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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
4 手弱女は泡影に笑う
34/96

六 追い手の利剣

「まったく、いきなり何事かと思ったわよ」


 エフタ市内北西部は、賑やかな中心部より外れた場末。

 立ち並ぶ備蓄倉庫の一つを改装した第四魔導技術開発室の建屋内にて、作業机の上に立つ緑髪の小人ことミソラは腕を組みながら言い放った。

 小人が半目と僅かばかり拗ねと甘えが混じった声を向けたのは赤髪の少年、クロウだ。彼は小人の様子に少し困った表情で応じた。


「そんなに驚く事か?」

「そりゃ驚くわよ。あんたが来たと思ったら、保安隊の者ですけど、なんて返って来たんだもん」

「いや、ほら、さっきも言ったけど、例の一件に絡んでその時の状況を説明しないといけなくなって、間違いなく遅れそうだったからな。そのことを伝えてほしいって頼んだんだよ。っていうかさ、別に悪い事もしてないんだし、保安隊が来たって平気だろ」

「あら、わたくし、これでも健全な暮らしを営む善良な小市民ですの。いきなり権力の走狗の訪問を受けたりしたら、肝を潰すに決まってるじゃありませんか」


 ミソラはさらりと毒を吐きつつ、業とらしく口元を隠しながら上品ぶって笑う。クロウは困った表情を呆れた物に変化させながらも合いの手を入れた。


「善良って、普通、自分で言うもんか?」

「いいじゃない、本当の事なんだから別に構わないわよ。そう! 私ほど、裏も表もなく、他人様の役に立とうと日夜努めている存在はないわっ」


 傲岸不遜に言い切った小人の言葉を、クロウは軽く切り捨てた。


「作るな作るな」

「むむ! なら、試しに聞くけど、あんたから見た私って、どんな感じよ」

「そうだな。……表では人当たりは良くて、結構甘い顔してるけど、裏では色々と企んで、相手を嵌めて困らせてはケタケタ笑って悦に浸ってそうな感じ?」


 容赦のない少年の評価に、ミソラの整った顔が微かに引き攣る。だが、小人は決して怒り出すことはなく、非常に平静な声音で反論を述べた。


「し、しつれいしちゃうわー。わたしー、そんないんしつでー、しょうわるなー、おんなじゃありませんー」


 ただし、目は明後日の方向へと逸らされ、抑揚は棒読みに近い。クロウが指摘したような面があることを自覚していた結果であった。

 もっとも、そういった態度もその時限りである。ミソラは一つ咳ばらいをした後、話の方向を修正すべく声を張り上げた。


「じょ、冗談はともかくっ!」

「え、冗談?」

「そう、冗談っ! 私が冗談って言ったら冗談なの!」


 身も蓋もない手前勝手な小人の言い分に、少年は苦笑するしかない。その間にも、ミソラは己が身の潔白、というよりも自身が見る己の像を主張し続ける。


「いい? 私はね、生身の身体で生きていた当時から、魔術士きっての清廉な淑女としてっ、同業者の間では知られていたのよ? そうっ、今だって疚しい物なんて一つも抱えてないわ! 常に真っ当に、天に輝く光陽に胸を張って、常々正直に、どこまでも華麗で真摯にっ、園庭で咲き誇る花々も恥じらう程に、どこまでもふつくしくっ!」

「おい、無理するな。関係ないモノが入って来てるっていうか……、声が変に裏返ってるぞ」

「……けほん。とにかく、他人様に顔向けできないような疚しい物なんてね、欠片も埃も、身体を逆さにしても全身を裏返しにしても落ちてこないわよ」


 一頻り声を張り上げて気分が晴れたのか、ミソラは清々とした顔を見せる。だが、次の瞬間には曇った。


「けどねぇ。そういうのを抜きにしても、公の権力には近づきたくないわ」

「近づきたくないって……、お前、今、組合の庇護を受けてるだろう?」

「それはそれ、これはこれ、よ」


 クロウは露骨な表情を隠さず、大いに呆れた顔を見せた。


「便利な言葉だな」

「むー、だって仕方がないじゃない。実際、こんな姿形じゃなかったらね、組合とも距離を置いてるわ。っていうか、生身の身体だったら、あんたの所に転がり込んでいたわよ」


 ミソラの声に、この場にいるもう一人が微かに反応する。が、二人は気付かずに話を続けた。


「……それは、おっかない話だな」

「ああん?」

「みそらみたいな色々と別格なおんなが近くにいると色々と困る」


 目を逸らしつつも毒を込めて言い切った少年と目を尖らせた小人の間に、ちりちりと無駄に緊迫した空気が張り詰める。重苦しい時間が十数秒続いた後、ミソラが引く形で話が再開された。


「まぁ、いいわ。とにかく、私の正直な感情としては、権力とは距離を置きたいのよ」

「なんでだ?」

「昔はね、魔法は秘すべきものである、っていう不文律っていうか……、しきたりみたいな物が魔術を扱う者達の間で暗黙の了解としてあったの」


 それを聞いたクロウは片眉だけを上げながら尋ねる。


「ミソラ、今言った昔っていうのは、旧文明期の段階でだよな?」

「そうよ。実際、当時から見ても昔々大昔って所かな。そんな遥か昔から、社会に対して、特に時の権力者に対しては、魔法を秘匿しないといけないとされていたの。で、このしきたりのことが頭にあって、どうしても公の権力には警戒心を抱いちゃうのよ。小さい頃から刷り込みされた結果って所かしらねぇ」


