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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
3 少年は悲喜劇で踊る
22/96

三 エフタの女丈夫

 夜の帳が降りた頃。

 エフタ市内の外れに位置する第四魔導技術開発室。その一画にある休憩所にて、目付きの悪い男と眼鏡をかけた優男が難しい顔で座り込んでいる。

 魔光灯の青白い光の下、二人が見つめているのは試製一型と名付けられた魔導銃であった物。試験中に事故を起こした成れの果てとその設計図だ。


 そのうち、凶相の男ガルド・カーンが休憩卓の上に広げられた部品、かつては銃身を構成していた金属の欠片を手に取りあげ、同僚である眼鏡の優男ロット・バゼルに質問を発した。


「バゼル、この千切れ方、部材の強度不足が原因だと思うか?」

「いや、強度不足ではないと思うよ。事故った時の状況を思い出すに、想定以上の負荷がかかっていたように見えたから、魔力供給線か術式に問題があって、暴発を起こしたんじゃないかな」

「ああ、俺もその辺りが原因だと思う」


 カーンはそう言うと腕を組みながら、机上に広がる欠片に目を向け、記憶の中にある今日昼頃の出来事を、試作魔導銃が暴発した光景を思い返す。


 試製一型魔導銃の試射を担当したパンタルが指示の通りに引き金を引き始めたが、魔導弾は発射されることはなく、銃口が光り輝くだけであった。そして、直近で観察をしていた同僚が注意を促すべく何事かを叫んだ直後、銃身が破裂して、周囲に閃光と衝撃をまき散らし、大量の砂塵を巻き上げていた。


 これらの様子を踏まえて考えると、内部の発射機構ないし魔導弾形成に問題があり、魔力弾が発射されず、筒内に想定以上の負荷が発生した。その結果、銃身を構成する部材の強度限界を超えてしまって破断し、その際の刺激によって魔力弾の術式が発動した、或いは、過剰に魔力を注がれた術式が誤発動を起こして筒内で炸裂し、銃身を破壊した、といった可能性が考えられる、か。


 目付きの悪い男は頭の中である程度の推論をまとめると、口を開いた。


「とりあえず、術式に関する事は室長やフィールズの嬢ちゃんに任せるとして、魔力供給線や破断状況を調べられるだけ調べてみるか」

「そうだね。僕は設計図を調べて、供給線に不具合がないか調べてみるよ」

「なら、俺はまず、こいつの形状を再現して、どこから吹き飛んだか、調べてみる」


 バゼルは同僚の言葉に頷くと、設計図の該当箇所に目を向ける。一方、カーンもまた、魔導銃の形状を取り戻そうかというように、拾い集められた部材を並べ始めた。


 しばしの間、黙々とした作業が続く。

 この作業の最中、二アルト程離れた場所にある繁華街より、人々のざわめきらしき物音が聞こえてくるが、二人の集中を乱す事は無かった。


 こうして大凡二時間が経った頃、カーンとバゼルは足音が近づいてくることに気が付いた。どこか重さを感じさせる足音には聞き覚えがあり、二人はもう一人の同僚で帰ってきたことを悟る。


 その予想は違わず、開け放たれた出入り口に厳つい人影が現れたかと思いきや、重低音の声が屋内に響き渡った。


「おぅ、おつかれぃ」

「マディスさんこそ、今までお疲れ様です」

「ああ、お疲れさん。それで、室長やフィールズの嬢ちゃんは?」

「だいぶ前に分かれた。エンフリードの見舞いと上役に報告に行っとるはずだ」

「そうですか」


 巌のような男ウディ・マディスはカーンとバゼルと話しながら、休憩所までやってくる。そして、空いた椅子に腰を降ろすと、二人の手元に目をやり、眉間に皺を刻み付けた。


「どうでぃ、原因はわかったか?」

「まだ推測の域ですが、魔力の供給線か術式に問題があったと考えています」

「ならぁ、術式はどちらが怪しい? 発射関連か、それとも魔力弾の形成か?」

「そいつを今調べている所だが……、銃身全体が激しく破裂しているから、ある程度は形を取り戻さないと、どこが原因になったかは明言できんな」

「だろうなぁ」


 マディスはばらけた銃身の欠片を見つめて、心底から同意するように何度も頷く。その彼に対して、バゼルが静かな声で尋ねた。


「それで、そちらはどうでしたか?」

「……右腕を全部持ってかれよった」

「そうですか」


 マディスの沈痛な声に、バゼルの声も自然と小さくなる。が、その二人の暗さを吹き飛ばすように、カーンが軽い口調で話し出す。


「おいおい、あんだけの爆発ってか、衝撃を至近距離で喰らったてのに、奇跡的にも右腕だけで済んだ上に、命も助かったんだ。贅沢は言うもんじぇねぇぞ」

「それは、そうですが」

「ああ、わかっちゃいるが、俺達が作ったもんが原因となるとなぁ」

「かー、そんなことでどうすんだ。技術の進展には、少なからずの犠牲が出るのは、古来から変わらんことだろうがっ」


 カーンは暗い顔の二人に発破を掛けるように大声を上げる。しかしながら、対する二人の表情は暗いままで、口々に思いを口にする。


「だがぁよう、エンフリードの奴も一人前になったばかりで、こんな目にあった事を考えると、申し訳なくてなぁ」

「ええ、初仕事でこんな事が起きたのでは、衝撃も大きいでしょうね」

「はぁ、今回のような事が起きるのも想定の範囲内だろうに、お前ら、人が良過ぎるぞ」


 凶相の男は溜め息をつくと、一つの事実を挙げた。


「あの坊主、いや、エンフリードの野郎はな、今日のような危険性を見越して、試験で事故が起きた際に、機体の原状回復を行う事を契約に盛り込んでいる。逆に言えば、それだけの覚悟をもって参加したって証拠だ。こちらが強要して実験に参加させたならともかく、対等の契約である以上、必要以上に気に病むんじゃねぇよ」


