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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
5 技師は夢追いに猛る
44/96

七 遺構に眠る物

 時流れて二十日。

 エフタ市の北東。黄金色の朝陽を浴びる砂塵の荒野にて、三機のパンタルが一列になって歩を進めている。

 一番前を行く一機は大剣を片手に持ち、瓦礫の山や廃墟を避けるようにゆっくりと歩く。その五リュート程後方を箱状の格納装備に、大鉄槌や長さ三リュート程の伸縮梯子といった物を背負った一機が続く。これに加えて、両腕と胴体を使って人を一人横抱きにしていることから、一目で運搬役とわかる姿だ。そんな機体の傍らに外套を纏った人影が二つ。周囲を警戒するように頻繁に頭を動かしている。そして、最後尾には魔導仕掛けの長物……魔導銃を右腕で保持した一機。時折、後方を警戒するように振り返りながら進んでいた。


 十九番遺構に向かう、クロウ達一行である。


 彼らは朝早くに集合し、魔導機や装具類を点検した後、目的地までの道なき道を歩き続けている。

 ここ大砂海は、砂礫や瓦礫で覆われた不毛の地だ。足元に注意しなければ、不安定な場所を踏んで足を挫くこともある。また、土地自体も平坦という訳でもない。丘陵とまでは言わずとも、なだらかな傾斜があったりする。それだけに、長距離の移動は砂海に慣れた者であっても、中々に骨の折れる道途なのだ。

 付け加えれば、砂海を過酷な環境にしている大本、光陽は決して待ってはくれない。東の果てより顔を覗かせたかと思えば、足早に天への階を進んで、注ぐ光熱を着実に増やしていく。当然、身体への負担も加速度的に大きくなる。当然、クロウ達もそのことがわかっているから、無駄口を叩くことなく、一刻も早く目的地に辿り着くべく、ただ黙々と歩く。


 エフタ市を離れてから、大凡三時間弱。


 目的地である十九場が目に見えて近づいてきた事で、彼らの我慢の時が終わろうとしていた。


「もう少しで着きそうね」


 真ん中を行く機体、クロウ機に丁重に抱きかかえられた魔術士の少女。その肩に座る小人が操縦者たる少年に声を掛けてきた。クロウは何事も起きずに辿り着いたことに安堵しつつ、呼び掛けに応じた。


「ああ、無事につけて良かったよ」

「えー、そう? 私としては、蟲が顔を出してくれることに期待してたんだけどなぁ」


 お気楽な調子で、ミソラの口から飛び出たとんでもない意見。クロウが咎める前に、小人を乗せた少女シャノンが苦言を呈した。


「ミソラさん、そんな怖いこと言ったら駄目ですよ。不吉なことを言うと、実際に不吉が起きやすいんですから」

「あはは、確率の問題って奴かしら?」

「経験に基づく先人の知恵ですよ。自分から危険を呼び込む必要はないです」

「それって、元々は、縁言(えんげん)……魔術語を扱う時の注意だったんだけどねぇ」


 ミソラが零した言葉に少し興味を引かれて、クロウが口を挟んだ。


「どういうことだ?」

「簡単な話っていうか、魔法って体系が成立する前ってさ、奇跡……今でいう魔術を為すのは祈りだったんだけど、ほら、その祈りの中で自然と出てきた声の中に、今でいう魔術語があった訳よ。んで、それが力のある言葉だと人に認識されて、意識して使ってみようって段階になった時に、変に噛み合って危ないことが起きたりしたから、扱う時は十分に注意しましょう、って口伝ができたのよ」


 この説明をなんとなく胡散臭く感じて、少年は突っ込みを入れる。


「それ、本当か? シャノンさんが言ったように、実際にそういったことが多かったからできたんじゃないのか?」

「それも正解。今の経験則っていうか、そういう言葉が出てくるのは、その場の空気や雰囲気で身体が無意識の内に危険を感じ取っていたり、過去の経験や引き継がれてきた血の記憶(遺伝子)から本能が推測していたりするのよ」


 黙って小人の話を聞いていた少女が疑問を口にする。


「つまり、ミソラさんが言った口伝にそういった経験則が加わって一般化した、ということですか?」

「そういうこと」


 ミソラが胸を張って言い切る。いかにも自分が言わんとすることが正しいとばかりの態度だ。が、クロウは先の発言に対する言い訳になっていないと気付く。シャノンも同じ事に気が付いたようで、ほぼ同じ拍子に声を出した。


「おい、さっきの言い訳になってないぞ」

「誤魔化しは駄目ですよ」

「はっ!」


 小人は白々しく驚いて見せる。けれど、二人の冷めた視線と雰囲気は覆らない。ミソラは驚いた顔から素知らぬ顔、次いで決まり悪そうな顔になり、最後には開き直ったように腕を組んで口を尖らた。人形とは思えない表情の変化である。


「だってさぁ、蟲って一言で言っても色々いるそうじゃない。後学の為にもここで出てくる奴、一度、冷静に観察してみたいと思ったのよ」

「それ、皆が危ない目に合うだけの意味があるのか?」

「そうですよ。安全の方が優先です」

「案外、意味を見いだせるかもしれないじゃない。……ほら、例えば蟲の甲殻とかあの目ん玉とか。ガラス質みたいな感じだし、なにかの素材とかになるかも」

「あれが、素材ねぇ」


 クロウは複雑な顔である。なぜなら、彼にとって甲殻蟲とは、故郷を滅ぼして家族を奪った仇である。あくまでも叩き潰す対象であって、活用するような存在ではないのだ。そもそも、そういった発想自体がわかなかった。


 そんなクロウの、不服とまではいかぬもののすっきりしない内心を見透かしたかのように、ミソラはシャノンに問いかける。


「シャノンちゃん、最近、カーンの奴が素材の開発で頭悩ませて呻いているでしょ。製法がわかってるのに素材を作る原料がたりねー、現物はあるのに原料や製法がわからねー、原料があるのに素材作る冶金技術がたりねー、つか、旧文明の冶金技術を今の世の中で再現できるわけがねー! はぁ、もう、この際、手軽に素材にできそうなのが落ちてねーかなー、ってさ。だから、ここは一つ、室長たる私がっ、手助けしてやろうと考えたって訳よ!」


 口から出まかせと言えそうな内容であるが、全て事実である。シャノンも研究が行き詰って苦しんでいる同僚の姿を見ているだけに、否定はできなかった。


「ということだから、クロウ。もし、例の蟲、ラティアが来たら、できるだけ傷を少なくして仕留めてちょうだいね」

「お、お前は、また、無茶を言うなぁ」

「良い男なら、難題を与えられら燃えるもんでしょ」

「……便利な言葉だよなぁ。その良い男ならって」

「あ、そうそう、ぐちぐちいう男に良い男はいないからね」

「へいへい」


 ミソラの当然と言わんばかりの物言い。クロウは肩を落として頷き、シャノンは思わず苦笑した。十九番遺構はもう目の前であった。



  * * *



 崩れた外壁の内側、地下にぽっかりと口が空いている。下り坂は半ば砂に埋もれ、その奥は暗く閉ざされている。そんな出入口を前にして一行は足を止めた。


「で、エンフリード、どうするよ?」


 先導してきたパンタルが斜路に一番近い場所で、己が獲物を大地に突きたてる。ついで、搭乗者たるディーンが軽い調子で一行の代表者へと声を掛けてきた。

 じっと出入口を見据え、様子を探っていたクロウは即座に答える。


「護衛に一機残して、二機で行きましょう」

「なら、俺とお前で行くか?」

「そうですね。マディスさん、ここは任せます」

「おぅ、気張って行けや」


 機兵達の普段と変わらぬやりとり。地下遺構出入り口を間近にして、表情が硬くなっていたグランサー二人の緊張が緩む。その間にも、クロウは抱いていた少女を降ろし、マディスに背中の荷を外してもらう。身軽になると、自身の武具である大鉄槌を手に取った。シャノンとミソラは機体から離れる際、口々に言葉を送る。