 難しそうな表情を浮かべたミソラに対して、魔法が当たり前にある世界で生まれたクロウは首を捻る。自然と彼の口は動き、更なる疑問を投げかけた。


「前も疑問に思ったんだが、そこがわからない。なんで秘匿する必要があったんだ?」

「あー、今は魔法が秘匿されてないし、そこら辺の感覚はわかりにくいでしょうねぇ」


 ミソラは幾度となく頷いた後、顎に指を当てて答え始めた。


「うーん、なんて言ったらいいのかなぁ。魔法っていうのは、元の発祥が発祥(奇跡)だから、なんでもアリな所があるの。それこそ、科学技術ではできない面を補える便利さを持ってるし、世界や社会を崩壊させるだけの力も潜在的に持ってる」

「つまり?」

「分かりやすく言えば、通常の科学技術では為しえない事も為し得る力を持ってるから、世界に与える影響力が大きいって事よ。だから、時の権力者から自分勝手に利用されるのは怖いし、どこからともなく湧いてくる有象無象に集られるのも不味いだろうって、先人達が判断したんでしょう。……とは言っても、世界を滅ぼすだけの力に関しては、科学技術だけでも生み出されたんだけどね」


 クロウは最後の言葉に、世界を滅ぼしたといわれる大災禍を思い出し、その名を口に出した。


「断罪の天焔も、それで?」

「さて、その辺はどうなんだろう。私もその滅びの時まで生きてないから、そこまではわからないわ。けど、その大災禍以前にも、世界を滅ぼせる兵器は実際に何度か使われて、幾つかの都市が焼かれてる歴史もあるし、その度に万単位の人が死んだっていう事実がある。それに加えて、今現在に繋がるように、現実に世界全てが焼かれて、興隆を誇った文明は根底から崩壊している。それを踏まえると、魔法を秘匿しようとした過去の魔術師達の考えにも、一定の理があるってものでしょう」


 クロウは小人の言葉に頷く。彼自身も先達の老機兵より力の在り方について考えさせられた経験があるだけに、小人の話に説得力を感じたのだ。考え込むように黙り込んだ少年に対して、ミソラは米神を軽く掻きながら更に続けた。


「まぁ、かと言って、魔術師達が崇高な使命だけを胸に秘匿してたってわけでもないんだけどね」

「表もあれば裏もあるって事か?」

「そりゃそうよ。魔術士だって、魔術を扱うことができるだけで、人である事には変わりないもん。当然、自分達で独占したいって欲もあったでしょうから、さっき言ったような崇高な事をお題目にして、外に漏れるのを防いでたんでしょう。……後は保身、かしらねぇ」


 と、ここで小人はクロウから視線を外し、この場に最初からいるもう一人の人物に声を掛けた。二人の会話に加わらず、床に描かれた紋様……魔術陣に不備がないか、膝をついて黙々と確かめていた金髪の少女だ。


「ねぇ、シャノンちゃん。あなたなら、昔の魔術師が魔法を秘匿した気持ち、わかるかしら?」

「え? あ、ええと、……そうですね」


 問いかけられた少女、シャノンはゆっくりと立ち上がる。それから、頭の中で問いへの答えを整理しつつ、クロウの隣までやってくると口を開いた。


「わかるわからないでは答えにくいですけど、僕が同じ立場であったら、きっと隠していたと思います」

「どうして?」

「ええと、その……、不遜な言い方ですけど、魔術を扱えること自体、特別な才がなければ無理ですし、自分は他とは違うぞっていう優越感を得ることができますから。実際、僕も今まで生きてきた中でも、魔術を扱えることで優越感を感じた事が多々ありますし」


 シャノンは身に纏う外套の袖口を弄りつつ、すぐ傍に立つ少年を横目で気にしながらも話し続ける。


「ですが、それ以上に、不安感があるといいますか……、どちらかと言えば、怯え、でしょうか」

「怯え?」


 クロウが不思議そうに少女の言葉を反復すると、帝国の魔術士は少年へと向き直って静かに頷く。それから、端正な顔に真剣な表情を浮かべて答え始めた。


「魔術は常人では扱えない便利な力あると同時に、凶器となり得るだけの力を持っています。それを扱うことができるのは、魔術士としての修練を受けて、社会に術を使うことを認められているからです。逆を言えば、魔術の力に酔って、その扱い方を誤れば、間違いなく社会から排除されます。その事に対する怯えです」

「うんうん、大変結構。シャノンちゃん、実に正しい認識よ。今に伝わってるかはわからないけど、実際、太古の伝承や記録書、それらを説話や童話に落とした形で、力に酔った魔術士が悪行を為し、起った勇者に誅された、なんて話が幾つもあるからね。……さて、クロウ」


 呼び掛けを受けて、クロウは隣に立つ少女からミソラへと意識を移した。


「今、シャノンちゃんが言った通り、魔術は便利な力であると同時に、凶器ともなり得る力を持っているわ。それを踏まえた上で質問よ。もし、魔法が忘れ去られた世の中で、魔術が扱えることがわかったら、どうなると思う?」

