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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
8 早乙女は深窓で憂う
66/96

二 乙女と機兵

「で、朝の溜め息、原因はなんだったの?」


 時は昼時。

 協立学術院の一階にある食堂では、学生達が思い思いに食事をしている。

 気の合う者達で卓を囲めば、一人黙々と食べる者、友人と学習帳を開いて話をしながら食べる者、更には周りの目を気にすることなく戯れあう男女もいる。


 そんな賑やかな大部屋の片隅、窓際の席に陣取っているのは三人の少女。

 三者ともそれぞれに見目や雰囲気が良く、年頃らしい華がある。その内で最も引き締まった身体を持つ短髪の少女、マリカ・シベリスが対面に座る黒髪の馴染みに向け、はきはきとした声で再び訊ねた。


「あんな珍しいの見せられて、気になって仕方がなかったんだから」


 芳ばしい香辛料と油の香り漂うコロ芋のつぶし焼。その一切れにフォークを突き刺しつつ、まっすぐにリィナを見つめる。その黒瞳には珍しい様子を見せた友人への心配と、そうなった原因への好奇心が等分に存在している。


 対するリィナであるが、手にしていたニニュ肉のパン詰め(サンドイッチ)を皿に置いて、マリカを見やる。

 心配してくれる友人に感謝はしているが、透けて見える好奇の色に僅かばかりの反発心があった。しかしながら、それを表に出すことなく、ただどう答えれば良いかと逡巡するように目を逸らした。


 が、その逸らした先、左斜め前の席にも追及手が存在した。

 ただリィナにとっては幸いというべきか、束ね髪の少女アナ・マリネールは更なる追及をすることなく、マリカの問いに優しい声で横やりを入れていた。


「マリカさん、人の悩みを伺う時は何の前振りもなく、直截に聞くモノではありませんよ」

「そうかな? こういうことだからこそ、すぱっと聞いた方が早い気がするんだけど」

「ふぅ、いつもながらに雄々しい考え方ですね」


 呆れ混じりの言葉に、マリカは少々気分を害したようで口を尖らせる。


「普通、雄々しいと言われて喜ぶ女は少ないと思うんだけど?」

「そう思うなら自重してくださいな」


 にこやかに切って捨てると、おっとりとした風情の少女は湯気立つ紅茶を一口。それから改めて、リィナに目を向ける。その目はふっくらとした身体つきと同じく柔らかなものであった。


「ところでリィナさん、このところお兄様とお目にかかっていませんが、お元気にお過ごしですか?」

「え? ……うん、元気に仕事してる」

「今日もですか?」

「多分だけど、現場の責任者として出てるはず」

「そうですか、お元気なら大変結構ですね」


 と一息入れ、アナは窓越しに見える道路に目を向ける。

 真昼のきつい陽射しの下であって、人々の往来はなくならない。そんな道の両脇、鮮やかな色合いを見せる緑地の木陰では昼食や午睡を取ろうすると学生達が屯していた。


 それをしばし見た後、ふくよかな少女はまた口を開く。


「ですが、市外でのお仕事となると、どうしても安全面が心配ですね」

「兄さんもそう言ってた。……頼りになる護衛が欲しいって」


 そう応えた少女の顔には少しばかり憂いがあった。

 自重を求められて以降、黙々とフォークを運んでいたマリカが顔色の変化に目聡く気付く。が、何事かを言う前に、束ね髪の友人に視線で止められてしまう。故に仕方なく、何も言わずに陶杯の水を口に運んだ。


 再度、アナが話し始める。


「それでしたら、リィナさんが懇意にされている機兵の方にお願いしては?」

「あー、うん」


 ルベルザードのご令嬢は頷きはしたものの、その勝気な顔にあった憂いの色は逆に深くなった。


 それを認め、二人の友人はこれが原因であると……この所、面前の少女の口から出てこなかった、若い機兵が溜め息の原因になっていると確信する。同時に、リィナの友人達は色恋の香りを感じ取り、それぞれの顔に楽しげな色を含ませた。


 だが、今にも溜め息をつきそうな少女は気付かない。


 マリカが咀嚼していた物を呑み込み、口元を緩めて訊ねた。


「そうだね。リィナの愛しの機兵様にお願いしなよ」


 照れ隠しか反発の一つでもするだろうと踏んでの言葉。


 けれども、黒髪の少女は揶揄に反応することなく静かに答えた。


「三旬の間、アーウェルに仕事で出向いて帰って来たかと思ったら、今度はエル・ダルーク。……話を持っていくことすらできてないわ」


 そこはかとない恨めしさを感じさせる声音。

 会えない寂しさ以上に、行き宛が見えない不満が感じられて、マリカの腰が引けた。


 一方、エフタでも有数の歴史ある商会、その会頭の娘であるアナは返事に含まれていた感情を気にすることなく、出てきた都市の名に反応する。


「アーウェルと言えば、移民の騒乱がありましたね。エル・ダルークにしても……」

「うん、周辺の開拓地が蟲の群に襲われたって聞いてるから、ちょっと心配。アーウェルの方も、帰ってきた時の挨拶回りでうちに来た時に少しだけ話を聞けただけけど、丁度時期が重なって大変だったみたい」


 リィナは話しながら赤髪の機兵と最後に会った時のこと……、十日程前、少年がエル・ダルークに発つ直前に、組合支部前で運良く会えた時のことを思い出し、内々で呟く。


 いつものように同年代とは思えない落ち着き振りだったけど、どことなく疲れているみたいだった。

 だからか、挨拶が終わると雑談に入ることもせず、仕事でエル・ダルークまで行って来るよと言ってきた。私はその性急さが面白くなくて、それ以上に距離が遠くなったように感じて、思わず休んだ方がいいんじゃないと口走っていた。