「クロウ君、気を付けて」

「あんたなら大丈夫だろうけど、油断はしないようにね」

「わかった」


 短く答えた後、大鉄槌を一振り。それから、既に準備が整っているディーン機に倣い、投射灯を灯した。


「よし、んじゃ行くか、エンフリード」

「前、俺が行きますか?」

「あー、俺、男の尻を追いかける趣味はねぇんだが?」


 クロウはどう応えるか瞬間迷う。が、ここは先達の調子に合わせて言葉を返した。


「なるほど、女の人なら喜んで追いかけるんですね」

「お前だってそうだろ」

「否定できませんね」

「はは、だろう。いい歳した男なら、むさ苦しい連中よりも可憐な花を追う方が楽しいって奴さ。ま、そんな訳だから、今日は俺に譲れ」

「了解です」


 あまりにも緊張が感じられない掛け合い。グランサー達がそれを余裕の表れと受け取って頼もしさを感じる一方で、シャノンは微かに不機嫌な色を見せ、小人はニヤニヤと笑う。

 こういった外の反応に気付くことなく、二機のパンタルは斜路を降りていく。先までと同じく前衛にディーン機が立ち、その後ろにクロウ機である。


 後方からの陽差しを背に、一歩一歩。機重に煽られて、足元の砂が流れ落ちる。

 機体越しにその流れを感じていたクロウであったが、地下一階の床に降りきる前に悪寒を覚えた。それと時を同じくして、ディーンの声が届いた。


「どうやら、当たりみたいだな」

「ええ、奥にいますね」


 奥まった床面。魔導灯の光に照らされて、薄っすらと積もった砂塵が見える。その上に、蟲の足跡と思しき痕跡があった。しかも、はっきりと残っている。


 ミソラがあんなことをいったからかなぁ。


 そんなバカげた思考が少年の中に生まれるも直に消える。その代わりに浮かんできたのは、これは今朝方にでも入り込んだかという真っ当な判断。そして、彼の耳が物音を捉えた。


 障る音。


 大きくなる足音。


 目が環境に馴染んでくる。


 徐々に大きくなる薄っすらとした影。


 六本脚が連動して動き、ざわざわと触角が動く。


 投射灯の光を、大きな単眼と六つの小さな複眼が反射する。


「光に釣られたな。……来るぞ」


 伝声管越しの警告。クロウは小さく頷くと、前衛の動きを邪魔しないように、また蟲への攻撃を行えるように、位置取りに心配る。

 一方、真正面でラティアと対峙するディーン機は、微かに右脚と大剣を引いての突きの構え。ならばと、クロウは蟲の注意を引くべく、わざとらしく大仰な動きで右隣へと進んでいく。そして、ディーン機を追い抜いた所で大鉄槌を振り上げた。


 ラティアの牙が開き、頭部がクロウへと向けられた。


 転瞬。


「……ッし、潰したぞ」


 一足で繰り出されたディーンの大剣が蟲の口腔を突き破り、胴体まで刺し貫いた。一度の痙攣。六本の脚が力を失い、ラティアの身体が崩れ落ちた。ディーン機が大剣を引き抜くと同時に緑血が吹き出し、床を濡らす。

 事を為した当人は足元を気にすることなく、大剣を一振り。剣身に付いた緑血を飛ばすと、クロウに指示を出した。


「よし、階段を見てから、奥の斜路を確認するぞ」

「了解」


 再びディーンが前に立ち、階段へと足を向ける。そして、背をクロウに預け、階段を覗き込む。暗闇に光が差し込む。特に変わった物は見られず、また異音も聞こえない。それらを確認し終わると、今度は最奥の斜路を目指す。

 その最中、ディーンがしみじみとした声音で、教え子に声を掛けてきた。


「エンフリード、教習所の時よりも余裕が出て来たな」

「教官にそう言ってもらえると自信が持てますよ」

「ははっ、だろうな。とはいえ、過信はするなよ? 機兵つっても、人一人なんぞの力は程度が知れてるからな」

「囲まれた終いって事でしょう。いつかの騒動で体験しましたよ」

「なら、お前も機兵の限度ってのがわかったろ」

「それはもう、嫌という程に」


 軽い調子で答えた所で、斜路が見えてきた。近くで地上からの光が入り込んでいる為か、先の階段付近よりも心持ち明るい。天然の光を受けながら、下り坂へと人工の光を向けた。

 坂の下……踊り場にはなにもいなかった。ただ、小さな瓦礫や石片らしきものが散らばっているだけである。


「先は繋がっていないんだったよな?」

「ええ、そこの踊り場の先が崩れて埋められてます」

「そうか。……ま、とりあえず、地下一階の安全は確保って感じだな」


 ディーンは普段通りの声で、一仕事が終わった事を宣した。



 一行は地下一階を確保すると、軽い休憩を取る。まだまだ余力はあるが、これからなにが起こるかはわからない為である。それぞれが思い思いに身体を休めるつつ、次の作業について話し合う。

 その結果、当初の予定通り、ディーンが地下一階を護る一方で、他の面々が階段を下り、地下二階への侵入を試みるということになった。


「安心しろ、いざって時の逃げ道の確保はしとくさ」

「場所が場所だけに洒落になりませんよ」


 先達の笑えない言葉に、クロウが突っ込みを入れる。その最中にもミソラが突入組の間を飛んで、暗視の魔術を掛けて回る。


「ほい、終了」

「おおっ、普通に見える!」

「……凄ぇな、魔術って奴は」


 グランサーの二人、バッツとロウは初めて体感する魔術に驚きを露わにする。が、小人は彼らの感動に無遠慮に蹴りを入れ、クロウが市軍の伝手から借りて持ってきた物を指差した。


「はいはい、感慨にふける気持ちはわからないでもないけど、今は梯子を運ぶ準備をしてちょうだいな」

「あ、そ、そうだな」

「悪い、すぐに掛かる」


 二人は自分達の役割を思い出すと、急ぎ足で梯子を取りに向かう。その背後、階段の出入り口では、マディスとシャノンが非常時の対応について確認をしている。


「下に潜ってから、蟲が出て来た時ですけど」

「手持ちの閃光弾で目晦まし、その間に可能なら上層に逃げる。んでぇ、その後、エンフリードか室長、おめぇさんに任せるって流れだな」

「ええ、基本、逃げに徹してください。……アレと生身で真正面から向き合うのは無謀すぎますから」

「ああ、おれも機兵とはいえぇ、連中と魔導機なしにやりあいてぇとは思わねぇさ」

「後、閃光弾を使う時は、絶対に光を直視しない事かな。下手をすれば、目が見えなくなる」


 最後はクロウである。ここに来る途中、二人の話が耳に届いたのだ。少年はマスクとゴーグルを首にかけ、改良された魔導鉄槌を手にしていた。


「そそ、暗視の魔術は光の刺激に敏感になるからね。気をつけなさい」


 これはミソラ。小人は背中に帯びていた光の羽を消すと、クロウの左肩に飛び降りる。わざとらしく踵を突き立てて。


「ぃてっ」

「あら、羽の如き軽さの私に向かって失礼な」


 クロウは横目でにらむ。ミソラは素知らぬ顔。ならば、肩の痛みが消えぬ間にと、クロウが軽い皮肉を口にする。


「……体重が軽いかどうかは知らんが、頭が軽いのは認める」

「今はこんなだけど、昔は髪の毛が長かくて、こう、儚い感じがして、見る人を惑わせたんだけどねぇ」

「なるほど、その髪がなくなった分、自重が減ったってことか」


 いつもと同じ、二人のやり取り。シャノンは程良くあった緊張感が崩れていくように感じて、首を一振り。視界の隅に丁度良い口実を認めると、口を挟んだ。


「はいはい、二人ともそこまでです。ロウさん達が来ましたよ」

「だそうだぞ、ミソラ」

「了解了解。それじゃ、早速潜りましょうか」


 ミソラの言葉を合図に、その場に集まった突入組が階段に向かって動き始めた。


 先頭を行くのはクロウ。身構えてはいないものの魔導鉄槌の出力を上げ、いつでも振るえる態勢である。左肩にはミソラが座る。移動と警戒はクロウに任せ、のんびりとあくびをしていた。

