、一つ報告することがあります」

「聞こう」

「は、東方北回り航路の開拓が順調の進んでいるようです」


 青髪の船隊長は参謀の言に笑った。


「難関の北峠を無事に越えられたのか?」

「半旬程前に」


 短い返答に、ラルフは表情を改める。


「北峠の先はどうなっていた? やはり記録に残っていた通りだったか?」

「記録にあった低木帯は大規模な樹林帯となっており、その先には湿地帯が広がっていたとのことです」

「樹林に湿地か……、航路を拓くのに苦労しそうだな」

「前者に関しては旧文明期の道筋が残っているとのことです」

「ならそこを基に切り開くしかないな。で、湿地帯の先は?」

「見渡す限りの平原であったとのことです」


 なるほどと頷き、更に問う。


「今はどのあたりに?」

「大東洋まで大凡五百から七百アルトの地点まで来ているとのことです」

「それはまた、魔導艇導入の後押しになりそうな話だな」


 バクターは同調するように首肯し、聞き及んだ情報を表に出す。


「実際、旅団本部でも魔導艇を導入を前倒しするべきだとの意見が出始めています。付け加えますと、北部域統括長が早期導入を求める意見書を提出したとのことです」

「ああ、あのおっさんなら間違いなくそうするだろ」


 それで自分で乗り回すつもりだぞ、絶対。

 そう言い切って、ラルフは一頻り笑う。ついで笑みの残滓残るままに続けた。


「残りの航程が千アルトもないなら、今日にでも到着するか」

「いえ、残念なことに、そういう訳にもいかないようで……」


 参謀が真面目な顔で応じたので、自然と船隊長の顔も引き締まる。


「故障か? 怪我か?」

「いえ、その点は大丈夫です」


 と否定してから、バクターは二枚目の紙を表に。

 その表情には困惑の色が滲む。珍しい参謀の様子に、ラルフは少しばかり驚いた。


「不調以外の原因ってことか?」

「ええ、その、私としては俄かには信じがたいことなのですが……、この任を受けた者が現地にて、エル・エスタリア連邦軍と接触したとのことでして……」

「は? 連邦軍だと?」

「はい。しかも、これと情報交換及び交渉を果たした結果、友好的な感触を得たことに加え、幾ばくかの支援を得ることになったとのことです」


 ラルフは耳にした情報を直には信じることができず、眉根を歪める。

 次に米神に人差し指を当てて押し揉み、それを十秒程続けてからようやく口を開いた。


「うちの妹はいつからこんなに冗談が上手くなったんだ?」

「さて、諧謔を解する嗜みをお持ちでしょうが、好き好んで使われるとは思えません」

「となると」

「報告者から嘘を吹き込まれたか、全てが事実か、ということでしょうな」

「あいつがバカを掴むとは思えんから、事実だろう」


 どこか呆れる声。

 だが、次の瞬間には難しい顔を崩し、小さく、次第に声高くして笑った。これまでになく快活な笑いだ。


「しかし、これはまた、新しい航路を拓けそうってだけでも朗報だってのに、味方になりそうな勢力と接触したか」

「はい、連邦軍も我々との更なる接触を考えたようで、護衛を兼ねた連絡小隊を組織したそうです」

「なるほど、護衛と足を揃えた結果、遅くなっているってことか。……しかし、遥か昔に絶望視された旧連邦のお仲間との連絡に今頃になって成功するなんざ、なんとも面白い話だ」