 元より鋭い目に厳しい色を込めて、カーンは言い募る。


「それよりも、俺達は今回の事故の原因を洗い出して、次の開発に繋げる必要がある。今日みたいな失敗を何度も続けようともな。単に、今までが調子良過ぎて、現実と基本を忘れていただけだ」

「それは確かに、実験が成功続きで、慢心していたかもしれないね」

「ああ、試行錯誤を積み重ねてなんぼの世界だったわなぁ」


 カーンが同僚達の顔から暗い陰が減じたのを確認した所で、再び出入口より人影が入り込んできた。ほぼ同時に、二つの声が上がる。


「ただいまー」

「戻りました」


 人影は少年然とした少女シャノン・フィールズと彼女の肩に立つ小人ミソラであった。

 表情を殺したシャノンは口々に応じる三人が集まる休憩所までやってきて、空いた席の一つに座る。ミソラもまた、肩口より飛び立ったかと思うと机の上に舞い降りた。それから、小人の少女は三人の部下達を見回しながら、その口より甘い声を紡ぎ出す。


「私が帰って来るまで、何か問題はあったかしら?」

「事故原因を探る為に、こいつを弄っていた以外、特に何もねぇさ」


 三人を代表するように、カーンが答えた後、ミソラに上役の反応について質した。


「それで室長、今回の事故について、シュタールのお嬢はなんて言ってました?」

「ええ、簡潔にまとめると、試験での爆発事故は非常に残念であるが、損害が人に及ばず、最小限の物損に止まった事から、試験環境及び手順の改善案提出の後、開発を継続。ただし、責任者は事故発生の責任を取って、三旬の間減俸二分の一。また、中破したクロウの機体に関して、修理費が別途降りることになったって所ね。はぁ、減俸のお陰で、果物の盛り合わせ、しばらく食べれないわぁ」

「おっと、そいつはご愁傷さまで」

「ま、これもお仕事の内だからいいけどね」


 そう言い切ると、ミソラは視線を厳つい男へと向ける。


「マディス、クロウの機体、どれくらいで直りそう?」

「衝撃で右腕が丸ごと吹き飛んで、表面装甲の大部分が破壊された以上、操縦機構の連結調整や全油圧機構の点検、他の場所に歪みが生じていないか、骨格を検査する必要がある。最低でも三日はかかるだろうなぁ」

「修理に手間取った場合の見積もりは?」

「五日程度だろう」


 ミソラはざっと頭の中で日数を計算し、更に問う。


「なら、十日までには引き渡せるってことでいいわね?」

「ああ、それまでには直せるはずだ」

「わかった。クロウには、明日にでも伝えておくわ」

「おぅ、ついでに、長屋脇にある総合支援施設で修理中だってことも、頼まぁ」

「了解」


 ミソラとマディスの話が終わったとみて、今度はバゼルが声をあげた。


「エンフリードさんの容態は、どんな按配でしたか?」

「怪我は軽傷にも入らない切り傷が数か所。身体の方も問診や触診の結果は白。けど、念の為に一晩入院」

「あれだけの衝撃を至近で喰らって、展視窓が粉々に壊れた割に、切り傷程度で済んだってか? そいつはまた、野郎の運が良いというか、いや、もう、奇跡の類だよな」


 カーンの苦笑交じりの指摘に、ミソラは神妙な顔で頷く。そして、跡形なく右腕を吹き飛ばされ、表面の焼成材装甲を粉々に砕かれたパンタルや、病室でぐったりとした様子で眠りこけていた少年の姿を思い出しながら答えた。


「ええ、クロウ本人が無事だったのは、類い稀な奇跡の結果でしょうね」

「僕もそう思います。本当に、無事でよかったです」


 ミソラの声に乗るように、シャノンが己の偽りない思いを口に出す。魔導銃が強い衝撃波と共に破裂し、パンタルを破壊した瞬間を思い出して、今更ながらに心胆を冷やしながら……。

 うすら寒そうに両腕を抱きしめるように組んだ彼女の顔には、常の少年めいた風情はなく、年頃の少女の表情が浮かんでいた。


 もっとも、そのことを指摘するような無粋な者はなく、場を仕切るミソラが咳払いの後、次の話題を切り出した。


「じゃあ、今後の計画について、言っとくわね。まず、カーンとマディスだけど、斥力盾の実験結果をまとめた後、上層部に提出する量産型の設計図や仕様書の作成を主に担当してちょうだい」

「室長よぅ、つまり、こいつで本決まりってことでいいのか?」

「ええ、想定していた効力を発揮できているのは確認できたから、正式に提出するわ。後、それをどうするかは、セレスの仕事よ」


 ミソラがマディスの疑問に答えると、今度はカーンが口を挟む。


「それが終われば、遂に好き勝手ができるって訳か」

「ええ、魔導銃の開発が終わって、他に危急の依頼が入らなければね」

「ってことは、まだ先か。やれやれ、そろそろ自分の研究開発に勤しみたいもんだ」


 ミソラはカーンの言葉に輝かんばかりに微笑んで見せた後、シャノンとバゼルに目を向ける。


「んで、バゼルとシャノンちゃんは魔導銃が壊れた原因の調査及び修正点の洗い出しを担当。記録した映像も確かめてちょうだい。後、私も試験改善案を作成したら、手伝いに回るわ」