 その後ろにシャノン。筆記具等が入った肩掛け鞄を持つだけで、これといった物は持っていない。ただ前を行く少年の背とその周囲にだけ、目を向けている。

 続いてマディスとグランサー二人。マディスはロープ類を肩に掛け、必要になるかもしれない様々な工具類が入った金属製の箱を手に持つ。そして、中々に重い梯子を運ぶ若者達の足元に注意する。


 とは言っても、目的地は直下である。この隊列は長く続かない。踊り場を過ぎた所で梯子を前に出す。


「それじゃ、試してみるわ」


 そう言って、翡翠の燐光を背負ったミソラが飛び立つ。扉が開くかどうかを試す為だ。十を数えぬ内に目的地へとたどり着くや、扉付近に手を当てる。


 微かな囁き声。


 男達が総出で梯子を伸ばす準備を整えている段で、小さな圧搾音。


 この遺構が施設としての役割を放棄された頃より、固く閉じられてきた扉は至極あっさりとその封を解かれた。


「クロウ、開いたけど、どうする? 先行して中を見てこよっか?」


 ミソラはなんでもないことのように聞いてくるが、その実力や来歴を知らぬ者からすれば、ただただ驚異である。実際、ロウとバッツは驚愕のあまり目と口を大きく開いてしまっている。


 そんな二人に気が付かなかったクロウは提案の利点や欠点を軽く考えた後、頷いた。


「頼む。……なにがあるかはわからないからな。十分に気をつけろよ」

「ふふ、わかったわ」


 ミソラは少年の言葉に込められた想いをくすぐったく感じて笑うと、中へと入って行った。


「さて、俺達も早い所、準備をしてしまおう」


 この言葉を合図に、男四人が梯子を渡しにするべく動き出す。

 崩落部の幅は大凡五リュート。市軍より借りてきた重い伸縮梯子を三人がかりで支えながら静かに伸ばす。慎重に伸縮用のロープを操り、ゆっくりと。手入れはできているようで、抵抗もなくするすると伸びていく。三リュート、四リュート、五リュート。その先にある格が二段三段と崩落部の向こう側へと届いた。ほぼ全員が安堵の吐息。即席の渡しの完成である。

 もっとも、こういった使い方は梯子本来の使い方と異なる。いくら市軍防災隊が使う頑丈な代物とはいえ、過信はできない。加えて、下層まではかなりの高さがある為、もしも落下した時の危険は大きい。故に、相応の安全策が必要となってくる。


「手すり……、この辺りなら大丈夫かな」

「おめぇが下に潜る時に使った時も、特に問題がねぇんだろ?」

「ええ、揺らぎもしませんでした」

「なら、二重に結んどきゃぁ、いけるだろ」


 そこでどうするかといえば、命綱である。

 クロウは頑丈なロープを二本、手すりの支柱に括り付ける。なんとなく以前の潜った時のことを思い出す。一人で潜った時の心細さは泣けるほどに酷いモノであったと。自然、少年が苦い顔をしていると、先行していた小人が戻ってきた。緑の輝きに顔を上げる。小人の表情は明るかった。


「クロウ! 奥にあった大きな扉も封鎖されてたから、当たりがあるかもしれないわ!」


 この言葉に、クロウは息を呑む。また周囲の者達もそれぞれ表情を動かした。

 クロウとて高い確率であるとは判断していたが、いざ、それが本当にあるかもしれないと現実味を帯びてくると、得も言われぬ感情が湧き起こってくる。


 それは歓喜や興奮、期待や不信、更には猜疑が入り混る、どろどろとした形にならない人の心そのもの。


 複雑に入り混じる情動に影響され、クロウの身体が微かに震える。大きく速くなった鼓動を収めようと、少年は呼吸を整えようとする。もっとも、その効果は薄く、熱くなった血潮は全身を勢いよく駆け巡る。


「お、落ち着けっ、ミソラ! こ、声が大きい! ……と、とりあえず! ぜ、全員で向こうに渡るから、いざって時は、助けを頼む」

「ん、了解」


 ミソラの含み笑いを帯びた生温かな表情に、自分の方が落ち着いていないことを自覚する。ついで、首元に掛けたマスクやゴーグルの存在に気付く。手に持つと、グランサー時代の苦労が思い出される。あの頃は夢はあっても甘い話などどこにもなかった。少年の心は自然と落ちつき始めた。


「マスクは付けるの? 特に変な感じはしなかったわよ」

「そうか、ならいいか」

「それの付け時としては、奥の扉を開ける時かしらね」


 小人が自分の意見に納得するように頷いた。その間にも、クロウは腰のベルトに命綱を取り付ける。既に即席の渡しへの恐怖は薄れていた。



 クロウに続いてマディスが渡った後、ロープの一本を壁面の一部に固定し、ないよりもマシな手すりが作られた。紅一点であるシャノンへの配慮である。


 その様子を見ていたミソラが一言。


「クロウにしろマディスにしろ、意外に気が付くのよねぇ」


 当然の如く、何の根拠もなく貶められた男二人は不快感を示す。


「意外って、酷い言い様だな、ミソラ」

「まったくだぜ、室長よぅ」

「あはは、ごめんごめん」

「ったく、後は任せらぁ。おらぁ、先に中を見るぜ」


 マディスが工具箱片手に中へと入っていく。

 残ったクロウは急造の渡しを見る。シャノンが簡易な手すりを握りしめながら渡っていた。おっかなびっくりといった風情で、非常にゆっくりだ。


「下は見ないで、こっちだけを見て」

「は、はい」


 シャノンは言われるままに動く。目に収まるのは意識する少年のみ。心が少し励まされた。それから、目的地までもう少しという所になって、クロウが手を伸ばす。少女もまた手を伸ばし、差し出された手を握りしめる。そして、そのまま引き寄せられるように渡りきった。


「お疲れ様、シャノンさん」

「ありがとうございます、クロウ君」


 何気ない言葉のやり取りと手から伝わる力強い感触。ぎしぎしと軋む梯子や頼りない足場に削られた心が安堵に埋められていく。途端、足元がふらつき、手を繋いだままの少年に縋りつく形になる。少女にとっては思わぬ成り行き。どうすれば良いか分からなくなり口からは意味を為さない言葉が漏れ出てくる。


「あ、え、えっと、その、これはっ!」

「あはは、緊張が解けたみたいだね。ほら、マディスさんが中に入ってるから座って休んどいてよ」


 シャノンはクロウが特に気にした風がないことに安心する。と同時に、女として意識されていないような対応に若干の口惜しさも感じる。更に言えば、少年の肩口でニヤニヤと笑う小人の姿がなんとなくこちらの心情を見透かしているようで腹立たしい。