 対して彼は、仕事だからと仕方がないと、精悍な顔に苦笑を浮かべていた。


 ただそれだけなのに、彼がますます遠くなったような気がした。

 それに立居振舞というか、どこかくたびれたような笑みの裏に、前にちょっとだけ見た陰が色濃くなったような、いえ、それだけじゃなくて、前にはなかった言葉にはできないナニカがあるような気がして……、なんとなく距離ができたように感じられた。


 本当に……、あれは、あの時に感じたモノはなんだったんだろうか。

 仕事中の母が見せるモノに似ていた気がしたけど、なにか違うように思えるけど……、わからない。


 リィナは俄かに湧きあがってきた疑問や疎遠になっていくかもという不安に堪えきれず、つい溜め息をつく。ついで、不定形の思いを吐き出そうとするかのように話し出した。


「本当は仕事を頼みに行きたいんだけど、エル・ダルークから帰って来てるのかもわからないし……、帰ってたとしてもゆっくりとした休みがないみたいだし、なんとなく頼みにくいっていうか……」

「なるほど」


 アナはリィナの言葉に見え隠れする想いをなんとなく察して頷いた。


 代わって口を開いたのはマリカだ。


「つまり、リィナは忙しい機兵君に会うに会えなくて寂しいということか」

「マリカ……、私の話、歪曲してない?」

「してないしてない。ただ、あんたの話を聞いて、そう思ったの」


 マリカはそう断言した後、食堂内を見回し始め、おもむろにある方向をフォークで指した。


「なら試しに聞くけど……、フォルツの奴、どう思う?」


 なんで急にこんな話にと思いつつも、黒髪の少女は指し示された先を見る。

 同年代の男女が十人近く集まり、楽しそうに食事をしている。その輪の中心となっている人物……場の少女達からの視線を一手に集めている茶髪の少年がフォークの先にいた。

 その少年であるが、自分に向けられた外から視線に気付いたようで、笑みを返してきた。リィナは咄嗟に愛想笑いを浮かべて、視線をマリカに戻して答える。


「話も面白いし、顔もいいんじゃない?」

「明日、顔を見なかったらどう思う?」

「そういう日もあるって思うでしょうね」

「なら、あれは?」


 次に示された先は学習帳を広げた少年少女達。その中心に座る眼鏡の少年だった。

 今は質問をする少女に対して、硬質な顔に無表情を貼り付けたまま、淡々とだが丁寧に答えているようであった。教えを請う少女の熱い視線に気づかぬまま……。

 が、どういう訳か、リィナ達の視線には気付いたようで、じっと見つめ返してくる。リィナとマリカは揃って誤魔化し笑いを見せて、内の話に戻る。


「グラート君、休み時間も頑張ってるね」

「ええ、頑張ってるけど、もし明日休んだとしたら?」

「ああ、休みなのかって思うかな」

「じゃ、あれは?」


 十人以上の少女の集団。その中心にいる線の細い少年だ。

 少女達が嬌声をあげながら、服や長い髪を弄っている。救いなのはその少年が笑っている事だろうか。その少年もまた、リィナ達の目に気付いて、恥ずかしそうに俯いた。

 途端、飛んでくる少女達の鋭い視線。二人が色目ではないと慌てて首を振って応えると、視線が切れる。リィナは安堵の吐息と共に言った。


「た、大変ね、クリス君も」

「あー、た、確かに。……で、あいつが明日来なかったら?」

「た、楽しそうにしてたけど、実は疲れてたのかなって思うかも」

「うん。……後、あれは?」


 更に指し示したのは、太り気味の若者。

 褐色の肌に金髪。仕立ての良い白衣の服を着て、隣に座る女学生の肩を抱き、口元に笑みを浮かべている。しかしながら、笑みは厭らしく歪であり、油が浮いて吹き出物が目立つ顔やだらしのない体型と相まって品がない。

 また、その目は鋭く吊り上がっており、茫洋とした黒い瞳はどこを見ているかわからない。その為か、どこか得体の知れない雰囲気がある。

 隣に座っている赤毛の女学生は鼻梁の通った美人と呼べる容貌に、同年代では頭抜けて女らしい豊満な身体つき。長い髪や薄褐色の肌は良く手入れされているようで艶やかだ。服装も清潔感がある。


 傍目から見て、明らかに不釣り合いであった。


 リィナが両者の関係を少しばかり不思議に思っていると、不意に男の顔がリィナ達の方向に巡る。


 黒髪の少女はすぐさま視線を対面の少女に戻す。


 しかし、粘つくような視線を向けられている気がして身震い。


 間を置き、声を落として言った。


「確か、サラマン君だったっけ?」

「違いますよ、リィナさん。サルマン……、アントン・サルマンです。ザルバーンでも一二を争う商会の御曹司ですね。付け加えますと、女性の方は旧文明の遺品を扱うバーンボルトさんの所の娘です」