「なら、僕は魔力供給線辺りを担当すればいいかな?」

「ええ、バゼルは供給線から内部構造へと調査を進めてちょうだい。シャノンちゃんは術式に不具合がないかの点検ね」

「わかりました」


 それぞれが了解を示したことを確認すると、ミソラは声を張り上げる。


「今回の試験では、試作品が破裂して、クロウの魔導機が中破するなんて大きな失敗もあったけど、それでもちゃんと目に見える成果はあったわ。だから、成果は成果として胸を張って喜び、失敗は失敗として謙虚に受け止め、次に繋げる価値ある物にするように心がけましょう!」


 第四魔導技術開発室の面々はミソラの檄にしっかりと頷いた。



  * * *



 時は流れて、第三旬の八日。

 赤髪の少年ことクロウ・エンフリードは、商会通り東側に立ち並ぶ商店街は行きつけの理髪店にいた。というのも、組合連合会エフタ支部に仕事の有無を確認しに行く前に、身嗜みを整えようと散髪にやってきたのだ。


「はー、お前さん、最近、来ねぇと思ってたら、まさか、機兵になってたとはなぁ。てっきり、ちょっと前にあった蟲の襲撃に巻き込まれて、死んじまったかと思ってたぜ」


 色よい艶が際立つ禿頭の店主が驚きと安堵が入り混じった口調で話しながら、赤い髪を櫛で整えてはハサミで切り落としていく。クロウは面前に設置された大鏡で舞い落ちる赤髪を眺めつつ、店主の声に苦情交じりに応じた。


「いやいや、縁起でもないことは言わないでよ。ただ、なんていうか、色々と縁があって、機兵になれたんだよ」

「色々と縁があったつってもよ、結構な良縁じゃねえか」

「だよなぁ。機兵になる元手をポンと出してくれる奴なんぞ、中々いねぇぞ」


 少年の答えに、さして広くない店内は入口傍にある待合を占拠して、盤上遊戯をしていた常連の中年男達、理髪店の近くにある商店主達が顔を上げて口々に言い募る。そんな彼らを鏡越しに見やりながら、クロウは率直な思いを口に出す。


「まー、ありがたいことはありがたいんだけど、結構、危ない仕事、持ってくるんだよなぁ」

「危ない仕事ってもよ、機兵そのものが危ねぇ仕事じゃねぇか」

「そうなんだけど、流石に、初仕事で病院送りになるとは思ってもなかったよ」

「ばっか、そりゃ、お前さんの認識が甘いだけだ。機兵である以上、いつ何時、物騒な事に巻き込まれてもおかしくない、って、誰かが言ってたぜ」


 その誰かってのはいったい誰なんだ、とは言わず、クロウは目を閉ざし、機体が中破した三日前の事を思い出そうとする。

 が、破裂直前に魔導銃を放り出そうとした所よりマディスに救助される所まで、意識が朦朧としていた為、おぼろげにしか覚えておらず、ただ死にたくないと強く願い、目を閉ざした事だけが強く心に残っているだけだ。


 彼はその時の自身の行動を、今日に至るまで幾度となく顧みた、死の危難に直面したというのに、現実より目を逸らし、死から逃れることを願うしかできなかった事実に、まだまだ未熟だと、不甲斐無さを覚える。


 だがしかし、彼はこうも考えていたりする。

 ちょっと短期間の内に、命の危機に遭遇し過ぎではないかと。


 なにしろ、初陣で甲殻蟲ラティアとの戦闘をこなした後、撤退の殿を務め、小規模ながら遭遇戦や籠城戦を経験し、味方の誤射を喰らい、更には今回の事故である。

 どんな機兵でもこれ位が普通なのか、それとも己の星のめぐりが悪いのだろうか、等と考えた所で、禿頭の理髪師が小箒で頭に付いたままの髪の毛を払い始めた。


「今日は洗髪しなくていいのか?」

「うん、引っ越しとかで懐が寂しくて、ちょっとした贅沢もできなくてさ」

「そうかい。そんで、どこに引っ越したんだ?」

「港湾地区の機兵長屋ってとこ」

「港湾地区か、また辺鄙な所だな」


 店主はクロウ声に応じつつ、髭剃り用のクリームを泡立て、裾や揉み上げ、顎回りに塗り付ける。クリームの生暖かくもくすぐったい感触に、クロウが服の下で鳥肌を立てていると、再び常連達が口を挟んできた。


「港湾地区ってこたぁ、繁華街のすぐ傍じゃねぇか」

「ああ、そう考えると、いいとこだよなぁ」

「まったくだ。はぁ、最近、御無沙汰だけど、ミミちゃん、俺の事、覚えてくれてるかねぇ」


 恰幅の良い中年男達の声を聞きながら、クロウは裾や揉み上げ、更には顎回りを伝う剃刀、その冷たい感触の心地よさを味わう。もっとも、外野はクロウを放置していないようで、次々に声がかかる。