 結局は複雑な思いを抱えたまま、結んでいたロープをクロウに渡す。受け取った少年は微笑むと、向こう側へと合図を送った。


 シャノンがもやもやとしたモノを胸に扉の中へと入ると、マディスが感心した様に周囲に目を向けていた。


「おぅ、来たか、フィールズ」

「はい。どんな感じですか」

「旧文明の遺構っつっても、突飛なもんがあるわけじゃねぇんだなと、実感してる所だ」

「そうですね。僕達の暮らしが旧文明期の流れを汲んでいることを考えると、早々に変わるものではないと思います」

「ああ、暮らしや生活って面ではなぁ」


 マディスが唸るように応じると、シャノンも苦笑して頷く。


「ええ、そこに使われていた技術や素材は隔絶していますけどね」

「今から見りゃ無駄遣いに見えても、そん時ゃ当然ってか」


 マディスは面白くなさそうに鼻息を一つ。


「それだけの技術を持っていやがるんなら、世界を滅ぼすような間抜けを踏むなってんだ」

「それだけの技術だからこそ、滅びに繋がったんでしょうね」

「はっ、人らしい話って奴だわぁな」


 一頻り毒を吐き出すと、マディスは皮肉気に笑った。


「んで、その遺物を掘り返そうとする俺達も、結局はご同類ってこった」

「それでも別にいいじゃないの。人だって生き物の一つなんだし、欲に生きるのもまた正解よ」


 いつの間にか、ミソラが飛んできていた。小人は微かに眉根を上げるマディスに向かって続けた。


「だからこそ、盛り誇ることもあれば衰え滅びることも自然。そして、人が生物である以上、自然の淘汰には含まれるわ。ほら、かつての人が他の動植物を滅ぼしてきたことも、見方を変えれば淘汰の一環よ。んで、先の大破壊は人が人に対して振るった淘汰の大鉈、或いは無意識に持つ自滅願望の成就ないし爛熟して腐り堕ちる前の自浄って所かしらね」

「……笑えねぇ話だなぁ」

「笑えなくても結果として今がある。……とりあえず、そんだけ旧文明期が問題を抱えていたってことにしてちょうだいな」


 バッツとロウを連れたクロウがやって来たことを認めて、ミソラは話を締めた。



 階段出入り口の見張りと即席の渡しの管理をグランサー二人に任せ、クロウ達は内部を探索する。


 彼らが歩む場所、斜路がある方向に延びる通路には薄っすらと粉塵が積もっている。そこには足跡は一つも見当たらず、未踏であることを如実に表している。否応にも、クロウの胸の内で期待が高まり、行き足が心持ち速まる。通路の終わりが見えた。


 辿り着いた先は奥行き二十リュートはありそうな広間であった。特に価値のありそうな代物は何もない。ただ、拳ほどの小さな石片が幾つも転がっている。そして、それらの生みの親と思しき瓦礫が奥に見える斜路を塞いでいた。


 案内するように空を飛ぶミソラが右手……斜路の反対側の壁を指差す。一行が目を向けると、幅八リュート、高さ五リュート程の大きな出入口らしきものがあった。今は金属製の隔壁が降ろされいる。


「あれが車両用の出入口みたいよ。奥に兵器庫と小さな整備場があるみたい。んで、あそこ」


 小人が次に指し示したのは右手奥の壁。斜路と車両用出入口の中間点には小さな扉が閉ざされている。


「ここに勤務していた人の控室っていうか休憩室みたいよ。……クロウ、これからどうする?」


 ミソラは少年を見つめ、判断を促した。判断を委ねられた少年は眉間に皺を寄せて、それぞれの扉を見つめる。明らかに容易に事が為せそうなのは控室の方であった。


「まずは控室を物色しよう。もしかしたら、なにかあるかもしれない」

「了解。一応、ゴーグルとマスクする?」

「……しておこう。シャノンさん、あの二人にも」

「わかりました。次に連絡するまでは外さないように言っておきます」

「うん、お願い」


 シャノンが足早に去ると、クロウとマディスもゴーグルとマスクを着け、控室の扉を目指す。


「さて、なにがあるかしらねぇ」

「なんでもいいさ。なにかがあってくれたら」


 ミソラに応じるクロウの声には、どこか祈りに似た響きがあった。


 扉の前まで来ると、まずはミソラが動いた。小人は先と同じく手を扉付近に当て、魔術語を小さく囁く。それに応えるように、小さな圧搾音と共に扉が開いた。マディスが肉厚の肩を竦める。


「おれの出番がねぇなぁ」

「きっと後であるはずよ。……さてと、ちょっと見て回ってきますか」


 ミソラが飛びこんだのに続いて、クロウ達も中に入る。


 内部は幾つもの長机や椅子が並んでいた。所々蹴倒されたりしている物もあるが、それ以外は特に変わった所はない。また、壁面近くには本棚や食器棚といった物が並び、場所によっては水場や便所の入口らしきものも見えた。


「ほぅ、こいつぁ、中々な光景だなぁ」

「でも、当たりなのか外れなのかわかりにくいですね」

「いや、どれもこれも完品に近けぇんだ。良い値で売れらぁさ」

「ですね」


 拍子抜け、とまではいかないが、クロウから幾分か気が抜けたの事実である。もっとも、次の瞬間には元グランサーとしての知識が働き、これらに結構な値が与えられるだろうと認識し、口元に笑みが宿った。

 そこに部屋の中を一巡りした小人が戻って来る。なにやら、その表情は楽しげである。


「クロウクロウ、あれ、面白い事が書いてあるわよ」

「あれ?」


 と、クロウが小人が指差した方向を見る。そこには一枚の紙が貼り付けられていた。外界と遮断されていたことで、時の風化から逃れたようだ。


「なんて書いてあったんだ?」

「うん、内容はね」


 と前置いて語り出したのは、ここより去った者が残した書置きであった。


「ここに来た者が我が軍の関係者なら面倒を掛けさせて申し訳ない。だが、ここを放棄せざるを得ない非常事態であるのでどうか許して欲しい。奥の整備場には、整備途中の八一式一両と九三式三機が残っている。必要なら使ってくれて構わない。隔壁の解除はここの基地司令の姓、その頭文字を今代より三代遡って順に入れてくれ。それで開く。後、それ以外の者、特に火事場泥棒をしようという不心得者にも書き残す。我が軍の装備品はそう易々とは使わせない。精々、地獄に落ちて後悔しやがれっ! だってさ」


 クロウは告げられた内容に眉根を顰め、マディスは口元を歪めて太い腕を組む。それから、それぞれが感想を口にした。


「それ、奥に何か仕掛けてるっていうことじゃないか?」

「脅しかぁ、突破できないことを確信しての挑発って奴だなぁ。……どうする、今ならまだ中止できるぞ」

「まさか、今更、手ぶらで引き上げるなんてしませんよ」

「おー、言い切ったわね、男の子」


 小人の茶化しに、クロウは肩を竦めて応じる。


「こちらには頼りになるおねーさんがいますからね。少々の罠はなんとかしてくれるでしょう」

「あらやだ、この子、始めっから、他人頼りだわ」

「ま、確かにぃ、うちの室長なら多少の問題なら高笑いして蹴飛ばしそうだなぁ」

「でしょう。……って訳で、ミソラ、頼むぞ」

「いやいや、私ばっか動くのはどうなんでしょうか?」

「これは適材適所って奴だろ」

「だなぁ」


 男二人は小人の不満顔を無視して、隔壁を目指して歩き出した。それを追いながら、ミソラは口を尖らせて一言。


「なーんか釈然としないわぁ」


 応じる声はなかった。



 不服そうなミソラを放置して隔壁の前までやってくると、シャノンが戻ってきた。少女はマスクの下、少し荒くなった息を整えると、先行者達に訊ねた。


「どうでしたか?」

「売り物になりそうなのはあったよ」

「あ、そうですか、良かったです」

「うん。それで、これから本命に掛かろうかって所なんだ」

「本命、ですか?」


 シャノンが小首を傾げると、クロウに代わってマディスが答えた。


「どうやらなぁ、中に八一式ってのと九三式って奴があるらしい」

「八一式と九三式、ですか。……聞いたことがありますね」

「ほぅ、どんな代物でぇ?」

「はい、八一式は確か……、ええと、戦闘用の車両に類するモノで、個人装甲……今でいう魔導機みたいなモノを何機か乗せることができたはずです。その個人装甲の中に、九三式というモノがあると教えられたことがあります」

