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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
5 技師は夢追いに猛る
43/96

六 人毎の夜

 エフタ市内を魔導灯の明かりが彩っている。

 主彩たる青に重ねるように、赤や黄、時に臙脂といった色が夜闇に映える。陽が沈んでから幾分かの時を経た事で、昼より続く熱気は冷めつつある。とはいえ、繁華街や色町といった場所はその限りではない。華やかな灯りの下、人々が生み出す様々な欲により、昼間以上の熱が生み出されていた。


 そういった夜の喧騒から少しだけ離れた場所。

 旧港湾通りの一画にあるラトナ館にて、青髪の麗人が一人の男を迎えて酒食を共にしていた。


「ほぅ、パンタルの導入、先方はかなり乗り気か」


 そう口にしたのは痩身の男、エフタ市長を務めるルティアス・レンドール。

 枯れ木の如き初老の男は淡水魚の乳酪(バター)焼きを口に運ぶと、その滋味に口元を緩めた。そんな父代わりの一人に対して、セレスは口に含んだ果実酒を飲み干すと答えを返した。


「はい、昼の模擬戦の結果を評価しているようです。要望物資に、パンタル十六機とラストル三十機、それらの補修部材を加えたいとの連絡がありました」

「ふむ、ラストルもか。……となれば、もし仮に、ペラド・ソラールが本格的に導入した場合、関連部材はこちら側の主要供給品の一つになりえるな。財貨の持ち出しが多い我らから見て、悪くはない話だ」

「ええ、私もそう考えます。ただ、懸念があるとすれば」

「帝国の反応だな」


 セレスは微かに顎を引く。

 彼女の懸念する所はただ一つ。帝国との関係悪化である。なにしろ、ゼル・セトラス域は食料を帝国からの輸出に依存しているのだ。食糧の増産が一朝一夕にいかないことを勘案すれば、関係の悪化はできる限り避けたい所であった。


「このペラド・ソラールの動きは、帝国主導の安全保障体制下より離れる動きです。それを助長する訳ですから、なんらかの動きがあってもおかしくはありません」


 ルティアスもこの大砂海において、一都市を治める者である。セレスの抱く懸念がわかる。だが、彼は軽く首を振って彼女の考えを否定すると、静かに告げた。


「いや、今回はあまり気にする必要はなかろうて。お主なら既に把握しておるだろうが、帝国は先のいざこざで同盟との関係が冷えておるし、国内の動揺も静まっておらん。その中で比較的良好な関係を築いておる我々と事を構える事、無謀に過ぎる」

「ですが、動く時は動きます」

「然り」


 枯れ木の如き首長は麗人の言に頷いた後、微かに目を細めた。


「だが、そういった想定をしているお主らのことだ。いざという時の対応は練っておろう」

「はい。食糧確保に向け、同盟と渡りをつける用意をしています」

「うむ、抜かりないことだ。儂としては安心できる」


 ルティアスは満足そうに笑った後、話を続けた。


「では、帝国は我らゼル・セトラスの諸都市が同盟と誼を結ぶこと、良しとするかな?」

「昨今の状況では、歓迎せざる所ですね」

「であろう。二方面の警戒など、いくら帝国でもしたくはなかろうて。余程、帝国の面子を潰すようなこと……、此度の場合であれば、我らとの付き合いが深いペラド・ソラール以外の領邦に手を出すようなことをしなければ、大過なく、帝国と今の関係を維持できよう」


 そう言った後、年を重ねた政治家は意地の悪そうな顔になる。


「いや、或いは、帝国に手を貸す形で旅団を東方に派遣し、現体制維持を助けることで、一定の影響力を持つことを認めさせるのも手やもしれんな」

「……小父様、それを為す人手があるならば、域内の安定の為に使います」

「ははは、そうだな。旅団の存在意義を考えれば、その方がよかろう。……だが、今の話、少しは心に止めておくが良い」


 思いの外、真剣な響きがあった。故に、セレスは視線で問いかけた。ルティアスは一つ頷くと、娘のような麗人を諭すように話し続ける。


「セレスよ。世界や体制とは常に同じものではない。時流に応じて変わっていくものだ。時を重ねるごとに、人の営みが変化していくのに合わせてな。そして、指導者や統治者はそれがどのようなものなのかを見極め、自らの責務にどう影響するかを鑑み、施政に反映させていかねばならん」

「今が、その時であると?」

「さて、そうであるやもしれぬし、そうでないかもしれぬ。……ただ、紛れもない事実として、賊党の跋扈や一部領邦のあからさまな動きに対して、帝国が対応に動いたという話はとんと聞こえてこぬのだ。帝国による東方の間接統治は崩壊しかけとるように見える」

「けれど、内部が落ち着き、体制を立て直す可能性もあります」

「無論、ありえようさ」


 ルティアスはフォークを皿に置き、陶杯の麦酒を口に含んだ。舌に感じる苦味。喉越しに発泡を楽しむ。それから、唇を皮肉気に歪ませた。


「が、今の帝国には立て直せぬのではないかと、儂は見とる」

「何故、そうお思いに?」

「自らの力と威を誇るあまり、自らを制することを忘れとる。ほれ、例えば、例の同盟との一件。あれは欲気が出た元老院が皇帝の制止を振り切って動いた結果、引き起こされただろう。帝国の現状では、ああいったことが二度と起こらぬとは言い切れぬのだ。どこぞでいらぬ怨みを買い、それが元で様々な算段が崩れていこうさ。……それにしても、一人の独善を許さぬ機構が、より多くの欲望を練り込み蠢くか。ふふ、難しくも面白いものだな、人の世というものは」