「最初は、色々と便利だし……、周りから持て囃される、かな」

「うん、最初はおっかなびっくりでも、未知への好奇心もあって、歓迎されるような雰囲気があるでしょう。けど、それが人一人を簡単に殺せるどころか、一度に多くの人を殺傷できるだけの恐ろしい力を秘めた物だとわかってきたら、どう?」

「そりゃあ、制限するとか禁止したりするようになるだろうな」

「そそ。銃器とかと同じような扱いになるでしょうね。……けどね、魔術には、今言った物と決定的に異なるところがある。クロウ、私の掌を見て、何か見える?」


 ミソラに問われた少年は、前に差し出された右の掌に目を向ける。何も見えない。


「いや」

「シャノンちゃんは?」

「……見えます。緑色の魔力が集まってます」


 そうなのかと、クロウが少女に目で訊ねると首肯でもって答えた。それを黙って見ていたミソラは、手の平に集めていた魔力をそのまま解き放つ。翡翠の如き輝きは中空で散華するように広がり、最後には溶けるように消えていく。その様子を見ながら、小人が再び話し出した。


「さっきシャノンちゃんが言ってたけど、魔術は魔力という不可視の力を見える才がなければ、扱えない特別な技術よ。誰にでも使える銃とは違って、誰もが扱えるモノではないわ。そして、これこそが問題となる」


 黙って耳を傾けるクロウは目で先を促した。それに首肯して応じると、ミソラは続ける。


「人ってさ、自分にないモノを他人に見出すと、憧れたり自分もと欲したりすることがあるじゃない」

「ああ、あるな」

「なら、色々と便利な事ができる魔術にも、その気持ちが向けられると思わない?」

「思う。確かに、魔術は便利だし強力だ」


 命の懸かった局面で魔術に救われてきただけに、クロウは真顔で頷いた。その様子に、ミソラは自分の存在意義を認められたようなくすぐったさを感じるも、表情は崩さずに口を開いた。


「けど、魔術士になれる人は先天的な才がなければならない。これがなければ、魔術士になりたくてもなれない。たとえ、どれだけなりたいと思ったとしても不可能なこと。これは変えようがない現実」

「まぁ、仕方がないことだろう」

「ええ、仕方がないことよ。……けど、これって腹が立つ事じゃない? 魔術士になろうと努力する前の段階で、お前には無理だって、門前払いされるんだもの」

「……面白くないだろうな」

「ええ、絶対に面白くないわ」


 小人は断言して見せた後、少しだけ悲しそうな顔で更に言葉を紡ぐ。


「仮に誰にでも扱える可能性があるのなら、挑戦したけど無理だった、自分の力では届かなかったって、自分自身に言い訳することもできる。けど、魔術に関してはそれもできない。しかも、その理由っていうか、原因が後からではどうしようもない事なんだもの、普通に感じるよりもより一層に悔しさを感じるでしょうし、対象への怒りも湧いてくるでしょうね」


 ミソラはさり気なくシャノンへと視線を向ける。魔術士の少女もまた少年の隣で静かに話を聞いていた。


「満たされなかった望みは鬱憤や不満を生み、放っておくと人の心を蝕むわ。だから、人は自分の精神を壊さない為にも、それらを発散させようとする。無論、魔術士になることができなかった人も、魔術や魔術士に対する毒を吐き出すように、感情を発散させるでしょうね。そして、それらの感情は社会にも影響を与える事になる。そう、たとえ、魔術士が社会の役に立っていたとしても、疑心でもって危険視するような空気が生まれてくる可能性が高いわ」

「そこまでいくか?」

「魔法が一般的ではない社会ならね。ふふ、中には、魔術士は同じ人間ではない、なんて論調も出てくるかもしれないわ」


 ここで一息ついたミソラはじっと少年を見つめる。クロウは小人の視線の強さに困惑するも、ただ黙して見つめ返した。


 しばしその状態が続き、シャノンが不思議そうに首を傾げた頃になって、ようやくミソラが口を開いた。


「クロウ、安定した社会は極端な異物の存在を嫌うものなの。それが、明日が今日昨日までと変わらずに、いつも通りに来ると信じられる日々の安定を乱すかもしれないから」

「その極端な異物が魔術なのか?」

「魔術というよりも魔術を扱う者ね。生物的には人であることに変わりなくても、社会の大多数を構成する一般人から見て、魔術士は異物となりうるってこと」

「魔術士が異物ねぇ、正直、考えられないな」

「まぁ、魔術が役に立っている内はそこまでいかないんでしょうけど、それ以上に害悪が出た段階で、いえ、魔術が社会を脅かすと世間一般に認知された段階で排除されるでしょうね。……運が良くて、敬して遠ざけるといった所かしら。だから、昔の魔術師達は社会の中に紛れ込み、隠れ住むことを選択したんでしょう」


 クロウはそういうものなのかと頷いた後、唐突に右の眉根を上げて質問する。


「あれ? なら、なんで、今は大丈夫なんだ?」

「社会が安定していない上に、魔導が広まったからよ」


 端的すぎる応えであった。が、クロウはそれだけではわからず、視線で詳しい答えを乞うた。ミソラは少年があまり見せない弱った目に苦笑を浮かべて、理由を言い添えた。


「不安定な社会だと、安定させる為に役に立つものを使おうとするものよ。こういった状況の中で、魔導でもって魔術を一般人でも為せるように、また扱えるように敷居を落としたから、社会に魔術士が受け入れられる下地ができたの。……いえ、聞く限りだと、例の大災禍の後に魔法が表に出たって話だったから、世界の危難に際して、魔術が有用であることを証明しつつ、それを一般大衆でも扱える技術があることを紹介して、誰かが社会に浸透させたって所かしらね」


