四 ともされる火
どうして、俺はこの場にいるんだろう?
クロウ・エンフリードは幾度となく胸の内で繰り返した疑問に対して、白目を剥きたい気持ちで自答する。
ミソラ達に出資するということへの、自分の認識が甘かった結果だと。
「旧文明世界を滅ぼした断罪の天焔より始まり、地表を嘗め尽くした天変地異、愚者の凶宴と呼ばれる十五都市戦争、数次に渡る大漲溢、その中で起きたエル・レラの失陥と、私達は今に至るまで苦難の道を歩み続けてきました」
だが、少年は健気にも自身の心情を押し殺して、斜め前にある演台に立つ人物に目を向ける。
「そして昨今においても、帝国と同盟が資源をめぐって紛争を起こし、東方領邦域においては賊による魔導船襲撃が頻発しています。また、このゼル・セトラス域においても、エル・ダルーク周辺で発生した大規模行群やアーウェルでの移民騒乱と、けっして安寧の中にあるという訳ではありません。ですが、私達はこの地に根を張り生きていくことを選んだ以上、日々の生活を脅かす全てを排しながら、日々の営みを続ける必要があります」
淡々と、それでいて確かな熱を込めて言葉を連ねる男。
その姿は細い枯れ木に白衣が引っ掛かったような観である。だが、この人物こそが、少年が住まうエフタ市の長であった。
「どのような状況であっても人が人らしく生きる為に、確固たる力で人と財を守り、地を耕して緑と食を得て、技を振るい物を作り上げ、広大な荒野を行って品を運び、様々な役務でもって心と体を癒すことを為し続けなければならないのです」
クロウが見つめる中、エフタ市の最高権力者ルティアス・レンドールは一息置くと、再び口を開いた。
「無論、言うまでもないことではありますが、これらは一朝一夕に、また一個人や一組織、一郷一市で為せることではありません。全てはこの場に同席された皆様の尽力や協力、また、このゼル・セトラス域内外で生きる人々の力、そして、今日に至るまで縁を繋ぎ、日々の積み重ねを為されてきた先人達があってこそのことであります」
少年は朗々とした弁舌を耳に傾けながら周囲へと目を転じる。
場所は市内北西、第四魔導技術開発室が置かれた場末の倉庫区画。行き来がないことを良いことに、街路一杯に空を覆い隠すように広く張られた天幕。その下でエフタ市長と向かい合うようにして、五十以上の人々が簡易椅子に座っている。そんな彼らが身に着けているのは、砂海域に点在する諸都市や組合に属する証である制服、あるいは、ゼル・セトラス域での正装である白の貫頭衣だ。
「そして本日、共通暦三百十七年爛陽節第三旬十日。私達はこの地を支え共に生きていく新たな仲間として、一つの企業社団を迎えようとしています。名は、マグナ・テクタ。既にご存知の方もおられるかもしれませんが、マグナ・テクタの創設者達は魔導の分野において新たな術式や技術を開発し、またそれらを使った品々を創り出しており、この先も活躍が期待がされている処であります」
市長の言葉に導かれるように、人々の目がクロウの左手側に立つ面々……第四魔導技術開発室に属する四人の男女と一人の小人に向けられる。それぞれが自らの立場を示す正装をして統一感はないが、誰もが堂々と自信に満ちた顔をしている。
「今は小さくとも、この地この時において、新たな一歩を踏み出した彼らを、私は応援します。今後、彼らの智と技がより磨かれ、あふれんばかりの実を結ぶことを期待します。そして彼らがこの地に新たな繁栄をもたらし、またその繁栄が数多くの人々に恩恵を与えてくれることを願いまして、創設にあたっての祝辞とさせていただきます」
ルティアスが話を締めくくり一礼すると、場に集まった者達より拍手が沸き起こる。
クロウもまたそれに合わせて拍手していると、同じく拍手を送っていた右隣に座す人物が小声で話しかけてきた。
「先程から落ち着かない様子ですが、なにかありましたか?」
耳に聞こえ良い声である。
十人が聞けば八人九人がいい声だと認めるであろう、そんな声である。
しかしながら、彼にとってすれば、この声の主……彼のすぐ傍らで座っている人物も、場に馴染まずに浮足立っている彼を更に落ち着かなくさせていた。なんとなれば、隣席の女性は、彼が少しばかり苦手意識を持つ人物であるからだ。
もっとも、話しかけられた以上は返事をするのは礼儀であったし、彼自身も自らが抱えている苦手意識を払拭しなければと思っていたので、クロウは緊張をしながらも口を開いた。
「あ、あー、そ……その、慣れないと言いますか、どうして、お……私がこの場にいるのかなという思いがあったりしまして」
となんとか答えたが、視線を声の主に向けることまでは叶わない。
なぜなら、隣に座した人物の見目姿は常人のそれではない。
身に着けた白の貫頭衣が褐色の肌をより艶やかに引き立て、凹凸を美しく浮き立たせることで女らしさを際立たせているし、美顔としか評しようもない顔立ちに光沢をもつ青髪が相まって、見る者を強く惹きつける魅力がある。さらに付け加えると、諸所の立ち居振る舞いもつい目で追ってしまう程にしなやかで美しい。
そんな女性が、すぐ隣に座っている。
これだけで、元より女慣れしているとはいえない少年にとっては色々と対処に困るのだ。
そう、普段から接している相手で会ったり古くからの馴染みであるならばともかく、一度二度会ったか会わなかったかという相手では意識もしてしまうし緊張もしようというものなのだ。であるから、自然、現状への困惑と緊張とが顔に滲み出てくるといった次第である。