 黙ってやり取りを見ていたアナが口を挟む。

 その言葉に頷いたマリカが少しばかり面持ちを情けないものにして口を開いた。


「ごめん。自分で指したけど、あれはないな」

「私も家の付き合いで、それなりに男の方を見てきましたが……、ないですね」

「うん、外観で判断するのはいけないって言われてるけど、私もああいう人は好きじゃないかな」


 そう告げたリィナの頭に極自然に浮かんだのは、赤髪の少年。


 顔立ちだけならば、先に挙げた三人に負けているだろう。

 けれども、戦う者の鋭さや覚悟というべきか、男らしさともいうべき精悍さは断然勝っている。


 いや、それだけではなく、人当たりの柔らかさやなんとなく感じる懐の深み、危地に立ち向かう勇気、窮地にある人を助けようとする義侠、人を安心させてくれる笑みといった、少年を構成する全てのモノが自分が知る同世代の者達よりも……、違う、そういった比較じゃなくて、彼だから……、クロウ・エンフリードだからこそ……。


 と考えた所で、じわじわと頬と胸が熱くなった気がした。


 瞬間、向かいに座るマリカが目を見開き、ついで面白そうな顔で口を開く。


「リィナ、愛しの機兵君の顔でも思い出した?」

「ち……」


 違うとは言えなかった。少女の中にある火照った心が偽りを嫌ったのだ。


 その様子を認め、マリカが莞爾と笑った。


「なら講義が終わった後にでも、機兵君の家に行ってみようか。うじうじして溜め息ついてるよりずっとすっきりするし、私もその罪な機兵君のことを見てみたいと思ってたし」

「ま、まだ帰っていないかも」

「その時はその時よ。もちろん、アナも行くでしょ?」


 流れのままに問われたもう一人の同席者であったが、俯き気味に目を細め、真剣に何事かを考えているようであった。


「アナ?」


 再度の声掛け。

 束ね髪の少女は我に返ったかのように顔を上げた。その表情は先の硬い色はなく、いつものように柔らかい。


「ええ、もちろん同行させていただきます」

 

 そう告げて、リィナに笑顔を向けて頷いた。



  * * *



 光陽が西に傾き、午後の仕事が本格的に動き始めた頃。

 機兵長屋近くの空き地に、魔導機運搬車と数個の人影があった。街の外れで場末とされる場所だけに、人が屯すればなかなかに目立つ。だが、それ以上に目を引くのは見目変わった魔導機だ。


 その機体は従来のパンタルと異なっていた。

 腹回りを絞り込まれた甲冑は艶やかな深紅の色合いを持ち、元が同一の物とは思えぬ観である。


 それが今、大剣を片手に動き出そうとしていた。


 機内に収まっているのは、赤髪の少年。

 彼は広く大きくなった展視窓から外を見据え、仮想敵として複数匹のラティアを思い浮かべる。


 静かに吸気。


 次の瞬間、一足踏み込んで得物を突き放った。


 鉄塊が鋭く長く、宙を穿つ。


 感覚に違和。


 剣引く動きを予備動作に組み込んで右に半回転。


 勢いのまま天に剣先を振り上げ、激烈な踏込みで左斜め(袈裟懸け)に打ち下ろす。


 全てを断つような、空切る音と衝撃。


 切先が地面を抉っていた。


 手に伝わった感触に、若き機兵は顔を微かに顰める。


 その間にも身体は動き、返す手で横一線に薙ぎ払い。


 それから後方に跳び退って……。


「ッ」


 自身の想定よりも遥かに跳んでしまう。


 更に着地の感覚が以前と異なっており、機体が前へと倒れかけた。


 即座に手足や持っていた大剣の重量でもって均衡を保つが、機体のあちらこちらが軋みを上げる。それが奏功し、幸いにも無様に倒れるようなことにはならなかった。


 だがしかし、攻撃の手は止まってしまっていた。


「こりゃ左側面からの体当たり喰らって、お終いか」


 クロウの顔付きを些か険しく、その口より脳内の想定が漏れ出た。

 少年は独り言に気付かぬまま、得物を大地に突き刺して駐機態勢を取ると前面部を開放する。途端、機内に午後の熱気が入り込んだ。が、気にした様子もなく手早く固定具を外し、機外に降り立った。


 直に野太い声が飛んでくる。


「おぅ、初乗りの感想はどうでぇ」


 近づいてきたのは声の主。

 新たな装甲の設計者にして、機兵としての先達でもあるマディスだ。


 クロウは固太りの男に向き直って、真剣な顔で率直に告げた。


「前と比べて、動かす感覚がかなり軽いです。やっぱり重さが変わると、かなり勝手が違いますね」

「だろうなぁ。外から見てても振り回されとるのがわかった」


 クロウはやっぱりと納得するように頷いた。


 そこに新たな声。


「えーっと、僕にはそんなに変わらないように見えたんですが」


 短い金髪の少年然とした少女、シャノン・フィールズが首を傾げながらやって来た。

 朝方、クロウから帰還の挨拶を受けた際、昼から機体の調整をすると聞いて、仕事の息抜きがてらに見に来たのだ。もちろん、この行動に私心が混ざっているのは言うまでもない。


 話を戻して、シャノンも砂海域での生活に慣れたのか、身に纏っているのはどこにでもある外套だ。また以前は白かった肌も適度に焼けて健康的な色合いになっている。


 そして、そんな彼女の右肩にはミソラが、後ろには繋ぎ姿のエルティアがいた。


 クロウは参観者の疑問に対して、どう表現すればいいかと言葉を選びながら答えた。


「いや、これが結構変わってるというか、こればかりは実際に動かしてみないとわからない感覚というか、戦場だと小さな失敗が命に関わるからというか……、うーん、やっぱり動作の甘さに対する許容範囲の違いかなぁ」

