表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
1 魔導人形は夢を見る
5/96

四 黒金の護人

 エフタ市の東方約十アルト。

 大砂海の例に洩れず、大量の瓦礫と赤銅色の砂塵に覆われ、廃墟が点在するその場所には、近年になって発見された新しい遺構がある。

 市周辺の遺構群が甲殻蟲の巣にならないよう、管理しているエフタ市とゼル・セトラス組合連合会より、名前代わりに割り振られた数字は四十一。まだ公には発掘されておらず、未堀状態とされている遺構の一つだ。


 その四十一番遺構を独占発掘するべく、帝国技術院が管理組織より調査権を買い取ったのは一旬前のこと。

 これにあわせる形で大急ぎで編成された発掘調査団であるが、急ごしらえの組織とは思えぬ程に中々に仕事が早い。


 昨日の昼過ぎに現地に到着してから夜を迎えるまでの間に、十日に渡る発掘調査期間中、拠点となるルシャール二世号の着陸場整備や遺構出入り口の確保、更には地下一階の制圧を終えていた。


 そして、一夜明けて、調査二日目の今日。


 四十一番遺構近くに着座したルシャール二世号。その甲板には、調査団員達がずらりと並んでいる。

 それと向かい合うのは、護衛長を務める帝国機士やルシャール二世号の船長といった調査団の幹部とも呼べる面々。その彼らより一歩前に出る形で立ったソーンは発掘責任者として朝礼を行っていた。


「みなさん、おはようございます。本日二日目より本格的な調査を開始します。今日、遺構内部の調査に入るのは、昨夜中に通知した通り、私を含めた帝国技術院の研究員六名、護衛のリディス卿及び機兵三名からなる先行調査班と、地下一階で本調査を行う研究員十二名と護衛のマシウス卿及び機兵三名、調査用機材の運用を行う技師四名で構成される本調査班です。先行調査班は本隊に先行して階下に潜り、明日以降からの本調査に備えて下層部構造の把握調査を、本調査班はコラード主任研究員の指揮で各種調査を実施すると共に、発見した旧世紀の遺物を収集します。出発は一時間後となりますので、十分前には第二船倉の斜路前に集合してください。次に……」


 所属毎に整然と並んでいる調査団員は、魔導技術院から遺構調査に派遣された研究員が二十二人、調査団の護衛を担当する北方機士団の機士二人……パドリック・リディス及びレオン・マシウスと機兵九人、魔導機器の展開や保守、更には魔導機の整備を行う為、魔導技術院と北方機士団から派遣された魔導技師が二十四人、調査団の拠点となる魔導船を守り、生活面でも支援するルシャール二世号の乗組員が当直でこの場にいない者を除いて五十人と、実に百人を超えている。


 この大人数を前にして、得意顔で朗々と口を動かし続けている上司の姿を、シャノンは幹部連の後ろで半ば呆れながら眺めている。というのも、彼の人物が昨晩就寝するまでの間、延々と責任者になる事を嫌がり、愚痴り、首が飛ぶかもしれないと、大いに嘆いていたにもかかわらず、今朝になってみれば、今の調子になっていたからだ。


「……です。尚、私が遺構内部に入っている間の指揮ですが、平常時はエイブル船長、非常時はアルタス機士長が取ることになりますので、お二人の指示に従ってください。私から伝えることは以上となります。それでは、みなさん、今日も一日、事故や怪我がないように頑張りましょう」


 ソーンが締めの挨拶を言い終えると、ルシャール二世号の副長が解散の声を上げた。団員達は各々が自身の仕事を始めるべく動き始める。先行調査班の一人でもあるシャノンもまた、装備品の点検を始めようと考え、上司の元に赴いた。

 上司たるソーンは朝会の挨拶を終えて、他の幹部達と軽く言葉を交わして別れてからも、その場から動かない。どういう訳か、顎に手を当てて何事かを考え込んでいた。

 いつになく真剣な表情を浮かべているソーンに声をかけてよいのか、シャノンは判断に迷う。が、出発までの時間は限られていることもあり、恐る恐ると声をかけた。


「あのー、サラサウス先生、僕も第二船倉に降りて、道具の点検をしようと思うんですが」

「ん? あ、ああ、フィールズ君かい?」

「はい。もしかして、何か用事がありますか? 用事があるのでしたら、ここで待機していますけど」

「あ、いや、用事がある訳じゃないよ」


 先程までの揚々とした姿と打って変わり、歯切れの悪い姿を見せる上役に、シャノンは首を傾げる。それに気付いていないのか、そもそも気にしていないのか、しばらくの間、ソーンは疑問顔の部下を置いて沈思を続けた後、唐突に口を開く。


「フィールズ君、道具の点検をする時さ、僕の装備品の点検もお願いできないかい?」

「もちろん構いませんけど……、先生、僕にできる用事なら代わりにやりますけど?」

「いや、君にはできない事だから気にしなくていいよ。まぁ、何ていうか……、責任者として、非常時の行動手順をもう一度再確認しようと思ってね。それが終わったら下に降りるよ」

「わかりました。では、点検は僕がしておきますね」

「うん、よろしく」


 ソーンは笑みの一欠けらすら浮かべないまま、いつものように眼鏡を押し上げる。それから船橋へ向かって足早に歩いて行った。

 今まで見たことがない程に緊張感がある上司の姿。シャノンは先程まで調子が良い人だ等と思っていたことを忘れて、責任者って大変なんだなと、その背中を見送るのだった。



 ソーンと別れた後、シャノンは梯子とも呼べそうな階段を降り、狭い通路で幾人かの船員と行違えつつ、昨日中に荷を準備しておいた第二船倉へと向かう。

 帝都よりこの地に至るまで十日近くを船内で過ごしたこともあり、その足は迷うこともなく速い。こうして生粋の乗組員に劣らぬ速さで船内を進み、最下層まで降りると、船尾に位置する第二船倉に入った。