少年の表情からそういった感情を見て取った青髪の麗人……セレス・シュタールは素直な反応に自然と微笑んで告げた。
「面白いことを言われますね。エンフリード殿はマグナ・テクタでも大口の出資者なのですから、この場に臨んで当然でしょう」
「は、はは、そうですよね。ただ、何分、こういった場には縁がなかったものでして、どうしてもその、慣れないと言いますか」
クロウも頬を引きつらせるように笑って言うと、麗人はさもありなんといった調子で頷いて応じた。
「経験がないのですから、慣れないのは無理のない話でしょう。こういった場は数を重ねて慣れるしかありませんから。私もそうでした」
「へっ、そうなんですか?」
「意外ですか?」
驚きの声に対する、突っ込んだ反問。クロウはしまったと思うも、言葉に迷いながら言葉を返す。
「え、えーと、その……、はい。すごく堂々とされてますし」
「先も言いましたが、積み重ねの結果です。エンフリード殿も回数を重ねれば、慣れていきます」
そう言われた瞬間に、慣れたくないなぁ、と少年は思う。
その心情を感じ取った訳でもないだろうが、セレスは微笑みを苦笑に変えて続けた。
「エンフリード殿、マグナ・テクタに出資をしている以上は、今後もこういった場に出席する機会があるはずですよ」
「こういった場に?」
「はい、投資したからには経営方針に関与することになります。となれば、様々な見識や見解を得る為にも、社交はやはり大切になるのです」
「そ、その、経営方針に関しては、ミソラに委任する予定なんですけど」
「ミソラさんが間違った方向に進むか否かを判別する為にも必要となると思いますが?」
「えー、あー、私、本業が忙しいというか、忙しくしますので……、できれば勘弁してほしいところなんですが」
セレスは彼女の兄が面倒ごとを回避する為によく口にするような言い訳を耳にして、彼女にしては本当に珍しく悪戯心が働いた。
相手は友と認めた小人が絶大な信を持つ存在。加えて、初対面の時に示した気高さや報告で聞き知った各地での活躍に対する好感もあれば、幾度となくミソラから為人や逸話を聞いていたことからの気安さもあった。
故に、衝動的な遊び心は頑強な枷を突き破って表に顔を出した。
「エンフリード殿は、この社団において、たった二人しかいない外部出資者であるというのに、私一人だけでミソラさん達にモノを言えというのですか?」
麗人は少し声を落として、悲しげな風情を作る。
「うっ、いや、その……」
まるで思ってもいなかった状況に陥り、少年は混乱しつつも取り繕おうとするが、その表情は今度こそ引きつっていた。
その原因を作った魔女から見れば、少年の表情や目の動きから、どう返そうか悩み困って心中で右往左往しているのが容易に読み取れてしまう。彼女にとっては、普段相手にしている可愛げのない大人達と比して、純朴で微笑ましい反応であった。
これはちょっと、楽しいかも、しれません。
悲しげな振りの中に、微かな愉悦の色。
親しい者が見れば、やはりあの兄の妹だと納得できるであろう表情である。
「私とて本業が忙しい身なのです。それなのに、エンフリード殿は……」
「あ、はい、できる限り、出席するようにします」
「そうですか。ならば、その時はよろしくお付き合いください」
「は、はぁ、わ、わかりました」
と答えたモノの、クロウの顔には釈然としないものが残った。その違和感に導かれるまま、彼はちらりと麗人を見る。
そこには冷然としたすまし顔があった。先程までの悲しげな色は、完璧なまでにどこにも見えなかった。
あれ、もしかして、俺、引っ掛けられた?
そう思った瞬間、女って怖いと、げそっとした気分に陥った。
他方、セレスは少年の横顔を横目で窺いながら、たまにはからかう側に回るのも悪くないと、少しだけ悦に浸った。
珍しいことがあるものだ。
来賓席に戻ったルティアスは演台を挟んだ向こう側、娘のような麗人の顔に微かな悦を認めて目を見開いた。
というのも、彼が知るセレス・シュタールは職務で必要とならない限り、身内以外に感情の色を見せることを良しとしない人物であるからだ。
これは彼女自身の元よりの気質もあるだろうが、今のように頑なに隠すようになったのは……それを見せることが弱みと言わんばかりに表情を殺すようになったのは、先代である彼女の父が亡くなってからのこと。
その理由が肉親の死による自立からなのか、名家シュタールの血族としての自覚から生じたのか、はたまた年若い身で組合の重役を担うようになったが故なのかは、彼にもわからない。
ただ、そんな娘がほんの僅かとはいえ、公の場で感情を見せた。
自らを公私にわたる麗人の後見者と自任する男は、この珍しい事態に冷めた心が解け始めたかと、多大な期待と幾ばくかの興味をもって原因を探る。
彼が見る限り、麗人は普段と変わらぬ姿勢で式典を見守っている。
が、少しばかり隣の様子も気にしているようにも見えた。
「ふむ」
五秒に満たぬ観察を終え、ルティアスは麗人の隣席……、若い機兵に目を向けた。
年若いとはいえ、機兵は機兵。現代における武の象徴である。
それを裏付けるように、公認機兵礼装……機兵服に白の袖なし長衣が包む身体は傍から見ても良く鍛えられており、戦う者の雄々しさを生み出している。
また顔立ち。隣に座る麗人のような、一目見る者を魅了するような美しい造詣ではない。だが、それを十二分に補えるだけの精悍さが、揺るがぬ芯のようなモノがしっかりと宿っている。さらに言えば、眼差しは相手に怖れを抱かせるような猛々しいモノではなく、闇夜に灯る燈火の如く穏やかであるが力強いといった風情で、年に見合わぬ落ち着きを生み出している。