「あぁ、最後の許容範囲の違いが一番の理由だろうなぁ」


 シャノンは機兵組の答えに納得したようなしないような、そんな風情だ。


 今一といった顔をする少女に対して、クロウとマディスはそれぞれが軽く笑うと口々に言った。


「とりあえず、今からする調整でもっと動かしやすく、より精密に動けるようにできるって思っておいてよ」

「ま、そういうこったな。……おっし、ラファン、おめぇさんの出番だ。俺も手伝うからよぅ、気張ってくんな!」

「はいっ!」


 眼鏡の整備士はマディスの求めに元気な声を返すや否や、早速筆記具と手帳を両手に、クロウから搭乗で得た体感の聞き取りを始める。


 こうなってしまうと出番がないのが、畑違いのシャノンとミソラだ。


 シャノンは一連の調整作業に参加できないことに若干の疎外感を抱きながら、ミソラもまた朝のやり取りから本調子に戻れないのか元気のない顔のまま、工具類が載せられた魔導機運搬車へと戻る。


 それから再度クロウ達を見る。

 マディスが足元の装甲を外し始めていれば、気になる少年と自分にはない色を持つ少女が真面目な顔で、身を寄せ合って話をしている。


 それが、シャノンには羨ましく思える。


 不意に、ミソラが呟いた。


「シャノンちゃん、今の状況、なんとなく寂しくない?」

「それは、確かにそうですけど……、邪魔する訳にもいかないですし、仕方ないじゃないですか。というか、今日は珍しく静かですね、ミソラさん」

「あはは、ほら、ちょっとやりすぎちゃって、クロウに叱られちゃって、ね」


 シャノンの言葉にさり気に込められた、ちょっとした毒にも反応しない。


 その事実に驚いて、金髪の魔導士は思わず言った。


「ミソラさん、なにか悪いモノでも食べましたか?」

「……まっ、わたしはそんなにくいいじばかりはってませんというか、いうにことかいて、しつれいなこっ。って返したい所だけど、至極真っ当なお叱りをしっかりと喰らいましたので、お腹一杯なのよ」

「なるほど、クロウ君からのアリガタイ贈り物でお腹一杯になってしまったってことですか」

「しゃ、シャノンちゃん、今日は私に遠慮がないっていうか、ちょっと厳しくない?」


 ほ、ほら、ちょっとくらいはなぐさめてくれてもいいのよ、等と続けるミソラ。


 シャノンは半目(ジト目)になって小人は睨む。


「自業自得です。というか、僕もミソラさんにちょっとばかり思うと所があるんですが……」

「き、ききましょう」

「エル・ダルークに一緒に行きたいって言ったのに、軽く却下したこと、僕、まだ納得できていません」


 軽口めいた調子であるが、微かに怨嗟の色を帯びていた。


 ミソラは声に込められた女の情念を感じ取り、うっと詰まる。が、即座に言い返す。


「それは仕方ないじゃない! 試験の内容を考えると、体力的に無理そうだったんだから!」

「と言いつつ、自分は付いて行ったじゃないですか」

「そりゃ、クロウの身を守る為だもん!」

「それでもずるいですよ」


 シャノンは誰にも見られていないと思ってか、幼い一面……むくれた顔を見せる。


「ず、ずるくないって! というか、シャノンちゃん、本当に遠慮なくなってない?」

「当然ですよ。というか、今回の件、僕も反省してるんです。ミソラさんが大丈夫大丈夫って言うのを真に受けて、クロウ君に確認するのを怠ったこと」

「ぬぐっ」


 小人は痛い所を衝かれたと言わんばかりに胸を押さえた。


 その間にもシャノンの口から愚痴めいた非難が続く。


「だいたいですね。僕には大人しく最後の仕上げをしときなさいって言っときながら、自分は試験なんて名目で別の都市でクロウ君と物見だなんておかしいですよ、絶対。しかも予定していた試験期間よりも大幅に遅れて、蟲の襲撃の真っただ中を走り回ったって聞いて、あ、これはミソラさんがきっとなにかやらかしたんだって思って、ほんとうに心配したんですから。良いですか? 自分が魔術師だから多少の無茶は大丈夫だって思うかもしれませんけど、クロウ君は機兵で鍛えているとはいえ、ミソラさんと違って生身の人なんですから、もっとそういった点を考えて動いてください。というか、クロウ君の安全の為にも、僕が絡まない試験……参加しない試験には今後巻き込まないようにしてください。ミソラさんの話は思いつきが過ぎるというか、大抵は危険が伴ってるんですから。今後、なにかある時は、僕に……いえ、僕だけじゃなくて、マディスさん達かシュタールさんにしっかりと相談してから動くようにしてくださいね」


 本当に遠慮がなかった。


 事実と違うというか、私はそんな風に見られていたのかというか、同居人に誤解されて辛いです。


 小人は金髪の魔導士の容赦のない言葉を受け、心中で大いに嘆いて落ち込んだ。


 それはもう、今にも両手両膝をついて、大いに項垂れそうだ。


 しょんぼりするミソラを置いて、場は動き出す。


「よぅしっ、まずはぁ、足周りから行くかぁ」


 マディスの張りのある声が辺りに響き、機体の調整が始まった。



  * * *



 時は流れ、陽が更に西へと傾いた。

 協立学院では昼間部の課業が全て終わり、学生達が一時の解放感に包まれながら帰っていく。


 三人の少女達もまた手早く荷物を纏めると連れ立って外に出た。そして、かしがましい若い人波に紛れながら、打ち水がされた街路を行く。向かう先は昼食の場で話した通り、港湾区にある機兵長屋だ。