 本当に上手くやったものよ、出来過ぎな位、と続けて呟いた後、ミソラは内々で何かに思い至ったのか、少し機嫌を損ねた表情を浮かべた。だが、その感情を声に出すことは無く、話を変えた。


「ところで、まだ聞いてなかったけど、今回、あんたが巻き込まれた、ええと、傷害事件だったっけ? 何が原因だったの?」

「あー、なんか聞く限りだと、暑さで錯乱したらしい」


 あまりにも簡潔な応え、否、背景の説明もない投げやりな答えであった。

 ミソラは明らかに教える気がないクロウに対して意味ありげに微笑んだ後、その隣の少女に話し掛けた。


「よし、詳しい話は実験が終わった後にして、準備を完了させましょうか。シャノンちゃん、後少し手伝ってね」

「わかりました」


 聞き出す気満々のミソラを目にして、クロウは失敗したと言わんばかりに天井を見上げる。そして、刃物男をのした後の事を思い返した。



 それはクロウが暴漢を制圧した直後のこと。

 横から口を出してきた男は市軍保安一小隊のゴウト・リューディスだと名乗った後、クロウとその傍にいた大柄の男を引き連れて組合連合会のエフタ支部へと移動し始めた。

 その際、被害者の様子が気にかかって、クロウが肩越しに振り向いて後方の現場を見てみると、駆け付けた救命隊が本格的な手当てを開始した所であった。そして、その周囲では次々に到着した警備隊員達が興味半分で現場に近づいてくる群衆を遠ざけるように動き出していた。


 中年男もまたそれを横目で見ていたようで、マスク越しに修羅場を収めたクロウの手腕を褒め称える言葉を並べ始めた。


「しばらくは騒がしいだろうけど、じきに落ち着くはずだ。いやぁ、ほんと、エンフリード君が動いてくれて助かったよ。早めの鎮圧で被害者が今以上に増える事もなかったし、怪我人も助かる確率も高くなるからね」

「いえ、ああいった騒動に、いつ自分や知り合いが巻き込まれるかわかりませんし、他人事じゃないですから」


 リューディスは近くで待機していた部下を手招きしつつ話を続ける。


「うんうん、いいねぇ。下手に正義感を振りかざしていない辺り、好意に値するよ。どうだい、今からでも市軍に来ない?」

「あー、いや、その……、やりたいことがあるので、遠慮しておきます」

「あら残念なこと。でも、君みたいな若者はいつでも歓迎するから、機会があったら考えてちょうだいな」

「そうします」


 クロウが口で肯定的だが身のない言葉で受け流じた所で、組合支部に入った。

 一階は先程の騒動から逃れた者達が興奮気味に当時の様子を周囲の者に話をする一方で、組合の職員や酒場にいたグランサーの一部、更には給仕に至るまでが棍棒や陶瓶といった物を手に出入口に視線を向けていた。

 そんな彼らが遅まきながら入ってきたクロウ達を警戒するように見つめてくる。が、全員が面覆いを取り去った瞬間に緊張が解け去ったようだった。


 一行の先頭を行くリューディスはざわついている周囲を見回しながら、出入口よりも少し中程に入った所で立ち止まる。そして、部下の青年に対して指示を出した。


「モット君、支部の責任者に表の事件が解決したって説明して来てくれないか。それと、聴取で使えるような小部屋を貸して欲しいってこともね」

「了解です」


 モットが動き出すまでの僅かな間に、クロウもまた世話になっている組合職員のマッコールや給仕のマリー、更には顔見知りのグランサー達を見い出し、口だけを動かして外はもう大丈夫である事を教えていた。

 彼の目から見ても室内の固い雰囲気が和らぎ、ほっとした空気が生まれるのがわかった。寝ぼけ眼の中年男もその事に目聡く気付いたようで、感心した顔で囁きかけてくる。


「いやはや、若いのに信用されてるねぇ」

「あはは、だといいんですがね」


 クロウは軽く笑って応える。他方、リューディスはクロウの後方はもう一人の男に目を向けた後、表情を変えぬまま口を開いた。


「なんだか、エンフリード君に動いてもらった方が話が早そうな気がするよ」

「あー、知り合いですし、多分、できなくもないでしょうけど……、今、話を付けに行ってる人の面子が潰れますよ」

「ははっ、なかなか言うねぇ。でも、その気遣いには感謝するよ。うちの若いのも方々に顔を売らないといけないからね」


 中年男は顎を一撫でした後、もう一人の聴取対象に話を振った。


「それと、そちらの人。悪いねぇ、聴取に付きあわせることになっちゃって。これから時間を貰うけど、なんとか勘弁してくださないな」

「あ……、いや、気にしないでくれ」

「うん、ありがとう。ところで、お名前は?」

「バッツ……、ヴィンス・バッツだ。グランサーをしてる」

「了解、バッツさんね」


 そこまで話した所で、モットが組合の中年職員ことマッコールを連れて戻ってきた。青年少尉ははきはきとした声で上司に報告する。


「二階の小部屋を貸していただけることになりました」

「うん、了解。ああ、それとモット君、エンフリード君に感謝しときなよ?」

「はっ、……はぁ?」


 言葉の意味が分からず、一人首を捻るモットを余所に、他の四人は二階へと向かうべく歩き出した。



 彼らが案内された部屋は二階に幾つかある会議室の一つ。クロウも仕事の契約をする際に何度か利用している部屋であった。

 案内役のマッコールがクロウの肩を叩き、後で何があったか詳しく話を聞かせてくれと告げてから出ていくと、聞く側と聞かれる側に分かれて対面に座る。そうしてから、事件に関する事情聴取が始まった。