これらと鮮やかな赤い髪とが相まって、若者の形貌は見れば見る程に人を惹きつける、男の色香があった。
ほっ、これはこれは……、なかなかの男ではないか。セレスの存在が目晦ましになっていたとはいえ、今まで気づかなんだことが恥ずかしくなるの。
そんなことを思いながら、ルティアスは改めて二人の姿を見る。
青髪の麗人と赤髪の機兵。
見るに対照的な両者であるが、老市長は口元を綻ばせる。
悪くない、な。
欲を言えば、セレスと若いの歳が共に二三前後しておればと思わんでもないが……、これも巡り合わせだしの。まぁ、とりあえず、今晩あたりにでも突いて反応を見てみるか。
ルティアスは娘同様の相手をどう攻めようかと楽しい気分で考えていると、目つきの悪い男が慣れぬ風情で声を上げ、場を仕切りだした。
「えー、これにて当社団の創設式典を終わらせていただきます。引き続きまして、えー、当社団の製品及び試作品を紹介させていただきます。当社団の製品等に興味を持たれた方は、えー、案内がありますまで、今しばらくお席にてお待ちください。……繰り返します」
さて、これからどうすればいいのか。
クロウは近くで声を張り上げる男、ガルド・カーンを見やりながら考えていると、小人が翠色の燐光を放ちながら飛んできた。その珍しくも不可思議な光景に、会場で案内を待つ者達からの注目が自然と集まる。少年は物理的な圧力になりかねない程の視線を極力意識から排して、十八ガルトに満たぬ小人に一言。
「帰っていい?」
「はーい、お疲れさまーって言ってあげたい所なんだけど、関係先っていうか、これから世話になる取引先とかに挨拶……は、まぁいいにしても、うん、来賓への挨拶だけは絶対にしないといけないから却下になります!」
「だろうと思った」
クロウの肩が少しばかり落ちたことを認めて、ミソラは困ったように笑って口を開いた。
「厭わしい気持ちもわからないでもないけどさ、これも経験っていうか、クロウの目指すところにも絶対に役立つと思うから、付き合いなさいな」
そう諭されてはクロウに反論のしようもない。
一人の力で滅びた故郷を再興するなど到底不可能なことなのは、彼自身もわかっていることなのだ。先々のことを思えばこそ、顔を繋ぎ伝手を作ることに意味がある。そう自身に言い聞かせて、少年は小人に頷いた。
と、そこに横から声。
「エンフリード殿の目指すところ、ですか?」
青髪の麗人である。
彼女はクロウとミソラに会話の中、初めて聞く言葉に自身でも驚く程に興味をひかれたのだ。
この思ってもみなかった口出しに、クロウは思わず瞬く。もう一方のミソラもセレスが口を挟んだことに意外そうな顔。だが小人はすぐに我に返り、答えていいかと問いかけるように少年の目を見つめる。
クロウはまだ何も具体性のない目的を話すことに難しい顔。けれど、自分に向けられる真剣な小人の眼差しに負けて頷いた。これを受けて、ミソラはセレスに対して至極真面目な顔で告げた。
「クロウの夢って奴よ。いつか自分の手で開拓地を拓きたいっていうね」
一番大切な動機となる部分に関しては、これは私が口にして良いことではないと、ミソラはぼやかして答えた。
セレスは小人の言葉に一つ頷くと、怜悧な視線をクロウに向けて話し出す。
「なるほど、開拓地を……。そうですね、開拓地を拓こうと考えるならば、尚のこと、今日のような機会がある時には積極的に参加して、色々な人と話をして顔を広めるべきですね。なにしろ開拓地を拓き運営していこうとなると、外部からの有形無形の支援は不可欠ですし、物資や建材の取引をする相手も必要となります。そういった支援や取引の相手を探し見極める場になりましょう」
クロウは挨拶することには意味があると考えていただけに、納得して首肯する。
それを認めて、麗人は先を続けた。
「ですが同時に、多くの人がエンフリード殿の為人を見極め、伝え聞く姿と照らし合わせようとするでしょう。……あなたが信の置ける相手であるのかを見極める為にも」
セレスは今日の式典に集まった人々に目を向けて語を紡ぐ。
「これは商取引に限らない話ですが、人と人との関係性を考えると、一番大切になるのはやはり信用です。ですが、この信用は簡単に生み出せるモノではありません。機兵として活動しているエンフリード殿には言うまでもないことだと思いますが、信用は契約や約束を守ることで初めて生まれてくるものです」
クロウは胸にある孤児院での教えを声に乗せる。
「それがどれ程軽いモノであっても、約束は守りなさい。できない約束は口にしてはいけません」
「良い言葉ですね。誰もがそうあれば良いのでしょうが、それもなかなかに難しいことです。だからこそ、信用というモノはかたくて重い。そして、これを育てるのは日々の地道な行い……ただひたすらに、嘘をつかず誠実であることを心掛け、約を守り続けることで信に信を重ねるしかありません。もっとも、そうやって積み重ねてきても時と場合によっては脆く、一瞬で崩れ去ってしまうこともありますが」
そこまで言った後、不意に何かに気が付いて、少し興が乗った顔で続けた。
「そう、これは先程、エンフリード殿が私と交わした約についても言えることですね」
「……できる限り参加するようにしますから、本当に仕事の時だけは勘弁してください」
なぜにどうして、ほんとうにどうして、こんなことになったんだ?