「クロウ、お前さんもいい機会だ。一度、繁華街に顔を出してみろ」

「ああ、せっかく機兵になったんだからな、少しはお姉ちゃん達にちやほやされて来い。つーか、俺が代わりにちやほやされてぇなぁ」

「馬鹿野郎、おめぇの顔と腹じゃあ、笑われて仕舞いだろうが」


 と、ここで革砥で剃刀を研いでいた店主が一言告げる。


「お前さんも大して変わらんだろうに」

「そう言うおめぇさんもな」

「違えねぇ」


 中年男達はかかと笑い、クロウもまた笑みを浮かべたのだった。



 クロウは散髪を終えると、用件を果たすべく、エフタ支部へと足を向ける。

 彼が歩く道筋、商会通り沿いに軒を連ねる商店群は、夕飯の材料を買いに来る者達が主な客層の為か、パン屋や精肉店、青果店、総菜屋といった食品関連の店に人が集まっている。

 午後のかげろい揺らぐ炎天下であるが、客引きの掛け声や値引きやおまけを求める声に加え、買い物について来た子どもの泣き声や騒ぐ声、荷車の引き手が道を開けるように叫ぶ声といったものが入り混じり、それなりの賑わいを見せていた。

 賑わう街路を五分ほど歩いて、商会通りと南大通りが交差するトラスウェル広場に辿り着く。彼は広場の北東に位置する重厚な造りのエフタ支部へと入った。


 屋内に入ったクロウは暑い日差しから解放された事に小さな吐息を漏らしながら、首を巡らせる。支部内は併設酒場の繁盛時間前とあってか、比較的静かであった。どこかのんびりとした空気が漂う中を、彼は受付窓口に向かって歩き出す。そして、幾つも並ぶ窓口に恰幅の良い中年男マッコールの姿を探す。


 以前と同じく、マッコールは相談窓口に座っていた。


 クロウは何か書き物をしていると思しき中年男に近づき、声をかける。


「マッコールさん」

「ん? お、来たか、クロウ」


 マッコールは丸顔に笑みを浮かべると、筆記具を動かしていた手を止めて話し出す。


「お前さんに頼まれていた仕事の話、依頼が一件入ったぞ」

「一件か。それって、新人としてはどうなの?」

「さて、それに答える前に、お前はどう思った?」

「正直、もう少し問い合わせが来てるとばかり思ってた」


 クロウの素直な答えに、マッコールは楽しげに笑う。そして、自身の所感を答えた。


「これが普通だ。仕事を探している新人機兵がいるって話を流したといっても、実際のお前さんの為人を知る奴は少ない。たとえ、お前さんがエフタ市に暮らしていたとはいえ、グランサーって仕事柄、護衛や警備が必要となるような職種と接触する機会もなかったろうしな。となれば、お前さんが信用できる人間なのかどうか、命を預ける事ができるかどうか、まずは様子見って連中の方が多くなるのも自然だろ?」

「あー、納得しました」

「こういった仕事は、地道に顔を広めていくしか、信用を得られないもんさ」


 そう言ってから、マッコールは厳しい表情で言い重ねる。


「そして、この信用ってのはな、一朝一夕では積み重ねられないにも関わらず、一晩で容易く崩れてしまう代物だ。組合の孤児院で育ったお前さんには今更な言葉かもしれんが、嘘をつかず、誠実であり続けるようにしろよ。それのみが、信用を生み出し、相手からの確固たる信頼を作り出すからな」

「ま、マッコールさん、難しいこと言うね」

「ああ、実践することが難しいことだからこそ、そこに信用が生まれるんだよ」


 少年が難しい顔で頷くと、中年男は表情を朗らかなものに戻し、一枚の紙を差し出した。


「ほれ、依頼状だ。こいつに依頼内容や待遇条件が書いてある」

「うん」


 クロウが依頼状に目を落とすと、勢いのあるしっかりと字で幾つもの枠が埋められていた。彼はその一つ一つに目を向けていく。


 依頼人はルベルザード土建。依頼内容は市外作業中の警備。期間は、共通暦三百十六年斜陽節第三旬十一日より同年同節第四旬九日までの十九日間、内休日は三日。一日の労働時間は、九時から二十五時までの十六時間、内休憩が三時間半。賃金は一日千二百ゴルダ。請負人の負傷及び罹患、使用機体の損傷時の補償は無し。依頼人が請負人の失敗で損害を被った際は、組合連合会損害保険が補償。備考は無し。


 クロウはその全てに目を通しつつ、自身の状況と照らし合わせる。


 警備に使用する機材、魔導機パンタルは先の事故で中破している。が、見舞いに来たミソラとシャノンに案内されて総合支援施設を訪ねた所、十日までに直せるという確約を整備場長より得ているし、仮に修理が間に合わなかったとしても、修理期間中は代替機の貸与を受けられることから、機材に不安はない。

 期間や時間は仕事がない状況では何も問題がないし、賃金も前もって話に聞いていた額と変わらない事から、これまた問題はない。負傷や機体損傷時の補償がないのは痛いが、先達の機兵マディスより、補償がないのが普通であると聞いている為、これも問題はない。


 だが、最後の点に関しては、初見である。よって、クロウはわからない点を指差しながら質問する。


「マッコールさん、この組合連合会損害保険っていうのは、何?」

「意味通り、失敗で生じた損害に対する保険さ。組合が斡旋した仕事は、斡旋料の名目で金を取って、保証を付けていてだな……、あー、分かり易く今回の件で言えば、お前さんが本来貰うはずの賃金は一日千三百ゴルダなんだが、組合はそっから百ゴルダを頂戴している。けど、その代わりに、お前さんが仕事で失敗した時に発生する損害を組合が賠償するって事さ」