 第二船倉は遺構調査の準備をする者達……、例えば、調査に出る研究員達が幾つかの組に分かれて、個人装備品に不具合や不足がないかを確認しあっていたり、本調査班に同行する魔導技師達が遺構内で使用する大型灯光器やそれを持ち込む為の小型装軌車両の簡易点検を行ったり、機士や機兵達が整備を担当する技師の立会いの下、魔導機の搭乗前確認を行っていたりといった具合に、ちょっとした喧騒が生まれている。


 先行調査班に属するシャノンもその一員に加わるべく、サラサウス研究室の道具置き場として割り当てられた一画に向かう。だが、やはり起動準備をしている魔導機が気になり、つい視線を送ってしまう。

 船倉中央部で綺麗に二列になって立ち並ぶ魔導機は人型である事に加え、外装色の漆黒と機体そのものが持つ無機質な力感とが相まって、力強さと頼もしさ、更には怖さをも見る者に与えており、無視しえない存在感があるのだ。


 自然、歩く速度が遅くなったシャノンが黒い魔導機の姿を目に収めていると、その近くに見知った顔……、パドリックを見つけた。


 中年機士は早くも肌にぴたりと密着する操縦服に着替えており、筋骨隆々とした身体が服越しに浮き出て見えている。

 これに加えれば、パドリックの周囲には同様の格好をした男達がいて、やはり鍛え上げられた身体が、服越しに浮き上がった筋肉の動きが透けて見える。そんな男達と魔導機の存在感の所為なのか、その周辺だけ、他の場所よりも視覚的に暑苦しさを感じさせる程だ。


 この集団を見たシャノンもまた、一人二人ならまだしも、それ以上の人数では見たくないモノだなぁ、と、内心でげんなりしていると、パドリックもまた、彼を見るシャノンに気が付いたようで、姿形に見合った男臭い笑みを浮かべて手招きを始めた。

 いつもの如く、からかわれるかもしれないと思い、中年男の招きを受け流そうかと一瞬考える。けれど、まだ時間に余裕がある事に加えて、魔導機を身近に見る機会がほとんどない事もあり、少々の時間なら大丈夫だろうと、手招きをする中年機士に頷きを返した。


 シャノンは歩く行き先を駐機場に変えると、改めて仮設懸架に支えられて立ち並ぶ魔導機群を見渡す。


 ルシャール二世号に搭載されている魔導機は二機種十二機。

 機兵が使用するゴラネス二三型と呼ばれる量産機が九機と機士が使用するラケ・ゴラネスの名を持つ高級機が三機だ。


 両者の見分け方は実に簡単で、頭部を持たず、全体的に肉厚で丸みを帯び、見た目に鈍重さを感じさせるのがゴラネス二三型。単眼を備えた頭部を持ち、必要な個所以外の装甲を削ぎ落として、姿形に鋭敏な印象を与えるのがラケ・ゴラネスである。


 これらの魔導機を背景に、パドリックが周囲の喧噪に負けない声量でシャノンに話しかけてくる。


「どうだい、俺達の鎧はよっ!」

「一言でいえば、力強いですね!」


 大声で言い返したシャノンは更に近づき、パドリックの傍、機体両脇に設置された仮設懸架に固定されている、全高二リュート程の魔導機を見上げる。

 帝国で使用されている魔導仕掛けの甲冑は、機兵用も機士用も関係なく、鋼鉄製の骨格と焼成材の装甲、筋肉の代わりに様々な運動や力を生み出す油圧系に、各関節部を制御するドルケライト合金製の魔導駆動器といった部品で外装の大部分を構成していることから、独特の重量感がある。


「パドリックさんの機体は、これですか?」

「ああ、俺が乗ってる機体だ」


 パドリックが親指で指示した機体はラケ・ゴラネス。

 操縦者に光学情報を提供する単眼を備えた頭部を持つ機士専用機だ。今は搭乗前であることから、前面装甲部が上方に大きく開いて、操縦者が乗り込むのを待っている状態である。


 シャノンは興味深そうにラケ・ゴラネスの上半身内部を覗きこみ、抱いた感想を率直に述べた。


「こうやって中を見るのは初めてですけど、結構、狭いんですね」

「ああ、狭い上に作動部で発生する熱が入り込んできて暑い。しかも空調なんて、ある意味がない程に弱いからな。戦闘状態が続くと汗と他諸々が混ざった臭いがこもって、油断すりゃ、むせる時がある」

「た、大変ですね」

「何、それに慣れてこそ機兵って奴さ」


 そう言うと、パドリックは野性味溢れた獰猛さを感じさせる笑みを浮かべる。今では希少種である四足肉食獣の如き、猛々しい顔を直視しないよう気を付けながら、シャノンは内部を観察する。

 背部から臀部にかけて、弾力がありそうな革製の背もたれと可動式と思われる小さな腰掛けが後方に設置されており、搭乗者の負担を軽減しているようだ。そんな臀部より下方に目を向けると二股に分かれ、厚い装甲によって外側に膨らんだ脚部に繋がっている。その脚部の内腿や内脛といった内側は操縦者の足をはめ込む為、装甲が開かれている。


「単純な疑問なんですけど、これ、どうやって乗るんですか?」

「最初に胴体に入る。そんで、足を開いた部分から差し込む。慣れるまでは難しいが、コツを掴めば簡単さ。後ついでに言えば、脚部は膝を起点に脛で動かしやすい長さに調整しているからな、がっちりと噛み合う仕組みさ。まぁ、その調整がしっかりとできていないと、腰は痛いわ、膝に負担がかかるわ、最悪だがな」


 そう言いつつも豪快に笑うパドリックを置いて、シャノンは短い金髪を揺らして上方を仰ぎ、視線を走らせる。油圧で押し上げられた前面部は、視野を得る為の小窓部分を除いて弾力がありそうな布材で覆われていた。