「仰る通り、空想よりも現実の方がよほどに奇、でありますな」

「現実はヒトの都合なんざ考えてくれんからな」


 ラルフは愉快気な顔で続ける。


「それで、朗報をもたらした奴はいつ頃に大東洋に到着すると言っていた?」

「何事もなければ、明日か明後日頃にはと」

「そうか。さすがに迎えには行ってやれないが……、あそこの座標を送ってやれ。そこが到着点だとな」

「よろしいので?」

「ああ、既に完成が近いんだ。この先のことを考えれば、最初に迎える相手として申し分ないだろう」

「となれば、こちらで調整をする必要がありますな」

「仕事を作って悪いが、よろしく頼む」

「いえ、こういった明るい仕事であれば、歓迎ですとも。ええ、やり過ぎない(撃沈を避ける)よう苦言を呈するより遥かに楽ですから」


 先達参謀の軽い嫌みに、若い船隊長は目を逸らした。



  * * *



 陽は陰りを知らず、天高く座している。

 その膝元には無窮の青空と陽炎揺れる大地。休む間もなく熱せられる荒野は赤錆の砂礫に染まり、瓦礫と廃墟が所々に点在している。草木の緑は限りなく少なく、代わって目立つのは白。赤錆を上塗りするかのようにそこかしこに付着している。


 その中にあって、複数の砂埃が断続的に巻き起こっている。

 数は六。一直線に、時に障害物を避けながら、ひたすら前に進み続ける車両群だ。


 先頭を行くのは、砲塔を乗せた装甲車両。

 駆動機関を唸らせながら、三対の装輪でもって枯れた地面に轍を残している。


 少し距離を置いて後に続くのは、八輪装輪車と二両の大型貨物車。

 それぞれが銃座を備えているが、他にはこれといった目立つ武装はない。ただ貨物車は双方共に付随車を牽引していた。


 これらの両脇を固めるように、二両の装軌車両が付き従っている。

 外観は先頭車両と似ているが一回り大きく、砲塔に据え付けられた二つの大きな箱が特徴的であった。


 各車両は各々の距離を保ちながら、荒れ地を走る。

 その速度は時速にして三十ないし四十アルトとほぼ一定であるが、時折、なにかを警戒するかのように速度を落とし、細長い砲身や機銃座を一方向に指向させる。だが、それらが火を噴くことはなく、しばらくするとまた元の位置に戻った。


 こうして休むことなく前進する車両群。

 その内の一両。八輪装輪車の車内に赤髪の若者がいた。彼は助手席に当たる場所に座して、窓の外を飽きることなく眺めている。

 彼が見知る砂海と異なると感じていることもあるが、前日まで目にしていた草木の類がめっきり減った代わりに、往年の影を色濃く残す建築物や所々に広がる白い原といったモノに興味をひかれた結果であった。


「エンフリードさん」


 若者は呼びかけを受けて振り返る。

 かつてと比べれば、少し日焼けが抜けた薄褐色の肌。だが、若々しい張りは損なわれておらず、赤い髪もまた色鮮やかなまま。太い眉根や目筋はグランサーをしていた頃よりも少し険を弱くしたが、その下にある両の瞳は変わることなく澄んでいる。

 鼻筋の彫が少し深くなった為か、少年としての印象は薄まり、より青年に足を踏み入れた若者らしさがある。表情を凛々しく引き締めさえすれば、相応の目に留まる男前。そんな顔立ちだ。


「オウパさん、どうかしましたか?」


 彼の視線の先、後部通信指令室には濃緑色の軍服を着た女が一人座っている。

 クロウに似た薄褐色の肌が車内灯の光を受けて、艶めかしい照りを返す。しかし、整いすぎた美貌には表情が、人らしい感情を含んだ色は浮かんでいない。彼女は表情を保ったまま、ただ淡々と口を開いた。


ヴァルサ(無人飛行偵察機)二番機が、変わったモノ、を捉えたようです。見てみますか?」

「ええ、お願いします」


 彼女が了解しましたと頷くと、短い黒髪もまたつられて揺れた。

 人と見た目かわらぬ姿形のオウパであるが、実際の所、人ではない。対人業務や補佐業務を円滑に進めるために作られた、リフェット級対人応答型義体と呼ばれる人型の機械であり、旧文明期の名残とも言うべき代物である。

 そのオウパが人と変わらぬ動きで車載制御卓を操作すると、計器盤の上、前面の窓が一部暗くなり、像を結ぶ。上空で警戒に当たる無人偵察機より送られてくる周辺の映像だ。


 クロウがいつ見てもと呟きながら、ヴァルサ二番機から送られてくる映像に見入る。


 遥か地平線まで映る俯瞰風景。

 赤錆で成る世界には、所々に白い平原と傾ぎ倒れた高層建築群が見える。


 これらは既に見た風景だ。

 オウパからも白い平原が枯れた塩湖、高層建築群がかつての都市中心部の跡であると簡易な説明を受けている。付け加えると、その両者が断罪の天焔の最中に発生した、内陸五百アルトまで達したという巨大津波が生み出したものだろうとの推測も聞いていた。