「小父様」

「なに、戯言だ。……ああ、そうそう、肝心なことを聞き忘れておったわ」

「なんでしょう」

「うむ、セレスよ、ペラド・ソラールの使節団に、良さげな男はおらんかったか?」


 微かに麗人に左の眉尻が上がる。口元に微笑みも浮かぶ。ただし、極めて冷質である。


「ん……、こほん、ま、まぁ、先の件は他人事ではない様相ではある。儂らも、常々、自戒せねばんならんな」

「そうですね。明日からはまた仕事ですし、小父様も酒精を程々にされてはいかがです?」


 微笑みを湛えたままの発言。が、その声には温かみがある。酒瓶に手を伸ばしていたルティアスは、これは上手い具合に釘を刺されてしまったのと、呵呵と笑った。



  * * *



 セレス達の会食が穏やかな話に転じた頃。

 組合エフタ支部は二階の小部屋にて、ある話し合いが始まろうとしていた。


「えー、この度は休日という貴重な時間に集まってもらいまして、感謝します」


 この会合を主催するクロウは僅かな緊張を解くべく一つ咳払いした後、開始の挨拶を述べた。そして、卓を囲む面々を見回す。男五人と女一人、その他一にクロウを加えて、計八名。それぞれに真剣な顔であったり、興味深そうな顔であったり、澄ました顔であったりと様々である。

 クロウはその中の一人で左斜め前の席に座したマッコールを見る。今回の計画や今日の会合の為、マッコールに相談し、助言を受けた故である。

 髪の薄い中年職員も少年の視線に気が付き、大丈夫だと後押しするように頷いた。この年長者の泰然とした態度に勇気づけられて、クロウは更に続けた。


「今日は五日後の第四旬二十日に行う、地下遺構の発掘。その参加者の顔合わせと、今現在、想定している計画を説明する予定です。では、早速ですが、初顔あわせの人もいますので、簡潔な自己紹介からお願いしたいと思います」


 そう告げた後、少年は右斜め前の席に座る金髪の少女、その前は机の上で踏ん反り返っている小人に視線を向ける。


「まずは、一番風変わりなそいつから」

「おぅ、クロウ、この私をそいつ呼ばわりたぁー」

「はいはい、後でちゃんと聞いてやるから、さっさと紹介しろ」

「ま、対応がおざなりねぇ。……ふん、いいわ、後でたっぷり散財させてやるから」


 ミソラはクロウの対応に鼻息を一つ吹き出す。それから、自身に向けられた好奇や当惑の視線、複数の生暖かい目に対して、不敵な笑みを浮かべてみせると、自己紹介を始めた。


「私はミソラ。こんな形だけど、歴とした魔術師よ。今回の発掘だと、魔術で蟲退治や探索の支援といったことをすることになるかしら。ま、よろしく、って感じでいいでしょ。はい、次、シャノンちゃんね」


 小人は簡潔にまとめると、後ろに座す金髪の少女へと発言を促した。シャノンは唐突に話を振られた上に、急に視線が集まった事で微かに戸惑いの色を見せる。けれども、直ぐに気を持ち直して話し出す。


「ええっと、シャノン・フィールズです。僕は魔導士として参加することになります。主に、魔術での探索支援と見つかった遺物の簡単な鑑定をすることになる予定です。短期間ですが、よろしくお願いします」


 そう言ってシャノンが軽く頭を下げる。すると、右隣に座っていた固太りの大男が口を開いた。


「おらぁ、ウディ・マディスだ。役割はぁ、機兵兼魔導技師ってところだなぁ。やるこたぁ、蟲への対処と遺物の状態確認って所だ。まぁ、どういう結果になろうとも、無事に終わるにこしたこたぁねぇからな、一つよろしく頼むぜ」


 言葉が切れた直後、その隣に座る無精髭を生やした瀟洒な青年が軽い笑みを浮かべた。


「あー、俺は飛び入りの参加になるんだが、ディーン・レイリークだ。役所は機兵、蟲への対処や警戒が主になるだろうな。これでもそれなりに経験を積んでいるから、少しは役に立てるとは思う。ま、頑張ろうや」


 飄々とした調子でディーンが話し終えると、彼の向かい側に座る二人の青年達がどこか引き攣った表情で、少し詰まりながら困惑を口に出した。


「その、なんていうか、場違い感が半端ないんだが?」

「ああ、お、俺達がいて、何かの役に立つのか?」


 クロウが助けを出すよりも早く、マディスが呆れた風情で告げた。


「んなこたぁ、気にするこたぁねぇ。ここに集まった連中は、遺構発掘っつう目的の為に集まったんだ。担う役割や危険の度合いで、報酬に差が出るのは仕方がねぇ所だが、集団の一員であることには変わりはねぇ。そもそも、おめぇらは遺物探しが生業のグランサーだろう? 今回のこたぁ、本業といやぁ本業だろうが。もっと堂々としやがれ」