「あれだと、視界も狭そうですね」

「ん? ああ、ゴラネスだと、今、嬢ちゃんが見ている風防からの目視だけだから、狭いと言えば狭い。だが、ラケ・ゴラネスは頭部の光学器械で収集した映像を専用ゴーグルに映し出すからな、そこまで悪くはない」

「へぇ、そうなんですか。後、毎度のことかもしれませんが、僕は嬢ちゃんじゃないです」


 常のやり取りを繰り返すと、シャノンは盛り上がった肩より先に目を移す。

 外側の装甲が分厚い腕部は左右に若干の違いがあり、左腕には肘より先に先端が尖った細長い盾が装着されている。


「盾、ですよね?」

「ああ、通常の大盾を使ってる中央機士団と違って、北方機士団は打突もできる攻防一体型を使ってるんだよ。意外と役立つぞ?」


 なるほどと頷きつつ腕の内側を見ると、脚部同様に内側の装甲が開いており、そこに腕を差し込む形になっている。更にその先には、延び出た装甲板に守られた手首部と五本の指を持つ金属製の手指が見えた。


「乗る時の仕組みは、腕も足と同じなんですか?」

「同じと言えば同じだな。肩関節の位置や肘から手までの長さを調整したり、腕を入れている空間で個人差を吸収している。とはいえ、この方法も限度があるからな、身体の大きさが一定の範囲内に収まらんと機兵にはなれない、って事になるのさ」

「機兵って、誰でもなれる訳じゃなかったんですね、知りませんでした」


 身体に甲冑を合わせるのが理想であっても、量産経費や整備運用面を考えると無理が出る。であるから、甲冑に身体を合わせているのだが、これもまた限度がある、という話である。


「けどよ、乗る事ができる連中が限られると、漲溢が発生した時の大規模な消耗に耐えられないというか……、機士団を運営する上で問題になる時があるからな、何とかしようと機士団も動いてはいる」

「あのー、パドリックさん。今の話、僕が聞いても良い話なんですか?」

「魔導機を運用する所じゃどこでも抱えている問題だし、別に隠す事でもないから構わんさ。で、対応として考えられているのは、今現在使用している追随機構を胴体内部に持って来ようって話だ。搭乗者の動きを胴体内に収めることができれば、身体要件はかなり緩和できるし、負傷退役も結構減るだろうからな」


 何かを思い出しているのか、中年機士の顔にはどこか寂寥を感じさせる表情が浮かんでいる。けれど、それもすぐに消えて、普通の表情に戻る。


「だが現状の素材強度じゃあ、これ以上の重さは支えきれないって話でな、今の大きさが限度ってことで頭打ち……、頓挫中って奴だな」

「限度、ですか……」

「ああ、方向性は定まっているんだが、それを実現する為の製造技術が追い付いていないって訳さ」


 珍しく嘆息を漏らしたパドリックに対して、何か言おうとシャノンは頭を働かせて意見を述べる。


「……あの、素人考えなんですが、腕部の追随機構だけでも、胴体に収めることはできないんですか?」

「できる、っていうか、その仕組みを使っている機種が余所にあるし、帝国でも研究されているはずだ」

「性能は?」

「帝国のを一度だけ試したことがあるが、追随機構の出来が今一でな、上半身の動きが制限されちまって、ゴラネスより動きが固いんだよ。後、ほれ、狭い場所で思いっきり動けと言われても難しいだろ?」


 なんとなくわかる気がしたシャノンは首を捻り、更に思考を進めて解決策を模索し、これだと思った事を口に出した。


「じゃあ、腕だけでも外に出せば?」

「ぷっ、本末転倒のような気がするんだがね、嬢ちゃん」

「……言われてみれば? って、僕は嬢ちゃんじゃないですって」


 シャノンがむっとした顔で抗議するが、こうして一々律儀に反応する姿を面白がられている事に思い至らないようだ。現に今も、パドリックは口元に笑みを浮かべると、極自然に抗議を受け流して、話を続ける。


「けど、今の考えは悪くない。というか、選択肢の一つとしてあった」

「えっ?」

「俺達の先人はちゃんと試したってことだよ」


 試したのに現在に繋がっていないという事は、何か問題があったんだろうと予測しながら、シャノンは先を促す。


「試した結果、どうなったんですか?」

「本末転倒って言葉の通りな、模擬戦闘試験の時に胴体部から出ていた操縦腕に攻撃を喰らって、操縦者の腕ごと、モゲタそうだ」

「うわぁ……」


 悲惨すぎる光景を想像し、シャノンの顔から血の気が引く。その素直な反応を見て、ニヤニヤと笑いながらパドリックは更に言葉を紡ぐ。


「んで、それを見聞きした当時の機兵達が、これなら今の方式の方が頑丈な装甲に守られている分、まだ安全だって、反対したらしくてな、採用は見送られたそうだ。……だが、もしも、腕を外に出しても大丈夫な状況を作る事ができれば? 例えば、今以上に飛び道具が……、銃砲類が充実すれば、採用される可能性がまた出てくるかもしれん」


 意外な程に真面目な顔を浮かべた中年機士に釣られて、シャノンもまた顔を真剣なものに変えた。


「でも、パドリックさん。今の銃器類って、火薬系にしても、魔導系にしても、色々と問題があるって、誰かに聞いた覚えがあるんですけど」

「ああ、火薬系は都市や魔導船に設置している大砲ならともかく、魔導機で運用できる程度の銃器じゃ、蟲共の分厚い甲殻に弾かれて貫けない方が圧倒的に多い。何よりも旧世紀と違って、銃砲弾の生産に回せる資源や資材が限られてる。都市防衛用に回すのが精一杯で、現実的ではないな」

「これはサラサウス先生から聞いた話なんですが、魔導系の銃器も小型化の難航してる上、魔力をエネルギー弾に変換する効率が悪すぎて、まだ実用的じゃないって言ってました」