「あー、機兵君がいるといいなぁ。正直言うとさ、市軍以外の機兵に会ったことないから、ちょっと楽しみなんだ」


 と、市軍将校の父を持つマリカが興味の色を隠さずに言う。


 反応したのはアナだ。


「そういった気持ちを持つなとまでは言いませんけど、あまり前にでないようにしてくださいね?」

「わかってるよ。リィナの愛しの君に色目なんて使わないって」

「またもう、そんなこと言って……、マリカ、私をからかって楽しい?」

「うん、結構」


 にんまりと笑っての答えに、リィナは肩を落として嘆く。


「うぅ、なんか、マリカからいいように遊ばれてる気がする」

「それは仕方がありませんよ。マリカさんはそういった話とはとんと縁がありませんから、我が身に重ねて喜んでるんです」

「ちょっとそこっ、訂正っ! 私には縁がないんじゃなくてっ、まだその時が来てないだけっ! 私にだって、これから絶対にいい出会いがあるからっ!」


 といった具合に、三人はやいのやいのと話をしながら歩く。

 学院通りを南に下り、市庁舎と魔力生成所の合間を抜けて組合本部の前まで。そこでぶつかる東西通りを西に向かい、市の外周道たる市壁循環道へ。産業道として使われているだけあって、荷のあるなしに関わらず、荷車が往来している。一行は危険を避ける為に道の端へ。


「今日はなんとなく車が多い気がする」

「北の状況が落ち着いたと聞いていますから、それででしょう」


 マリカの疑問にアナが答える。それから少しだけ声を落として続けた。


「この様子だと、私も帰ったら家の手伝いでしょうね」

「最近、手伝いで忙しいって言ってたもんね」

「ええ、アーウェル宛の仕事です。私の立場としては仕事があることを喜ぶべき所なんでしょうが、騒乱のことを聞いてましたから素直に喜べませんでした。……おそらく、今回も」

「うん」


 商会の跡継ぎは目を伏せるように視線を落とす。リィナは必要以上に語らず、ただ頷いた。


 場がしんみりしかけた所で、マリカが場違いともいえる力ある声を上げた。


「二人とも、あんまり気にしない方がいいよ。起こってしまった以上はどうしようもないんだからさ。それよりも見るべきものを見て、学べるとこを学んで、反省することは反省して、それを活かそうって考える方が暗くなったり落ち込んだりするよりいいよ」


 そう告げて、スラリとした少女は道の東側にある繁華街へと目をやる。

 夜の営業に向けての準備だろうか、店員らしき女があちらこちらで店前の掃除をしていれば、配達人や人足が荷車から酒が入った甕や食材の詰まった木箱とルーシ袋を降ろしている。


「後ほら、なにがどこで影響してとかは私には難しくてわからないけど、今日はゴルダが元気に巡りそうなんだしさ」


 マリカのらしくないようでらしい話が面白く、他の二人は口元を緩める。


 そして、港湾門広場に入る。

 今はまだ明るいが、直に茜が差し込み始めることを知っているのだろう。コドルが曳く荷車が港湾門を頻繁に出入りしている。少女三人は周囲に気をつけながら門へ。

 門衛に立っていた若い市軍兵が港に向かおうとする学院生に目を瞬かせた。が、特に危険があるわけでもない為、制止することはない。ただ、若い異性に気が惹かれたのか、目が付いて行っている。しかし、少女達は気にする様子もなければ愛嬌を振りまくこともなく、自然体に無視して港湾地区に入った。


 真っ直ぐな道の先に船溜まりが見えた。

 大小様々な魔導船が幾つも並んでいる。道なりに進んで三叉路が近づく。埠頭や岸壁では接岸した船への荷役が見える。また、数ある港湾倉庫の前では荷車が停まり、人足達が様々な形をした荷の積み下ろしに励んでいた。


「うーん、この雰囲気、私、港って好きだなぁ」

「ふふ、身体が動かすことが好きなマリカさんなら、確かに合うかもしれませんね」

「はは、否定しないよ。まぁ、でも、ちょっと物騒みたいだから、住むには怖いかな」


 マリカの言葉に、リィナはかつてあった事件を口にする。


「ゼル・ルディーラの時に、殺人があったんだよね」

「ええ、犯人はある商会でグランサーのまとめ役をしていた人だったそうです」

「あ、それ聞いた。馴染みの女と船で逃げたんだけど、その船が遭難したんだよね。……やっぱり悪いことってできないなぁ」


 黒髪の少女は友人達の声を聞きながら、当時を思い返す。

 ルベルザード家を代表して、兄を助けてもらった礼を言いに行った日のことで、後でゴンザさんと殺人犯に遭遇しなくてよかったと言い合っていたことを覚えている。


「ええ、そうですね。悪いことはできません」


 リィナはアナの応じる声に頷く。

 その間にも南へと曲がり、立ち並ぶ倉庫と岸壁での作業を横目に進む。その内に組合運営の魔導機駐機場と市が運営する総合支援施設を過ぎ、二列に並ぶ機兵長屋が見えてくる。


「手前と奥、どっち?」

「奥側の……、あれ?」


 リィナはマリカへの返答中に語を切り、長屋の先に目を向ける。

 空き地に魔導機用武具を立てかけた運搬車両が停まり、そこに見覚えのある姿を複数認めた。ついで、なにか機械が動く音と空を切る音が続く。


「あ、これ、パンタルが訓練する時の音に似てる」


 実の所、マリカは市軍機兵隊の訓練を練兵場で幾度も見たことがある。

 当然、一学生が何故にとなるが、答えは単純というべきか笑うべきか。抜けた所がある彼女の父がよく忘れ物をする為、幼い頃よりお使いで勤め先たる市軍本部まで届けに行っていた為である。もっとも、その結果として、マリカは父の仕事を目にして理解することとなり、当人も市軍に入ろうと思う切っ掛けになっていたりもする。