クロウは嘆きを隠しつつ、小人の面白がるような顔を視界の隅に認めながら、なんとか答えたのだった。
* * *
製品や試作品の展示が始まるのに合わせて、クロウは麗人と小人に連れられる形で来賓への挨拶に回る。
まずは来賓を代表して祝辞を述べたエフタ市長。次に域内諸都市の公使達が六人、組合連合会の幹部職員、エフタ市商工会の会頭、旅団や砂海金庫の幹部といった具合に、順々に巡っていく。
もっとも、そこで為された会話には具体的な内容はほとんどない。儀礼の皮をかぶり、時ににこやかに時に大仰に、マグナ・テクタ創設への祝辞と今後の展望への探りが為されるだけである。
そんな挨拶回りに付き合うクロウであるが、当然というべきか、初対面の相手が多いこともあって幾度も自己紹介することになる。彼にとってすれば必要なことであるとわかっていたとしても、慣れぬ状況に緊張し相手の名前を覚えなければならないこともあって、かなりの負担となった。
ただ、アーウェル市とエル・ダルーク市の公使、そして旅団の幹部と話をした際には、先だっての事案の際、協力したことへの感謝があった。この時ばかりは彼も積極的に口を開き、今現在の復旧復興の状況に聞き入った。
とにもかくも来賓への挨拶を一通り終えた所で、クロウはミソラより晴れてお役御免を言い渡されることになる。
「うんうん、お疲れ様! 今日のクロウのお役目はこれでおしまい! 慣れないことなのに頑張ったわね、クロウ! おねーさんは鼻が高いです!」
「はいはい、神経を使う場所に引っ張り出してくれて、ありがとさん」
「こらこら、悪態をつかない。誰が聞いてるかわからないんだから!」
「愚痴の一つも言えないなんて、酷い世界があったもんだ」
二人の会話を傍らで聞いていたセレスは少し頬を緩めて口を挟んだ。
「聞いていた通り、仲が良いようですね」
「まぁね。ただ最近、ちょっと生意気になってきてるけど」
「人の物にまで手を出す、食い意地を張ってるおねーさんに言われたかないよ」
「ほらね」
言ったとおりでしょと肩を竦める小人。他方の少年もまたやれやれといった風情で首を振った。
そんな二人の気の置けないやり取りを見て、セレスは少し羨ましく感じてしまう。けれど、それは口に出さずに、ただ微笑みを浮かべた。小人は麗人の表情を見て、微かに眉根を上げる。が、次の瞬間には、クロウに顔を向けて話しかけていた。
「そうそう、前に話してた交換条件だけど」
「ああ、改良した魔導艇の試験をするって奴な」
「うん、あれもう少しだけ待ってもらっていいかな。今日の準備で色々と立て込んでたから、最終の調整が終わってないの」
「別に構わないさ。というか、俺も仕事が残ってるし」
「ちなみに、それはいつ行く予定?」
「今の所、明後日」
「んー、それ、三日後ぐらいにならない?」
ミソラの要望を聞き、クロウは不思議そうに首を傾げる。
「まぁ、一日位なら遅くなってもいいけど、何かあるのか?」
「うん、遺構探索っていうか、それ以外でも間違いなく役に立つモノを一つ二つ用意してるんだけど、これも今日のことがあったから、ちょっと完成が遅れててね」
「それが三日後ってことか」
「正確には明後日には完成して届けられるって感じかな」
「了解。っていうか、何を作ってるんだ?」
「それは当日のお楽しみです」
不安を露わにする少年の顔を見て、小人は面白楽しそうに笑って続けた。
「大丈夫よ。マグナ・テクタで作るかもしれないモノの試作品だから、下手な物は作らないわよ」
「あー、つまり俺は実験台って奴か」
「言葉を飾らずに言えばね。けど、見返りに使ったモノをそのままあげるわ。まぁ、使った感想を聞いて手直しとかしたいから、正式には一度返却してもらってからになるけどね」
クロウはしばらく言葉に迷うように目をさまよわせた後、諦観が入った笑みで言った。
「おねーさんの腕を信じたい所だけど、ここは正直に爆発しないことを祈るよ」
失敬なと騒ぐ小人は放置して、クロウは別れの言葉をセレスに述べて場を辞した。
その足で向かう先は自宅……ではなく、試作品等の展示場である。場所は天幕のすぐ傍、第四魔導技術開発室が入った建物、その隣から三つの倉庫だ。
遠く聞こえてくるざわめきを耳にしながら、まずは開発室のすぐ隣にある倉庫へ。いつの間にか取り付けられていた看板には、マグナ・テクタと大書されている。中を覗いてみれば、これまで収まっていた貯蔵物資は別の場所に運び出されたようで広い空間となっていた。
がらんとした場の中央部に、多種多様な形状の甲殻材と何やら魔導機器の類が展示されており、五人程の人影が見入っている。企業関係者と思しき白い貫頭衣姿ばかりだ。そんな彼らの傍らでは、カーンが常よりも表情を柔らかくして説明をしているようであった。
邪魔をしない方がいいだろうと、そのまま通り過ぎて次の倉庫へ。
こちらも先と同じく、出入り口脇に新しい看板が張られている。見れば、マグナ・テクタ第一工房とあった。
ついで開かれたままの扉より中を伺う。場の中央手前に、今朝方マディスに預けた自身の乗機が魔導機用甲殻装甲や斥力式防護具と共に配置されており、十人近い人を集めていた。そして今は、出張扱いで手伝いに来ているエルティア・ラファンが熱を込めた語りで解説をしているようであった。
あの調子ならティアは大丈夫だろうと、クロウは別の人垣ができている左方へと目を向ける。