 パドリックは頷くことで同意を示すと、魔導機の近くに置かれている武器立てを視線で指し示す。

 そこにはシャノンの背丈ほどありそうな刃を持つ大剣や魔導機よりも長い太い金棒、金棒よりも短いが金属製の柄を持つ両刃の戦斧に、同じく長い柄に大きな鋼鉄の頭部が付いた鉄槌、更に取り回しが良さそうな分厚い鉈や手斧、鉄棍に鉄槌といった武器が並んでいる。


「だから、もうしばらくの間は、今まで通りの戦い方……、大剣や戦斧、鉄槌に金棒で、連中の節目や関節、目ん玉を狙う近接打撃戦が基本になるって訳さ。何しろ、攻撃を受けて死ぬか、魔導機の魔力が切れない限り、戦えるからな」

「パドリックさんには、戦意を喪失して戦えない、という言葉はないんですか?」

「ないな。甲殻蟲と真正面から問答無用の潰し合いをする以上、機兵は心折れた位で戦えないなんて甘い事を言ってられない。と言うかな、そんな甘えたことを抜かす奴は、戦闘の中で自然と淘汰されていくんだよ」


 シャノンはパドリックの達観した物言いを聞き、死と隣り合わせの厳しい世界をほんの僅かに垣間見た気がした。


「さて、そろそろ、お互い、仕事に戻るかね、嬢ちゃん」

「そうですね、パドリックさん。今のお話、いい勉強になりました。感謝します。ですが、僕は嬢ちゃんじゃないと何度言えば……」

「ほれほれ、早く仕事に戻らんと、出発時間になるぞー」

「むぅ……」


 年長の機士より簡単にあしらわれたシャノンは、これまでと同じく唸り声をあげる。けれども、それ以上は口を開かず、一礼だけして、本来の目的地に向かって歩き始めた。



 しばらくの間、その後ろ姿を眺めていたパドリックが部下である機兵達の様子を見る為に振り返ると、当の機兵達が面白そうな顔を浮かべて、上官を見つめていた。

 こいつらのことだから、どうせ碌でもない事を言い出すに決まっていると決めつけながらも、一応、パドリックは付き合いが長い男達に問いかける。


「なんだ? 何か言いたいことがあるのか、お前ら?」

「いやぁ、あの鬼のパドリックが、随分と優しくなったもんだなぁと思いましてねぇ」

「そうそう、俺達の相手をする時とえらい違いだから、つい見入っちまった」

「ま、あの坊主、変に捻くれてないみたいですから、旦那がそういう対応をする気持ちもわからんではないですがね」

「はは、何言ってんだよ、お前ら。違うって、パドリックの旦那は、さっきの坊主の可愛さにやられて、新たな性癖に目覚めたんだって」

「まぁ、この女っ気のない船ん中に半旬もいたら、そうもなるわなぁ」

「実際、俺達も溜まってるし……、旦那がそっちに走るのも無理ないか」

「ってことは、例の賭けは俺の総取りで決まりって訳だなっ!」

「ばっか、まだ決定的な証拠がねーんだから、決まってねーってのっ!」


 年齢こそまちまちだが、誰もがふてぶてしい面構えをしている男達がパドリックを肴に口々に騒ぎ始める。しかし、そんな機兵達の悪乗りに慣れているのか、パドリックは特に咎めることなく、ただ静かに思う事を口にする。


「ったく、こいつらは相変わらず活きがいいなぁ。……よし、今晩辺り、ちょっと格闘訓練と洒落込むのもいいかもしれん」


 その呟きを耳聡く聞き取った男達は騒ぐのを止め、それぞれの機体へと散っていく。後に残ったのはパドリックの機体を整備する初老の魔導技師だけである。

 黒いつなぎを着た白髪の技師は、見事な逃げっぷりを披露する機兵達を実に楽しそうな笑みで見送ると、そのままの顔でパドリックに話し掛けてくる。


「ははっ、昔なら一喧嘩だったろうに、おめぇさんも、それなりに上手くあしらうようになったもんだ」

「……おやっさん、その話は勘弁してくれ」

「何言ってやがる、おめぇさんが調子に乗らねぇように、からかわれる気持ちを思い出させてやってんだ」

「はぁ、俺の反応を見て楽しみたいだけの癖に、よく言うぜ」

「そうさ、ついさっきまで小童を相手していた、おめぇさんと一緒ってこったな」


 上手い具合に切り替えされてしまい、パドリックは降参とばかりに肩を竦めてみせる。彼の人物は、パドリックが新人機兵であった頃から様々に面倒を見てもらってきた相手だけに、強く出れないのだ。


「で、おやっさん、出撃まで後……、三十分程度になったが、出撃する連中の準備は整ってるのかい?」

「ああ、整っとる、と言いたかったが、腑抜けた野郎が一人いるみてぇだ」


 技師の言葉を聞き、パドリックが出撃予定の機体全てに目を走らせ、確かに足りていない事に気付く。


「おいおい、マシウスの野郎、まだ来てねぇのか?」

「ま、実戦を経験しとらんお坊ちゃん機士なら仕方ねぇわ、って、今、来よったな」


 その声に導かれて船倉の出入り口を見れば、先々日の宴で、パドリックと殴り合い寸前までいった金髪の若者、レオン・マシウスが入ってきたところであった。

 その姿を目に収めたパドリックが、さて、先達としてどう注意したものかと考えていると、当のレオンは彼の視線から逃れるかのように、一直線に自身の機体へと足を進め、魔導機の陰に姿を隠してしまった。


「……奴さん、どうやら、おめぇさんから逃げとるようだの」

「ま、怒りと恐怖、どっちが理由かはわからんが、ここ二日間ずっと、顔を合わそうとしやがらねぇのさ。あん時ゃ、ここまで長引くとは思ってもなかったが、こうなるなら、一発ぐらいは殴られてやった方が良かったかねぇ」