 とにもかくも、マリカがそう断じたことに加え、見知った者達が件の機兵の知り合いでもあることから、リィナは足を向ける先を変えた。


「リィナさん?」

「えっと、多分なんだけど、動かしてるのクロウだと思う」


 無意識のうちに足が速まる。

 期待を胸に機兵長屋を越え、音がした空き地を見た。


 まず目に入ったのは、深い紅。

 陽射しに照らされて、艶やかな色合いを返す。


 それを全身に纏う人型が俄かに動いた。


 砂埃を上げての踏込み。

 右手に持った長大な鉄棍を中空に突き出す。


 空を穿つ音が消える前に引き、手早く得物を縦回転。

 武具の前後と持ち手とを入れ替え、右側へ再び突き。


 今度は身軽に大きく跳び下がりながら、左側への強い薙ぎ振い。

 生まれた力に従うように、機体の向きも変えた。


 そして、再び突きを繰り出す。


 ただ、それだけのことである。

 が、二リュートを越える厳つい外骨格が為すとなると、それだけで迫力が違う。


「うわっ、なにあれ!」


 マリカの驚嘆の声が後ろから聞こえてくる。

 しかし、気にならない。それ以上に力強く、それでいて人らしく、流れるように一連の動きをこなす魔導機に目を奪われていた。


 その間にも左右の手は自在に武具を降り回し、脚は一時も止まることなく動き続ける。


 大地を強く踏みしめて空を強かに打ち割り、かと思えば、一息で数リュートを跳んで位置を変える。


 しばしの時、リィナは深紅の機体が行う演武に魅入る。


「えーっと、確か君は……、ルベルザード土建さんのお嬢さん、でしたよね?」


 そして、突然の呼び掛けに気付いて、はっと我に返った。


 慌てて声がした方向を向けば、金髪の少年が近くにやって来ていた。

 さほど背は高くないが、十二分に整った中性的な顔立ち。理知的な青い瞳がこちらを見つめている。だが、リィナは顔を知っていても名前は知らなかった。


「え、えっと……」

「僕は組合の開発室に籍を置く、シャノン・フィールズと言います」

「あ、どうも改めまして、リィナ・ルベルザードです。それとこっちにいるのがマリカ・シベリス」


 と、魔導機の動きに夢中になっているスラリとした少女を指し示し、次にもう一人の友人を示そうとして、その当人の声を聞いた。

 

「初めまして、アナ・マリネールです」


 束ね髪の少女が自己紹介をしつつ、リィナの隣に立っていた。

 思わぬ反応に黒髪の少女が驚いて見れば、どことなく頬辺りが赤いように見えた。友人の反応に、これはもしかして等と思っていると、再びシャノンが口を開いた。


「こちらこそ初めまして。……それでなんですが、今日はもしかして、クロウ君になにか用事が?」

「え、えっと、はい、この所、顔を合せていませんでしたし、もしかしたら帰っているかなと思いまして」

「そうですか。なら運が良かったですね。クロウ君、昨日の夜に帰ってきた所なんですよ」

「あ、そうなんですか」


 リィナは少年の笑顔に笑顔で応じるも、どことなく違和感を覚えている。


 その原因はなんだろうかと考えて、はたと気付く。


 自分に向けられた視線に……、色恋に興味がなさそうなクロウの視線にすらある、女を見る色がない。


 否、むしろ、これは、相手を品定めするような目だと。


 そうと気づけば、リィナは意識して相手を観察する。


 そして、直に気付く。

 体形の出ない外套で判りにくいが、胸に微かな膨らみがあることを……。


 黒髪の少女は内々で態勢を整え直していると、相手がまた話し出す。


「ええ。でもまぁ、それでも午前のうちに挨拶に来てくれたんで、今やってることでなにか手伝えることがないかと思って顔を出したんです。けど、本職の邪魔になったら本末転倒ですし、大人しく見学していたんですよ」


 どことなく優越感が滲み出た声。


 リィナの目尻がほんの僅かであるが吊り上がる。


「そうだったんですか。うーん、私も学生なんで、こういったことで手伝いはできないですね。けど、クロウに仕事を紹介できるというか……、うちの会社の人達っていうか、うちの家族……母と兄がいるんですけど、二人ともクロウのことをすごく信頼していて、仕事を手伝ってもらいたいって思っているので、そのことで話ができたらなぁと思っているんですよ」