 その巨大津波がどのようなものであったか、想像がつかずとも極めて恐ろしい現象であったことだけはわかり、今もまた怖気が走る。


 だが、クロウの目は他に変わったモノがないかと、彼方から送られてくる映像を探し続けている。

 特異点を見い出そうと、これかあれかと時に首を捻る内、どことなく不自然な点……細長い小山のようなモノに目が止まった。


「これ、ですか? 細長い、丘って程じゃない大きさだと思うんですけど……」

「肯定します。エンフリードさんが、発見できたようですので、倍率を上げます」


 機人の物言いに、若者はそれなら最初から上げてくれてもいいじゃと思った。

 しかし、映像が徐々に拡大していくことに気を取られて、小さな不満は弾けて消えた。


 倍率が上がった映像は、先よりもはっきりと大きくモノを映し出す。

 それは直線的な人工物めいた印象ではなく、自然に作られた丸みを感じさせた。

 赤錆色に染まったそれの高さは六リュート程か。また幅は最低でも七リュート強、長さに至っては三十リュートは優に超えている。


 クロウはじっと件のモノを見つめる内、幾重にも装甲板を重ねたような節目があることに気付いた。


「オウパさん、これは、いったい? 機械に見えなくありませんけど」

「結論としては、生物の抜け殻、と推定されます」

「え……、あれ、生き物の抜け殻、ですか?」

「肯定します」

「あんな甲殻蟲が、いるのか?」


 若者は意識せず唾をのむ。

 というのも、以前見た砲弾型の甲殻蟲よりも長ければ、幅も高さもあった。

 

「否定します。三〇五補給工廠、へ照合を掛けた所、あの抜け殻を生み出した生物は、甲殻蟲なる敵性体、ではなく、既存生物、陸生甲殻類ジッコ・バルム、あるいは、その変異体、である可能性が高い、との返答を受けました」

「ええ、うそでしょ。あんなのが昔からいたなんて考えたくないっていうか、雰囲気が蟲共に物凄く似てるんだけど」

「否定します。抜け殻、と記録にある、外観及び特徴、との照合が、九割九分、一致しています。また、抜け殻、の蓄熱温度から推測する含有物質が、複数種の敵性体、から得られた計測値と大きく異なっており、生体成立に至った過程が異なると推定されます」


 クロウは耳にした内容を何とかかみ砕いて理解する。


「姿形が同じことに加えて、殻の成分が違うから、アレは違うと?」

「肯定します。しかしながら、正確な計測が為されていない為、確定ではありません」

「うーん、そうなのか。とりあえず、それで納得します。……でも、本当に、昔から、あんなのがいたの?」

「肯定します。ですが、本来の平均的な大きさは、体長五ダルト、程度と記録されています」


 ぱかりと若者の口が開いた。

 今目にしている大きさと、今耳にした大きさとの乖離に驚愕した結果だった。

 それから一分近く無意味に口を開閉させていたが、なんとかオウパへと顔を向け、声を振り絞った。


「それが本当なら、どうして、あんな大きさに?」

「推測としては、ジッコ・バルム、が、非常事態要因、を生き抜けるだけの、生存能力、があったこと。非常事態要因後、摂取する養分、が従来を越える、質と量、であったこと。また、食物連鎖における上位者の捕食、あるいは、人類社会の衰退、に伴って駆除されることがなくなったこと。更に、成長を従来の大きさに留めていた制限が、なんらかの要因で解除されたこと、が挙げられます」