「ほー、おめぇさん、んなこと、よく知ってるもんだなぁ」

「あー、その、魔導技術院には、色々な人がいましたから……」


 そう言ったシャノンの声はどことなく暗い。彼女が蓋をしていた記憶の中に、こちらにはまったく興味がない分野について、ぺらぺらぺらぺらぺらぺらと話し続ける同世代の魔導士がいたのだ。本当に、なにかにつけて、息を荒くして話しかけてきたのには辟易としたものであった。


 シャノンは面白くない記憶に重くなった気分を入れ替えようと、声を少し大きくして話を進めた。


「そ、それはともかくっ、この中に、それらがありそうなんですね?」

「うん、でも、どうやら罠が仕掛けられている」

「罠、ですか」

「どんなのかはわからないけど、危ないものである可能性が高い」


 この言葉に、シャノンは首を傾げる。


「ですが、ここが放棄されてから、三百年以上は経ってますよ?」


 もっともな疑問である。普通に考えるならば、時の流れの中で劣化し、罠が用を為さなくなっているはずである。この意見に対して、小人が小さく首を振って告げた。


「……シャノンちゃん、その考えは甘いわ」

「え、そうですか?」

「ええ、人が……、特に強い意志でもって作り出したモノはね、しぶといのよ」


 それが己が今の時代に目覚めた経緯から出た言葉なのかはわからない。が、ミソラの声には冗談には聞こえない重みがあった。シャノンがごくりとつばを飲み込む。けれど、次の瞬間、小人はあっけらかんと笑った。


「と、真面目な振りして言ったけど、実際は電源が切れてるでしょ。てなわけで、試してみましょうかっと」


 そう言って、ミソラは隔壁の周りを飛び回る。直に目的の物を見つけたらしく、小さな囁き声と共に手を当てた。


 途端、抑揚のない無機質な女声が広間に響き渡った。


「第三種警戒態勢が発動中です。防護装置(プロテクト)が起動中。管理者より発行された臨時符号(コード)を入力してください」


 後ろで見ていた三人の視線が小人に集中する。振り返った小人は先の言動の気恥ずかしさもあって、誤魔化すように舌を出して笑った。


「あはは、ま、まぁ、こういったことも、あるわよねぇ」

「……で、どうするんだ?」

「いやいや、もうちょっと、こう、ほら、温かく慰めるなり冷たくあしらうなりしなさいよ!」

「今のは別に室長がぁ、悪いわけじゃあるめぇ?」

「ですよね」


 施設が生きていたからといってミソラの責ではないし、開かなかったからといって責める理由にもならない。三人はミソラがなぜ焦っているのかがわからず、それぞれがそれぞれに不思議そうな顔をする。当のミソラは顔を赤く染めながら、気まり悪そうな表情で取り繕うように言った。


「あはは、そ、そうよねー」


 今更ながら、自身の空回りに気が付いた小人であった。



 方策を変えての仕切り直しである。


「よし、クロウ! 思いっ切りぶち破るのよ! いえ、この隔壁をそのまま張っ倒しなさい!」

「お前、無茶言うなよ」


 なぜか頭の上で吠えるミソラにうんざりしながら、クロウは魔導鉄槌を構えた。臨時符号がわからない以上、為すべき手は強行突破である。付け加えれば、隔壁がどの程度のモノなのかわからない。ただ金属製のそれは見るからに頑丈そうな雰囲気を醸し出している。故に、中途半端な威力ではなく、最初から全力である。


「さぁやれ、いまやれっ、とっととやれー!」


 躁状態の小人にもう触れず、少年は身体を捻じり、魔導鉄槌を半円に引いて横に構える。そして、握りの部分に設えられたボタン|《安全装置》を握って解除。シャノン達が通路の方へと避難している事を確認すると、思いっ切り振るった。


 当たった瞬間、金属を打ち砕く耳障りな音と衝撃を伴う轟音。


 振動する隔壁は打撃点より大きく抉れ、一リュート以上の丸い穴が開いた。


「っしゃぁ! もう一丁!」


 ミソラの合いの手を受け、足元の粉塵が舞い上がる中、クロウは得物を引く勢いを使い一回転。そのまま渾身の力を振り絞って、亀裂が走った隔壁へと魔導鉄槌を叩き付けた。


 二度目は先よりもやや軽い音。が、その一撃は隔壁全体に深刻な打撃を与えたようで、新たに空いた穴より縦横に亀裂が走っていく。


「続けて!」

「ああ!」


 更にもう一撃と、機兵になる過程で得た足運びで先以上に勢いをつけ、強力無比な鉄槌を亀裂の一つへと打ち付けた。衝撃が亀裂に沿って広がり、隔壁全体が大きく揺らぐ。だが、少年は感じた。自身の得物ではこれを崩すには足りないと。


「ミソラ、頼む!」

「あいあい! ……MG Vt-Vt-Vt-Vt Ty VlWl-OwDy Od CIMA!」


 小人が詠唱したと同時にその手の先、否、その周辺より猛烈な突風が生じ、弱った隔壁へと殺到する。この目に見えない強烈な圧力に長き時を塞いできた隔壁は抗しきれず、亀裂から割れ千切れ、たわみ折れ曲がる。

 こうして見る間に隔壁は削り取られていき、中央部に巨大な大穴が生じた所で、烈風は元より存在しなかったかのように勢いをなくした。


 クロウは立ち塞がる障害を破壊したことに、自然と喜びの声を上げた。


「よしっ、これでっ」

「クロウ! 横に跳びなさい!」

「って、ぉわぁっ!」


 隔壁の向こう側、視線の先に銃座、突き出た大きな銃口。


 少年は咄嗟の横っ飛び。

 そのままごろごろと転がり続け、隔壁の前から逃げ出した。彼にとっては幸いなことに、銃口はまっすぐ向いたままで動くことはなかった。


 それに気が付かないクロウは驚愕の事態に、鼓動を激しくしたまま、小人を質す。


「ミソラ、あれはなんだ!」

「わかんないわよ! で、でも、多分、死んでるわ!」

「なんで、それがわかる!」

「アレが生きてたら、あんたが死んでるから!」


 この言葉に大いに納得し、粉塵塗れで転がったままのクロウは急激に脱力した。そして、何事かと駆け寄ってくるシャノン達を視界の隅に認めながら、これを仕掛けた奴は間違いなく性格が悪い野郎に決まっていると、心の内で悪態をついた。



  * * *



「確かにいきなりこいつと出くわしゃ、ああなるわぁなぁ」


 マディスが銃座に設置されていた大口径の機銃を調べながら、少し笑気が含まれた声で告げた。後ろに立つクロウはげっそりとした表情で頷いた。


「本当に、寿命が縮みましたよ」

「実際、こいつが生きてたらぁ、その寿命も木端微塵だったろうさ」

「ってことは、やっぱり」

「ああ、俺が見るにぃ、こいつは動く相手を認識して、攻撃する仕組みみてぇだ。動力が切れてて助かったな」

「まったくですよ」


 クロウは機銃に付けられた部品より床へと延びる配線を見つめ、ほっと息を吐く。


「ま、こいつの仕組みは取っ払った後で調べるとしてぇ、……当たりだなぁ、エンフリードよぅ」


 マディスが口元を緩めながら周囲を見渡す。

 無機質な人工石で作られた空間。そこには装軌式の装甲車両と、三機の個人装甲が置かれていた。装甲車両は全長が七リュート程、車幅が四リュート程で、車上にはクロウを驚かせた機銃と同等の物が伸び出る砲塔が乗せられている。また、近くにはパンタルとは比べ物にならない程に洗練された個人装甲が三機、並んで置かれていた。