 重々しい言に、色濃く日焼けしている青年達は横目で視線を交わす。それから、数度の呼吸で動揺を収め、次々に名乗りを上げた。


「グランサーのヴィンス・バッツだ。できることはなんでもやるので、よろしく頼む」

「同じくグランサーのバレット・ロウ。雑用にでも使ってくれ」


 そして、それぞれ顔を主催者に向け、バッツが感謝の言葉を口にした。


「今回の話、俺達への声掛け、感謝する」

「いえ、今回の事は、あの時の話がなければなかったことですから」


 とまで言ってから、クロウは少し申し訳なさそうな顔をする。


「それに、上手くいくかもわかりませんし、報酬もそれほど出せないかもしれません」

「いや、その辺りは気にしなくていいさ。グランサーにゃ当たり外れは常のことだし、こうやって参加する機会を与えてくれただけでもありがてぇ話って奴だ」


 これはロウ。彼の顔にはいつものふてぶてしい表情はなく、ただただ真剣なものだけが浮かんでいた。

 彼らにとって、今回の話で自分達に声がかかったことは、それこそ思ってもいなかった大幸運である。例え、気紛れの結果であったしても、こういった一稼ぎの機会を与えられること自体が極めて稀な奇跡のようなことなのだ。

 むしろ、自分達とあまり変わらぬ境遇から這い上がり、機兵二人に魔術使い二人という普通でもまず集めることができない者達を揃えることができる少年に対して、ある種の敬意すら抱くほどである。


「まぁまぁ、そういった話をし出すとキリがない。今は話を先に進めようじゃないか」


 現役グランサーと元グランサー。その両者に挟まれたマッコールが口を挟む。ついで、自身の自己紹介を始めた。


「さて、大抵の方には見知っていただいていると思うが、組合エフタ支部のヨシフ・マッコールだ。今回の件では、組合の窓口役として、計画全般に掛かる助言と支援を担当することになっている。まぁ、困ったことがあったらなんとかするように手を回す役って奴ですな。ああ、それと、私の報酬に関しては、得た遺物をここに持ち込んで貰うことで十分なので、必要ないと予め言っておきます」


 マッコールは言いたいことを言い終えると、クロウに視線を送った。これを受けて、少年が話し出す。


「最後に一応、クロウ・エンフリードです。計画の立案と責任、機兵として蟲への対処するのと、遺構内の探索を担当します」


 よろしくと軽く頭を下げる。そして、間を置かずに続けた。


「では、早速ですけど、計画の流れから。二十日の朝八時に機兵長屋脇の広場に集合。水と携帯食といった個人装備については各自持参。装備や持ち物に不備がないかを確かめた後、今回、発掘する地下遺構、十九番遺構に移動します。その十九番についての情報ですが……」


 マッコールへの目配せ。これに頷いて、中年男が折りたたんであった紙を卓上に広げていく。何枚かの大きな紙を貼り合わせて作られた巨大な物である。そこには何本もの線が並行したり交差したりして走っている。マッコールの協力を得て、クロウが作成した目的地の見取り図だ。地下一階から地下五階まで、判明している構造が描かれている。


「見てもらった通り、これは十九番の見取り図です。封鎖されている場所があるので、完全には埋まってませんが、実際に潜って調べた物なので、判明している部分はまず間違いないです」


 全員が見取り図に見入る。所々に注意書きが為されており、なかなかの精度だ。機兵二人が準備がいいなと感心した様に頷き、グランサー二人は思ってもいなかった代物に目を見開いて驚いている。


 そんな参加者たちを置いて、クロウは見取り図の該当箇所を指し示しながら続ける。


「今回の計画で目標とするのはここ……、地下二階ですね。ここの封鎖が、出入口である地下一階からの斜路と階段地下二階部分の踊り場が爆破されているといった具合に、かなり念入りに為されています。なので、何がしかの遺物があるのではないかと考えています」

「ふむ、エンフリードよぅ。そいつぁ、どれくらい、有望だ?」


 マディスの野太い声での問いかけ。クロウが口を開く前に、ミソラが代わって答えた。


「あそこは相応に有望だと思うわ。あちこちの表記を見るに、あそこらへん一帯が軍施設だったみたいだし」

「おっと、小人さんは現地に行ったことがあるのか?」


 今度はディーンの問い。ミソラは首肯する。


「ええ、クロウやシャノンちゃんと一緒に何度かね」

「なら、信じていいかね」

「だなぁ。ところで、室長よぅ。具体的には、この遺構はどう区分けされとるんだ?」

「一階が格納庫、二階が兵器庫、三階と四階が居住区、五階が動力室よ」

「なるほど、そこまでわかってるとなるとぉ、確かに有望って奴だわぁなぁ」


 マディスは納得した後、何事かを考えるように腕を組んだ。


 クロウは質問の続きが出ないと見ると、説明を進めた。


「話を戻して、十九番に到着してからですけど、地下一階を仮の拠点にします。ここには必ず一人以上機兵を置いて、出入口の安全を確保します。拠点の確保が終わったら、ここの階段から下に潜ります」


 クロウは下層への階段を示し、計画への参加を頼んだ段階でミソラやシャノンと話し合った事を述べていく。


「地下一階はともかく、階段より下は暗闇です。当然、光源が必要になる所なんですが、これはミソラとシャノンさんの魔術で対処します。次に地下二階に入る方法。まずは崩落した階段の踊り場に足場ないし渡しを作って、階段から扉までを連結。その後、扉を開放するなり破壊するなりして内部に入ります。可能性は低いと思いますけど、中の空気に危険があるかもしれませんし、この作業はミソラか俺がします」