そちらには魔導機用魔導銃が展示されており、金髪の魔導士ことシャノン・フィールズが十数人はいる制服姿の人々を相手に、落ち着いた様子で兵装の概要を話していた。
そのシャノンに関してだが、実はここ最近、クロウはあまり話をしていない。自身が仕事を請けていたこともあれば、シャノンもまたマグナ・テクタの立ち上げ等で忙しいこともあって、なかなか時間が合わなかったのだ。
そんなこともあり、クロウは少し話をしていきたいなと考える。が、現状を見る限り、もう少し落ち着いてからの方がいいだろうと判断して、次の倉庫へと向かった。
そして至った最後の倉庫であるが、ここの看板にはマグナ・テクタ第二工房の文字が並んでいる。
第一工房が魔導機とかなら、こっちは魔導艇かなとあたりをつけて中を覗く。クロウの想定は当たっており、広々とした空間は手前側に魔導艇があった。ただし、先に彼がエル・ダルークまで乗っていった試製一二型と、空を舞って大破した試製一型に似た舟艇の二隻である。
ミソラから改良魔導艇の試走を頼まれていることもあって、クロウの足は自然と中へ。建屋の中は少し涼しく感じる。けれど、さすがに暑くないとまではいかない。
後でシャノンさんとティアには濡れた手拭でも持っていこう。
そんなことを考えながら、乗ったことがある一二型の近くへ。先客が数人おり、大きな抑制翼や二重反転推進器、銃口を覗かせた魔導銃に見入っている。
クロウも砂塵が取り除かれ、紅い光沢を取り戻した装甲に触れる。艶やかであるが、細やかな傷がいくつも感じ取れた。エフタ-エル・ダルーク間の往還、或いはエル・ダルーク周辺域を奔り回った時についた傷だろうと察して、頬を一掻き。そういうものであるし、自身に責があることではないとわかっていても、少し気が咎めたのだ。
焼成材の時はあまり気にかからなかったけど、甲殻材は皮膜の管理もしっかりしないといけないかな。
今後の管理について思いやりながら、制服や白い貫頭衣姿が二十近く集まっている場へと向かう。その途上、耳に入ってきたのは男の声。魔導艇の設計開発を担っているロット・バゼルが自らの創造物について説明する声であった。
「今見ていただいている試製一三型は、基本設計である試製一型に、先程、あちらで見ていただきました試製一二型、その試走で得た情報や知見を加えて改良しています」
クロウは人々の合間より新たな魔導艇を見てみる。
斜め前から見てみると、試製一型に似ているが見た目は大きく異なっていた。
具体的に言えば、舟艇全体がより流線的な形状となり、側面には凹凸……というよりも切れ込みが入って細長い翼を二重に作っているのだ。後ろ側がどうなっているのか気になり、場所を移動して見る。推進器や垂直翼の形状はあまり変わっていない。だが、その土台となる後部艇体は絞り込むように細くなっていくのに対して、両側の翼はそのまま伸びていた。
なんだか前よりも鋭くなった感じだ。
少年が近日乗るであろう舟艇に見入っていると、再び開発者の声が響く。
「こちらも近く試走する予定ですが、一二型とおおよそ同程度の性能を最低限確保しつつ、旋回能力や機動性、航続距離等において向上があるだろうと見込んでいます。実際の試験結果次第となりますが、この一三型を基礎形として、まずはお試し版とも言える先行型を十艇程生産し、希望される方に正規の半額程度で販売する予定です。その後、先行型をの使用者より使用感や現場からの要望等を抱きまして、正式な量産仕様を作成する計画となっています」
ほうほうそうなのかと頷いていると、優男はずり下がった眼鏡を押し上げて告げた。
「以上で、斥力浮上式魔導舟艇についての説明は終わります。ここまでで何か質問等はありませんか?」
その言葉に即応するように、ほぼ全員が手を挙げた。
その反応の良さに、クロウはびくりと驚く。その間にも一人目の質問者が声を上げた。
「エフタ市軍第三艦隊のタンクと言います。先程、一二型でエフタ-エル・ダルーク間を往還したと聞きましたが、それは無補給で為されたことでしょうか?」
「片道のみの無補給です。また試験で使用された航路は魔導船航路ではなく、両都市を一直線で結ぶという形でした。……そちらの方、どうぞ」
「ルヴィラ市軍エフタ駐在武官のワッツです。一三型においては航続距離が向上すると言われましたが、一二型と比べて、どのくらいの向上を見込んでおられますか?」
「抑制翼を外して軽くなった分を魔力蓄積器の増設に回しましたので、最低でも二倍は間違いなく伸びます。ただ先も説明しました通り、魔導艇には複魔器が搭載されていますので、実際はもっと伸びるでしょう。それこそ、搭乗者の体力が尽きる方が早い可能性がありますね」
確定した事実を述べるような声音に、どよめきが起こる。その中でも挙がる手。バゼルが指し示すと、新たな質問者が声を上げた。
「旅団調達部のコーネルと申します。魔導艇に搭載されている魔導銃は基本装備として付くのでしょうか? また別の兵装を取り付けることは可能ですか? 後、先行型の提供と正式量産に移る時期をおおよそでいいので教えてください」