「ふーん。俺から見れば、かなり有り難いことなんだろうけど、でも、これって、元、取れるの?」

「運用業績としてはとんとんか、ちょっと利益が出る程度らしい。けど、組合に仕事の斡旋や仲立ちを頼もうと思わせる一助になっているのは確かさ」


 マッコールは一度語を切ると、クロウより依頼人欄へと視線を移し、再び口を開く。


「さて、今回の依頼人、ルベルザード土建だが……、お前さんも名前くらい知ってるだろ?」

「うん、知ってる。建設会社だよね?」

「それで間違いではないが、まだ足りないな」

「足りない?」

「ああ、ルベルザード土建は、エフタ市創設当時に創業して以来、二百六十年存続している古い大店だ」


 クロウは目を丸くして、言葉の内にあった一点を自分の声音で繰り返す。


「二百六十、年?」

「そう、二百年以上、このご時世で命脈を保ってきたんだよ。それだけに、エフタ市や組合、エフタ市に活動拠点を置く商会や企業からも一目置かれている」


 ルベルザード土建。

 エフタ市創設に合わせて創業して以来、看板を下ろすことなく、綿々と代を重ねてきたエフタ市切っての老舗である。それ故に、エフタ市に基盤を置く商会や企業、中小の商店や工房まで広く顔が知れているし、影響力も大きい。

 この知名度と積み重ねた信用に加えて、今現在においては、エフタ市の商工会で顔役を務めている事実がある。そして、これは今回の依頼と無関係ではない。

 というのも、商工会の顔役はエフタ市で新たに仕事を取ろうとする機兵を一番最初に見定め、仕事を任せるに値するかどうかを判断する役目を担っているのだ。

 それだけに、この依頼で下手をして機嫌を損ねるような事をしたり、仕事でへまをやらかしてしまったりすると、回状が回され、仕事の口がなくなってしまう可能性も出てくるし、逆に満足させるだけの仕事振りを見せれば、太鼓判を押して、信用できると周囲に保証してくれることもありうる。


 マッコールもこういった事情を告げることができれば良いのだが、機兵のありのままの人柄や能力を見定める必要がある為、商工会と組合との協議で裏事情を告げることは禁じられている。なので、彼は禁則に触れない程度に遠回りな言葉で、本人に気付かせる位しかできないのだ。


 一方のクロウは頭を回転させ、マッコールが言わんとしていることに当たりを付け、声に乗せる。


「つまり、周囲から一目置かれている企業の仕事を受ければ、他からも仕事が来るかもしれないってこと?」

「お前さんが、機兵って名前に恥じる事のない働きをした場合は、そういった可能性も出てくるだろうな」

「なるほど」


 クロウが得心したことを示すように頷き、マッコールに告げた。


「マッコールさん、この仕事受けるよ」

「いいんだな?」

「うん、この仕事以外に受けるものもないしね」

「なら、不満な点はないか?」

「仕事内容についてはもっと知りたい所だけど、他は特に文句ないよ。手続きは、どうすればいい?」

「ああ、先方と直接会って、契約を結ぶ」

「なら、組合の紹介状かなにかを持って、ルベルザード土建って所に行けばいいの?」

「いや、組合が仲介する仕事は、基本、組合の建物で、組合職員が立ち会って契約を交わすことになってる。で、この時、契約を結ぶ前の交渉っていうか、ちょっとした話し合いで、双方の摺合せ、例えば、賃金や待遇、労働条件といった事の変更をやるんだ」

「へぇ、そうなんだ」


 感心顔を浮かべる少年に対して、中年男はこれ位ならば許容範囲だろうと、実際の所を口にする。


「ちなみにな、この仕事の仲介ってのは、ほとんどの場合は問題なく纏まるんだが、時に拗れて物別れに終わることもある」

「物別れか、それは何が原因で?」

「大抵、交渉時の態度や物言いが切っ掛けだ。人の性根や考えってのは、どれだけ隠しても、ふとした所で表に出る。しかも不思議なことに、相手を不快にさせるようなモノに限ってな」


 クロウは暗に注意或いは警告されていると判断し、少々引き攣った顔で応えた。


「俺、大丈夫かなぁ」

「何、そういう失敗をやらかすのは、相手の立ち位置や状況を考える力が欠如しているか、自分の利益だけしか考えていないような連中ばかりだ。お前さんなら……、まぁ、普段通りにしていれば大丈夫だろうさ」

「は、はは、マッコールさんにそう言ってもらえると、心強いよ」


 クロウが気を取り直した所で、マッコールもまた抱いている懸念を棚上げし、どこか含みがある笑みを浮かべて告げた。


「それで、クロウ、今から時間は空いてるのか?」

「仕事の口もないからね、特に何もないよ」

「なら、これから先方に使いを走らせて、都合をつける。答えが返って来るまで、しがない中年男の話し相手でもして、時間を潰してくれ」


 少年は半ば呆れが含まれた笑みを見せながら、承諾の言葉で応えた。



  * * *



 マッコールが歳若い職員を使いに走らせた後、二人は時間潰しを兼ねた話を始める。

 途中、クロウ以外の来客もなかった事から、機兵長屋の使用感、孤児院に入った少女が引っ越しの手伝いに来たこと、魔導機整備の大変さ、ミソラの仕事を請け負った結果、機体が中波したこと、といったここ数日の出来事をクロウが話せば、マッコールは耳に入ってきたエフタ市に関わる出来事を俎上に載せるといった具合に、取り留めのない話が二十分ほど続いた。