 リューディスが行ったのは当時の状況や犯人の様子、事件そのものの経過についてといった事の聴き取りであった。もっともそれは通り一遍の形式的な物ではなく、犯行が行われる直前の広場の様子から市軍が到着するまでの間の全て、それこそ、犯人の一つ一つの言動、目の動きやちょっとした仕草といった細やかな部分にまで質問が及んだ。

 その為、相応に時間がかかることになり、柱時計の短針は二回りほど進んで十七時半、正午の三十分前を指し示していた。


 リューディスはバッツへの最後の質問を終えると、納得した様に頷いた。


「……うん、聴き取りはこれくらいでいいかな。モット君、筆記の方は大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です」


 このやり取りを聞いたクロウと少し離れた席に座ったバッツが腰を浮かす。そんな二人に対し、リューディスはああちょっと待ってと口にして、手を上下に動かしてまだ座っていてほしいと示した。

 クロウは先の予想が当たったような気がして、内心で呻く。けれども、できる限り表面には出さず、再び腰を降ろして訊ねた。


「えっと、まだ何かあるんですか?」

「うん、どちらかというと、これからが俺にとっての本命。……あ、もしかして、エンフリード君、これから用事とかあるの?」

「ええ、昼からなんですけど、約束があります」

「あー、それだと、時間的にちょっと厳しいかな。うーん、なら、モット君を使いに出すから、俺の話っていうか……、個人的なお願いになるんだけど聞いてくれない? 対価として、お金以外……、うん、俺の権限が及ぶ限りってことになるけど、何かあった時とかに相応に融通を利かせるからさ」


 そう言った中年男の顔に浮かぶのは先程と変わらぬ笑みであった。しかしながら、クロウには曲者めいた胡乱げな笑みに見えた。自然、グランサー時代に培った用心深さが少年に拒否の言葉を述べさせようとする。


「横からすまないが、そのお願いっていうのは、俺に対してもなのか?」

「あ、そうだねぇ」


 が、ここまで必要最小限の受け答えしかしてこなかったもう一人の男、バッツが口を挟んだ。このバッツの動きに乗じて、まるでクロウに口を開かせまいとするかのように、リューディスも間髪入れずに口を開いた。この結果、クロウは席を立つ機会を逃してしまった。


「聞いてもらえるなら、こっちとしては助かるかな」

「わかった。だが、そちらのお願いとやらに応じるかどうかは、その内容を聞いてから決めたい。それでもいいか?」

「そりゃそうだね。うん、こっちとしてもそれほど疚しいお願いでもないし、それでいこうか。エンフリード君もそれならいいよね」


 クロウは一瞬悩むも了承の言葉を返した。というのも、相手が相手だけに話を聞かぬまま断りを入れるのは、さすがに具合が悪いと判断した為だ。


「連絡を入れてくれるなら、話は聞きます」

「や、ありがとう。急に無理を言ってすまないねぇ。そんな訳で、モット君、悪いけど一つお使いを頼むよ」

「わかりました」


 モットは素直に頷き、クロウから伝言内容と相手先を聞いた後、部屋を出ていく。それを見送ったリューディスは少しだけ身を乗り出して、お願いを話し出した。


「さて、俺からのお願いっていうのは、今回の件に関連してのことなんだけど……、捜査っていうか、情報収集に協力をお願いしたい」

「情報収集、ですか?」

「うん、そうなのよ。……さすがに、一旬も経たない内に大きな事件が、前の殺人と今回の傷害って具合に重なると、市民の間で動揺が広がっちゃうからね。できるだけ早く、事の根っこを押さえたいんだ」


 クロウは中年男の言葉の内に無視しえないモノを聞き取り、訝しげな表情を浮かべて訊ねた。


「今、事の根っこを押さえたいって言いましたけど、今回の事件と前の事件、繋がってるってことですか?」


 リューディスは口元を緩めて頷く。それからより詳しい話を始めた。


「どうやら、そうみたいなのよ。今日の事件を起こした犯人、間近で見たエンフリード君からの話から判断すると、麻薬中毒である可能性が極めて高い。なら、その麻薬はどこから来たのかって話になるんだけど、ここ最近、市外で広がってるって話が聞こえてきてるんだ」

「麻薬……、あまり聞いたことないですけど、エフタにも入って来るんですか?」

「うん、エフタにも東や南から時々入って来るんだわ。で、その度に担当の部隊が取り締まってるんだけど、ほら、さすがに疑わしいってだけで人の家には中々踏み込めないからさ、隠し持ってるものとかに関しては取りこぼしがあったりするのよ」