「はい。ええと、最初の質問につきましては、市軍或いは旅団仕様に限り、基本装備です。他の兵装の搭載に関してですが、この一三型には盛り込まれていませんので不可能です。が、設計の変更次第では可能であると考えます。後、最後の質問への答えですが……、先行型が早くて今年中、遅くても来年の旭陽節の末、量産仕様が来年の中程から最悪の場合でも来年中に提供できるようになるはずです。ただ、何分、生産設備がまだ整っているとは言えませんので、一度の多数となると再来年になると思われます」
といった具合に、バゼルは次々に出される質問に淀みなく答え続ける。
その様子をさすがだと感心して見ていたクロウであったが、ふと、ここに至るまでの間に、もう一人いるはずの人物を目にしていなかったことに気が付いた。
マディスさん、どこにいるんだろう。
目的の人物を探して、工房内を見渡す。
だが、頼れる先達の姿は見えない。ここじゃないのかと思い至り、人々が知り合いや隣の誰かと話し始めた場を離れて外へ。建物を出たところで、首を左右に振って街路を見やる。天幕の下に、ミソラやセレスに加えて出席者と思しき姿。だが、マディスの姿はない。どこにいるのかと首を捻りながら、隣の第一工房へ行って中を覗く。
中は先と変わらず二人の少女が仕事をしていた。
エルティアは斥力盾の性能を見せるべく、盾の斥力場を展開させて見物者に小さな球を投げさせている。一方、シャノンは魔導銃の外装を一部外して、材質や機構について解説をしているようだった。
ここでもな……、あ、いた。
クロウはパンタルの後ろ……薄暗い倉庫の奥に、マディスらしき体格の人影を認めた。
先達が何をしているのかが気にかかり、建屋の中に入る。仕事中の二人や既にいる観覧者の邪魔にならないよう、端を歩いて奥へ。外から見た時には随分と薄暗く感じたが、実際に行ってみると小さな窓からの光に魔導灯の青白い光が加わって、思ったほど暗くは感じなかった。
そして、目に入ったのは無骨な脚と、それに支えられた胴体。マディスが作っている多脚機だ。
全長は大よそ四リュート弱、脚を含めた全幅が四リュート程、全高は三リュート程度で、以前クロウが搭乗したものよりも横に大きくなっている。その四隅より伸びる太い脚は長さ二リュート半程。前三本後二本からなる指爪を持つ接地部より、人で言う肘や膝にあたる関節部までが一リュート半弱だ。今は外装がなく、鋼鉄製の骨格内には関節部まで続く油圧管や束になった配線、更には冷却系と思しき配管が見える。
より近づいて胴体を見てみれば、前方にある操縦部を除いた大部分の装甲が取り外されており、頑丈そうな骨格が丸見えになっている。
その内部であるが、幾つもの歯車に動力油圧管、回転儀と書かれた箱、関接合部材で構成された脚部連結可動部が頑丈に固定されていれば、機体を縦に貫く均衡維持装置と対向重量器が下部側面に取り付けられている。また、骨格の隙間を塞ぐかのように魔導蓄積器が多数はめ込まれている。そして、油圧槽や熱交換器、複魔器と思しき大型器物が後方下部にあり、それらと各所を繋ぐように大小さまざまな配管が伸びていた。
まさに無機の集合体と呼べる外観。
そこに様々な配線が這い回っていることもあって妙な生々しさがあり、甲殻蟲に勝るとも劣らぬ異形に仕上がっている。
だが、クロウには、その異形とも称せる程の存在感はとても心強く、見るだけで圧迫されるような重厚感は力強く見えた。それはもう、自身が乗っている魔導機すら凌駕する程にである。
「こりゃ……、すごいな」
思わず、クロウの口から感嘆が漏れ出る。
もっとも、これに応じる者はいない。そう、誰一人として、これを見に来ている者がいないのだ。
どうして誰もこんなにすごいモノを見に来ないんだろう。
少年が一人で首を傾げていると、人の気配を感じ取ったのか、多脚機の反対側にいたマディスが顔を覗かせた。体格の良い男はクロウの姿を認めると、相好を崩して声をかけてきた。
「おぅ、エンフリード」
「あ、どうも、マディスさん。これ、凄いですね、ほんと、こう、言葉にできない凄味があるというか、前に乗って動かした時よりもすごく感じるというか、とにかくスゴイです」
「くはっ、凄いしか言ってねぇぞ、おい。……とはいえ、お前さん位じゃねぇか? こいつをそんな風に言う奴ぁよ」
「そうですかね? けど、うん、これ、なんか、ほんとに、良い感じがします」
「誰も寄り付かねぇのにか?」
「いや、そんなことはどうでもいいです。それより、これって武装とか付けるんですよね? どんなのを載せるんですか?」
マディスはいやどうでもいいってのはぁ困るんだがなぁとボヤキながらも、クロウの食いつきの良さに悪い気がしないのか疑問に答えた。
「こいつに関しては、胴体の上に旋回式の三連装魔導銃を載せる」
「三連装?」
「ああ、今の所、連射式の開発が中断しているからな、単発式の魔導銃を……こう、三角に束ねてよ、それぞれに時間差をつけて、立て続けに撃てるようにしたって寸法よ」
「なるほど、それなら一つがダメになっても他のが使えるから、信頼性が高くなるってことですか」
「そういうこった。なんせ修羅場だと、一つの故障が命にかかわるからな。魔導機用のもこいつを応用するかって話もしてる」
「おー、いいですね」
クロウは頷いて賛同すると、再び多脚機に目を向けて続けた。
「それで、この多脚機ですけど、操縦に一人、その魔導銃の射手に一人でってことで、二人乗りですか?」
「まぁ、最低でそうなるわな。実際は……、ほれ、後ろに回ってみろ」