「へぇ、水の値段、上がってるんだ」

「ああ、市民向けの値段は特に改定していないが、店売りは上がっている。だから、市外に住んでる連中は結構苦しいみたいだ。昨日も、一(かめ)当たりの値段がかなり上がったって、ぼやいていたよ」


 クロウはマッコールの言葉から、床屋で商店主達から聞いたことを思い出し、口に出した。


「そういえば、商店街の人が言ってたけど、ここ最近、食料品に限らず、衣料品や日用品とか、全体的に仕入れ値が上がり続けてるらしいよ」

「らしいな。うちの上さんも、今旬はちょっと厳しいって不機嫌顔さ」

「何が原因で? 帝国と同盟が諍いを起こしている辺り?」

「それが一番の原因だろう。ああいった係争が起きると、どうしても不安が起きるし、乗じる形で賊党の類も蠢動するからな。実際、輸送経費も結構上がってるようだし、賊に襲われた船もあるって、俺も聞いている」

「うわぁ、嫌な話だね」

「まったくさ。できれば、生活への影響が大きくならない内に、収まってほしいもんだ」


 中年男が渋い顔で告げた所で、正面出入口から使いに行っていた職員が入ってきた。

 また、その背後からは、薄褐色の肌に白い衣を纏った背の高い女と黒服を着た体格の良い男が続いて入ってくる。男女の姿を目に収めたマッコールは渋い顔を引っ込め、表情を引き締めると、赤髪の少年に重い声で言った。


「もしかしたらと予想はしていたが、さすがに動きが早いな」

「え?」

「クロウ、ルベルザードの社長が来たようだ」


 マッコールが席より立ち上がる。その様子を視界の端に収めながら、クロウが振り返ると、どこか緊張している若い職員が、艶やかな黒髪をひっつめた女と金髪を刈り上げた大男を連れてやってきた。


「マッコールさん、ルベルザード社長をお連れしました」

「ああ、ご苦労さん。仕事に戻ってくれ」

「はい」


 若い職員は露骨に安堵の色を見せると、自分の席へと去って行く。そして、場に残されたのは四人、クロウ達と一組の男女だ。クロウは不躾にならない程度に視線を走らせる。

 豊かな胸を支えるように腕を組んだ女は一見して、二十代後半から三十代前半のように見える。だが、勝気な色が滲み出た顔に僅かな浮かんだ皺が、実際には三十代後半より四十代前半辺りだと教えていた。

 他方、女の後方に控える大男は着衣が黒尽くめであるにもかかわらず、汗一つ流さないで、無表情を貫いている。ただ、濃褐色の瞳を持つ目は強い光を帯びており、静かな迫力を湛えていた。


 マッコールが若手職員と入れ替わるように窓口から出てくると、大柄の女に向かって、普段と変わりない口調で話し出す。


「ルベルザード社長、お忙しい所をご足労いただきまして、ありがとうございます」

「ふふ、こういったことは即断即決で動いた方が後が楽だし、私にとっても楽しみな事だから、気にしないでちょうだい。それで、この子が例の新人君かしら?」

「ええ、今期の新人機兵で、クロウ・エンフリードです」

「初めまして」


 クロウはマッコールに紹介されると、女に目を向けて簡単な挨拶を口にする。対する女も切れ長の目で、クロウの顔をしっかりと見据え、濃い紅で彩られた唇を開き、強い低声で応じた。


「初めまして、私はナタリア・ルベルザード。ルベルザード土建の社長を務めているわ。後ろに控えているのは、秘書のゴンザよ」


 ナタリアに紹介されると、褐色肌の大男は沈黙を守ったまま会釈する。


「じゃあ、早速だけど、契約交渉と行きましょうか」


 ルベルザード土建の女社長は暗緑色の瞳でクロウとマッコールを交互に見た後、どこか楽しげな笑みを見せた。



 クロウ達は二階にある会議室の一つへと場所を移し、契約にかかる交渉を始める。

 部屋にある会議卓にクロウとルベルザード土建の二人が向かい合って座り、その両者の間、丁度中間の位置にマッコールが席に着いた。

 クロウが少々緊張気味であるのに対し、女社長は口元に微笑を浮かべている。そんな両者を均等に見やりながら、マッコールは静かな声で告げた。


「ルベルザード社長、エンフリードには依頼書を提示し、記載されていた条件で構わないとの承諾を得ています。ただ、仕事の内容について、もっと詳細が知りたいとの事です」

「もっともなことね。エンフリード君、質問があればどうぞ」


 ナタリアが告げると、クロウは大机を挟んで向かい合う、女社長を確と見つめて問いかけた。


「では、市外作業中の警備と書いてありましたけど、具体的な内容……、そちらが求める警備方法と、差支えが無ければ、市外作業の内容を教えていただけますか?」

「ええ、もちろんよ」


 ナタリアは気張っている少年の姿に目を細めつつ口を開いた。


「まずは、作業の内容から。あなたは、エフタ市の第七期市域拡張計画というものを知っているかしら?」

「いえ、恥ずかしながら知りません」

「ならば、そこから話しましょう」


 そう言い置いて、ナタリアは語り始める。


「第七期市域拡張計画は、エフタ市が不定期に策定する計画で、今現在、エフタ市を囲む市壁の更に外側に新たな市壁を建設し、市域を広げる事を目的とした計画のことよ。あの市壁を建設するのだから、エフタ市が出す仕事としては大規模なものと言えるでしょうね」