「実際に喧嘩しとったら、十倍位は返していそうだがの、おめぇさんなら」

「当然だろって、いやいや、冗談は置いてだな、……本当に、どうすっかねぇ」


 パドリックは困り顔で溜め息をつく。その姿を見た白髪の技師は苦笑すると、端的な評価を口に出した。


「おめぇさん、まだまだ、若ぇなぁ」

「年相応に上手く立ち回れ、って言いたいんだろ? わかってるよ、おやっさん。……わかってるけどよ、人間なら、どうしても譲れないモンってあるだろ?」


 パドリック自身は気付いていないが、その声や表情には甘えが、自分の気持ちを理解して欲しいという想いが滲み出ていた。それに気付きつつも、素知らぬ顔のままで、初老の技師は応じる。


「確かにあるだろう。けど、だからって、ずっとぶつかりあって平行線のままじゃ、結局、どうしようもねぇだろ? ……おめぇさんに妥協は無理かい?」

「ああ、頭が固いって言われるかもしれんが、今回ばかりは無理だわ。何しろ、俺達の先人が……、甲殻蟲って脅威から人を、大切な存在を守る為に、戦場に立ってきた機兵達が、大地に血を染み込ませて、屍を積み重ねて、守ってきた想いに関わるからな」

「やれやれ、素直に時代に流されれば良いものを……、この大馬鹿者め」


 と言った初老の男だが、その口調と顔は優しい。


「まぁ、今日はもう時間もねぇし、奴さんの下に入る連中に、お坊ちゃん機士がとちるかもしれんから、上手く立ち回れって、俺の方から注意しておいてやらぁ」

「……すまねぇな、おやっさん」

「何、俺もおめぇさんみたいな大馬鹿者は嫌いじゃないからな、ちょっとした手回し位はやってやるさ。だがよぅ、おめぇさんにゃ、言わんでもいいかもしれんが、上のいざこざで迷惑を被るのは下の連中だってことを、くれぐれも忘れるなよ?」


 最後に付け加えられた苦言に、パドリックはしっかりと首肯して返した。



  * * *



 パドリックが話を切り上げ、自機の最終点検を始めたのと、丁度同じ頃。

 船内にある部屋の一つでは、ソーンが自身が抱いたある懸念を護衛長アルベール・アルタスに説明し終えた所であった。


「……ふむ、副団長殿は、調査団が帝国の不穏分子に襲われる危険があるのではないか、と仰りたいのですね」

「はい、確たる証拠もありませんし、あくまでも私個人がそう考えただけの……、昨晩、寝る前にふと思い至った可能性に過ぎないのですが……、どうしても頭から離れず、こうしてお話しさせて頂きました」


 黒髪の機士は、応接机を挟んだ向こう側、作りの良い椅子に腰かけた眼鏡の青年を、浮かべている表情や無意識に行っている仕草といったものを観察する。

 これまでの話をする際の消え入りそうな声音に加え、机上で組まれた両手指は何度も組み直され、落ち着くことがない。また顔色もエフタ市に至るまでの間、顔を合わせてきた中で一番悪く、唇の血の気も弱い。更に自信がなさそうに視線を落としている両目も充血しており、満足に睡眠をとれていない事を窺わせた。


 責に押し潰されつつあるな、と察したアルベールはあえて聞かされた内容には直接触れず、重く落ち着きのある声で、ゆっくりと言い聞かせるように話しかける。


「副団長殿、少々気に病み過ぎなのでは? 今は突然に大きな責を負われたことで神経が過敏になっていて、悪い可能性を現実に起きるモノと決めつけてしまっているのです」

「ですが……」

「ああ、いえ、副団長殿が仰った可能性を否定する訳ではありません。もし可能性としてあるかないかと問われれば、今の帝国の現状を考えると、先程のお話もないとは言い切れぬ所。心配なさる気持ちはわかりますし、私も起こりうる可能性の一つとして、心に留めておきましょう。……ですから、副団長殿。今は心を煩わせる不安をここに置いて頂き、これから始まる調査に、副団長殿の本分に邁進して下さい。留守中は、エイブル船長と私がしっかりとお守りしますから」


 アルベールはそう言い切ると、あまり得意ではない笑みを軽く作って浮かべて見せた。

 愛想が良くない青年が浮かべた笑みは、傍から見れば酷くぎこちないものである。だがしかし、それが逆に剛健さを醸し出しており、ソーンに一定の信頼感を与えたようだ。


「そ、そうですね。……あっ、そろそろ出発時間が近いですね。アルタス卿、この忙しい時に話を聞いて頂き、ありがとうございました。それと、留守の間、よろしくお願いします」

「承りました」


 青年機士ははっきりとした声で答える。

 悩みを吐き出したことが奏功したのか、ソーンの顔にも血の気が戻り始め、肩からも心なしか力が抜けたように見えた。



 副団長を護衛長公室より送り出した後。

 一人部屋に残ったアルベールは一息ついてから置時計に目を向けた。調査隊の出発時刻まで今少し時間があった。ならばと先程伝えられた話……、調査団が同盟の名を騙った帝国の手の者に襲われるかもしれない、という可能性について考えることにした。

 耳にした話は責任者という重圧に晒され、苦境の中にある一個人の妄想と切って捨てるには、少々現実味がある話であったからだ。


 黒髪の機士は座した椅子に深く身を預けて瞼を閉ざすと、思考を巡らせる。


 副団長殿の話、あまり考えたくはない所だが……、同盟との国境域で発見されたドルケライト鉱脈、その権益確保に動いている帝国の西部都市群、利権政治が目立つようになった元老院に見え隠れする諸都市有力者の影、中央機士団が動員される気配、唐突に承認された魔導技術院の追加予算、といった昨今の帝国内の動向を考えると、あり得る話のように思える。


 まずもって、帝国と五都市同盟が境を接する土地で大規模なドルケライト鉱脈が見つかり、その権益を巡って両者の間に軋轢が生じている事実だ。

 高魔力伝達性を有するドルケライトは、魔刻板や魔導機関といった魔導関連機器を作製する上で、絶対に欠かせぬ金属。それだけに、両国共にその確保に動くのは当然であるし、場所が場所だけに、両国間で対立が発生するのもまた自然な流れ。