「つまり、その隠し持っていた麻薬が表に出て来たって事か?」


 クロウとリューディスの会話に横からバッツも参加してきた。それを歓迎するように、リューディスも応えた。


「いやね。それがさっきの根っこの話になると言うか、麻薬の出所に関して、前の殺人事件が絡んできそうなんだわ。……現実は空想より奇っていったらいいのかねぇ。その事件を捜査する過程で、被害者がエフタに害意を持つ余所の工作員だったんじゃないかって線が浮上してきてさ。当時の状況的に、事件の前日に入港していた船から麻薬を手に入れていたんじゃないかって、推測が出てるのよ」

「つまり、例の殺人事件の犯人が、その麻薬を横取りして売っているってことですか」


 バッツと代わるようにクロウが指摘すると、中年男は寝ぼけ眼を僅かに細めながら頷いた。


「可能性が高い。実際、時期的にも、例の殺人の数日後辺りから急に麻薬が広がりだしてる」

「なるほど、市軍は被害者の情報と時期の重なりで、麻薬の出所と殺人犯が同一だと見てる訳だな」

「うん。とはいっても、まだ推測の域に過ぎず、裏も取れてない段階だし、事実は違うかもしれない。けど、どっちにしろ放っておけない案件であることにはかわりないし、何らかの手を打たないといけない。だから、市軍としては少しでも早くその二つを解決する為に、どんな些細な物でもいいから情報が欲しいんだ」


 リューディスはバッツの言葉に答えを返した後、一度語を切り、溜め息をついてから再び話し出す。


「もっとも、今回の事件が起きた事でその情報が集まりにくくなるかもしれないんだよねぇ。なにしろ、ほら、前の事件が解決していない内にこれだから、市民の皆様からの市軍への信用が落ちちゃうでしょ。捜査にも影響が出てきそうなのよ」

「その影響を少なくする為に、俺達の協力が欲しいって事だな」

「そそ。特に麻薬の出所を知りたいから、それ関連でね」


 話の輪から一度引いたクロウは会話する二人、特にリューディスの顔を注視する。彼がリューディスに対して抱いている印象はまずもって、胡散臭い人、というものである。


 そういった事もあり、本当にそれだけがこのお願いの理由だろうかと疑い、じっと中年男の寝ぼけ眼を見つめた。


 少年の目に気が付いた中年男と視線が合う。


 頬に薄笑みを浮かべ、とぼけた雰囲気を出しているが、その目のある光は強く、逸らされることない。また、それと同時に、思考や腹の内を見せず、己の心情や感情を覆い隠す混濁した深さもあった。


 結局、クロウは数秒程で自分にはまだ裏や底は読み取れないと判じ、眉間に皺を寄せながら口を開いた。


「麻薬関連で何か話がないか、調べればいいんですね?」

「うん。あ、別に麻薬って限らずに、最近、変った事がなかったかってのでもいいから」

「わかりました。それ位ならお手伝いします。……けど、今、仕事を請け負ってますから、あちこちで聞いて回るなんてこともできないので、成果はあまり期待しないでくださいね」

「うんうん、了解」


 リューディスは薄い笑みを少しだけ深めた後、バッツにも返答を求める。


「バッツさんはどうかな。協力してもらえる?」

「協力しよう。ただ、その分だけ、見返りも期待させてもらう」

「さっきも言ったけど、俺の応えられる範囲なら、ね」


 そう告げた後、中年男はエフタの安定を守る為のご協力に感謝しますと続けて、慇懃に机に手をついて頭を下げた。



 クロウは中年男が最後に見せた胡散臭い態度を思い出し、例のお願いって間違いなく裏があるよなぁと、知らず知らずに頭を掻く。そこにミソラの元気な声が届き、彼の意識を現実に引き戻した。


「よしっ、準備完了! さっ、クロウ、当初の予定より時間が遅れてるし、ちゃきちゃき始めるわよ!」

「わかった。……俺、明日も仕事だから、夜遅くなるのは勘弁してくれよ?」

「うふふ、大丈夫よ。事故がないようにしっかりと術式も確かめたし、日が変わるまでに絶対に終わるから!」

「本当に、そう願いたいもんだ」


 クロウはぼやくように応じた。 



  * * *



 時は夕刻、港湾門近くにある繁華街。

 普段ならば、休日の薄暮れ時ということもあって、街灯の青白い光や看板の装飾灯が街路や路地に行き交う影を数多く作り出している所である。だが、今日はその影も少ない。その少ない影にしても周囲を警戒するように足早であったり、すれ違う人影と距離を置いている。

 この人気の少なさと距離感が砂嵐(ゼル・ルディーラ)がもたらした薄暗さとも相まって、エフタ繁華街の猥雑で闊達な風情を大きく減じさせていた。


 これらは全て、今日の昼間に起きた凶行の結果であった。


 店を構える店主連中から嘆き節が聞こえてきそうな繁華街を、一つの人影が周囲と距離を置きながら足早に進んでいく。その影は繁華街の真ん中を南北に走る街路より脇の小さな路地へと折れ、軒を連ねる小さな店の中の一軒、小さな居酒屋へと入って行った。