 クロウは頷いて了解を示すと、女社長もまた頷き、話し続ける。


「今回の第七期計画では、市の南東部市壁から……、郊外にある下水処理施設を知っている?」

「ええ、それは知っています」

「なら、東西は今の市壁から下水処理施設に至るまで、南北は下水処理施設から、そうね、旧港湾通りの北側辺りまでを囲えるように、新しい市壁を作って、市域を拡張することになるわ」


 クロウは脳裏にエフタ市とその近郊を思い浮かべる。東西も南北も、ほぼ一アルト程度の距離だ。


「この第七期市壁拡張計画の施工を、当ルベルザード土建はエフタ市より請け負ったわ。そして、その第一期工事として、作業環境を整える為に、市壁建設予定地周辺に道路を敷設する予定を立てたの」

「その工事予定が、あの依頼書にあった期間という事ですか」

「そういうこと。でも、市壁の外で作業するとなると、どうしても相応の危険が伴うわ。最近も、蟲の襲撃があったことを考えれば、安全とは言えないでしょう?」

「そうですね」


 クロウも件の襲撃で、市外で活動していた者達に犠牲が出たことを覚えているだけに、首肯して同意を示す。それを受け、ナタリアは表情を幾分曇らせて言った。


「市壁の傍での作業とはいえ、周囲に大音を響かせる以上、甲殻蟲の脅威は付いて回るわ。作業する者も蟲に脅威が、命の危険があるのだから、作業に集中できなくなる。そうなると、当然、事故も起きやすいし、作業効率も落ちてしまう。だから、作業員達を安心させる為にも、一定の安全保障が欲しいの。それが、あなたに仕事を頼む理由よ」


 クロウはグランサー時代、作業中に感じていた心細さは思い出し、納得すると同時に、責ある立場にあるナタリアの言葉に、機兵や魔導機の存在の大きさを改めて実感した。


「次に具体的な仕事についてだけど、周辺の監視はうちの者から出すから、あなたはいざという時に備えて、現場で待機していてくれればいいわ」

「つまり、蟲が出た時に動けばいいということですね」

「そう、周辺を巡回警備して回るというよりも、事が起きた時に動く用心棒といった方がより正確ね」


 作業員の精神安定と非常時の対処が主な仕事になるか、と考えながら、クロウは非常時の対処について尋ねる。


「実際に蟲が襲来した場合、作業員はどう動くんですか?」

「当然、安全な場所に退避させるわ」

「なら、こちらは作業員の退避が完了するまで時間稼ぎを行い、退避が終わった後、蟲を排除する、という形が理想ですね」

「あら、別に退避前に潰してくれても構わないわよ?」

「可能ならば、そうしますが、必ずしも一匹で来るとは限らないので」

「ふふ、若いのに堅実な考えね」

「命の替えはありませんから」


 クロウの言葉に、ナタリアは笑みを浮かべる。そして、じっとクロウの目を見つめがら口を開いた。


「私からも幾つか質問させてほしいのだけど、いいかしら?」

「ええ、どうぞ」

「機兵のあなたに聞くのは失礼かもしれないけど、甲殻蟲と戦うのは怖い?」


 クロウは瞬間、どう答えるか迷うも、目の前の人物が大きな責を負っている者である事から、誤魔化さずに本音を告げることにした。


「怖くない、と表向きにはいうつもりですが、正直、戦うのは怖いです。命が懸かってますから」


 それは偽りのない本音。初陣を果たしても、クロウの心から死に対する恐怖だけは消えなかった。このクロウの言葉に、大男が僅かに眉根を上げるも、ナタリアは口元の笑みを深くするだけである。


「あらあら、そんなこと言って。あなたが臆病風に吹かれて逃げるかもしれないって、私が不安になるじゃないの」

「すいません。ですが、責任者であるルベルザード社長には、機兵も人に過ぎないって事を知っておいてほしいです。機兵は甲殻蟲と戦えますけど、無敵ではありません。あいつがいるから大丈夫だろう、なんて考えだと、いざという時の退避判断や指示が遅れるかもしれませんから」

「確かに、そうかもしれないわね」


 そう言ってナタリアは頷くと口元の笑みを消し、元より鋭い目に強い光を宿し、クロウを質した。


「まどろっこしいのは止めて、直截に聞くわ。いざという時、あなたは私達を守る為に踏み止まってくれる?」

「機兵である以上、後ろに守るべき者がいる限り、絶対に退きませんし、退けません」


 クロウの力強い声での即答ぶりに、傍らで推移を見守っていたマッコールと大男が意表を突かれたかのように息を呑む。その一方で、質問を発したナタリアは鋭い眼差しを変えぬまま、少年の目を見据え、更に問う。


「戦うのが怖いと言ったのに、そんなことが本当にできるのかしら?」

「例え怖くても、機兵を名乗る以上、為さねばならない義務ですから、やります」

「ふ……、ふふ、あはははっ」


 クロウの真顔での答えに、ナタリアは声をあげて笑った。一頻り笑った後、女社長は口元に楽しげな笑みを再び浮かべながら言う。


「ええ、あなたの言う通り、それが為さねばならないことならば、為さなければないわね。うん、あなたの言う事、今はとりあえず信じましょう。そもそもの話、実際にどうなのかは、現実に事が起きなければわからないもの」