 誰もがクロウの指先を目で追い、説明に耳を傾ける。


「扉を開けた後ですが……、ここを見てもらうとわかると思いますが、地下三階に他の遺構と繋がっている通路があります。蟲がここから入り込んでくる可能性があるので、階段の出入口に下を警戒する見張りを置きます。後は内部に入って、探索した後になりますけど、基本、見つかった遺物はここから出す予定です。ただ、仮に大物があったり大量の遺物があった場合は、斜路の瓦礫を粉砕して開放します。これもミソラとシャノンさん、俺が担当します」

「おいおい、瓦礫で封鎖されているとなるとかなり難しいと思うんだが、エンフリード、できるのか?」

「不本意ながら」


 ディーンのもっともな指摘に対して、クロウはどことなく疲れたような目で応じた。その下に立つ小人は知らぬ顔で明後日を見つめ、金髪の少女は乾いた笑みを浮かべた。


 沈黙の帳が降りてくる。


 それが降りきる前に、切り破るようにクロウは頭を振って、話を続けた。


「まぁ、とにかく、瓦礫を粉々にして吹き飛ばせそうな物騒な代物がありまして、なんとかできそうなんですよ。ただ、粉砕した際に瓦礫を外に排出することになるんで、大きな音や振動が周囲に響くかもしれません」

「となると、ラティアが寄って来るか。それをやる前に、ある程度は備えておくべきだな」

「ええ、それでいこうと思います。けど、周辺にいる人達はそうはいきません。だから、マッコールさんにお願いして、当日は十九番周辺がある北東は危ないって、明日から他のグランサーに広めてもらう予定です」

「それなら軍の方にも伝えておいた方が良いぞ。情報があると、いざという時に、連中も動きやすくなる」


 ディーンとクロウの話を聞き、ロウはジラシット団の面々にも伝えることを決める。その一方で、バッツが意を決して声を上げた。


「一応、市軍に伝手がある。こっちで一声かけておこうか?」

「そうだな。市軍に伝手のある奴は、各自、連絡を入れておいた方がいいかもしれん」


 バッツの意見を肯定する形が、ディーンも思う所を述べる。クロウもまた頷いた。


「ではそれで、皆もお願いします。後、さっき言った大物や大量の遺物を見つけた場合なんですが、マッコールさんに一報を入れて、運ぶ為の魔導船を手配してもらう予定です」

「妥当だな。で、その手配はぁ、瓦礫の撤去の前か、後か、どっちだ?」


 黙していたマディスが再び口を開く。彼の疑問に対して、クロウも即座に応じる。


「周辺の安全を確保したいので、蟲を排除した後を考えてます」

「つぅこったぁ、一通り蟲を潰した後に、機兵組の中から一人送るって辺りだな」

「ですね。……なら、エンフリードは残すとして、マディスさん、どっちが行く?」

「おらぁ、どっちでもいいがぁ……、いや、ディーン、おめぇさんに任せていいか?」

「了解です。ま、俺の方が若いですし、疲れる方に行くのは順当でしょう」

「はっ、抜かしよるわ」


 と言いつつも、マディスの表情は笑みを含んでいる。

 この機兵達の余裕あるやりとりを憧憬を含んだ目で見るグランサー二人。辛い現実を生きる彼らであっても、否、天敵の恐ろしさを知っているからこそ、蟲と正面切って戦う魔導機や機兵への憧れがあるのだ。


「では、レイリーク教官にお願いします。マッコールさんもそれで」

「わかった。見つかった物の大凡の大きさ、ないし量を伝えてくれ」


 クロウはマッコールの言葉に頷くと、まとめの言葉を口にした。


「これで大凡の計画を説明したことになるんですが、なにか質問は?」

「エンフリード、もし仮に、何も見つからなかった場合はどうする? 他の場所を当たるのか?」


 微かに目を鋭くしたディーンの質問に対して、クロウは首を振る。


「外れだった場合は地下三階と四階を漁ろうかと考えましたが、初志貫徹で、地下二階だけにしておきます」

「いいのか?」

「ええ。やろうと思えば、できなくもないとは思ってます。けど、ここで階段が途切れているから、いざという時の退避が大変です。魔導機も送れませんしね。……やっぱり、誰一人、怪我なく帰ってくるのが一番ですから」


 青年教官は教え子の言葉に満足そうに頷いた。


「そこを押さえてりゃ、言うことはない。つか、初めてこういった計画を立てたことを考えりゃ、上出来な部類さ」

「だなぁ。大凡の流れはできてる。その場その場の細けぇこたぁ、臨機応変って奴でいい」


 機兵組は特に不満はないようで、不敵に笑った。


「僕も特にはありません」

「私もないわ」


 シャノンとミソラも自分達の意見が反映されている事もあり、問題ないと頷いた。


 残るはグランサー組であるが、バッツが少し困った顔で述べた。


「エンフリード殿、俺達の役目をもう少し明確にしてほしい」

「ああ、そうですね。では、まず、出入口の見張り役ですね。後は、中に入ってからの地下一階との連絡役とか、探索の補助、外なら蟲が来ないか周辺の警戒といった辺りをお願いします」