 だが、対立が発生するからといって、それが即座に実力を伴った争いに発展する訳ではない。


 陛下が定める帝国の外交基本方針は協調路線であるし、同盟側も帝国と競争関係にあるとはいえ、相手側の言い分を聞かないような下手な運営はしていない。

 そもそもの話、帝国と事を構えても国力を擦り減らすだけで何ら益がない。となれば、それぞれに人を出し合って、両国共がある程度納得できる妥協点を探り出すのが普通である。


 これまでならば……。


 アルベールは無意識の内に、眉間にしわを刻む。


 今現在、帝国では甲殻蟲の地道な駆除が進んだ結果、その脅威が北方や南方といった辺境域に限られるようになり、領域の大部分で危険を肌身に感じることが少なくなった。この歓迎すべき流れを受けて、帝国の経済は伸長し、それに伴って社会も様々に変わりつつある。


 けれども、社会で起きている変化は必ずしも歓迎すべきことだけでない。


 帝国元老院では、経済力を背景に持つ都市有力者によって選出議員の傀儡化が進み、贈賄や談合といった諸都市が持つ利権絡みの政治が当たり前のように行われるようになってきている。無論、過去にこういった汚職がなかった訳ではないが、ここ最近の腐敗はあまりにも著しい。


 元来、対甲殻蟲用の武力であり、賊党の跋扈を抑止する為の機士団を、自分達の権益を確保する為の対人戦争の駒に利用しようと考える程に。


 アルベールは腹の底で沸き上がる怒りに似た熱情を自覚する。と同時に、元より醒めている理性が冷水のような事実を思い出させると、自然、青年の口元に己自身を嘲る歪みが浮かび上がった。


 ……いや、今の考えは衆人が好む綺麗事か、私個人が憧れた機兵や機士という存在への感傷だろう。


 たとえ、機士団が対甲殻蟲用や賊党を駆逐する為の存在だと銘打ったとしても、その本質は力であることに変わりはない。

 今までも帝国は機士団が有する力を背景に他国や周辺域に影響力を及ぼしてきたのだ。機士団を動かそうとしている元老院の動きにしても、これまで機士団が暗黙の内に果たしてきた、もう一つの役割を前面に強く押し出そうとしているだけのこと。


 そう、帝国社会が変わりつつあるのに合わせ、機士団もまたその役目を変えつつあるだけに過ぎない。


 アルベールは思考が本筋から離れている事に気付き、一つ息を吐き出すことで気分を入れ替える。ついで目を開けて置時計を見やる。長短の針が指し示す時間は、出発時刻が近づいている事を教えていた。


 護衛長という仕事柄、調査隊出発前に危険地帯に赴く部下達に訓示と出撃命令を出す必要がある。それ故に座っていた椅子から立ち上がり、部屋を出た。


 そして、第二船倉に赴くべく、室内よりも若干暗い廊下を歩き始める。


 歩を進める間も、再び思考に埋没する。


 人は争いを欲する時、どこぞの中年不良機士がわざと相手を挑発するように、どんな口実であっても、それが口実の態を為していれば構わないものだ。いや、時にはその場の勢いに流されて、口実すらなく激突する事もありえること。

 しかし、口実がなくても構わないのは争いを欲する当事者だけに過ぎず、直接的に争いに関係のない者を巻き込むには、個々人を関わらせる理由が……、個々人が抱くであろう良心の呵責といったものを弱めるものが必要だ。


 たとえば、情愛から生まれる熱狂や憤怒から生まれる狂乱、人道から生まれる正義といった名分といったものが。


 今の帝国にはその口実が攻撃を仕掛けるだけの名分は存在していない。いくらドルケライトの権益を巡って、同盟と対立関係にあるとはいえ、それが即口実にはなりえないだろう。

 もし仮に名分がない状態で、機士団を動かし同盟に攻撃を仕掛けようにも、機士には人同士の争いを嫌う者達がまだまだ多い。中には戦いを拒否したり、本腰を入れぬままで動く者もでてくるはず。不測の事態が起きて、敗北する可能性も高くなるだろう。


 では、機士団を攻撃に使う為にはどうすればいい?


 簡単な話、機士団が動かざるを得ないだけの名分を作り出せばいい。


 争いを起こすことで益を得る可能性が高い者……、有体に言えば元老院、いや、西部諸都市は自分達にとって都合が良い適当な口実であり、かつ、帝国がドルケライト鉱脈の確保に機士団を動かせる正当性があるような名分を。

 そう、たとえば、何もしてない帝国に被害をもたらした同盟に対して微罰を与えるといった、衆人や戦いに参加する者に、戦争が起きても仕方がないと思わせるだけの名分を。


 こういった可能性を、副団長殿は……哀れにも唐突に重責を背負わされて、様々な事を考えた結果、ふとした拍子に気付いてしまった。そして、この調査団がその名分を得る為に利用されるのではないかと、憂慮する破目になったのだろう。


 本来ならば、私も気付いていなければならない所なのだが……、どうにも内に敵はいないと思い込んでいたようだ。


 今後は気を付けなければな、と嘆息を一つ吐き出して、アルベールは考えを進める。


 本来、名分となるような事態を演出するなれば、件のドルケライト鉱脈近くの国境沿いが自然に思える。

 だが、そちらは同盟が武力衝突しないように神経を尖らせて、十分に警戒しているであろうし、長期的な不利益を考えると、同盟が先手を取って動くというのもまず考えられない。

 また偶発的な衝突を引き起こす為に国境線に機士団が動員されたとしても、機士団上層は人同士が争う事を良しとしない機士が主流である。このことを踏まえれば、そういった衝突が起きぬよう配置を工夫したり、一部の者が暴発せぬように目を光らせたりしているはずだ。