「いえ、その、何事も起きない方がいいと思いますけど?」

「あぁ、そうだったわね」


 ナタリアは自分が発した物騒な言葉に、今更、気が付いた様に笑みを深めて見せた。



  * * *



 恙なく契約書が交わされた後、クロウが自機の修理状況を確認するべく場を辞した為、会議室にはマッコールとルベルザード土建の二人が残っている。


 マッコールが組合で保管する仲介用文書を纏める手を止め、秘書との話を終えたナタリアに話し掛けた。


「ルベルザード社長、エンフリードの奴ですが、どうでしたか?」

「そうね、見た目の印象も小奇麗にしているから好感が持てるし、初対面でも特に物怖じをしなかった。礼儀も弁えて不作法でもなかったから、十分に評価できるわ」

「そうですか」

「ええ、それに、話の受け答えで、若くても機兵であることは間違いないと納得できたもの」


 中年男が小さく安堵の吐息をつくと、目聡く気付いたナタリアが問いかける。


「マッコールさんは、彼とは以前から付き合いがあるのかしら?」

「そうですね、あいつとは、三年から四年程の付き合いになります」

「あら、結構、長いのね」

「ええ、つい最近までグランサーをやっていましたからね。よく買い取りを担当してました」

「そう。なら、マッコールさんから見て、彼はどんな存在?」

「私にとっては、信用も信頼もできる奴ですね」

「随分と、大評価なのね」

「かもしれません」


 どこか照れたように笑うマッコールを見つめながら、ナタリアはクロウへの評価を一段上げた。そして、事前に収集させた情報を思い返す。


 クロウ・エンフリード。

 幼少時、組合連合会のエフタ孤児院に入院。同孤児院で十二歳まで育ち、グランサーになる。その後、四年に渡り活動を続けた後、セレス・シュタールの後援を得て、魔導機教習所に入所。最終試験でもある初陣で、四匹程のラティアを潰し、機兵となる。近頃できた組合連合会の第四魔導技術開発室と懇意で、三日ほど前に組合を通さずに仕事を受けるも、実験中の事故で機体が中波。ただし、当人は無事に帰還。機体は修理中であるが、十日までに完了。


 ナタリアは部下からの報告書で少年の経歴を読み、抱いた感嘆を再び胸に宿しながら、言葉を続けた。


「でも、あの歳で、グランサーから機兵になったとなると、よほどの幸運や良縁に恵まれたのね」

「本人もそう言ってましたよ。自分一人じゃ、精々、限定免許を取れるか取れないかだったと」

「ふふ、それでも十分に大したものだと思うけど」

「ええ、私もそう思います」


 少年に対する親しみを滲ませて話しをする、中堅でも名を知られた組合職員の姿に、ナタリアは微笑みを浮かべつつ質問する。


「グランサーをやっていた時は、どんな感じだったの?」

「外に出れる時はほぼ毎日、出ていたみたいですよ。ここでの鑑定でも文句を言う事はほとんど無かったですし、先達からも結構、可愛がられていましたね」

「あら、そうなの」


 ナタリアはマッコールの話と先程の受け答えの様相から、クロウは基本的に温順な気質であると判断する。ナタリアがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、マッコールはクロウについて話し続ける。


「後、見知りだけに贔屓目もあるかもしれませんが、肝も相当に座っている奴だと思っています。以前、遺構に潜って行方不明になったグランサーを探して欲しいなんて、かなり無茶な頼みをしたことがあったんですけど、それでも遺品を回収する形で応えてくれました」

「それは、機兵になる前のこと?」

「ええ、そうです」

「ふふ、そうなの。なら、機兵にもなれるはずだわ」


 自分が臆病だと自覚しているのに、剛毅さを持つ。これは買いね。


 女社長は心中で呟きながら横目で秘書を見やる。ルベルザード土建で安全保障を担当する大男は大きく頷いていた。それを受けて、ナタリアはマッコールを見据え、はっきりとした声で告げる。


「マッコールさん、今回の依頼が無事に終わった際には、当ルベルザード土建はエフタ市商工会に対し、クロウ・エンフリードが信用に値する者であることを証言しましょう」

「奴の見知りとしては、願ってもないことですが、本当によろしいのですか?」

「あら、そのつもりで推していたのではないの?」


 この指摘に、マッコールは少々ばつが悪そうな顔を見せるが、それでもしっかりと答えた。


「ええ、見定めの件を教える事は禁じられていますから、後押しするつもりではいました。ですが、こうも簡単にいくとは思っていませんでしたので」

「あら、ここは彼ならば大丈夫だと、自信を持って言い切るところでしょうに」

「確かにそうでした」


 マッコールは軽く笑うと、真剣な顔で口を開く。


「私は機兵としてのクロウ・エンフリードの腕は知りません。ですが、それ以前のグランサーとしてのクロウ・エンフリードは知っています。その付き合いから、先も言いましたように、人として信用できるし、向けられた信頼に対しては、できるかぎり応えようとする男だと感じています」

「マッコールさんの信、よくわかったわ。エフタ市商工会に証言する際は、彼を信任する評価の一つとして、添えさせてもらいます」


 ナタリアはルベルザード土建の社長ではなく、エフタ市商工会の顔役として答えると、マッコールは丁寧に頭を下げたのだった。

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