「わかった」

「了解」


 グランサー組からの意見が終わったと見て、クロウはいよいよ報酬の話だと肚に力を入れた。


「最後に報酬について。今考えているのは、遺物を売って得た収入から掛かった経費を差し引いた利益。これを、機兵がそれぞれ二割、ミソラとシャノンさんが一割五分ずつ、バッツさんとロウさんがそれぞれ五分、に分配する。……で、どうですか?」


 このクロウの提案は、マッコールに相談に乗ってもらいながら、彼なりに頭を悩ませた末の結論である。やはり報酬が一番もめる点だけに、できる限り公平を期したのだ。

 できればこれで上手くいってほしいと祈りつつ、クロウは参加者を見渡した。小声で隣と相談する者もいれば、腕組みをして考える者もいる。しばしの間の後、マディスが口を開いた。


「おぅ、エンフリードよぅ。一つ提案があるんだが」

「はい」

「遺物を見つけた時よぅ、その中から一つだけ、自由に貰える権利を貰えねぇか?」


 クロウは目を瞬かせた後、言われた内容を自分なりに理解する。


「それは現物が欲しいってことですか?」

「ああ。まぁ、欲しいもんがあるかはわからねぇ。だがぁ、場所が場所だからなぁ。もしかすると、今後の研究開発に役立ちそうな、気になるもんがあるかもしれねぇんだ」

「なるほど」


 とクロウは頷き、どうしようかと考え始めようとする。が、その前に、小声で意見を交わしていたミソラとシャノンが相次いで声を上げた。


「クロウ、私もマディスと同じ権利が欲しい!」

「僕もお願いします。もしかすると、遺物を元に、なんらかの発想が得られるかもしれませんので」


 少年は相次いだ意見を受け、顎に手を当てて考える。


 権利を与えるのは良いとして、その分を報酬から差し引かなければならないだろう。けど、その度合いが見当もつかない。


 自然、クロウはマッコールに目を向ける。中年男は心得たと言わんばかりに頷き、意見を述べた。


「権利を与える事は別に構わないと思う。ただ、手に入れた物の中から自由に選ぶこと自体がかなりの優遇に当たるから、仮にその権利を使った場合は、報酬を引き下げるなり無くすなりする必要があるだろう。それと、得られた遺物の量次第では望んでも不可にしないといけない」


 クロウはその言に納得し、こういう条件でならと言って、マディス達を見る。三人はそれぞれ頷いて答えた。


「この権利を使ったら、報酬なしで構わねぇ。遺物が少なった場合は、権利は使えなくていい」

「今の所、生活には困ってないし、私もそれで」

「実際、遺物を手に入れる方が難しいので、僕も同意します」


 これを受けて、残りの三人を見る。特に不満はないようで、全員が首を縦に振った。マッコールが手元に紙を広げ、条件の変更を書き始めた。それを横目で見ながら、クロウは更に呼び掛ける。


「では、三人にはこの条件付きで。……他には?」


 ディーンが顎髭を撫でながら口を開いた。


「あー、エンフリード、俺の報酬なんだが……」

「はい」

「半分でいい」

「へ?」


 思わぬ申し出に、クロウは困惑を露わにする。それを見て、ディーンは笑みを浮かべると、理由を続けた。


「ほれ、今日の昼の件。あれでお前さんには結構な無理を言ったからな。その礼代わりさ。……そうだな、経費にでも当ててくれ」

「いいんですか?」

「構わんさ。……あ、いや、そうだな。もし、その経費が余ったら、それを使って、宴会の一つでも開いてくれたらいいさ。なんなら、お前が前に言ってたように、綺麗なおねーちゃんのいる店に行くのもいいかもな」


 これを聞いた一人が非常に冷たい視線をクロウに向ける。この背筋が凍りそうな眼に、俺、そんなことは言ってない、はずです、と声をあげそうになるのを努めて抑え、少年は冷静に切り返した。


「あー、教官が言ってた、溢れる情熱の発散ですか?」

「あれ、俺が言ったっけ?」

「そうですよ」


 少年の懇願するような目。周りを気にしない少女のジト目。これに気付いたミソラは面白そうに笑う。マディスは素知らぬ顔で腕組みし、マッコールは黙々と書記に勤しむ。グランサー二人も察した様に視線を逸らす。そして、現状を生み出したディーンは年若い男女の反応をしばし楽しんだ後、笑みを深めて応じた。


「ああ、そうだったか。……ま、でも、真面目な話、お前さんも機兵なんだから、こういった息抜きを覚えるのも仕事の一つだぜ」

「まだ息抜きを覚える程には機兵をしてませんよ。それに、今日の模擬戦を考えると、情熱の発散方法は汗水たらして身体を鍛える方がいいと思えるので」

「はは、真面目だねぇ」


 と言いながら、ディーンはシャノンをちらりと見る。今更ながらに、自身の行動に気付き、赤面して俯いていた。付け加えれば、クロウも少し気まり悪そうにしている。

 とはいえ、彼には会合の司会という役割がある為、それを内へと飲み込み、話を続けた。


「えー、では、教官の提案、ありがたく受け入れます。……バッツさんとロウさんは、どうですか?」

「この条件で、特に不満はない」

「ああ、普段を考えれば、安全面が比べ物にならないからな。文句なんてないさ」


 クロウは安堵と共に頷く。そして、手元の紙に追加条件に即した案をせっせと書き記していたマッコールを見る。丁度、書き終わったのか、案が書かれた紙を少年に手渡した。クロウは一通り目を通してから、口を開く。