 よって、そういった場所よりも、逆に帝国と同盟の国境周辺より離れ、同盟の目が届きにくく、距離と言う障壁がある遠方地で、事を起こす方が成功する可能性が高い。


 それらの要件を満たしてしまっている、この調査団であれば、距離という障壁で情報伝達に時間を取らせる上、第三国での出来事である事から同盟の調査は阻害されて、真相の解明まで時間が必要となる。それに同盟はその成り立ち上、一枚岩ではないから内も疑わねばならぬ事情もある。これらの事情を考えれば、帝国の自作自演だと言い出しても胡散臭い感がでてくるというもの。

 その一方で仕掛ける側の帝国は、最悪でも事を起こす事さえできればいい。そうすれば、第一報と続報が伝達されるまでの時間差を逆手に取り、詳細が分かるまでの時間を利用して、機士団を動かせる。


 調査団が攻撃を受けたという意図的な誤報が速報で伝わった後、真相が伝わるまでの時間に目的地一帯を制圧さえできれば、後になって自作自演の口実であった事がばれたとしても、素知らぬ顔で実効支配するだろう。

 既成事実が成った後であれば、同盟が異を唱えたくとも、主張の背景に大きな力を持つ帝国には、容易に逆らえないのが現実なのだから。


 だが、この方策だと短期的には特に問題はないが、長期的に見れば不利益を被った者達の帝国への恨み辛みが重なり、後々、非常に憂慮すべき……。


 アルベールは考えが逸れ始めた事に気付くと、これでは副団長殿と同じだと、顔を顰める。


 そして、目前に迫っていた階段を一息に降り、第二船倉に向かって歩く。それに合わせて、今度こそ本筋に立ち返って考えを進める。


 調査団が狙われるという推測を補強する点は、帝国魔導技術院に対して、唐突に与えられた追加予算だ。

 副団長殿は追加予算の承認は滅多にない事だと述べている。他にも、技術院にとっての追加予算の申請とは、元老院向けの新規研究の説明を兼ねた次期予算の拡充する為の方策に過ぎず、新規研究に予算が与えられたことがあっても、こういった遺構調査に与られた前例はないとも。


 当然、ただの偶然……、魔導技術の伸長の為、梃入れに動いた可能性もあるかもしれない。だが、他に手当てが必要な場所、辺境での都市壁拡張や社会基盤の整備に金が回ったという話を聞かない所を考えると、ばら撒きが過ぎている。となれば、そこに何らかの思惑が絡んでいるとした方が自然であり、調査団を派遣する為と考えることもできよう。

 加えて、同盟が帝国の魔導技術伸長を阻害するか、その成果を奪取したいと考えているのは、魔導技術院が創設されて以来、技術院に入り込んだ同盟の諜報員が捕まった事件が過去に数件あるだけに、衆人にも認知されていることもある。同盟がそういった意図で動いたと理由付けすることも可能だ。


 こうして考えを連ねていくと、ドルケライトの権益を確保する為、同盟と戦端を開く為の口実を欲している元老院の姿が浮かび上がってくるし、調査団が狙われる可能性が十分にあるように感じられる。


 もっとも、この考えは副団長殿自身も言っていたように、全ては状況証拠とそれを基にした推測にすぎない。実際には、そのような事実はなくて、ただの穿ち過ぎな考えなのかもしれない。

 しかし、本当の所を知る由もない以上は、調査団が危険に晒されるという可能性は残ってしまうのだから、その先の対策も考える必要があるだろう。


 では、調査団が襲われるとする前提で考えると、誰が、何時、何処で、どのような方法で、為されるのか?


 誰が、というのを探り出すの少々難しい。

 副団長殿は内部に紛れ込んでいるかもしれないと考えていたが、この地は夜の闇が深い上、グランサーなる者達が活動している為、外から仕掛ける事も容易なのだ。


 また、何時、何処で、というのを調べるのもまた厳しい。

 工作者が内部に紛れ込んでいるかもしれないという可能性を考慮すると、使う人手は信用できる者に限られるし、それらの人手を使うにしても、通常の任もあって動きを制限されてしまっており、全てに目を向ける事はできない。

 仮にこの件を公にするにしても、内部に工作舎が紛れ込んでいる可能性がある等という話を広めてしまうと、調査団内に疑心暗鬼を生み出し、組織そのものが立ち行かなくなる危険性が高い。あくまでも最終手段とした方が無難だ。


 どのような方法で、というのは、一つだけ相手に縛りがあると考えられる。

 それは同盟に仕業に見せかえる事。誰の手によるものかわからなければ、事故として始末されることがある以上、同盟の仕業であると見せかける為の、証言や証拠を残さねばならないはずだ。

 例えば、目に見える形で……、工作者が調査団の誰かを襲うか殺すかした後、同盟でしか使用されていない小物を残したり、存在しない人物を捏造して、同盟の者に襲われたのを目撃したと狂言を述べたり、何らかの事を起こした後、同盟の仕業だと自身か他の誰かに吹き込んで言わせる、といった具合に。


 だが、こういった方法は私が想定しているように、疑いを持って見れば、足がつく可能性は高い。


 いや、元より使用する工作者は捨て駒に過ぎず、本命は調査団で事が起きたのを確認した後、即座に情報を送る事だろうか?


 もしも、そうならば、こちらには打つ手がない。

 帝国に情報を伝える者が誰かわからず、帝国へ向かう船をエフタに留める術もない。今の状況ではエフタ市局へと伝えたとしても、そういった可能性がある、としか言えない。

 そもそもの話、エフタ市とは関係がない帝国の問題である。下手に関わった事で、帝国……、いや、元老院の不興を買うということもあり得るだけに、見て見ぬ振りを決め込み、動かないかもしれない。


 第二船倉の出入り口前まで来たアルベールは、問題が起きた時の常の如く、眉間に皺を刻み込み、自らの心に問いかける。


 事を阻止することは難しく、起きた段階で手詰まりに陥るといった状況で、私はどう動く?