 さりげなく後押しを仄めかす声。


 シャノンの綻んでいた口元が微かに引き攣った。


 睨み合い、とまではいかないが、黒髪の少女と金髪の少女が互いを見つめ合う。


 ちょっとした緊張が続く。

 そんな彼女達を余所に動いていた機体がゆっくりと動きを止め、運搬車近くに戻って武具を立て掛けると駐機姿勢となった。それから開口部が開いて若い男の声が飛ぶ。


「ティア、足回りを後もう少しだけ硬くしてほしい」

「わかりました!」


 繋ぎ姿の少女が気の入った返事と共に機体に取り付き、慣れた手つきで装甲を外しにかかった。その傍に翡翠の輝きが舞っている。


 また若い声。


「はー、ほんと助かるよ。ティアがいてくれて」

「い、いえ、私なんてまだまだです」

「なに言ってるのよ。わたし、さっきから近くで見てたけど、ティアちゃん、いい腕してるわ」

「おぅさ、若ぇのになかなかの腕って奴だ。けどそれ以上によぅ、エンフリードが言いたいのはぁ、おめぇさんだから安心して任せられるってことよ」


 口々に寄せられる賛辞に、整備士の少女の耳は遠目で見てもわかる程に朱い。

 だが、それでも作業の手に滞りはない。見る間に装甲を外し、骨組み《フレーム》の中に納まっている油圧機構を弄り始める。


 その様子を見ていた二人の少女はほぼ同時に思った。


 こんな所でこんなことをしている場合じゃないと。


「とりあえず、向こうに行きませんか?」

「そうですね。私もクロウに挨拶したいですし」

「じゃあ、一緒に」

「ええ、行きましょう」


 二人はやや早歩き気味に運搬車に向かう。

 その後に一二歩遅れる形でマリカとアナも続く。こちらの二人、短髪の少女の目は佇む魔導機に、束ね髪の少女の目はシャノンの後姿に釘づけである。

 こうして両者が運搬車近くに至ると、近づく人の気配に気づいたらしいマディスが目を向けてくる。


「む、おめぇさん、ルベルザードんとこの……」

「こんにちは、マディスさん。クロウが帰ってないか、見に来たんです」


 その声に反応したのか、赤髪の少年が機内から上体を覗かせると、少女の顔を認めて微笑んだ。


「こんにちはっていうか、ただいま、リィナ。今日はもう学院は終わったんだ」

「あ、うん」


 リィナは自分が思っていたよりも元気な顔を見て、拍子抜けしてしまう。


 思わず肩の力が抜けた少女。


 そのことに気付かず、クロウは話を続ける。


「実は朝のうちに家の方に挨拶に行ったんだけど、会えなかったからどうしようかなって思ってたんだ。いや、ほんとなら、こっちが行かないといけないのに、わざわざ来てくれてありがとう」