マディスに促されるまま、少年は機体の後ろに回ってみる。両脇に脚部との連結器、下部骨格の側面に左右へ伸びる均衡維持装置がある。ついで、上部に目を向けるが、そこには何もなかった。高さと幅一リュート半程度、奥行き二リュート弱のがらんどうがあるだけである。
「マディスさん、これって」
「おうよ、小さいながらも積載部ってぇ奴だ。一応、人だとぉ、五人程度は乗れる計算なんだがぁ、使いようによっちゃあ、色んな物資を載せるのもいいし、他の兵装を載せるのもぉいいだろう。救護機器を載せるってぇのも考えられる。後はぁ、そうだなぁ、通信機器を積み込んでよぉ、指揮車代わりってぇこともぉできるか?」
「へぇ、応用が利きますね」
「へっ、現場だと使い勝手の良さが命だからよぉ、それなりに考えたって訳さ。……っと、そうだな、おめぇにも意見を聞いてみるか」
そう言うや、マディスは自分に一番近い後脚へと向かい、クロウを手招き。応じて近づいてみると、油汚れが染み込んだ太い指で、接地部の内側を指し示す。少年が注目してみると、骨格に覆われるように、魔導機関の動力として使用される回転盤が見えた。
「回転盤、ですよね、これ?」
「ああ、そうだ。脚だけだとよぉ、どうしても動きが遅くなっちまうからな。そういった欠点を補うためにもぉ、こいつを使って走行させようって考えてるのさぁ」
「なるほど」
クロウは試験で乗った時のことを思い出し、納得したように頷く。そんな彼に対して、マディスが難しい顔で言った。
「ただぁ、取り付けるのが、装軌か装輪、どっちがいいかで他の面子から意見が出とってなぁ。中々、結論がでねぇんだ。だから、おめぇの意見も参考にしたい」
「うーん、どっちがいいか、ですか」
クロウは腕組みして考える。
付けるのが無限軌道かタイヤ車輪かを考えると、確かに悩ましい。
無限軌道は砂地や礫地といった不整地において安定した力を発揮する一方で、何らかの衝撃で履帯が外れてしまったり、整地された道路や街路では道に負担を掛けると聞いている。
他方、装輪式は道路や街路に負担を掛けないことに加え、接地面での振動を軽減するので搭乗者の負担がより軽減されるらしい。けれども、不整地での走破性は無限軌道に劣ると聞くし、タイヤの破裂といった問題も起きる。なによりも、原料となるゴムが高価である為、タイヤ自体が高い。
「俺からすると、基本は装軌、ですかね」
「おぉ、やっぱり、おめぇもそう思うよな!」
「ええ、この多脚機に出番があるとすれば、やっぱり砂海が主でしょうから。けど、都市の中で動かすこともあるはずですし、装輪と交換できるような仕様にしてほしいって、思っちゃいますね」
「かー、結局はそういう結論なるわなぁっ! ちくしょうめっ! こりゃあ装輪も作るしかねぇなぁ!」
嘆いているようでいて、楽しげな声。
クロウは耳にした言葉からどういう意見だったかを察して苦笑する。
そこに横からの声。
「お話し中の所、申し訳ない。クロウ・エンフリード殿とお見受けします」
唐突な呼びかけに何事かと振り向く。
そこには軍服……黒ズボンと緑色の上着姿の男が二人。クロウは両者の顔を認めて、あっと声を上げる。その反応に、二人は揃って安堵の表情となった。
「お久しぶりです。ソレル少尉、バローネ大尉。アーウェルではお世話になりました」
「いえ、それはこちらの言葉ですよ、エンフリード殿」
「ああ、君があの時あの場に居てくれたからこそ、私も五体満足でこの場にいられる。感謝してもしきれない」
クロウは二人と相次いで握手をした後、首を傾げて質問する。
「でも、どうしてお二人がここに?」
「実は復旧の目途が付いた辺りで、エフタ公使館付の武官を命じられまして」
ソレルの言葉を受けるように、眼鏡を掛けた青年大尉が口を開いた。
「ソレル少尉に関しては、間違いなく幹部教育の一環だろう。……私に関しては、少し頭を冷やしてこいといった所かな」
「大尉」
バローネは部下の呼びかけに苦笑して続けた。
「少尉、今更取り繕う必要はないさ」
「ええと、どういうことですか?」
「なに、あの後、少しばかり移民というか、事を起こした連中の残党への当たりを強くしすぎてしまってね。上からやり過ぎだと、謹慎処分を受けたんだ。そして、謹慎があけてすぐに、こっちに回されたというわけさ」
「そ、そうですか」
この人は理性的な印象だったんだけどなぁ。
クロウが信じられない気持ちでいると、当の本人が肩を竦めて続けた。
「確かに行き過ぎたことをしたとは思っているし、処分も当然だと思っている。が、後悔はない。……とはいえ、どうしてもやりきれない気持ちが残ってるよ。連中があんなバカげたことしなければ、とね」
バローネはそう言うと口を閉ざした。代わって口を開いたのは、若い少尉であった。
「あの、ところでなんですが、この……ええと、多脚機、でしたっけ? これについて、話を聞かせてくれませんか?」
「あ、はい、マディスさん?」
「お、おぅ、取りあえず、おめぇは適当に見て回ってくれや。……あー、んんっ、俺がぁこいつの開発を担当をしとる、ウディ・マディスだ。まずはぁ、開発概念と概要といったことをぉ、話させてもらおうか」
「お願いします」
ソレルが言うのに合わせて、青年大尉も小さく黙礼する。