 狭い店内は稼ぎ時であるにもかかわらず、店主以外には客が六人程いるだけであった。そんなひっそりとした店内の様子に、人影は一度動きを止める。が、すぐに外套のフードを取り、マスクやゴーグルを外しながら、人が唯一集っている場所に向かう。そして、少々気まり悪そうな顔で食卓の一つに座る四人の若者達に声を掛けた。


「すまない、遅れた」

「気にすんな、イスファン。俺達もついさっき来た所だ」


 遅れてきた青年イスファンの謝罪に軽く応じたのは同年代の男。どこかやんちゃな雰囲気を持つ青年は手で空いた席を指し示すと言葉を続けた。


「頼んだ注文はいつも通り。今回は臨時って事で、払いは発案者のバッツ持ちだ」

「そうか」


 イスファンがちらりと大柄の青年を見やる。彼は黙したまま目で挨拶してきた。それに頷きを持って返した所で、ロウの声が響く。


「ったく、昼間に物騒な事が起きたってのに、急に臨時会合を開くなんぞ、いったいなんだってんだ? タダ飯がなかったら来ねぇぞ」

「まぁまぁ、落ち着けって、ロウ」


 小太りの青年が不満顔を表に出したロウを取り成すように宥める。その間に陰気そうな青年が隣に座る事の発案者に話を振った。


「さて、これで全員揃った。臨時で俺達を集めてまでしたい話、始めてもらおうか、バッツ」

「ああ、ロウに爆発されても困るしな、早速話を始めよう」


 この臨時会合を主催した大柄の若者ことバッツは、昼間にあった出来事を順を追って話し始めた。

 まずは昼に起きた事件の場に居合わせた事、以前の会合で話に出ていたグランサー上がりの機兵クロウ・エンフリードが犯人を制圧した事、直後に市軍関係者から聴取を受けた事、そして、話の流れでその関係者から捜査への協力要請を受けた事、協力の代価はちょっとした融通を利かせる事。


 こうした話を一つ一つを丁寧に語り終えると、バッツは己の発案を最後に付け加えた。


「そんな訳で、今回の話、ジラシット団が市軍と縁を作る絶好の機会だと考えてな。話を受けることにした。最悪、俺個人で動けば良いとは思っているが、どうだろう、この話で確実に成果をあげる為にも団として動けないだろうか?」


 話を聞いた幹部達はそれぞれに乗り気な顔を見せる者もいれば、難しい色を浮かべている者もいてと一様ではない。その内において、思案顔をしていた若者、イスファンが首を縦に動かして賛同の意を表明した。


「……確かに、団として動いて成果をあげれば、市軍と繋がりを持てる良い話だな。俺は全面的に賛成しよう」

「賛成する。市軍と何らかの繋がりがあると、いざという時に頼れそうだしね」


 イスファンに続く形で小太りの若者が柔らかな笑みを浮かべて賛成の言葉を告げた。残る二人の内、難しそうな色を顔に出していた小柄な若者も続く形で意見を述べた。


「俺はどちらともいえない。市軍と繋がりを持つ事に益があることはわかる。だが、今回の話は麻薬絡みなんだろう? 調べている時に団員が犯人っていうか、今日の昼みたいな麻薬絡みの事件に巻き込まれる危険性も高まると思うんだよ」

「確かに、その辺りはもっと対策を考えるべきだな。……ロウはどうだ?」


 バッツから答えを促されたロウは眉間に皺を寄せて首を振った。


「悪い話じゃねぇと思わなくもねぇが、反対する」

「理由は?」

「さっきクレイドが言ってた通り、麻薬絡みは危険が多い。んな所に団員を行かせられねぇ。後、市軍と繋ぎを持ってどうするんだ? 組合と違って俺達がやってる仕事と直接の関係は薄いんだぜ? そもそも融通ってのはどんなもんなんだ? 口約束だけなんてよ、結局は便利使いの駒にされるだけじゃねぇか?」


 ロウが懐疑の言葉を並べると、イスファンが不愉快な表情を前面に出して口を挟んだ。


「ロウ。前から思ってた事なんだが、あれも反対これも反対では、通る話も通らんぞ」

「はっ、一つの決定に生き死にが懸かってるんだ。慎重すぎる事に悪い事はねぇよ」

「だが、それではいつまでも現状を変えることができん」

「無理に変えて、軋轢に苦しむ必要もねぇだろ」

「待て、二人とも落着け」


 いつかのように睨み合う二人の間に、バッツが言葉でもって割って入った。そして、両者の耳目を集めると続けた。


「意見のぶつけ合いは後にしてくれ。それで、ロウ。市軍に協力する件なんだが、直接的に俺達の仕事への影響が薄くても、意味があると俺は考えている」

「……続けてくれ」

「ああ。ジラシット団は孤児が互いに助け合って生き残れるようにする為に作られたモノだ。それだけに、内々の結束を重視して、外との接触が疎かになっていたんだと思う」


 このバッツの言葉に対して、小柄の若者が陰気な声で反論した。


「それは仕方がないだろう。俺達は捨て子だ。頼るべき相手も助けてくれる相手もいない。自分を買い戻して円満に抜けた先達もほぼ全てが他の都市に移ったり、開拓地の人員募集に応じたりして出て行った」