 邪気はないが、色気もない挨拶。

 一人の人として見れば十分に嬉しいが、女として考えればいささか寂しいとも思ってしまう。


 そんな己が心中を認識しつつ、リィナは少年に言葉を返す。


「クロウこそ、無事に帰ってきてくれて良かったわ。エル・ダルークのこと、聞いてる。今回も色々と大変だったんでしょ?」

「あはは、まぁ、大変と言えば大変だったけど、今回は心強いおねーさんっていうか、ミソラがいてくれたから、そこまでじゃなかったかな」


 人知れず、小人がにんまりと笑って胸を張った。


「そ、そうなんだ」

「ああ、食い意地があって抜けた所もあるけど、いざって時は本当に頼りになるおねーさんさ。……で、今日はどうしたの?」

「むっ、用がなかったら来たら駄目なの?」

「いや、来てくれただけでも嬉しいのは嬉しいんだけど、やっぱりここは街外れっていうか、本当に場末だし、何かあるのかなと思っちゃってさ」


 苦笑交じりの落ち着いた声。

 リィナはその声を聞いているだけで、なんとなく不機嫌や心の底にあった澱がなくなっていきそうな気がした。


「半分は正解かな。あ、いや、帰ってるかどうかを確かに来たのはほんとだよ?」

「はは、わかってるって」

「ならいいんだけど。それで、えーっと、用件なんだけど、外の工事が続いてるし、また仕事を請けてもらえたらなぁって」

「あ、その話か。挨拶しに行った時にも社長さんからお願いされたよ。仕事の依頼を組合に出しておくって」


 母さん、自分がクロウのこと気に入ってるからって、手配が早すぎるよっ。


 リィナは自分が一番ではなかったことへの不満から母に対する理不尽な文句を心の内で並べながら、かろうじて頷いた。


「そ、そうなんだ」

「うん。でも、まだ帰って来たばかりで落ち着いてないし、返事は二三日後でいいかな?」

「わかった。母さんにも言っておくね」


 話に一区切りついたと聞いてとったのか、繋ぎの少女が口を挟んだ。


「えっと、調整が終わったんですけど……」

「あ、ごめん。ちょっと動かしてみるよ」

「はい」


 エルティアが機体から離れると、機体が屈むような動きを見せる。


 内部のクロウは真剣な顔で感触を確かめている。


 一分近くそうした後、不意に口元を緩めて言った。


「良い感じだ。ティア、これで動いてみるよ」

「はい! 装甲をつけますね!」


 再度、エルティアが作業を始める。それを脇からマディスが手伝い、小人が自らの光でもって手元を照らす。


 後の者達……シャノンとリィナが車両の前に並んで、マリカとアナは少し離れた場所で見守るだけである。


 その内の後者、マリカとアナが本当に小さな声でぼそぼそと言葉を交わす。


「いや、新型を見れるなんて、今日は来た甲斐があった」

「はい、噂の小人さんも見れましたし」

「機兵君もリィナが気に入るだけあって、確かに格好いいし」

「ええ、男らしいし、気持ちの良い方ですね。シャノンさんもいい感じでした」

「うん、うん? ……ま、まぁ、そうだね。でも正直に言うと、リィナのアレはあの子が一方的にって感じじゃない?」

「マリカさんもそう思われますか?」

「うん、あっちは絶対に友達扱いだわ、あれ。……というか、女としては整備士の人に負けてる印象」

「あの身体付きはずるいとしか言いようがないですね。ただ、一番の難敵は当人みたいですが」


 二人の少女はそれぞれに励ましと労わりを込めた視線を馴染みの少女に向けた。


 その間に装甲の取り付け作業が終わる。


 マディス達が機体から離れ、エルティアが周囲に人がいないことを確認すると、クロウに合図を送る。


「周囲に障害なし! 動いても大丈夫です!」

「了解。ありがと、ティア」


 駐機用の固着器が上がるや、深紅の魔導機は前面装甲を閉ざしつつ空き地に向かう。そして、足元の感覚を確かめるように様々に動き始めた。


 場に集った者達は機兵が満足して動くのをやめるまで、深紅の機体が織り成す演武を見続けた。



  * * *



 夜。

 エフタ市内南西にある住宅地区。

 三階から五階建の集合住宅が立ち並ぶ地区であるが、繁華街に程近い場所には二階建ての戸建て住宅が並んでいる。この家々であるが、上級住宅に家を持てる程ではないが、相応に金を持つ者達……大商会の幹部や中小企業の経営者が主に住んでいる。


 その内の一軒。

 薄明かりが灯る二階にある寝室。

 そこに据えられた大きな寝台にて、裸体の女が全身に汗と体液に塗れさせて、荒い息をついて仰向けに倒れていた。その女……赤毛の女は乱れた息を直しつつ、隣で寝転がる金髪の男に問うた。


「い、いかがでしたか?」

「まぁ、悪くなかったな」


 男にしては、少し高めの声。

 あまり聞いていたいと思わない声音であった。


 しかし女は嫌悪を見せることもなく、告げられた言葉にほっと安堵の息をつく。


「ただ、僕としてはもっと相手をしてもらいたい所なんだが……」


 厭らしく粘ついた言葉。


 女の顔がはっきりと引き攣った。

 太り気味の男は身体の向きを変え、その手を女の豊かな乳房に乗せながら、鋭く吊り上がった目で引き攣り顔を見つめる。その口元は大きく歪んでいる。


「どうかな、もう少し頑張ってくれると、僕は嬉しいんだけど」


 女の顔が今にも泣き出しそうに歪む。

 それにまったく頓着せず、いや、むしろ嬲ろうとするかのように胸を揉み、舌を頬に這わせる。


「いや、無理というなら、それはそれで構わないよ。うん、構わないとも」


 ニタニタと吹き出物が目立つ顔に笑みを浮かべる。


 嗜虐の笑みだった。


 この歪み切った笑みを浮かべる男。

 大砂海西方域の中心都市ザルバーンで、この十年程で急成長し、今では筆頭格にのし上がろうとしているサルマン商会。その会頭の三男坊で、アントンという。齢にして十九、実家でも一部門を任されていた御曹司である。


 そんな大商会の三男坊が仕事と故地を離れ、何故にエフタにいるのか?


 表向きはエフタで結婚相手を探しつつ、学術院で経営について学ぶ為とされている。


 が、実の所は違う。

 実態は、ザルバーンからの逃避である。

 というのもこの男、ザルバーンで暮らしている頃より女遊びに狂いに狂い、己の嗜虐性の赴くままに振る舞った結果、三人の娼婦を死に至らしめ、拉致した市井の少女を手籠めにして心を壊したのだ。


 言うまでもないが、急成長中の商会にとって、商会自体が潰れかねない程のとんでもない醜聞である。


 それ故、男の父である会頭は多額の金を使って醜聞を揉み消し、事の元凶をどうするか考えた。


 本来ならば、肉親であろうがなかろうが、治安機関に出頭させて罪を贖わせるのが正しい所である。それが情やなにがしかの事情で無理であったとしても、今後のことを考えれば、最低でも幽閉はすべき所である。


 が、サルマン商会の会頭はそれらを選ばなかった。


 むしろ、この奇禍を逆手にとって、醜聞のほとぼりが冷めるまでの間、他の地で三男坊に新たな仕事を任せることにしたのだ。


 そして、今の男がある。


 弛んだ体躯の三男坊は唐突に父から任せられた仕事と、その顛末を思い出し、不機嫌に顔を歪ませた。


「いたっ」


 なんの前振りもなく、胸を弄んでいた指に力が入った為か、女が悲鳴を上げる。


 けれども、三男坊は気にしない。


 頭の中にあるのは、自らが為した段取りが全てが崩れ去ったことへの怒りだ。


 そう、委ねられた仕事は、全てが上手くいっていたのだ。

 この女の商会が抱えていた、とるにたらない木端が余計な手を出さなければっ。


「ひっ」


 アントンの顔に浮かぶ怒り、その歪みに歪んだ形相を目の当たりにして、女が悲鳴を上げた。


 だが、逃げようとする女を力と体重でもって強引に押さえ込む。


「い、いやっ! いたいのはいやっ!」


 そうして逃げられなくすると、顔に加虐の色を滲ませて、女の首筋や肩口の柔肌に強く噛みついた。


 声にならない悲鳴があがる。


 アントンは心底から楽しげに笑った。


 例の一件からのあれこれで信用を失い、経営が傾いた女の商会。

 そこに援助をにおわせて、この女を差し出させたのだけは正解だった。


 男は現実を見ないまま、内に生まれた凶熱と猛りに猛った分身を収めるべく、その豊満な女体を貪り始めるのだった。

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