 クロウは返答の背景に気付き、口元を引き攣らせる。

 とそこに場違いとも言える音が無遠慮に鳴り始めた。通信機からの唐突な呼び出し音に、若者の肩がびくりと跳ね上がる。しかし、オウパに断りを入れると応答する。


「こちらエンフリード」

「はいはーい! かわいくて健気で、クロウの寝台で毎晩独り鳴いているミシェルちゃんからの求愛通話だよー!」

「切るぞ」

「ちょ、ちょっとまったっ! 冗談って訳じゃないけど冗談にしとくからっ!」


 クロウは無言のまま通話を切った。

 オウパが少し動きを止めた後、たずねてくる。


「勝手に通信を切って、よろしいのですか?」

「あー、また来るでしょうから」


 と言った直後、再び呼び出し音。

 クロウは致し方なしといった顔で出る。


「無言のまま切るのよくない!」

「また切ろうか?」

「それはかんべん! っていうか、そっちの時間に合わせて連絡してるのに扱い酷くない?」

「そこまでいう程の時差はないはずだし、今の時間ならそっちも昼だろうが」

「そうだけど、ほら、夜型の私が早くから起きて頑張ってるんだからさ、少しくらいはご褒美がないと、ねぇ?」


 女を色濃く感じさせる媚びた声。

 だが、相手の性格を相応に知っているだけに、クロウの対応は辛かった。


「そっちが普通にしてくれれば、切る必要がなかったんだが?」

「やー、それじゃ面白くないじゃん」

「面白いって、お前なぁ。シモ混じりの微妙な戯言に付き合わされる立場になって考えてみろって」

「え、私なら楽しく乗っかるけど?」

「お前はそういう奴だな、確かに」


 溜息一つ。


「俺からすると、ミシェルの明け透けな戯言は性分に合わんよ」

「んもー、余裕ないなー」

「その余裕を奪う、過去の行いと日頃の態度を鑑みてから言ってくれ」

「はいはい、わかりましたよーだ」


 少し不貞腐れたような声音。

 若者の脳裏に通信相手の面白くなさそうな顔が明瞭に浮かぶ。雑な扱いをしてるのに不思議なものだと思いつつ続きを促した。


「で、用件は?」

「依頼に関連しての追加情報、っていうか、依頼内容変更の連絡」

「追加情報はいいとして、内容の変更?」

「あ、大丈夫大丈夫。変更って言っても一方的でも難しいものでもないっていうか、むしろ簡単になるかもってものだし、報酬条件も変わらないから安心していいよ」

「そうか?」

「うん。でも、話をする前に少し確認をするから付き合ってね」

「了解」


 真面目な時はすごく安心できるんだけどなぁ。

 そんな感慨を胸に抱きながら、クロウは聞き慣れた声に耳を傾ける。


「クロウは今受けている依頼の終着点を当然覚えているよね?」

「ああ、ペラド・ソラールだ」

「なら、未開領域踏破後の道筋は?」

「計画だと、大東洋沿岸に到達した後、そっちと時期と場所をすり合わせて、迎えの船に来てもらう。それが無理な場合は、シャルバードを目指すってことになってる」

「うん、それであってる」

「これをわざわざ聞いてきたってことは、そこらが変更になるってことか?」

「そう。大東洋沿岸に到達後の予定を変更して、こちらが指定する座標に向かえ、ってことらしいわ」


 クロウはその程度かと安堵して口を開いた。


「聞く限り、合流とあまり変わらない感じがするんだけど」

「や、私もそう思ったんだけど、ほら、変更は変更だし、あらかじめ筋を通そうってことだと思うわ」

「あー、確かに、いきなりの伝達よりは遥かにいいな」

「でしょ」

「でも、こういう連絡が来るってことは、現地の状況が更新されたってことか?」

「そういうこと。ペラド・ソラールが大陸沿岸……大雑把な位置を言うと、東方域北東部になるのかな、そこで建設していた港が使用可能な状態に近づいたらしいの」

「へぇ、そんなの造っていたのか」

「ええ、できる限り、他所には秘匿する形でね」

「なんだがきな臭い話だな」


 クロウの率直な反応に、ミシェルが笑って答えた。


「実際、物凄く臭い話よ。ペラド・ソラールが近隣の都市(東部領邦)から距離を置くってことを行動で示したんだから。……あ、ついでに言っておくと、クロウが今受けている依頼もそれに絡んでる所があるから、他人事じゃないからね?」