「そうだな。けど、だからといって、そこで無理だからと諦めて終わっては広がりができない」

「広がり?」

「ああ。……人との繋がりって奴だ」


 自身でも柄にでもない事を話していると自覚しているのか、バッツは気恥ずかしそうに頬を掻く。だが、それでも口を閉ざすことなく続けた。


「話の中で触れたが、今日の件で例のグランサー上がりの機兵、クロウ・エンフリードと知り合った。少し話をしたが、機兵は基本的に組合を通して依頼を受けているそうだ」

「そうなのか?」

「らしい。だから、例の護衛の話、相手が受ける受けないは別として、俺達でも依頼を出すことができる。……でだ、この中でこういった情報を知っている奴はいたか?」


 この疑問への答えは沈黙であった。その事に自分達の世界の狭さを思い知らされた気がして、忸怩たる思いを抱きながら、バッツは語を紡ぐ。


「俺達は俺達が思っているほど、世の中を知っている訳じゃない。いや、きっと知らない事の方が圧倒的に多いだろう。だからこそ、そういった事を知る為に、外との確固たる繋がりが欲しい。いや、必要なんだと思う」

「バッツ、それが今回の件で、市軍に協力する理由か?」

「ああ、そういうことだ、ロウ。市軍は相応に影響力と信用がある。当然、それに属する者にもだ。だから、今回の一件を足掛かりにして人との繋がりを広げたい。その中には、ジラシット団にとって有用な縁がきっとあるだろうからな」


 そう告げたバッツは昼間見た光景を思い出す。自身よりも年下の機兵は魔導機もなく、見せた態度一つで場の空気を変えて見せた光景を。

 彼はそのことに衝撃を受けた。また同時に、クロウ・エンフリードと社会との間にある確かな繋がり、信用を感じ取っていた。


 そして、これこそが今のジラシット団に欠けているモノだとも。


 バッツが話すべきことは話したと言わんばかりに口を閉ざすと、ロウが黒い髪を掻き毟ってから仕方がなさそうに頷いた。


「そういうことまで考えているなら、俺は反対はしねぇ。だが、クレイドが言った通り、麻薬絡みは危険がある。誰も彼も調査に回す訳にはいかかねぇ。麻薬関連の情報を探るのは年長連中……、いや、団の連中は動かさずに、まずは俺達だけで動いた方が良いんじゃないか?」

「俺としては、他の連中を危険な目に合わせたくないから、その方が良いな」

「確かに、どんな具合か、ある程度自分達でやってからの方がいい」


 ロウの意見に小柄の青年が賛同を述べると、同様にイスファンも頷いて言った。すると、小太りの若者が小首を傾げながら疑問を呈した。 


「けどさ、麻薬の件を調べるにしても、そういう話ってのは具体的にどう探ればいいんだ?」

「ゴーグルやマスクで顔を隠して、気持ちよくなれるクスリを探してるとか、何もかも忘れてすっとしたいとでも触れて回りゃいいさ」

「詳しいんだな、ロウ。もしかして、麻薬の事、何か知ってるのか? 例えば、麻薬を売っている奴とか、売っている場所とか」

「はっ? んなもん、知ってる訳ねーだろ、イスファン。……ただ、今日あった騒動の影響で、市門の出入りが制限されるか、検問でもすると思う。そう考えると、市軍の目が届きにくい外の方が怪しい。だから、市内よりも市外の方を重点的に当った方が情報に行き当たるんじゃねぇか?」


 それから一度息継ぎして、ロウは言葉を重ねた。


「それと動く時は複数人で連携して動くべきだな。なんにしても、死んじまったらそれで終いだしな」

「では、市軍に協力して麻薬関連の情報を探る件、まずもって、ここにいる俺達だけで探る。その際、単独行動はしないようにする。これでいいか?」


 バッツが条件を確認するように問うと、他の四人から口々に意見を述べ始める。


「あー、それなら、その期間中、一日か二日おきにでもいいから全員で情報を共有化してぇな。ほれ、効率を上げる為にもよ」

「なら、一日おきに、時間を決めて、ここに集まるようにするか?」

「その時の払いはどうするんだ?」

「各自、払いは自分持ちってことでいいだろう」


 それぞれの意見が組み合わさり、具体的な話が急速にまとまっていく。そして、注文した串焼きの芳ばしい香りが店内に満ちる頃になって、発案者のバッツが纏まった内容を述べて、決を採った。


「麻薬絡みの情報を探るのはここにいる五人。その際、単独で行動せず、複数人で当たる。具体的な組み合わせは後で決める。一日おきにここに集まって情報を共有化する。その際に、どのあたりで調べるかを予め伝えておく。決して荒事を巻き込まれないように十分に注意して立ち回る。次に市軍関係者と会う時は幹部数人で。以上となる。では、この発案について、決を取る。イスファン」

「賛成する」

「ディラム」

「賛成」

「クレイド」

「賛成だ」

「ロウ」

「賛成」


 全員の賛同を得ると、バッツは詰めていた息を軽く吐いた。それを見たロウが口元を大きく歪めて笑った。


「おいおい、もっと喜んだらどうだ? パーッと叫び声の一つも上げてよ」

「この会合をする為に無理して懐が寂しいんだ、察しろ」

「ははっ、なら、その気持ちを察しながら、飯を頂く事にするさ」


 このロウの声を合図とするかのように、店主が大量の串焼きが乗った大皿と麦酒が入った陶瓶といった物を持ってきたのだった。

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