「では、報酬ですが、遺物を売った収入を基に、マディスさんと俺がそれぞれ二割、ミソラとシャノンさんが一割五分ずつ、レイリーク教官が一割、バッツさんとロウさんが五分ずつ、経費として一割。この経費分で出費が収まった場合は、残りを使って宴会を開く。逆に収まりきらなかった場合は、九割分から差し引き、そこから先の割合で分配する」


 一度語を切って息継ぎ。


「後、マディスさんとミソラとシャノンさんに関しては、手に入れた遺物の中から好きな物を一つだけ取得することができる。ただし、この権利を行使した場合は、報酬を得られない。また、この際の報酬は、報酬を得る者達の割合と経費一割の和を母数に収入を割り、元の割合に応じて分配する、ということでいいですか?」


 クロウは変更された報酬案を告げ終えると、改めて全員を見渡す。


「それでいいわ」

「僕も構いません」

「異議はねぇ」

「いいぞ」

「それで頼む」

「十分だ」


 返事をした顔に、特に不満の色はなかった。その事に安堵を覚えながら、クロウは締めの言葉を口にした。


「では、これを基に全員分の約定書を作ります。後で、マッコールさんから受け取ってください。……この発掘の結果がどうなるかはわかりませんが、皆で協力してやってみましょう」



  * * *



「むー、中々、上手くいかないなぁ」


 片膝を立てて寝椅子(ソファ)に座る少女は溜め息をついた。

 ここはエフタ市内居住区の一画にある彼女の自宅。営む家業の本拠も兼ねているのだが、そことは隔てた私的にくつろげる居間である。それだけに普段は晒さない箇所の素肌を晒す程に薄着である。

 気を抜いて隙だらけの少女は膝に顎を乗せて腕組み。切れ長の目でじっと虚空を見つめ、難しい顔をする。かと思うと、首を傾げる唸り声を上げる。眉間の皺に勝気な顔立ちもあいまって、中々の迫力だ。


「おい、リィナ、凄い顔になってるぞ」


 リィナは血を分けた兄の呆れた声を聞き、表情を元に戻す。それから向かいの寝椅子で本を読んでいた身内を理不尽に睨む。


「凄い顔ってどんなのよ」

「並みの男なら裸足で逃げ出す程の、怖い顔だな」


 妹の怒りを恐れない、からかい交じりの声。

 リィナは思わずムッとする。が、感じた怒りは口に出さず、鼻息を荒々しく吹き出す事で解消した。言われた通り、自身の顔が酷くなっていたことを自覚した為であった。

 そして、黒髪の少女は口を尖らせて、兄であるジークを見つめる。あの事件を経てから、彼女の兄は大きく変わった。以前は真面目一辺倒であったが、今はそこから堅苦しさや神経質な所が抜けて、大らかさが出てきた。付け加えれば、今し方、妹の怒りを煽りそうなことを平気で言ったように、神経も図太くなっている。


「で、なにが上手くいっていないんだ?」


 それでいて、しっかりと相談に乗るだけの気配りもできるのだから、文句も言いにくい。頼もしいやら悔しいやら、正負入り混じった複雑な心情を抱えながら、リィナは小さな悩み事を口に出した。


「クロウと遊びに行こうと思ってるんだけど、中々忙しそうで、時間がね」

「それは仕方がない。……と言っても、お前は納得しないだろうなぁ」

「もぅ、ちゃんと納得はしてるわよ。私と違って、クロウは自分の力で生活しているんだもん。無理は言えないわ」

「そうか」


 ジークは妹の成長を喜ぶように笑う。

 リィナはそれを不満に思う。いつまでも子ども扱いするなと反発もしたくなる。けれど、兄の柔らかい笑みに気恥ずかしさを感じてしまい、口に出すことはできない。


 これは義理の姉ができるのが早いかもしれない。


 そう遠くない時期に起きそうなことを考えていると、部屋の戸が開いて、風呂上がりの母が入ってきた。二人の子を産んだ上に、それなりの歳であるというのに、肌や表情から若々しさを失わない女の鑑のような存在。リィナにとっては絶対の見本である。ただ、文句があるとすれば……、厚手のガウンを押し上げる豊かな胸である。


 ぬぬぬ、我が母ながら妬ましい。


 リィナは内心で歯ぎしりしながら、ただ一点をじっと睨む。すると、母ナタリア・ルベルザードは苦笑して口を開いた。


「心配しなくても、あなたも大きくなるわよ」

「……本当に?」

「ええ、あなたの好きな人に一杯愛してもらえればね」


 こちらもからかいが混じった声。リィナはジト目を母に向ける。まったく意に介さず、リィナの隣に座った。


「それで、胸が気になるようなことでもあったのかしら?」


 この辺りの対応が兄との確かな血の繋がりを感じさせる。そんな思いを抱きながら、少女は兄に話した事を繰り返す。


「ほら、クロウとなかなか遊べなくてさ」

「ふふ、エンフリード殿は人気があるものね」

「仕事が詰まってるみたいなのは確かよ」

「ええ、色々と忙しいようよ。今日も組合の依頼を受けていたそうだし」


 ナタリアの耳にもクロウが為した仕事について伝わってきている。それが少年の名を知らしめ、一定の評価を得たことも。故に、ナタリアは母として、娘の想いを後押しすることにした。