「それもそうか」

「という訳で、おおよその事情説明は終了」

「了解。ちなみに、その場所の名前は?」

「秘匿対象ってことで、下りてきてない」

「いや、場所を聞く段階でもう秘匿対象じゃない気がするんだけど」

「それは上か向こうの担当者に言ってちょうだい」

「機会があったらな。で、そこの指定座標は?」

「ええとね、旅団図座標……」


 と続いて伝えられた座標を、クロウは膝の雑記帳に書き記した。

 そして、それが間違いないかを読み上げて確認を取った後、もっと相手をしてよと言わんばかりに粘ろうとする相手をあしらって通信を切った。ついで、ふうと一息。


 ミシェルの奴も落ち着いたら、たぶん、イイ女なんだろうなぁ。

 そんなことを考えた端から、落ち着く姿が想像できないなとの思いが湧き出てくる。これが今の彼女に対する彼の評価であった。


 少しもどかしいような、自分でもよくわからない複雑な思いをひとまず置いて、クロウは旅団図座標から経緯度を計算する。

 それから切り離した別の紙に書き写して、オウパに差し出した。


「オウパさん、目的地をこの経緯度に変更してもらえますか?」

「了解しました。頂いた経緯度、を目的地とし、移動経路を再設定します」

「お願いします」


 オウパが作業に移るのを確認した後、計算に使った紙を粉々に破り、乗降扉の小さな窓を少し開けて風に飛ばした。

 質の悪い紙は流されて散っていく。窓を閉ざすと、前面窓が通常の色に戻っていた。後ろから声。


「移動経路の再設定、が終了しました。到着予定時刻、ですが、大きな障害等がなければ、翌朝、〇八〇〇時頃、になると推定します」

「ありがとうございます。それにしても、こうやって一緒に来てもらえて、本当に心強いし、助かります」

「お気になさらないでください。元より、エンフリードさんは、我々の立場からすると、保護対象、です。加えて、三〇五補給工廠で深刻な問題であった、水不足、を大きく緩和してくださった、協力者、にあたります。加えて、西方方面軍の、後継組織、との、仲介者、として、三〇五補給工廠の存続に関わる、重要人物、でもあります」

「それでもありがたいですよ、本当に」


 クロウが重ねて感謝すると、端麗な機人はほんの少しだけ微笑んだ。



  * * *



 クロウ達の旅路は順調に進む。

 道なき荒野を往き、枯れた川や塩の原を渡り、崩れた道や街の跡を跨ぎ、確実に距離を稼ぐ。途中、給油作業と用足しの為の小休止を二度ほど取ったが、それ以外は走り通しである。

 これはひとえに、最大の脅威である甲殻蟲を避ける為。小勢とはいえ駆動音を響かせている以上、発見される可能性が高い。ならば危険地帯をより早く抜けてしまおうという訳である。


 そして陽が暮れて、星々が煌めく夜。

 車両は照明を付けぬまま、昼と変わらぬ速度で走る。車内も制御卓以外の照明が落とされて、薄暗い。


 クロウは角度を緩くした座席に座ったまま、つらつらと眠る。

 時折、車体が跳ねたりする為、熟睡こそできない。が、耐えることのない人工音が彼に安らぎを抱かさせる。独り旅では決してあり得ない、自分以外の誰かが警戒を引き受けてくれている事実が気を休ませるのだ。