 そんな目立つ二種の周囲、壁際には機材や部品、書籍を置いたと思しき棚といったものが並んでいる。だが、機材や部品の類はまったく見当たらず、捨て置かれた書籍があるだけである。今は、その書籍棚の前で、シャノンとミソラが何やら話をしながら、目録を作成している。


 一財産は築ける程の、旧世紀の遺物の数々。それらをなんとなしに見ながら、クロウはマディスの声に応えた。


「ええ、本当に、当たったみたいですね」


 グランサー時代に夢見た一攫千金を目の前にしておきながら、少年の声に感慨や歓喜の熱はない。そういった熱は、先のドタバタで一気に冷やされていた。

 そんな少年の心情がわかったのが、先達は顎ひげを撫でながら笑って言う。


「奥の兵器庫が空だったのは残念っていやぁ残念だが、そういったもんも命あってのって奴だわぁな」

「今、実感してる所ですよ」

「ああ、金はあっても命がなけりゃ使えねぇ。だから、命の方が大切って訳だ。……っと、どうやら向こうが終わったみてぇだ。ちょっくら、ブツの査定でもしてくらぁ」

「お願いします」


 マディスが重々しい足取りでシャノンの下に向かう。入れ替わる形で、ミソラが飛んできた。こちらは目に見える成果物を前に、機嫌良さげである。


「クロウ、ここにある物の目録は完成しそうよ」

「ってことは、こいつらを外に出す算段だな」

「ええ、せっかく見つけても持って帰れないと意味ないわ。例の斜路に行ってみましょう」


 クロウは自身の肩に舞い降りた小人の言に首肯して、その足を瓦礫で埋まった斜路へと向けた。



 先程、遠目で見ただけの斜路はなかなかに酷い有様であった。

 地下一階から降りて見たものよりも激しく崩れており、昇り通路の半ば辺りで壁面や天井が破壊され、瓦礫と土砂で埋まっている。これを取り除くのは容易ではないと一目でわかった。


「なぁ、これって、なんとかできる量か?」

「為せば為る、為さねば為らぬ! って訳で、大きな瓦礫はあんたが壊して粉々にしなさい。土砂の類はさっきの魔術でいっきに外に放出するわ」

「おい、下手に壊したら上から崩れてくるぞ」

「なら、上から崩せばいいじゃない。地表から大穴を開けてさ」

「それはそれで、足元が崩れて埋まる気が……」

「ええい! ごちゃごちゃと文句ばっかり言うんじゃない! 男は度胸! まずはやってみなさい! 死なない限り、なんとかしてあげるから!」


 無茶苦茶なと嘆きたくなるような言葉である。が、小人の言う通り、見ているだけでは埒が明かないのも事実だ。


 クロウはミソラの言葉を信じ、手に持った魔導鉄槌を構えた。


「なら、ちょっと試してみるか」

「そうそう、頑張れ男の子!」


 小人の声援を受けてやる気になってみたは良いが、積み重なる瓦礫やみっしりと埋まる土砂を見て、そこはかとない不安が募っていく。崩れてきたら死ぬと、肌で感じるのだ。それ故に、少年は己が手出しする影響を計るべく、全体への影響が少なそうな瓦礫を見つけ、魔導仕掛けの得物を振るった。


 至極簡単に、割れ砕けた。


 先の隔壁と比べて、あまりにも手応えがない。クロウは思案顔でこの事実と先に告げられた計画を混ぜると、ミソラにある提案をする。


「ミソラ、上から崩そう」

「え、今の威力なら、ここからでも慎重にやれば、いけるんじゃない?」

「いや、簡単に砕けすぎだ」

「だからこそいけるんじゃない! うん、いけるいける、いけるって! そう簡単に諦めんなよ!」


 こいつは時々碌でもない煽り根性を見せるから困る。


 そんな思いを抱えながら、少年は眉を顰めて説得の言葉を重ねた。


「いや、諦める云々じゃなくて、簡単に砕けすぎるから予想外のことが起きそうだってことだよ。崩れた土砂に押し潰されて埋まるのは御免だ」

「なら、どうすんのよ」

「まずはミソラの魔術を使って土砂を除こう。外と斜路を直結させて、そこから土砂を排出。その後で、瓦礫を破壊して排出」


 頭の上によじ登った小人は腕組みし、クロウの提案を吟味する。答えは比較的早く出た。


「ふむ、二段階か、確かに一番安全かも。了解、それで行きましょう」



 クロウとミソラの行動は、方針を決めてから早かった。

 シャノン達に斜路を解放すると一言告げた後、道々にグランサー二人とディーンに、物が見つかったことや運び出す環境を整えることを宣した。そして、二人は地下一階は斜路の脇、外の光が入り込む場所へと向かう。ここにも大小様々な瓦礫が重なっているが、こちらには土砂の類はない。


「まずはこれを崩せってか」

「ええ、どうやら上に繋がる階段だったみたいだからね。通したら楽になるじゃない。ほら、一々回るの面倒だし、目印代わりにもなるし、うん、斜路の位置も分かりやすくなるし、蟲に気付かれるのも遅くなるし」

「まぁ、そうだけど……、どう見ても一つ潰せば崩れてくるっていうか、危ないから安全にいこうってのに危ないことをさせるなよ」

「あら、崩れてくる瓦礫なんて、それなら一撃で粉々でしょ。自分に当たりそうな瓦礫を潰せば、万事解決!」


 小人はにっこりと笑って、クロウの持つ魔導鉄槌を指差す。クロウはなんとも言えぬ顔になって、首を振る。そして、いい加減、咎めるべきだと目を据わらせて吠えた。


「そんな人間離れしたことできるかっ!」

「えー」

「えー、じゃねぇよ! どう考えても上から崩した方が安全だろうが!」

「ぶー」

「ぶー、でもねぇよ! ったく、さっさと外に出て回るぞ!」


 地下一階を護っていたディーンは、素のままの少年と小人との遠慮のないやりとりを聞き、にやにやと口元を緩める。そんな彼に、クロウが告げた。


「教官、そろそろ出番です」

「わかった。精々、楽しみにしとくさ」



 その足で外に出ると、急ぎ足で例の階段がある場所を目指す。

 天を昇り行く光陽は一段と強く輝き、砂海は朝と比べ物にならない程に熱くなっている。僅かに残る外壁、その向こう側には人影はもちろん、動く影もない。そんな場所で、クロウとミソラは塞がった階段の出入り口を探す。


「距離的にはあのあたりのはずよ」


 少年は小人が指差すあたりをじっと見つめ、瓦礫の合間に一つ目立つ窪みを見つけた。


「多分、あれだ」

「だといいけどねぇ」

「意見が却下されたからって拗ねるなよ」

「べっつにー、すねてませんー」


 どうだか、と呟いて応じると、窪みに近づく。砂塵の中、瓦礫が積み重なっていた。根拠はないが確信を持ったクロウはゴーグルとマスクを装着する。それからしっかりとした足場を確保すると早速、瓦礫の一つへと魔導鉄槌を振るった。大きな音が砂海に響き、これも容易に割れ砕けた。更に鉄槌を振るって、邪魔にならない程度の大きさへと砕いていく。そして、その足元に砂塵に埋もれた階段を捉えた。