「そろそろ、エンフリード殿に縁談の話が来るかもしれないわね」

「え! ちょ、ちょっと、それってどういうことなの?」


 リィナにとって思いもよらない情報であった。焦りを隠さず、リィナは母を振り仰ぐ。ナタリアは娘を見つめて静かに続けた。


「今日の仕事で、エンフリード殿は組合に実力を示したの。まだ若い事を考えれば、取り込んで損はない。そう考える人達が出てきてもおかしくはないかもしれない、ということよ」


 と言いつつも、その可能性は極めて小さいと、ナタリアは読んでいる。


 組合の者達に実力を示したとはいえ、クロウはまだまだ駆け出しである。特別に目をかけるには、今少し実績が足りない。


 それに、クロウはエフタ市の名族であるシュタール家の支援を受けて機兵になっていることもある。

 支援を受けるということは何らかの繋がりがあるということ。その繋がりは両者の力関係を考えると、影響下ないし庇護下にあるということである。

 そして、シュタール家の成り立ちや組合での立ち位置、今の権勢を考慮すれば、下手な手出しはできない。なにしろ、あの家は敬意のみならず、畏怖をも持たれているのだから。


 シュタール家に向けられる敬意の源泉は、彼の一族の母市であったエル・レラ陥落以来、エフタ市ひいてはゼル・セトラス域の守護に心血を注ぎ続けてきた事実からである。

 今代の当主が旅団に属して前線で戦い、その妹が組合の幹部として全域に目を配るように、誇張でもなんでもなく、一族の者達は血を流してこの地を護り、心を砕いて民の生活を守ってきたのだ。

 こういった血と労を伴う代々の積み重ねにより、救われた者は数知れない。そして、これこそがシュタール家の支持者がゼル・セトラス域各地に広く存在している由縁であり、エフタ市のみならず、組合や域内諸都市も決して無視しえない影響力を持つ理由である。

 もう一方の畏怖の源泉であるが、これは一昔前に、シュタール家が纏った怖い噂から来ている。その噂とは、敵対したとある都市の名族を尽く絶やしたというものだ。

 言うまでもないが、実際にシュタール家が関与したのかはわかっていない。ただ、とある理由でシュタール家と衝突した名族がその血を絶やしたというのは厳然たる事実である。そして、この噂について問われた当時のシュタール家の者達が肯定も否定もせず、ただ薄く笑うだけであったという記録が残っていることも……。

 そんな家の庇護下にある者にちょっかいを出して、睨まれたり不興を買ったりするのは避けたい所である。


 とにもかくも、こういった事情により、クロウ・エンフリードという腕の良い若手機兵がいることを記憶しておく程度の者が大半であり、縁を結ぼうかと考える者でも、当人が望むならばという言葉を前に置くということなるのだ。


 もっとも、ナタリアはそういった事情は明かさない。


 やはり、母として一人の女として、外野を気にすることなく、娘に思うがままに為して欲しいという思いがあるのだ。

 そもそも、一番の懸念となるシュタール家の動きであるが、ナタリアは特に心配していない。彼女が直接見知るシュタール家の者達から判断するに、理不尽を為したり家の力を使って無理を通したりしない限り、こういった私事には干渉してこないと確信できたのだ。

 後、ナタリア本人もクロウの事を気に入っていることもあり、彼の少年を息子と呼ぶのもまんざらでもないという思いもある。否、実の所、その気持ちは娘を思う気持ちと同じ位に大きい。


 そんな思いがちょっと顔を覗かせたのか、ナタリアは少し嗾けるような口調で話し続けた。


「まぁ、あなたのエンフリード殿への好意がただの憧れとかじゃなくて、隣にいて欲しいという類のものなら、もっと積極的に迫ってみなさない。……というのは、まだ早そうねぇ」

「そ、そこまでは、その、ねぇ」


 積極的に迫る、という言葉から何を連想したのか、リィナは顔は赤く染まっている。まだまだ初心な娘を愛しく思いながら、少し穏便な方法を提案する。


「なら、あなたが女であることを意識させるような付き合い方をしてみなさいな」

「それ以前の問題よ。接点が少ないから、機会がないもの。……あ、これでも努力はしてるのよ? ほら、クロウがうちの仕事を受けてくれた時は、できるだけ顔を出してるし」

「そうね、顔をあわせないことには、意識なんてしてもらえないものね」

「うん。……ところで、女であることを意識させるって、どうすればいいの?」


 聞くべき所は聞いていたらしいと、娘の言葉に微笑みながら、ナタリアは告げた。


「女であることを前に出し過ぎない事かしら」

「逆じゃないの?」

「男の人……、いえ、人っていうのはね、ふとした仕草に異性の魅力を感じるものなのよ」

「むむむ、そーなんだ」


 母娘の語らいはどこか秘密を共有するような楽しげな雰囲気で、とりとめもなく続く。


「それと押すばかりが能じゃないわよ。時に引いて見せるのも必要よ」

「わざと引くの?」

「ええ、駆け引き……、とまではいかなくていいから、とにかく相手に寂しさを感じさせるようにするの。いつもいる相手がいない。そんな状況を作って、物足りないと思わせるのよ」