 装輪が大地を駆る音。


 微睡み。


 一定の律動を保つ駆動音。


 安息。


 他に耳に入るモノはほとんどない。


 仮眠と半覚醒を繰り返す内、遠くから囁くような音。

 時を重ねるごとに大きくなっていく。


 それは大東洋が大陸を洗う音。

 寄せて返す、さざ波の調べだ。


 馴染みのない音を聞きながら、若者はぼんやりと夢を見る。

 幼子の頃の、母の腕に抱かれた時のことを。


 少し切ない、甘い夢。


 それはいつしか、いつかの日の、踊り子の姿に変わり……。


「エンフリードさん、ご起床願います」


 不意の声に、飛び起きた。


「ッ、なにか、ありましたかっ!」

「肯定します。前方哨戒中の、ヴァルサ一番機が、目的地、を捉えたのですが、不自然な、熱源反応が多数確認されました」


 クロウは寝起きで鈍る頭をなんとか回転させる。

 熱源反応は、熱を発するナニカがあること。それが複数、しかも、不自然に。


「火事……、いや、なにが熱源を生み出したかは後だ。なぜ、そんなことになっているのか、が問題か?」

「肯定します。我々は引き続き、現行事態の情報収集、に務めます。エンフリードさんは、現行事態について、後方支援者、への報告、及び、当該情報の有無、並び、関連情報の確認、をお願い申し上げます」

「わ、わかりました」


 頷く間にも、車体後方から鋭く短い射出音。新たな偵察機が打ち上げられた音だった。


 クロウは一つ頭を振って意識を覚醒させると、通信機を起動させた。

 呼び出し音がしばらくの間続く。今の時間はと計器盤に目をやる。速度計は〇を指し、時計表示は〇六一七。夜明けまで後一、二時間といった所。ならば、エフタは真夜中だ。女の声が耳元に響く。


「ごめん! こちらミシェル! なにかあったの!」

「護衛の小隊から情報提供を受けた。目的地で多数の熱源を感知している。それの原因について、なにか情報は掴んでないか?」

「昨日の連絡段階だと、聞いてない。うん、今から本部に行って、確認してもらうわ」

「わかった。こっちも引き続き情報を集める。そちらもなにか情報を掴んだら、連絡を頼む」

「了解!」


 通信が切れる。

 と同時に、クロウはオウパに話しかけた。


「オウパさん、依頼元には情報はないとのことです」

「了解しました。……エンフリードさんに、意見を求めます」

「はい」

「本護衛小隊がとるべき方針について、ここで待機して情報の収集を行うか、目的地に接近して情報の収集を行うか、上位権限体の中で割れております」

「オウパさんは、どちらを支持する?」

「護衛小隊指揮権限体といたしましては、最優先事項である、エンフリードさんの安全を確実に確保する為、この場に待機して、より詳細な情報を得る方が良いと、推奨します」


 それを聞いて、クロウは笑った。


「ありがとう、でもごめん。俺は接近して情報を収集したい。っていうか、機兵って職業柄、目的地にいる人が危ないかもしれないって場面で動かない訳にはいかないんだ。まぁ、実際、一人の力なんて知れてるし、仮にあそこで何かが起こっていても、何もできないかもしれない。けど、もしかすると、何かができるかもしれないから」