「よし、足場を見つけた!」

「なら後は、階段に沿って砕いていくだけね」

「ああ。……しかし、恐ろしい威力だな、これ」

「まぁね、セレスにも問題にされた位だしね」


 クロウは少しずつ階段を降りながら、折り重なる瓦礫に向かって魔導鉄槌を振るい続ける。その最中、騒音に負けない声で小人に訊ねた。


「やっぱり、これ、危ないから使うなってか?」

「んー、似たり寄ったりかな。クロウが使ってるのと同じ仕組みの奴は、それ一本だけにしとけって」

「ってことは、他にも作るのかって、っし、砕けた」

「廉価版っていうか、誰にでも使える普及版の開発をエフタ市軍に委ねたわ。一節もしたら、市軍で装備されるかもね」

「へぇ、そう、かっと、……これで、半分位か?」

「そうね。……クロウ。そろそろ、蟲が寄ってくるんじゃない?」

「だから、急いでるんだよっと!」


 クロウが得物を振るうと一際大きな瓦礫が割れて砕けた。地下一階が瓦礫の合間に見える。少しだけ息を荒げながら、少年は安堵の表情を浮かべた。顎先へと汗が流れる。それを拭わぬまま、少年はまだ階段を塞ぐ瓦礫へと鉄槌を叩き付けた。


 粉々になった瓦礫の破片と共に地下一階に辿り着くと、ディーン機が二人を出迎えた。


「おー、本当に通しやがったか。お前さんの得物、凄ぇもんだな」

「逸品だそうです。……教官、そろそろ、ヤバそうですか?」

「あの音だからなぁ。集まって来るまでには時間がかかるだろうが、来るってのは間違いないだろうさ」

「……なら、マディスさんを呼んでおきましょうか」

「ああ、そうしてくれ、出入口が二つになった以上、俺一人で面倒を見るのは少し辛い」

「わかりました。ミソラ頼む」

「りょーかい」


 いらぬ口は利かず、小人は飛び立って行った。淡い翠の光を見送った後、クロウはマスクを外して、ディーン機へと向き直る。


「教官、斜路の直上から穴を開けます」

「……そいつは豪儀だな。できるのか?」

「やりますよ。でないと、あの瓦礫は取り除けない」

「そこまで言うなら、楽しく見物させてもらうぜ。ま、安心しろ、あの嬢ちゃんだけは危ない目には合わせねぇさ」

「はは、やっぱり男は数に入りませんか」

「そりゃ、野郎の面倒見るよりも、女の面倒を見た方が楽しいからさ」


 相も変らぬ減らず口である。けれど、こんな会話一つで、心に入り込んでくる恐怖や緊張が解けるのだ。と、そこにミソラが戻ってきた。


「直に上がるって!」

「ああ、なら、外でやることはさっさとやってしまうか」

「そうね」


 クロウはミソラと共に通したばかりの階段を、マスクをつけながら駆け上っていく。


「外に出た瞬間、蟲と鉢合わせしたり」

「冗談にならないから、洒落にならないことは言うなって」

「うふふふ、この頼りになるおねーさんがいるから安心なさいって」


 頼りになっても面倒を引き寄せては相殺されるのでは、と少年は思わぬでもない。けれど、今は状況が状況だけに沈黙を貫いた。そして、再び陽の下に戻る。


 幸いなことに、蟲の待伏せはなかった。けれど、外壁の隙間より、遠方にラティアの影らしきものが動いているのが見えた。


「急ごう」

「そうね。……位置は、うん、その辺り」


 クロウはミソラの言われるままに動き、打ち抜く場所を定めた。そこにしっかりと足を踏みしめて立つと、頭上の小人に向かって真剣な声で告げた。


「ミソラ、穴をあけた後は頼む」

「はいはい、任せなさい」


 小人の返事を受け、クロウは大きく深呼吸。それから、魔導鉄槌を天高く大きく振り仰ぎ、己の足元へと全力で叩き付けた。


 衝撃音と共にずしんと重い響き。


 彼の手に手応えが伝わったかと思いきや、その足元が喪失した。


 足場が崩壊し、崩れ落ちる音。


 肝が冷える、頼りない浮遊感。


 微かに届く小人の詠唱。


 気が付けば、砂塵舞う中、クロウは五体無事に斜路の折り返し地点に立っていた。上方を見れば光が差し込んでいる。彼は安堵する前に、小さく呟いた。


「……通った、か」

「ええ、繋がったわよ。後、クロウ、あんたも魔導機に乗りなさい。もう、ついでだし、土砂も外に出しちゃうから」

「あ、ああ」


 クロウはミソラに促されるまま動き出す。そのまま地下一階へと昇り切った辺りで後ろを振り返ると、穴の直下で強烈な風が巻き始めていた。少しずつ勢いを増すそれは細かな粉塵や砂塵、土砂を見る間に吸い込んでいく。


 少年は素直に思う。これは確かに凄い。本当に、空恐ろしさを感じてしまう程に凄まじい。魔術士は一般人と違うと納得させられる光景であると。


 微かな自失に陥っていたクロウを呼び戻したのは、大剣を携えた魔導機、その搭乗者たるディーンであった。


「はは、凄ぇな、エンフリード」

「ええ、魔術ってのは凄いですね」


 お前さんも大概だ、とは言わず、ディーンは駐機姿勢にあるクロウの魔導機を指し示す。その傍らの機体、マディス機が魔導銃を手に動き始めている。また、シャノンやグランサー達の姿も見えた。


「ほれ、マディスさん達も上がってきてる。お前も早い所乗れ。……もう、連中が来てるんだろ?」

「ええ、影が見えました」


 と応じながら、足早に己が機体に向かう。その途上、シャノンが近づいてきた。


「クロウ君、ミソラさんは!」

「今、土砂を外に出してる。終わったら戻って来るはずだ!」

「わかりました! 十分に気を付けてくださいね!」

「ああ、シャノンさん達も階段の辺りに隠れててくれ! あとこれ!」


 クロウは手に持っていた魔導鉄槌をシャノンに預ける。


「そんなことにはならないだろうけど、もしもの時は使って!」

「はい!」


 シャノンの足が止まる。クロウのパンタルが前面装甲部を跳ね上げて待っていた。



 クロウが己がパンタルに乗り込むと、直にマディスが声を掛けてきた。


「エンフリード、ここは室長とフィールズに任せる。俺達は外でぇ、寄ってくる蟲共の駆除だ。おらぁ、こいつで連中を狙い撃つ」


 そう言って、マディスは右腕に持った魔導銃を掲げて見せる。その後、言葉を継いだのはディーンだ。


「で、俺がマディスさんに連中を寄せ付けないように守る。お前は目立つように立ち回ってくれ」

「了解、囮ですね」

「ああ」


 簡単な打ち合わせの後、三機は揃って外へと向かう。生死を掛けた闘争を前にして、心沸き立つという風情はなく、誰もが淡々としている。

 砂地に足跡を刻みながら出入口の斜路を上り、十九番遺構の上に陣取る。そして、視線を四方に向けて、現状を確認する。外壁の向こう側、触角を頻りに動かしながら、ラティアの姿が近づいて来ていた。その数、大凡五匹。


「北から三、東から二、だな」

「だがぁ、こいつらだけでぇ、済むとは思えねぇなぁ」

「同感です。あれだけ音をさせてますし」


 クロウは言葉を一度切り、今も土砂や小さな瓦礫を空へと巻き上げている竜巻を見やって続けた。


「今現在も派手にやってますから」

「だなぁ」

「おいおい、派手な女も悪くないんだぜ、意外と内面は質素だったりするからな」

「はっ、どうだかなぁ」

「いやいや、本当ですって、マディスさん、っと、そろそろ真面目にするか。……エンフリード。東の足止めを頼む」

「わかりました」


 クロウはディーンの指示のままに動き、東からこちらに向かって来るラティアへと足を向けた。その背後ではマディスが魔導銃の狙いを定める。南と西に意識を向けたディーンがなんでもないように話し出す。