「おぉ、なるほど!」

「ただ、この辺りのさじ加減は一人一人違うものだから、頑張って見極めなさい」

「うん、頑張る!」

「後、一番重要な事なんだけど、いざ勝負時となったら、女は度胸よ。押し倒す覚悟でいきなさい。いえ、実際に押し倒しなさい。そうなったら、男は弱いから」

「う、うん、わかった」


 途中から本で顔を隠したもう一人の人物は呆れた風情で溜め息をついた。


「そういう話は、俺がいない所でやってほしいな。……女への幻想が微塵になる」


 ジークのボヤキは二人に届かぬまま消えていった。



  * * *



 港湾地区は総合支援施設。

 奥に設置された整備場にて、エルティアはクロウのパンタルを修理していた。昼の模擬戦の後、クロウに機体修繕を委ねられたのだ。

 運搬車で運び込んで懸架に据え、作業を始めて大凡六時間。今は上腕と前腕を繋ぐ間接と右前腕の連結する為、剥き出しになった骨格に取り付いて、黙々と雄ねじを締めている。


 その手元は作業用の魔導灯によって、青白く照らされており、骨格の内部がよく見える。

 骨格を頑強にする補強材。その一部に固定され、導かれるように制御用の配線が走る。真ん中を貫く太い一本は手首へ向かい、中途で枝分かれした物は前腕を動かす様々な魔導器に接続されている。これらの配線は胴体側に向かうに連れて一つに束ねられていき、間接を前に換装を容易にする為の連結用端子(プラグ)に集約される。この端子は関節を構成する魔導器に接続されるのだが、今はまだ垂れ下がっている。

 それらの背景を織り成すのは油圧管や冷却管。骨格に頑強に固定されたそれらは、どれも汚れなく光を返しており、真新しいものであることを見せ付けていた。


「おぅ、ラファン、どうだ?」


 唐突に呼び掛ける声。エルティアは手を止めて振り返る。眼鏡越しに見えた顔は上司であるブルーゾであった。どうしたのだろうかと疑問に思いながら、少女は質問に答える。


「はい。もうすぐ、前腕の連結作業が終わります」

「そうか。……なら、それが終わったら、今日は上がっていいぞ」

「え、でも」


 当惑の目を揉み上げの長い整備主任に向ける。呆れた顔と声が返って来た。


「お前、朝からずっとだろうが。戻ってきたら戻ってきたで、碌に休憩もせずにぶっ通しだし。……いい加減、今日はもう身体を休めて、明日に回せ」

「いえ、その、制御系の調整が終わるまでは」

「駄目だ」

「なら、せめて接続だけでも」

「駄目だ駄目だ。今の作業が終わったら上がりだ」

「う、で、でも、その、なんというか、今日は身体の調子がいいというか、できるだけやりたい気分なので」

「ったく、今日の模擬戦で、あてられたのか?」


 ブルーゾの揶揄交じりの指摘に、エルティアの頬が微かに赤みを帯びる。この変化に、ブルーゾは処置なしといわんばかりに、左右に首を振った。


「まったく、今からエンフリードの野郎の所にでも行って、責任でも取ってもらってきたらどうだ? ほれ、身体が熱くなって寝られませんっ、なんとか治めてください、ってな具合によ」

「え! い、いえ、その、それは、そういったことは、や、やっぱり!」

「冗談のつもりだったんだが……、はぁ、こいつは重症だな」


 今までにない反応に、ブルーゾは困り顔である。付け加えれば、彼の脳裏に、余計な手出しはコドルに噛まれるという警句も浮かんでもきた。ブルーゾは魔導機の整備が専門であって、惚れた腫れたは専門外である。先の警句にある通り、余計な口出しはしないことにして、常識の範囲内で対応を決めた。


「まぁ、そっち方面に関しては、仕事さえしっかりしていればいい。……今日は接続が終わるまでだからな?」

「は、はい! わかりました!」


 続けて、ありがとうございますと勢いよく頭を下げる。ブルーゾは頭を下げられることじゃない、気にするなと軽く手を振った後、ラストルの整備作業をしている別の懸架へと去って行った。


 その背中を見送ると、エルティアは再び作業に戻るべく、パンタルへと向き直る。換装作業中の機体を見て、彼女の脳裏に浮かぶのは、今日の昼、最後に見た一瞬の攻防。


 エルティアはその時の刹那の激しさに、瞬間の中で繰り出された、流れるような武技の美しさに魅せられていたのだ。

 態勢を崩され、左腕を切り飛ばされながらも、それを予め見越していたように予備の手斧を振り上げた時の、人そのものであるような滑らかな動きに。

 常ならば、どこかに見える機械的な制限がどこにも見えなかった。魔導機の運動としては理想とも呼べる動きであった。


「……あれ、凄かったなぁ」


 エルティアの小さな呟き。それに気が付いた少女は独り顔を赤く染める。このままでは仕事が駄目になると、一つ頭を振って作業へと集中する。が、揺れた髪が収まらぬ内に、それを為した少年の顔が浮かんだ。


 機体より降り立った後、疲れた色を懸命に消そうとしていた赤髪の少年。


 余人に弱みを見せまいと努めていた彼から、機体の修理を頼むと頼られた時に感じた思いが彼女の腹の底を熱くする。これが頼られた事への喜びなのか、支える者としての喜びなのかはわからない。けれども、今も残っている感情が、それが生み出す熱は偽りではなく、本物である事だけはわかった。


 この熱が冷めないように、冷ますことがないように、自分も仕事を頑張ろう。


 そんな決意を胸に、エルティアは作業へと没入していった。

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