 端麗な機人は表情を変えないまま、しばし動きを止める。

 それが十秒程続いた後、ゆっくりと頷いた。


「現行事態を確認、及び、状況の終焉、に至るまで、本車内で待機していただけるならば、目的地に接近して情報の収集を行います」

「了解です」

「では、接近を開始します」


 車両が再び前進を開始する。

 その間にも情報が更新されていく。クロウの目にも分かるようにする為か、前面窓全てが黒く染まり、数種類の映像が大きく映し出された。


 一つは光学映像。

 暗闇の中、赤い光が幾つも浮かび上がり、なにかを照らし出している。


 一つは熱源探知。

 青黒い画面の中に、白や赤、黄や緑といった色が建屋や防壁らしき建築物を浮き彫りにしていた。


 そして、クロウは見た。

 複数の場所で、光の尾が幾つも走るのを。それが交差するように為されているのを……。


「銃撃、戦、なのか?」

「肯定します。目的地内部及び周辺で複数確認されました。複数電波帯で通信妨害と推定される通信障害を検出しました。また、周辺域に大型の動体を、三、確認しました」

「魔導船、だろうな」

「周辺域の動体を魔導船と仮定義します。また、銃撃戦を確認したことにより、目的地、及び、周辺域、を戦闘域と認定します」


 クロウはミシェルが昼に話していた内容を思い出す。

 目的地の建設には裏があり、それを疎む勢力が存在するということを。


「襲撃を受けているってことか」

「肯定します。魔導船より砲撃と推定される発砲炎を確認しました。また、各魔導船に所属を示す、認識票、並び、国旗、船旗、軍旗等の旗票、は確認できませんでした」


 ここまでわかれば十分だと、クロウはミシェルを呼び出す。

 即座の応答。だが、荒い息も聞こえてくる。


「なにか、状況が、わかったの?」

「ああ、目的地が、襲撃を受けている。繰り返す、目的地が、襲撃を受けている」

「了解。あ、頭に取次ぎを! うん! 緊急! という訳だから、こっちはもう少しだけ待って!」

「わかった」


 再び通信を切る。

 そして、クロウは自分はどうするべきかを考える。


 叶うならば、救援。

 しかし、自身にそれを為す力は……、いくら魔導銃があるとはいえ、足りないと思えた。

 となれば、それを為せそうな相手に頼むしかない。


 だが、本当に頼んでよいのか?

 彼らにも都合があるだろうが、第一義として、自分を護衛する為について来てくれたのだ。

 それを自分の勝手な行動に、付き合わせて本当に良いのだろうか?


 彼には判断がつかない。

 故に迷いを残したまま、唸る。


 それを断ち切ったのは、彼方からの通信だった。


「お待たせ! こっちに情報は来てないわ! 後、向こうにも問い合わせてもらってるけど、いつ返事が来るかまではちょっとわからない!」


 クロウは声を振り絞った。


「オウパさん。勝手な言い分だってわかってるんだけど……、目的地の、救援を、お願いできませんか?」


 若者のためらい交じりの言葉に、オウパは直に答えない。

 じっと待つこと十数秒。オウパは常と同じ無表情で口を開いた。


「クロウさんの要請ですが、上位権限体に問い合わせた所、現行事態が、戦時民間人保護令、の適用事態であると認定しました。また、目的地を、民間人居住地、として、要保護地と認定。所属不明勢力を、敵性勢力、と認定。これに伴い、本機に対して、交戦規定に基づく、交戦権限、が付与されました。本護衛小隊は、これより、民間人、及び、居住地、に対する攻撃を阻止、また、敵性勢力の撃退、を目的とする、戦闘行動に移ります」


 感情の色のない、静かな宣言。

 だが、クロウの背筋に言い知れぬ震えが走った。


「三〇五〇〇二五、より、小隊所属各人工知能体、に通達。本護衛小隊指揮権限により、状況終了に至るまで、優先指揮権を発動します。人工知能体戦闘運用規定により、命令は発声を伴って行います。小隊、情報連結確認……、完了」


 前面窓に、これまでと比較にならない程の映像窓が数値表と共に並び始め、暗かった車内が眩いばかりに明るくなった。


「飛行偵察分隊に命令。一番機、は本護衛隊上空にて、警戒待機。二番機、は本護衛隊周辺上空にて、哨戒を継続。三番機、は戦闘域上空での偵察観測を継続、並び、各種誘導を補助」


 矢継ぎ早の指示。


「戦闘分隊に命令。一番車、二番車、は前進し、居住地に対し攻撃を加える勢力を掃討。優先目標は、魔導船。主砲(機関砲)及び副装(機銃)の発砲権限は、各車に委譲。誘導弾の使用は状況に応じて、許可。ただし、本隊護衛対象に対する脅威の排除が、最優先事項。各車載分隊は降車。後、第一班、及び、第三班、は各戦闘車に追随し、これを援護。第二班、及び、第四班、は本車、及び、補給分隊並び給油分隊の周辺を、警戒。本戦闘における、戦闘分隊の損害は、これを無視する」


 そこに感情は存在しない。


「警戒分隊に命令。戦闘分隊の前進を、援護、並び、戦闘経過を逐次記録。車載班は降車。後、警戒車に追随し、迫撃支援」


 ただ淡々と為すべきことを為す。


「補給分隊は前線補給に備え、臨戦即応待機。車載班は業務を補助」


 自らに与えられた役割を果たす。


「給油分隊は致命事態回避の為、牽引車を分離隠蔽。車載班は業務を補助」


 それが彼らが生み出された理由であり、ヒトより求められた存在意義である。


「交戦開始」


 古き時代の力が、解放された。

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