 阻止が不可能に近い以上、短期的にとはいえ、帝国の利益になる事ならば、目を瞑るべきではないか?


 そう、帝国の政治や社会が変化し、機兵や機士の在り方が変わりつつあるのだ、己もその流れに身を委ねればいいのではないか?


 青年が抱いた迷いから、次々に誘惑めいた囁きが湧き起こり、揺れ動く心に響き渡る。その度に、彼の眉間に刻まれた皺は深くなっていく。


 しかし、船倉中央部で出番を待つ黒い魔導機群を、それらを整備して維持する魔導技師達を、一列に整列する逞しい機兵達を、北方機士団で甲殻蟲を相手に戦ってきた戦友達の姿を目に収めると、アルベールを煩わせていた迷いと誘惑はふっと消えた。


 そして、彼は心中で独語する。


 否、ここで何もできぬと最初から諦め、流されるままに何も為さぬことこそ、愚の骨頂。


 甲殻蟲の脅威が薄れた結果、人同士の争いが起きる時代に移り変わっていくとはいえ、機兵達が心に抱いてきた精神を捨てる理由にはならない。この場で事が起きるかもしれないのなら、私も今を生きる機兵の一人として、人同士の戦を引き起こさぬよう、精々、抗って見せよう。


 静かに自身の方針を定めると、アルベールは第二船倉に入った。



 黒髪の機士は眉間の皺をそのままに、駐機場は魔導技師達が立ち並ぶ場所に向かい、責任者である白髪の技師に手短に問いかける。


「機体の状態は?」

「全機、万全の状態。斜路の開放についても、船さんと打ち合わせ済みで、こちらの出撃旗が振られ次第、降ろしてくれる手筈になっとります」

「わかった、以後もこれまで通りに頼む」

「お任せあれ」


 信任の言葉を聞いて不敵に笑ってみせた初老の男に、アルベールは表情を変えぬまま頷いた。そして、今度は機兵達に鋭い視線を走らせて、各々の緩みなく引き締まった顔を一時観察した後、口を開いた。


「これより我が隊は遺構調査隊の護衛を開始する。先に通達したように、リディス分隊は先行調査班の護衛及び調査本隊との連絡を維持せよ」

「了解」

「マシウス分隊は調査本隊の護衛と本船の連絡を維持せよ」

「了解です」

「予備隊の三名はこの場で待機。事が起きた場合は、即座に本船と遺構出入り口までの連絡を確保、私が来るまではそれだけに専念せよ」

「はっ」

「了解」

「了解です」


 それぞれの返事に頷き返すと、アルベールは腹に力を入れて、低音だが良く通る声で告げた。


「貴様らは恐るべき脅威を前にして立ち上がった勇気ある先人達の末であり、今もって、その背に人命を背負い、守る事を本懐とする機兵である。その機兵である以上、簡単に死ぬ事は許されぬと知れ!」


 機兵達は一斉に姿勢を正すことでその言葉に応えると、機付の技師達と共に各々の機体へと向かっていく。


 アルベールは動き出した男達の一人、パドリックに声をかけて引き止める。それから音もたてずに近づき、その厳つい顔に精悍な顔を寄せると、周囲に聞こえぬよう小声で話しかけた。


「パドリック」

「隊長殿、どうかしましたかい?」

「……少々、拙い問題がある」

「ふむ……、それは如何ほどのモノで?」

「直近では調査団の安全、先は帝国の行く末……、かもしれぬな」

「ほー、なにやら大きな話のようですな。今すぐに聞いた方が?」

「いや、今は時間がない。帰還した後でいい」

「わかりました。夜、お伺いしますよ」

「ああ、頼む」


 簡潔に言葉を交わすと、アルベールは足早に魔導機群から離れ、部下達が搭乗する様子を見つめる。


 機兵達は懸架に支えられている魔導機に乗り込むと、脚部、腕部、下半身、上半身と次々に開放部を閉ざしていき、その度に装甲が骨格に固定される金属音が船倉内に響き渡る。それを懸架の傍で見届けた技師達が次々に喚呼して確認していく。


 こうして出撃する全機の密閉確認が終わると、白髪の技師が大声を上げる。


「全機密閉確認! 固定解除っ!」


 その声に合わせて、技師達が懸架に備えられた操作桿で一番大きな一本を一斉に引き下ろす。

 すると魔導機を支えていた固定具が次々に解放されていき、魔導機は自らの両足だけで機体を支え始めた。ここでもまた技師達が口々に喚呼し、固定具が解除されたことを確認。正常であると判断するや、腰に差していた赤青二本の旗の内、青旗を次々に掲げる。


 最後に先の技師が全機の解除がなった事を確認して、部下達に指示を出す。


「全機固定解除確認! 技班は速やかに退避せよ!」


 この声を待っていたように技師達が魔導機から足早に離れていく。

 技班責任者である初老の男も同様に離れ、じっと出撃準備を見ているアルベールの傍らに走り寄る。


 そして、懸架に取り付いていた全員が退避した事を見届けた後、アルベールに報告する。


「全出撃予定機、出撃準備完了!」

「出撃を許可する」

「了解! 出撃許可を確認! 出撃旗っ、青ぉ振れぇっ!」


 白髪の技師が擦れ気味だが張りのある声を上げると、技班の一人が一際大きな青旗を大きく振り始める。


 それに応じるように、各々の魔導機も背部にある熱交換器に蓄積された熱を腰部排気口より強制的に噴出し、船底を振動させながら歩き始める。

 出発準備を整えた遺構調査隊の面々が注目する中、八機の魔導機は武器立てより思い思いの武器を手に持つと、降ろされた斜路から光陽より降り注ぐ眩い光の中へ、躊躇いなく突き進んでいった。

12/04/21 レイアウト調整。

13/02/28 一部加筆。

17/05/19 本文部分改訂。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