クロウはマディスの邪魔にならないように少し離れて、アーウェル市軍の二人に目を向ける。ソレルは別れた時とあまり変わってはいなかった。しかし、もう一人の方、バローネが依然と比べて、表情に差し込んだ陰が深いように見えた。
あの騒乱で、部下を何人も亡くしていると聞いてるし、それがずっと心に残ってるからだろうな。
そんなことを考えながら、クロウは多脚機の前へと回る。
前方部の主である操縦席は以前の試験機よりも後ろに下がり、胴体に組み込まれていた。操縦席の脇より簡易な梯子が下ろされていたこともあり、足を掛けて一段二段。そうして中を覗きこむ。
座席の角度が少し深くなった他は、あまり変わった印象は受けない。座席の腰下より伸び出ている間接制御機構は変わっていないし、計器類も一つ二つ増えただけで、そう変化はない。ただ操縦桿の類が増えているように見えた。
操縦したらどんな感じだろう。
クロウが興味深げに内装を眺めていると、マディスの話し声がこちらに近づいてきた。邪魔になるかもしれないと、少年は階段より降りたった。
「当然のことだがぁ、全高は脚が付いとる分、従来の半装軌車やぁ装甲車両よりもぉ、高くなっとる。まぁ、脚の内側に付ける装軌を使うときゃあ、今の姿勢よりも低い体勢で固定する仕様にするつもりだからぁ、移動する時もそう不便は感じねぇはずだ。むしろ、今見てもらってる通り、魔導機並みに存在感があるからよ。魔導銃を装備すりゃ、賊党相手でも十分に牽制や威圧ができるだろうな」
「確かに……、あの時に、これがあればと、思わずにいられないな」
マディスは自分に目を向けるクロウに手を上げた。それから、青年大尉に問いかけた。
「さっきの話に今の物言いだとよぅ、おめぇさん、例の騒乱の時に、移民の連中とやりあったのか?」
「ああ。……いや、正確には一方的な攻撃を受けて退いた後、援軍に来たエンフリード殿が脅威になる魔導機をほぼ一掃してくれたお陰で、面と向かっての交戦はしていない。精々が、逃げた連中が立てこもった建屋に弾を撃ち込んだ程度か」
「そうかい。ならまぁ、魔導機で蹂躙されたり、銃撃戦にならなかった分だけ、死傷者が減ったってこった。指揮官としては喜ぶべき所だわぁな」
直接関係していない第三者の意見を聞き、バローネは眉間にしわを寄せた。
それに気が付いたのか、マディスはさらに続ける。
「それが傍で聞いた時の感想って奴だろうよぅ。まだ犠牲者が少なくて済んだ方だって見方がなぁ。……まぁ、外野がどう見ようが、指揮官としちゃあ、その時に何もできなかったことに思うところの一つや二つあってもおかしかねぇがな」
ずけずけと遠慮のない言葉。
初対面の相手に随分と突っ込んだことをいう先達に、クロウは困惑する。見れば、随行している若い少尉も戸惑いを見せている。
だが、言われた側の青年大尉はただ嘆息して応じた。
「仰る通りですね。……ただ、悔いがあるのは、自分が出した命令に対してです」
「その命令って奴はぁ、状況を考えればぁ、機兵にぃ足止めを命じたってあたりかぁ?」
バローネは見事なまでに言い当てた相手へと、弾かれたように顔を向ける。真剣な眼差しを受けた壮年機兵はふっと寂しく笑って後を継いだ。
「よくある話って奴だぁ。機兵ってのはよぉ、蟲と対等にやりあえる数少ない存在だからなぁ。いざ死中って時やぁ、誰かが時間を稼ぐ必要がある時にゃよぅ、まず間違いなく命を張るもんさ。それが、機兵って奴の存在意義だからよぅ」
俺も機兵だからよ、これまでにも色々と見てきたし、先人から話を聞いてるのさと付け加えてから、更に言葉を重ねる。
「まぁ、機兵以外の奴にゃぁ、わかりにくいことなんだろうがよぅ。誰よりも前に立って、人を守って倒れるってのもぉ、機兵の誇り、機兵の矜持って奴よ。そこに老若や新人古参の区別はねぇ。……当人の本心がどうのこうってのは横においてよぉ、そう信じてくれや」
大尉は否定するかのように首を振り、これまでになく厳しい顔で口を開いた。
「わかっています。わかってはいるんです。けれど、私はあの時に見た微笑みが忘れられない。ラント伍長は全てを呑み込んで、母への感謝の言葉だけを遺して逝った。私は忘れられないんです。遺言を伝えた時の、ラント伍長の母の気丈な姿を。葬儀の時に、何も入っていない棺を見つめ、彼の名を呼んで泣き崩れた姿を! ええ、覚悟していたつもりでした! 自分が出した命令である以上、責を負うのは当然だとはわかってはいるんです! ……けれど、どうしても! あの時、あれ以外に道はなかったのかという悔いがっ、残っているんです!」
青年の押し殺した叫び。
クロウも自身の目で泣き崩れる女性の姿を見ていただけに、何も言えない。悲痛な表情の少尉もまた沈黙する。
唯一口を開いたのは、やはりマディスであった。
「俺も機兵として似た経験をしてきたからよぅ、おめぇさんの気持ちがぁ、なんとなくわかる気がするわなぁ。……けどよ、大尉さん。終わっちまったことはよぅ、どう足掻いても取り戻せねぇのさ」
ふっと息を吐いて、厳めしい男は自らが開発した多脚機を見つめる。
「ああ、悔いがあるのなら、いつまでもそいつのことを忘れてくれるな。死者はもう何も語れねぇんだ。死ぬその時まで、そいつがいたってことを伝えてやってくれ。そしてよぅ、冥府で胸を張って、そいつと顔を合わせられるように、これからも気張ってくんな」
そう告げた先達機兵の姿は、クロウの目にはとても頼もしく、それでいてどこか哀しく見えた。