「そういえば、そいつって、今回が初めての実戦ですよね」

「ああ、今日、上手い具合に耐えたら、多方面に売り込みに掛かるって奴だ」

「はは、丁度いい実験場って奴ですか」

「ああ、中々機会がなくてなぁ。今回の件を利用することにしたって訳よ」

「それも巡り合わせってことでしょう。……ま、期待しておきますよ」


 その声に応えるように、マディスは魔導銃の引き金を引く。筒先より光弾が尾を引いて飛び出し、百リュート程の距離まで近づいていたラティアへと吸い込まれるように当たった。


 光が弾けるや、悲鳴を上げる間もなく、ラティアの身体も弾け飛んだ。鮮緑の血飛沫が青空に舞い、各部位が大地へと撒き散らされる。


「異常なしか、悪くねぇ」

「……訂正、うちの教習所にも早い所、納品してくださいや」


 そういったやり取りが為されている間にも、クロウは任されたラティアの様子を窺う。二匹とも、三機のパンタルに気が付いたのか、足を速めている。この分だと、十秒程で外壁に辿り着くだろうと、少年は当たりをつけた。


 さて、どうしようかと考えていた所に、ディーンの声が届く。


「北の目処がついた。エンフリード、南を見てくれ!」

「え、早くないですか?」

「あー、魔導銃が思ってた以上に凄ぇんだわ。あ、今、二匹目が潰れた」


 どこか呆れたような声。それならばと、東からの蟲に心を残しつつ、南へと目を向ける。


 一匹のラティアが外壁の影から姿を現した所であった。どうやら外壁の影に隠れて接近してきたらしく、ここまで近づかれてしまったようであった。


「教官! 南から一! 外壁内に入ってきます!」

「そいつは潰してくれ! 俺は西のに当たる!」

「了解!」


 クロウは改めて大鉄槌を右手に構えると、頻りに触角を動かす蟲へと向かっていく。件のラティアもクロウ機に注意が向いたようで、牙を大きく開いて威嚇してくる。

 しかし、クロウはその行動を無視。周囲に目を配りつつ、正面に立たないように注意しながら接近を図る。


 見る間に、彼我の距離が縮まっていく。


 ふと、クロウの脳裏に、機士との模擬戦が思い出された。


 自然、あの時に比べればと、少年の心が楽になった。


 ラティアの大きな頭部もたげ、口の牙が二度三度開閉する。以前ならば、その動きに気を取られたであろうが、今は不思議と気にならない。否、気にする程の事ではないと、彼の感覚が訴えていた。


 故に、相手の動きに頓着せず、一息に踏込み、横薙ぎに大鉄槌を振るった。


 軽い衝撃。


 左右の牙が両方とも折れ飛んでいく。


 更に一歩、右脚を前へ。


 返す形で顎下より大鉄槌の(鉄塊)を叩きこむ。


 鈍い音と共に確かな感触。


 展視窓越しに見える頭部の前半分が弾けた。


 そして、右脚を軸に機体は回転させ、蟲の首元へと大鉄槌を振り降ろす。


 頸部が打ち砕かれ、巨大な頭が大地に落ちた。


 首元より勢いよく緑血が噴き出すのを見ながら、後ろへと飛びずさる。


 胴体から力を抜け、音を立てて沈む。


 一撃目から大凡三秒強。


 ディーンが見ていれば、口笛の一つは吹いたであろう早業であった。


 クロウ自身も今の攻撃を自分で為したとは思えぬと感じつつ、周囲へと警戒の目を向ける。


 特に新たな脅威は見当たらなかった。


 そこにマディスの声が飛んでくる。


「エンフリード! 東からのがぁ、三匹増えやがった! 少しばかり牽制してくれ!」

「あ、はいっ!」


 不思議な感覚だっと思いながら、クロウは東へと注意を向けた。



  * * *



 クロウ達機兵が近づいてきた蟲、二十三匹を尽く片付けた後のこと。

 一定の安全が確保されたと判断されると、当初の予定通り、ディーンが収穫物回収の船を呼びにエフタ市へと走った。残った者達は、地下一階と二階を繋ぐ斜路の瓦礫撤去である。

 もっとも、ミソラが使った魔術が効果的だったのか、土砂どころか小さな瓦礫も排出されていた為、本当に大きな物だけが残されていた。それもクロウの手によって破砕され、広間へと撤去されていった。


 そして今、蟲の襲撃に備える為、パンタルに乗ったままのマディスが機体で運んでいた瓦礫を臨時の置き場へと置く。それから、幾分か声の調子を緩めて、その場にいる全員へと告げた。


「おぅし、これくれぇでいいだろ。これだけの幅が確保できりゃ、中のもんは運び出せるはずだ」


 マディスの言。それはつまりは、斜路の開放に成功したということであった。


「お、おぉ、ほ、本当に……」

「成功したのか?」


 どこか呆然とした様子のロウとバッツ。探索ではほとんど役に立てなかったが、自分達なりにできることを精一杯やろうと、瓦礫の撤去を率先してやった彼らは粉塵に塗れている。しかし、次の瞬間には互いの腕を叩き合い、喜びを露わにし始めた。


「やりましたね」

「ええ、やったわね。……それにしても、今日は久しぶりに魔術を使って疲れたわ」


 斜路の天井や壁面を魔術で補強していたシャノンとミソラが笑みを浮かべる。


 発起人たるクロウは何も言わず、ただほっと息を吐き、魔導鉄槌の出力を落とした。それから、直ぐ近くの瓦礫に座り込む。そこにマディスのパンタルが近づいて来る。


「おぅ、お疲れだったな、エンフリード」

「あ、マディスさんこそ、お疲れ様です。今回は参加しもらえて、本当に助かりました」

「なに、気にするこたぁねぇさ。俺も魔導銃の試験ができたからぁなぁ」


 排除したラティアの内、十七匹が魔導銃による成果だ。残りの六匹は、ディーンが四、クロウが二である。


 魔導銃の力を目の当たりにしたクロウは、しみじみとした風情で新たな力に対する感想を口に出した。


「これが普及すれば、蟲の駆除が進みそうですね」

「だがぁ、人に向けられる可能性もあらぁな。こいつの普及は慎重にやらにゃいけねぇ」

「……そうですね」


 少年は広間の壁に立てかけられた魔導銃を見やる。そして、これも力の一つであり、使い方次第、使う者の意志次第でその在り方が変わるのだと、心中で呟いた。


 しばしの沈黙の後、再びマディスが口を開いた。


「あぁ、それとエンフリードよぅ」

「はい」

「またちょっと試験に付き合ってくれねぇか?」

「試験、ですか?」

「ああ、俺が今作ってる代物なんだがぁ、ちょっとばかり他人の意見が聞きてぇんだ」


 クロウの脳裏に、魔導銃やバゼルが作った魔導艇の実験及び惨劇が思い返される。思わず、口が否と形作りかける。が、様々な面で世話になっているマディスの頼みである。断るという選択肢は絶対にないと、少年は己に断じた。


「わかりました。お手伝いします」

「ああ、ありがてぇ。試験の詳細については、エフタに戻ってからする」


 少年がマディスに対して頷くと、時を同じくして外から規則正しい機械音が聞こえてきた。旧世紀の遺物を回収する為の魔導船が到着したのだ。


 クロウは今日の発掘計画の終りが見えたことで、ようやく気の抜けた微笑みを口元に浮かべたのだった。

14/05/04 誤字修正。

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